SF飯 宇宙港デルタ3の食糧事情

 郷に入れば郷に従えというのは食においても同様で、どこか遠くに出かけていってそれしかない食材を出されたならば、食べるよりほかに道はないし食べなければ死んでしまう。寒くてコメが育たなければソバを育てて挽いて食う。タンパク質が足りなければハチの子でもイナゴでも捕まえて食う。そうやって人間はどんな場所でも生き延びてきた。

 だからいつか宇宙へと人間たちが出て行った時、そこで地球のような食べ物がなければ宇宙だからこその食べ物を食べて人間は生きていく。そんな可能性を想像し、描いた小説がタイトルもそのままに銅大による「SF飯 宇宙港デルタ3の食糧事情」(ハヤカワ文庫JA、760円)として登場した。

 中央聖域で商家として隆盛にあるオリュンポス家に生まれたマルスという名の青年、俗にいう若旦那がなぜか一家を仕切る大婆さまから勘当を食らって追い出され、宇宙船に乗って遠く彼方にある宇宙港へ流れ着いたものの、勘当されるくらいに生来のボンクラだったことが災いしてか、相応しい仕事がまるでなるでない。

 そでもやっぱり腹は空く。手持ちのお金を使って食堂に入っても、出てくるものは粘菌やら蟲といった宇宙ならではの食材を使った料理。そのあたり、九井諒子の「ダンジョン飯」シリーズのように、ファンタジーの世界で現れるモンスターのような材料を使って調理し、美味しいものを作り出すといったストーリーの宇宙版といった印象がある。

 一方の若旦那、いつまでも仕事にありつけなければ、遠からず食うにも困る身になるかというと、かつて発達した機械知性として人類を守っていた<太母>が、シンギュラリティを究め過ぎたか大悟を得て涅槃へと旅立ってもなお、その“遺産”として残したシステムが生き、B定食なるものをお金を払わずに食べられるようになっていた。

 それは完全パンと万能スープと満点サラダがセットになったもの。もちろん宇宙的に加工されたものだけれど、これさえ食べていれば健康は保てて餓死も免れる。なおかつ宇宙港ではお金までもらえてそれでどうにか暮らしていけるというから羨ましい。とはいえ決して美味しいものではなく、むしろ続けて食べたいとは思えないくらいの味で、名家の若旦那として山海珍味を味わってきた若旦那にはあまりマッチしなかった。

 仕方なく舐めれば美味しい味のする飴で凌いでいたけれど、それには栄養がなく腹を空かせた若旦那は宇宙港で行き倒れてしまう。そこに通りかかったのが、かつて若旦那の家に咆吼に来ていたコノミという少女で、祖父が残した定食屋を継いで再開させようとしていたものの、自動で調理する装置があまりうまく働かず、苦労してレシピを元に調理の腕前を上げようとしていた。

 そこに参加することになったのが他に行くあてもなかった若旦那で、藻を使ってステーキを作る調理の途中に工夫を入れて、コノミの祖父が出していたのに並ぶようなステーキを作り出す。そして始まる身分を超えた2人の宇宙定食屋繁盛記? そうした面もあるにはあるけれど、むしろ物語は若旦那という不思議な存在を軸にして、宇宙全体が少しずつ揺らいでいくような変化への兆しを見せ始める。

 コノミの定食屋ではお弁当なんかも始めたものの、これが初速だけでしぼんでしまった理由を探った若旦那は、調味料の問題だと気付いて自分でも調味料と作ろうとして材料を取り寄せようとしたところ、宇宙の都市を滅ぼしてきたヌカミソハザードを起こす疑いをかけられ収容されてしまう。そうした事態に陥る前にセーフティがかからなかた偶然がひとつの謎。そして流刑された小惑星の上でも役に立つロボットを偶然見つけてどうにかこうにか生き延びてしまうのもやはり謎だ。

 さらには牛のような異星人が小惑星へと漂着して、会話はできないまでも意志の疎通を成功させてそのまま新しいコミュニケーションの輪を広げてしまう。いったい若旦那は何者なのか。ほんとうにただのボンクラなのか。あるいはまったくの無能に見えて実はその特殊な気質が、<太母>去りし後の停滞していた人類に新たなブレイクスルーをもたらそうとしているのかもしれない。

 そんな気質を目覚めさせるきっかけとなった勘当を行った大婆だとするなら、その振る舞いにも何か理由があるのかもしれない。兄が捕らえられて流刑にされたことで、イシスという若旦那の妹が立ち上がっては財力に明かせて戦艦を仕立て、若旦那がいた星系へと乗り込んでいくのも大婆の監視から逃れなければありえない。だとしたらいったい何が狙いなのか。大婆の計略以前に<太母>が仕込んでいた何かがようやく動き出したのか。いろいろと気になる。

 続きがあればそうした部分が明かされものかと期待したい。同時に宇宙ならではの限られた食材と調理法で、若旦那とコノミが美味しくて栄養もあって誰もが喜ぶご飯が作り出される展開も。それは果たして美味しそうなものなのか。食べてみたいと思わせるものなのか。こちらもやはりいろいろと気になる。


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