サムシング・フォー 〜4人の花嫁、4つの謎

 「スライドはやめてください」と、新婦がブライダルプランナーの提案をさえぎる。2年ぶりにブライダルプランナーに復帰した間宮菫子に任されたカップルは、新婦の気持ちが揺れ動いて、1カ月先に迫った披露宴の式次第が決まらない。ウェディングドレス姿を誉めても暗い顔。マリッジブルーにしてはナーバス過ぎる感情を露わにしていた新婦は、どうにか迎えた挙式の直前、メイク室から消えてしまう……。

 人の心はミステリアス。ましてや、人生でも大きな転機となる結婚というイベントで、当事者の心は想像もつかない方向へと飛躍したり、沈み込んだりして周囲を戸惑わせる。スライドを嫌がった新婦がそう。何度も披露宴会場を見学して、席の並びや自分が歩く場所を聞き、それでもどこか心配そうな新婦も同じ。そんな、結婚式場だからこそ起こるさまざまな難事に対応する、菫子らアンジェリス迎賓館スタッフの奮闘を描いたのが、有間カオルの「サムシング・フォー 〜4人の花嫁、4つの謎〜」(メディアワークス文庫、590円)だ。

 菫子ひとりが探偵役となって、トラブルを解決していくのではなく、持ち上がる難題を、読む側もいっしょに考えながら、花嫁の告白などで理由を知って、解決に向かう展開を見守るストーリー。どこか冷たそうな印象の伊月というバンケットスタッフ長の男が、突っ走りがちな菫子の見落としをフォローして、挙式中止という最悪の危機を乗り越える展開は、税務署で働く女性とその堅物の上司を主人公にした、高殿円の「トッカン−特別国税徴収官」に出てくるぐー子と鏡の関係に似ている。

 あちらがお金に絡む人の執念なら、こちらは結婚にまつわる人の迷いを取り上げたミステリー。菫子自身が抱える迷いにも踏み込むクライマックスが、あらゆる難事の根っこにある臆病さを示し、勇気を出そうよと問いかける。何度も現れ菫子に問いかける少女の正体は? 勝手に封印していた過去から、誰か解き放って欲しいと願う自分の気持ちが見せた幻か、それとも本当に封印されてしまっていた過去が、菫子に解放を呼びかけたものなのか。結婚という人生の大事が人にもたらす様々を、ここから考えていけそうだ。

 ライトノベルの枠組みに収まらない秀作に与えるメディアワークス文庫賞を初受賞したデビュー作「太陽のあくび」(メディアワークス文庫)や、登場人物が重なる「めげないくんとスパイシー女上司−女神たちのいる職場−」(メディアワークス文庫)は、瞬時の売り上げを競い合うシビアなテレビ通販会社の内情が描かれた、社会派の面を持ったコメディタッチの長編だった。今度は結婚式場。働くプロたちの日常に迫れる作家がライトノベル寄りのレーベルから、また1人現れた。

 タイトルになっている「サムシング・フォー」とは結婚式で花嫁が身につけると、幸運につながるという4つのアイテム。新しいものと古いもの、借りたものに青いもの。それぞれをサブタイトルに選んだ短編では、「サムシング・ニュー」では新しい自分への自信を花嫁が問われ、「サムシング・オールド」では古い家族との絆に花嫁がこだわり、「サムシング・ボロー」では自分たちのためではなく、母親たちのために借りて来るような式への不安に花嫁が迷う。

 最後の「サムシング・ブルー」だけは花嫁に関する物語はないが、その代わり、水色のドレスを着た少女の物語が菫子に決心をもたらす。それは、新たな花嫁として菫子が立つ予兆? ならばかたわらには誰が? あの乱暴で無感動な男だけは有り得ないと思うか、それともあの慎ましさの中に見せる真摯な気持ちが良いと見るか。その行く末を想像しがら、未だ「サムシング・フォー」を身につける女性をかたわらに置けない男性は身の処し方を考え、やはり「サムシング・フォー」に縁遠い女性は男性の魅力とは何かを改めて問い直し、その花道へと近づこう。


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