戦場の掟
BIG BOY RULES

 ジョン・コーテはイラクで死んだ。兵士として戦死したのではない。ボランティアとして働いていたところを襲われたわけでもない。まだ23歳のアメリカ人青年は、民間の警備会社に雇われた傭兵としてトレーラーを護衛する任務に就いていて、武装集団の襲撃に遭い、拉致されてそのまま殺された。

 アフガニスタンとイラクで兵士をやっていた。軍功を挙げ金も稼いで除隊し、これからは気楽に凄そうとフロリダ大学に入って美女に囲まれ、仲間たちに囲まれる楽しい日々を送っていた。けれども、そんな平和に飽き足らなくなって、軍隊時代の知り合いから来たメールに答え、大学を辞めて傭兵になってイラクに入り、そこで命を失った。

 勿体ない人生か。そうするしかなかった人生なのか。ジョン・コーテに聞いてみなければはっきりとしたことは分からない。けれども、ジョン・コーテのような人間が今のイラクにはいっぱい集まっていて、傭兵のような仕事に従事していることだけは確かな事実だ。

 米軍だけで12万人も駐留しているイラクで、ジョン・コーテのような傭兵に出る幕などあるのかというと、これがおおいにあるらしい。2万5000人とも7万5000人ともいわれる数の傭兵が、民間の警備会社などに雇われて、イラクに入っているという。そして、補給物資の輸送車や外交官が乗る車をテロリストの攻撃からガードしていたり、ボランティアを誘拐などの危機から守っていたりする。

 基地の護衛を任せる軍隊もあるというから、まさに本末転倒というべきか。傭兵に護られる軍があるということ自体に、何かが間違っているのではないのか? とった疑問が浮かぶ。

 間違いとはつまり、イラクでの戦争の始まりに、9・11に端を発した国際的なテロの撲滅という大義が掲げられてはいながらも、それには本当に効果があるのといった懐疑を一方に抱きつつ、きわめて政治的な事情もあっことに根ざしたものだ。そのような始まりを持った戦争に、誰もが国のため、家族のためといった真剣味を抱けないまま、軍も及び腰を続け、メディアもそんな及び腰を真っ当と見る。

 そんな雰囲気に生まれた間隙に、雰囲気から離れてドライに働ける傭兵が入りんで、はびこっっていった。加えてそんな戦争を経験し、平穏な日常に関心を持てないジョン・コーテのような若者が生まれ、イラクへと引き寄せられていった。心の奥底から戦争が大好きな連中も集まって、過去の戦場では考えられない奇妙な空間が、イラクに生まれてしまった。

 軍隊なら軍律で罰せられるような振る舞いでも、傭兵なら誰に縛られることもなく行える。外交官の車とすれ違っただけの、普通の親子連れが乗る車を撃って親子の命を奪う。結婚式を祝う席で祝砲が挙げられたのを聞きつけ、攻撃だと思いこんで銃弾をばら巻き、戦争とは無関係の市民の命を奪う。

 やりすぎれば会社もさすがに咎め立てる。けれども、中には本当に危険な場合もあったりするからすべて止めろとはいえない。そうなれば手足を縛られている軍隊とかわらなくなって、雇われる意味がなくなる。雇う側の軍も軍で、傭兵がいなければ安全を確保できないからと不問に付す。

 かくして人々の恨みは深まり、現地の人の反乱を招いてジョン・コーテのような拉致事件が起こり、殺された家族のイラクへの憎しみが深まって、そして連鎖した戦いはいつ果てるとも知れず続いていく。

 正義も愛国も後ろに下がり、強欲と享楽に彩られた現代の戦場を描いてピューリッツァー賞を受賞したスティーヴ・ファイナルによるノンフィクション「戦場の掟」(伏見威蕃訳、講談社、1800円)。ボストングローブ紙などで活躍していたジャーナリストによるルポルタージュは、声高に非難することはなく淡々と、傭兵たちの日常やプロフィールを描いて、そこに浮かび上がる矛盾や無理を感じさせ、あの戦争が持つ不思議さを問う。

 最初にボタンを掛け間違ったのがいけなかったのだろう。けれども、だからといって今さら戻ってかけ直すことなど不可能だ。清く正しい正義の戦争なんてあり得なくなってしまった現状から、事態はいったいどこへ向かおうとしているのかを考えた時、混沌とする中を富があり、力を持った者立ちだけが“正義”を名乗れる世界の訪れを感じて、誰もがいたたまれない気持ちになってくる。

 果たして世界はどうなるのか。戦争はなくなり平和は訪れるのか、それとも永遠に戦争は続き、ビジネスの種とな不行跡の成しえる場となって、大勢の若者とアウトローを引き寄せるのか。

 何しろ月給7000ドル。これでは傭兵稼業への憧れだけでなく、平穏な暮らしに違和感を覚え、平穏な暮らしでは得られない収入を目的に、イラクへと向かう人が出ても仕方がない。そうさせないために、まずは誰もが豊かになり、安寧に埋もれられるようになることが、世界を平和に導くために必要なのだが、それが実は1番難しい……。


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