戦闘医師 野口英雄

左手に酷い火傷を負って指がつながり、「てんぼう」と呼ばれ虐げられながらも学問で才を見せ、左手が手術によってどうにか動くようになったことをきっかけに医術を学び、国内で名を上げ世界に出てさらに名声を高めていきながら、黄熱病が猖獗を極めていた危険なアフリカへと分け入って原因の探求に邁進し、その途中で自らも黄熱病に罹って死去した医学界の英雄。野口英世という偉人を語る時、そうした逸話がたいていの人の口から出てくる。

 調べれば酷い浪費家で、女癖もそれほど良くなく勉強はできても学歴がないため日本では出世が見込めず、それで声を掛けられ海外へと出て、そこで生き残るには実績しかないと不眠不休で研究に取り組み、幾つもの病原体を発見をしながらもその幾つかが、後に当時は発見が不可能だったウイルスによるものだったと否定されている。

 命を奪った黄熱病についても、病原体の発見は否定されたものの、目では見えない原因があるのではといった推測を残しているあたり、研究者としての優秀さは否定できない。何より名誉のためとはいえ、自分を厭わず現地に分け入って病気に向き合う真摯さは、彼を今なお偉人であり、英雄といってはばからない根拠になっている。

 そんな野口英世のヒーロー性を、現代に蘇らせたらどうなるか、といった設定を持った物語が草木うしみつの「戦闘医師 野口英雄」(HJ文庫、638円)。現代から少し未来を舞台に、野口英世に限らずかつての名医と同じ名前を持った医師たちが登場しては、戦闘医師(メディック)となってそれぞれに持った異能をふるい、病魔という文字通りに病気をもたらす魔物たちを相手に戦いを繰り広げる。

 主人公はいわずとしれた野口英雄で、現実の存在に重なるように戦闘医師としてアフリカに蔓延る病魔を相手に戦っていたらしいけれど、そうした戦闘医師を統括するWHFという世界組織の意向に逆らい、勝手に活動をして大勢の命を救ったことを咎められ、ランクを下げられて危険地帯のアフリカにはもう出入りできなくなってしまった。

 組織や国の体面のために、現地で本当に必要とされている支援が行われない矛盾は、現実の世界でも起こっていること。そんな状況への批判も含まれた展開を経て、とりあえず日本に帰った野口英雄は、チームだったら資格を取り戻せると医師の仲間を誘って、民間軍事会社ならぬ民間医療会社の「HOUNDDOC」を設立する。

 そこには大村益二郎という拳銃使いがいて、渡辺カナエにメリー・ロゼッタ・ダージスという女性も2人いて、とりあえず横浜港に入ってくる病魔を検疫する仕事を始めていた。なぜそこに日本陸軍を創設した大村益次郎と同じ名前の男が? と言われそうだけれど、もともと大村益次郎は村田蔵六といって長州に暮らしていた村医者で、蘭学を修め兵学を極めた果て、倒幕に立ち上がった長州の軍隊を指揮する身となって明治維新に貢献した。

 そんな経歴をなぞるように、こちらの大村益二郎も医師で豆腐が好きで長州出身ということなっている。福島県すなわち会津出身の野口英雄と出身をめぐって罵倒し合うこともあるけれど、信頼関係は抜群で、かつてない強さを誇る野口がある場所で相手にして倒せなかった唯一の存在として大村のことを認め、パートナーとして仕事をしている。

 メリーについて、はかつて野口英雄が救い、今は彼を夫と言ってつきまといながら、戦闘にはとくに参加しないで会社の面倒をいろいろと見ている。そんな面々で構成された「HOUNDDOC」が直面することになったのは、中国で発生したとてつもない病魔。冥黒死神種「デスブラック」と名付けられたこの病魔は、触れただけで人に毒を流し込んでは死に至らしめる凶悪なものだった。そしてこの「デスブラック」が、なぜか船を乗っ取り横浜へと向かって走ってきた。

 立ち向かおうとする野口英雄。そこに割り込んだのは、野口の消されたアフリカでの功績の代わりに持ち上げられたSランクの戦闘医師、アルベルティーナ・シュバイツァーという少女だった。もちろん実力は折り紙付きだけれども、本当にアフリカで人々のために働き、ガーナの大統領からも尊敬されている野口の代わりとして、ちやほやされているかもしれないという屈辱から突っ走り、「デスブラック」に冒された船へと飛び込んでいく。

 アルベルティーナを救い、船員たちも助け、そして「デスブラック」を倒さなくてはならない厳しいミッションに野口英雄と仲間たちはどう挑む? そこで炸裂するさまざまな異能は、いずれもモデルとなっている医師たちに関連したもの。そうした組み合わせは、文豪たちと同じ名前を持った者たちが、その文豪たちの著作にちなんだ技を繰り出すも「文豪ストレイドッグ」との類似性を漂わせる。

 ただ、ゴマンといる文豪たちと違って医師って歴史上にそんなに多くないだけに、いったいどういう医師をどういう異能で出していくか、といったあたりがなかなか難しそう。日本だと北里姓を持った雷華という少女が、若いながらもSランクの戦闘医師として登場し、日本戦闘医師会のトップに君臨している。

 胸は小さいながらも野口英雄の力を認め慕い、メリーとその意味でライバルにある存在。なおかつそこにアルベルティーナも加わりアフリカ以上に熱い展開が繰り広げられそうだけれど、それはさておき、やはりどんな医師がモデルとなった戦闘医師が登場してくるかに興味が向かう。

 日本人医師なら野口英世に北里柴三郎と並ぶのは志賀潔くらい? それとも前野良沢や杉田玄白あたりも含めるか。そんなあたりのセレクトと、なにより経歴が謎に満ちて、力にも凄まじいものがある戦闘医師・野口英雄の正体に迫る展開を、続く物語で読んでみたい。


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