空飛ぶの右舷砲

 ライトノベル系でヘリコプターが大活躍する作品では、小川一水の「回転翼の天使 jewelbox nabigator」(ハルキ文庫)が真っ先に思い出される。同じ小川一水が自衛隊の海難救助隊を取り上げたテレビアニメーション「よみがえる空−RESCUE WINGS−」の関連小説として書いた「ファイナルシーカー レスキューウィングス」(MF文庫J)もある。ただ、どちらも舞台は現代で一種のお仕事小説といった趣で、ライトノベルらしいSFやファンタジーの要素は少ない。

 その意味では、もしかしたらヘリコプターが大活躍するSFでありファンタジーのライトノベルとしては初登場に近いかもしれない作品が、第12回小学館ライトノベル大賞で審査員特別賞を受賞した喜多川信の「空飛ぶ卵の右舷砲」(ガガガ文庫、611円)だ。舞台となっているのは人類が陸地ではなく海上に都市を築いて暮らしている未来の日本。そこにシコルスキーや、形状から「フライングエッグ」とも呼ばれるヒューズ製OH−6Dちった現代、作中では過去の遺物のヘリコプターが甦って空を飛び交う。

 豊穣神ユグドラシルと呼ばれる、おそらくは植物を操作する人工技術があって、それによって人類は植物を改良してエネルギーから食物からあらゆるものを生みだ、繁栄を極めていた。ところが、そのユグドラシルが反乱を起こし人類の半数以上を殺戮。そしてユグドラシルの配下で樹獣や樹竜といったモンスターが地中からわき出て、人類を陸地から海上へと追いやってしまった。

 それから幾年月が経ったのか。人類は東京湾岸や伊勢湾岸といった海上に都市を築いてしっかりと生存し、それなりに文明も維持していたものの、そこで得られる資源には限りがある。そこで人類は、陸地に残してきた過去の遺物を回収して利用し、樹竜と呼ばれるモンスターも倒して解体し、その部位を資源として役立てていた。そこで活躍するのが、飛び上がっては空中に止まり、思いの場所に着陸できるヘリコプター。人類は陸地からヘリコプターを回収し、修理し改造もして維持し、飛ばして陸地に向かっていた。

 ヤブサメという18歳の青年もそんなひとり。自分を“機長”ではなく“船長”と呼ばせている年齢不詳のモズという女の下、副操縦士として改造を施された<静かなる女王号>を操り樹獣と戦い、回収をして暮らしていた。本拠地は伊勢湾岸だったけれど、金が入ればすぐに使ってしまう享楽的なモズの性格からトラブルが発生したか、居づらくなって東京湾岸へと出稼ぎに来ていたその時、八王子付近で故障から不時着し、襲ってくる樹獣や樹竜と戦っていた東京第一空団のヘリコプターの乗員たちを救出する。乗っていたのは東京第一空団副長を務めるセキレイという22歳の女性だった。

 ヤブサメの操縦技術とモズの武装を扱う技術で樹竜を仕留め、セキレイたちを助けた<静かなる女王号>。そこでサヨナラとはいかず、借金のカタに<静かなる女王号>を国土奪還軍に接収されそうになったところを、セキレイが手を伸ばして取り戻し、ヤブサメとモズにある仕事を持ちかる。それは、上空を飛行することすら禁止されている危険な新宿に建つビルからコンピューターを持ち帰るというものだった。

 モズとセキレイには過去に因縁がある様子。八王子で倒した樹獣を売った金すらギャンブルですぐに使ってしまうだらしない性格で、大酒飲みでもあるモズが、東京都長を父に持ち、兄は第一空団団長という良家に育って正義感にあふれ、カリスマ性も持ったセキレイとどこで知り合ったのか。仕事を通して軋轢を生んだのか。興味をそそられる謎はクライマックスで驚きとともに明かされる。どうしてそうなったのか。続編での描写が待ち遠しい。

 人類に貢献すべき豊穣神ユグドラシルがどうして人類に反旗を翻したのか。それでいて樹獣や樹竜を海上でも動けるように進化させ、人類を追わせないのはなぜなのか。陸地こそ支配しつつも人類が樹竜を倒し、資源として利用することは咎めないユグドラシルの“真意”も気になる。シンギュラリティを超えて意思を持ったユグドラシルが、行き過ぎた繁栄で起こる自然崩壊を防ぎつつ人類も生き延びさせようとしたのか。取るに足らない存在と泳がしているだけなのか。これも続編で語られるだろう。

 ヤブサメの妹もそのひとりで、人間から樹が芽吹いて人間を植物のようにしていまうヤドリギと呼ばれる現象の意味。東京都長の娘で信望も厚いセキレイを追い落とそうとする謀略の行方。気になるところが多すぎる。そんなセキレイがヤブサメの前に<静かなる女王号>の副操縦士をしていた女性の行方を気にしているところも。投げかけられたこれらの謎を回収しつつ、地球人類の生存かそれとも滅亡かといった大きなテーマに挑んでいくだろう今後に期待だ。


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