七星のスバル

 コンピューターがネットワークに接続されると、その中に作り出された仮想世界の存在を考え、物語の中に描こうとする人たちが現れ始めた。最初のころはデータベースなどに記録された情報を、擬似的に世界として認識するような設定で、自分の意識をネットの中に飛ばして、そうした世界を行き来しながら情報を集め、謎に迫るようなストーリーのものが描かれた。

 サイバーパンクの代表作として名高いウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」や、東野司の「ミルキィーピア物語」シリーズといった作品が、そうした電脳世界を扱ったSF小説として知られている。今も続いている士郎正宗の漫画「攻殻機動隊」シリーズも、同じように広大なネットワークを自在に行き来する設定の作品だ。

 技術が進化し、目に見える形でネットワーク上に世界が描かれ、そこに大勢がアクセスしてコミュニケーションや冒険、戦闘などを行えるようにしたバーチャルワールドやオンラインゲームゲームが登場してくると、クリエーターの想像力は、そうした世界に意識を移して、現実とは違った体験をする人たちを描き、仮想世界だからこそ起こる不思議な出来事を描いた物語を生み出すようになった。

 1992年に登場した柾悟郎の「ヴィーナス・シティ」という小説では、全身をスーツのようなもので覆い、肉体にさまざまな感覚をフィードバックさせることで、仮想世界での体験をリアルに感じられるようになった。主人公たちは、現実とは違った職業や性別で仮想世界に入って、現実とは違う自分を楽しんでいる。1993年から96年まで描かれた内田美奈子の漫画「BOOM TOWN」は、そんなヴァーチャルワールドでの不思議な体験を絵にして見せてくれた。

 そこから20年近く経った現在、オンラインゲームの世界は実写のようにリアルな空間を冒険しながら戦闘やコミュニケーションを楽しめるようになっているが、意識をそこに移すことだけは実現していない。OculusRiftのようなVRヘッドマウントディスプレイを着け、扇風機で風を当てられることで、別世界にいるような感覚に近づけないこともない。それでも意識は現実に止まったまま。夢はなかなか形にはならない。

 だからだろうか。クリエーターは感覚ごと仮想空間へと没入して起こる出来事を物語に描きながら、来たるべき技術の到来を待ち続けている。あるいは、そうした技術の到来が呼び起こるだろう可能性を想像し続けている。世界的なベストセラーになっている川原礫の「ソードアート・オンライン」シリーズがその代表作だが、他にも様々なタイプの没入型MMORPGが舞台となった物語が登場して、もしもネット上に意識を移せるようになったら、何が起こるかを想像して見せてくれている。

 田尾典丈による「七星のスバル」(ガガガ文庫、593円)もそんな、仮想世界に没入して楽しむタイプのMMORPGを舞台にして起こる、不思議な出来事を描いた作品だ。かつて存在した<<ユニオン>>というゲームで、小学生ながら最高の能力を持った6人がスバルという名のパーティを組み、ゲーム内で最強を誇っていた。けれどもあるクエストに失敗し、仲間のひとりがゲーム内で死んでしまったことをきっかけに、チームは解散してゲームも運営停止を余儀なくされる。

 ゲーム内でプレーヤーがゲームオーバーになっただけで、どうしてゲームまで止まってしまうのか。それは、ゲーム内で倒された旭姫という少女が、ゲームの外でも死んでしまったから。直接の関係があったかは分からなかった。それでも、仮想の死と肉体の死がほぼ同時刻だったこともあって、ゲームは終了とならざるを得なかった。スバルのメンバーもちりぢりになった。それから6年。旭姫とは幼なじみで、スバルのメンバーだった陽翔は、新たに開発された<<リユニオン>>というゲームに強引に誘われ、6年ぶりにゲームの中に身を投じる。

 そこでゲームオーバーになれば、嫌な思い出のあるゲームに誘われることもなくなる。そう思いクエストにのぞんだ陽翔だったら、迷い込んだ部屋にあった箱の中から現れた少女を見て、<<リユニオン>>から抜けられなくる。その少女が死んだはずの旭姫だったからだ。存在するはずがない。いてもそれはコンピューターが作り出した擬似的な存在に過ぎないと思っていた陽飛翔だったが、目覚めた旭姫は自分は生きていると訴え、幼なじみだった陽飛翔との想い出もしっかりと話して聞かせる。

 何が起こっているか分からないまま、陽飛翔はこのまま<<リユニオン>>を続けて良いか迷う。ただ、かつて未来を見通すスキルでチームを引っ張った旭姫の力が欲しい、あるいは彼女を倒して名を上げたいというプレーヤーが押しかけてきたことで、陽飛翔は旭姫を守るためにゲームにログインし続ける道を選ぶ。同じスバルの仲間だった魔導使いの咲月も加え、真相を探ろうとする。

 その前に因縁の相手とも言える強大な敵が現れる。昔の仲間だった少年が旭姫だけを渡せと迫っても来る。そんな攻撃をかわし、異常ともいえるこの状態の真相に陽翔たちはたどり着けるのか。それが今後の展開の中心になっていきそうだ。

 火葬した場面も見ているからには、旭姫が現実世界で生きているとは思えない。だとしたら誰が、どのような意図で旭姫を“復活”させたのか。それともスバルが敵に敗れて旭姫が倒され、現実世界でも死んだことが夢で、メンバーはまだ前の<<ユニオン>>にアクセスし続けたままでいるのだろうか。

 何でもありの仮想世界ならではの展開がいろいろと浮かぶが、いずれにしても答えは物語の中で示される。過去にない解決を示してくれるかどうか。期待しながら綴られる時を待とう。


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