蒼穹騎士 −ボーダー・フリークス−

 “軽小説屋”を自称しながらも決して軽くなんかはなく、宇宙と地表とをつなぐ軌道エレベーターが立つ島の治安を、密かに守る者たちを主人公にして、遠くない未来の世界と地球と人類の有り様を描いた「ザ・ジャグル」シリーズのように、重くシリアスな設定の物語をつむぎ続けている榊一郎。続いてハヤカワ文庫JAから刊行を始めた「蒼穹騎士 −ボーダー・フリークス−」(ハヤカワ文庫JA)もまた、“軽小説屋”の自称をひっくり返すかのように、クールなキャラクターたちによるシビアなストーリーが繰り広げられる。

 ジェット機で空を飛んでそして音速を超えると、操縦しているパイロットが操縦している機体ともども人を喰らう怪物の竜になってしまうという、現実とは決定的に違った不思議な設定を持った世界にあって、地震に伴う大火災が発生したコンビナートの消火活動へと向かうジェット機を飛ばしていた2人のうち、1人がこれはもう間に合わないと思い、その身を捨てて音速を超えて現場へと駆け付け、危機を救いながらも自らは竜になってしまう。

 そんな同僚であり、先輩の姿を見守りまた、竜になったら撃墜してくれと頼まれていたにも関わらず引き金を引けず、竜を見逃してしまいずっと後悔を抱えていたユキト・ダグラスという名のパイロットが、この「蒼穹騎士 −ボーダー・フリークス−」の主人公。以来、颯爽として救世主だと世間から持てはやされる、竜を討つ騎士たちの座に列せられながらも、ユキトはどこか世を儚むように生きていていた。

 彼ら騎士たちを雇う会社でもユキトは正面には出ず、華やかな場にも赴くことはなく、すみっこの方で腕前は確かながらもマッチョな騎士たちからは疎まれていた、女性の整備担当者たちに囲まれ、これも女性のパイロット、ネハ・カプールをフライトの時の相棒にして、地味に任務をこなしていた。そこにやってきたのが、竜に関する研究を大学で続けるメリル・マクダネルという女性。まだ子供だった頃に出かけた山で、襲ってきた竜に兄を目の前で食われる経験をしながらも、なぜか竜に強く惹かれるようになていた彼女を乗せて、ユキトは空へと舞い上がってそこで竜と対峙する。

 同僚であり、そして大切な友人だった存在が、例え竜になったからといって撃てるのかという懊悩。それが竜になってしまい、人を喰らうようになってしまった友人にとって幸せか、そんな竜を親族に持つに至ってしまった彼の家族にとって幸せかを考えた時に浮かぶ、やはり撃つべきだったという後悔。それらに挟まれ、苛まれた人生にあってなお、ユキトをパイロットとして止めたのは、竜になった友人をその手で看取りたいという感情なのか、それとも地上では暮らせない性格なのか。

 そんな、生きる上での選択について考えさせるストーリーが迫ってくる「蒼穹騎士 −ボーダー・フリークス−」。同時に 竜とはいったい何なのかという問いも浮かんで、ダーウィン的な進化論を超越した、不思議な進化と成長が存在する世界の不思議を感じさせる。音速を超えたところで金属部品とかを多く含んだ飛行機ごといっしょに竜になる。現行の世界ではありえない変化。それが認められる世界にあって竜とは何なのか、人間にとってどういう存在なのかが問われる。

 そしてもう1つ。人類にとって、そして兄を食われたという意味で自身にとっても敵であるべき竜に感情を抱くメリル・マクダネルの心理にあるものはいったい何なのか。巨大な存在に対する畏敬か、それともねじ曲がった恋情か。上空で竜を見てそして戦うパイロットを見て浮かべるその高揚。漏らしたのではなく濡らしてしまうその心理。あり得るか。あり得るのか。あり得るかもしれない。女性の心理とはそれほどまでに複雑なのだ。きっと。

 これからまだ続くとして、やはり中核は友人であった竜との対決になるのだろうか。あるいは竜という存在への憧れとどう向き合い、惹かれるか留まるかという選択についても示されるのだろうか。ジェット機を開発している際に竜は生まれなかったのか。今なぜ生まれるかという謎も気になるところ。だから読み継いでいくしかない。傑作の予感を強く感じつつ。

 何か憂いを帯びて戦うユキトの姿は、神林長平の「戦闘妖精・雪風」シリーズに登場する深井零にも重なるところがある。女性ばかりの整備班にパートナーのパイロットも女性という女所帯にあって、淡々とあり続けるストイックさもどこか深井零に通じる部分。企業に雇われ、竜との戦闘をするパイロットという辺りは、森博嗣の「スカイ・クロラ」シリーズも想起させる。

 とはいえそこは“軽小説屋”を自称するだけあって、内容や設定はシリアスでも、キャラクターたちは誰もがなかなかに立っていて、陽気だったり意地っ張りだったりと多彩な顔を見せてくる。そうした部分にも興味を引かれながら読んでいけるから、観念的とか哲学的な物語が苦手な人でも大丈夫だろう。

 1点、パートナーのネハ・カプールがユキトのことをどう思っているのかが気に掛かる。役立たずと蔑んでいるのか。腕はいいけれど今は居眠りしている愚図だと嘆いているのか。そんなユキトが友人との“再会”を経て復活を遂げ、惚れ直して見せるのか。竜に濡れるというどこか変態じみたメリル・マクダネルの研究者の影に隠れて、今ひとつポジションが定まっていない彼女のこれからの活躍に注目したい。


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