そらのこども

 諦めないこと。逃げ出さないこと。そうすれば、想いはいつはかなう。眠っているかもしれない才能なんて関係ない。むりやりの努力だって必要ない。できることをやりつづける。そのことが想いへと自分を少しづつ、でも確実に近づけていってくれるのだということを、萩原麻里が書いたファンタジー「そらのこども」(ヒヨコ舎、1600円)が見せてくれる。

 空に浮かぶ雲を練り、雨を降らせたり雷を落としたりして気象を操作し人間の役に立つ。時には雲で道具を生み出し土木工事よろしく地形をいじることもする。果ては雲を固めて建物すら作ってしまう能力を持った「霧練り(むねり)」という職人が、その世界には存在していて、人間たちが本当に困った時だけ力を使い、人間を助け世界を助けて各地を旅して回っている。

 霧練りには誰でもなれるという訳ではないようで、生まれながらの感覚を持った人だけが、見出されて訓練を受けて霧練りになる。主人公のジルという少年もそんな1人。自分の住んでいた村にも時々来ていた旅をしていた黒づくめの服装をした霧練りの男に霧練りとしての才能を見出され、山奥にある霧練りたちを養成する専門学校へと入学する。

 なんでもジルが教わった黒づくめの男は、レリック・シルバーという名を持った、伝説中の伝説といわれる有名な霧練りだったそうで、その推薦を受けて無試験で入学してきたとあって、ジルには早速学校中の生徒から好奇の目が集まった。

 けれども学校で習うような気象学や気候学や量子学といったものにはまるで通じていないジル。技術の方もレリック・シルバーの手伝いをして雲を集めた程度で、手の中に雲ひとつ練り上げられない未熟者。どれほど凄い奴かと期待が高かった分、失望も大きかったようで結構な厳しい視線にさらされながら、学校生活を送り始めることになる。

 そんなジルを見守ってくれたのが、寮で同室となった少年たち。中にはちょっぴりイジワルそうな奴もいたけど、それぞれが自分の得意な分野を持ち、自分の願いを抱いていつか霧練りとして独り立ちする日を想いながら、日々を切磋琢磨していた。ジルもそんな仲間達の中で自分の腕を磨き、知識を増やして黒いおじさんのような霧練りになろうと頑張り始める。

 才能を持った少年が、寄宿学校に入ってそこでさまざまな試練にあい、友情に助けられながら成長していくという展開は、かの「ハリー・ポッター」シリーズにも通じる展開だけど、学校が男子専門になっているようで、ジルの周囲にはハーマイオニー・グレンジャーみたいな世話焼きの女の子の気配がまるでなく、ラブロマンスを求める気持ちにはちょっと届かない。

 かといって男子寮に集う男の子同士ということで、ボーイズラブ的な物語なのかというとこれも違う。純粋に、友情があり努力があって結果がついていくるという、読んで感動と感銘を得られる物語となっている。ボーイズラブ的な設定ばかりを集めた文庫のレーベルからではなく、この本がヒヨコ舎という一般文藝を出してはいる出版社から、初の書き下ろし長編として刊行された意味はそこにある。

 文庫本だと300枚から400枚がやっとのところがおそらくは600枚くらいあろうかという分量も、文庫本では不可能な深くて大きいドラマを描く上で利点になっていて、その意味ではもっぱら講談社のスイートハートを主戦場にしていた作者が、ヒヨコ舎を選んで刊行した、その意気込みと主入れのようなものが物語から感じられる。なおかつそうした思い入れを存分に受け止めきった作品に仕上がっている。

 ジルはなかなかにお節介で自己中心的なところもあって、高い場所が怖くて高所での実技試験では怖くて雲をうまく練られない同室の少年を助けよう、なぐさめようとして逆に傷つけたりすることもある。その少年が恥ずかしさから学校から冬の山へと逃げ出した後を、装備も固めずむやみやたらに追って出ては学校中に迷惑をかけたりして、若さ故の無謀さとはいえいささか鼻白む。

 もっともそうやってジルがもたらした事件が、ジルや高所恐怖症の少年や、イジワルな同室の少年といった同僚の少年たちがそれぞれに持っていた家族とのいさかい、過去とのしがらみといったものに、しっかりと道を見出させる展開があって、気持ちを静められたあとの高揚感も手伝ってホッとした安心感が胸に広がる。

 霧練りという不思議な存在がどうして生まれたのか、そもそも世界はどうして誕生したのかといった根源に関わる部分にまで踏み込んだ大きな種明かしもあって、驚きの中に感嘆と得てエンディングを迎えられる。

 人間とは違う超常的な能力を持った人たちの、人間とは違うが故に招じる軋轢といった、スーパーマンならではの悩みめいたものが描かれて不思議のない設定だけど、そうした”持てるものの悩み”に憧れめいたものを感じさせるというよりは、超常的な能力をもたない普通の人間たちが、常に努力して何事かをなしとげようとしているのが、いかに凄くて素晴らしいことなのかってことに気付かせる描写が数々ある。

 そのことが、時として超人たちの高邁さが時として鼻を突く「ハリポタ」のシリーズとは違う感慨を抱かせる要因になっているのかもしれない。諦めないで歩き続ける気概を得られる傑作ファンタジー。今はただ山場をひとつ山を乗り越えた少年たちが、次にしでかす事件とそして、そこから見えて来る世界の秘密へと興味が及んで仕方がない。作者には続編をぜひに。出版社には続刊を絶対に。諦めないで待ち続けるから。


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