空色ヒッチハイカー

 迷っていたって始まらない。悩んでいたって仕方がない。走り出せ。そして見つけだせ。もやもやとした思いを振り払い、明日のその先へと続く君だけの道を。

 日常に生まれる迷いや悩みを、日常の中で登場人物たちが、もがきながらも解決しようと頑張る「流れ星が消えないうちに」(新潮社、1400円)や「ひかりをすくう」(光文社、1500円)を描いた橋本紡。最も新しい「空色ヒッチハイカー」(新潮社、1400円)でもやはり、日々の暮らしの中で突き当たった問題に、迷い悩むひとりの少年が主人公なっては、進むべき道を探しに旅に出る。

 秋津彰二のお兄ちゃんの彰一は、子供の頃から優秀で、東大法学部に入り卒業を控えて国家1種の試験に合格し、財務省への入省が内定とまさに順風満帆の人生を歩んでいるように見えた。しかしそんな誰もがうらやむキャリアを捨てて、彰二の前からいなくなってしまった。

 兄のようになりたいと思って走ってきた彰二の目の前から、突然目標が消えてしまった。憧れていた気持ちにぽっかりと穴が開いてしまった。これから先、何を目標にして進んでいけば良いのか? 分からなかった。信じていただけに裏切られたという思いも漂った。

 どうすれば良いのか? とりあえず道を取り戻そう。そう考えて彰二は彰一が残していった1959年製のキャデラックを持ち出し、乗り込んで西へと向かう旅に出た。高校生だから免許は当然持っていない。そこをどうにか誤魔化し、とりあえず運転の仕方だけは学んでハンドルを握り、受験勉強のほったらかしてキャデラックをごろごろと転がしていく。

 1人ではあまりにつまらない。どうせ酔狂な旅だからと考えヒッチハイカーがいたら拾って載せよう。そう考えた彰二が最初に見つけたヒッチハイカーが、ひとりで路上に立っていた柏原杏子という名の少女。本当は年上の彼女に自分をほぼ同年代だと見せかけた彰二は、気の強そうな杏子の強引なナビゲーションを受けながら国道をひたすら西へと向かう。

 旅の途中で彰二と杏子は、仕事途中のサラリーマンを乗せたり、脇にそれて迷い込んだ峠で車を故障させ、難渋していたカップルを載せたり、彼氏に会いに行くという女の子とその友達を乗せたりしながら西へと向かう。彼氏に会いに行った女の子の連れの子とは、杏子の目を盗んで体も重ねる。もっとも杏子にバレて散々な罵声を浴びせられるのだが。

 そして旅はまだ続く。家族に叱られ、うずくまっていた女の子を乗せたものの、本当は家族と離れるのが寂しい女の子の本心を察し、諭してすぐに下ろしたりもした。もう何年も日本だけでなく世界を旅して歩いている青年を拾い、いっしょに動物公園に行き犬と戯れ、それからバンジージャンプを飛んだりもした。

 そうやって進んでいく旅の途中で、彰二は拾った人たちがそれぞれに抱えた悩みに触れ、自分だけが迷っている訳じゃない。悩んでいる訳じゃないと知る。迷おうと悩もうと、しっかりと自分を保ち、自分の世界を生きようとしているんだと学ぶ。

 たどり着いた九州の最終目的地で、彰二を待っていたのは意外であり、それでいて必然の展開。理解しようとしても出来なかったシチュエーションから彰二はもう逃げず、真正面から向き合おうとする。彰一という巨大な壁を乗り越える力を内に宿し、自分としての生き方を考える。

 出てくる人たちの気持ちの良さ、善人の多さは、荒んだ社会に生きて、肯定より先に懐疑が来る人たちの眼には、眩しく映るかもしれない。楽観的で享楽的過ぎると、退けたい気も起こるだろう。

 しかし、諦めが蔓延し、荒廃の現実を知っても是正へと心が向かわない社会では、むしろ楽観によって心を浮き立たせてやるほうが、余程に意味のある行為だ。「空色ヒッチハイカー」の放つ底抜けの明るさに引っ張られ、共に九州までの道のりを歩んでページを閉じれば、感涙とともに心の淀みはカラリと晴れ、明日を気楽に生きてみようという気持ちが湧いてくる。

 とてつもない奇妙な出来事は起こらないし、とてつもなく不思議な人たちも出てこない。不思議で奇妙なエピソードが次から次へと繰り出され、どこへ連れて行かれるか分からないロードノベルは確かに楽しい。それ故に「空色ヒッチハイカー」を平凡な物語だと感じる人も多いかもしれない。

 もっとも、あり得そうな人たちが繰り広げる、あり得そうなエピソードの方が、現実のこの世界を生きていく上で、より有意義な道しるべとなり得るもの。他人から見ればちょっとした迷いや悩みでも、当人にとっては重たく深い迷いであり悩み。他人を見て、自分を振り返って世界を見渡し、心にゆとりと安らぎ、夢と目標を取り戻す。その大切さを教えてくれる物語だと言えそうだ。


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