青春サイバーアクション漫才ハードボイルドコメディな転校生

 リタ・ジェイがお笑い芸人としてどれくらい面白いのか、その芸を見たことがないので分からないし、イラストレーターとしてどれくらいの人気と実力を持っているのか、調べていないからやっぱり把握できていないという人も、リタ・ジェイがライトノベル作家として、とてもとても面白い話を書くことだけは、「青春サイバーアクション漫才ハードボイルドコメディな転校生」(PHP研究所、619円)という本を読んだら分かる。すぐに分かる。

 いつかお笑い芸人になってテレビに出たいと思い、そのためにずっとネタを書き溜めている南田是也という高校2年生の少年が主人公。、彼にはお笑い番組を見るのが大好きで、そのために芸に詳しい同級生の村上・ボーズビー・洋一という少年がいて、時間があれば南田が村上にネタを見せるようなことをして、2人してお笑いについて研究していた、そんなある日。

 学校に向かう途中の南田の前に、スカートを風になびかせ時々銀色のパンツをのぞかせる少女が現れ、落ちてきた木の枝を軽々と受け止めるパワフルな芸当を見せつつ南田に向かって「私の胸を触ってみて」と誘いかける。もしかして痴女か淫乱か。どうにもそうは見えないクールな雰囲気。なおかず胸を触ってもらう理由が得体の知れない鍵探しだというからさすがに南田も彼女に靡くことなくその場を離れる。ところが間髪を入れずに南田と村上の学校に、その少女が転校してきたから驚いた。

 鋼屋りんと名乗ったその少女は、やはり鍵を探しているといって学校中を歩き、胸を触ってくれる人を探して回る。まったくもって不可思議な行為。彼女はいったい何がしたいのか。そんな疑問を抱いた南田が、あまりに浮世離れしているというか、年頃の女の子のようではまるでない、というより人間ですらないような鋼屋りんの言動に、お笑い好きとして思わず見せた突っ込みが、彼女の探していた鍵にピタリとはまって、その姿に多大なる変化をもたらす。

 現れた不思議な装備。そして振るわれる強靱な力。つまり彼女はサイボーグだった。とある研究機関で作られたものの、生みの親ともいえる博士の助言を受けて組織を抜け出して、今はその組織の追っ手と戦っていた。そんな追っ手に対抗するため、秘められた力を発動させるには、タイミングも速度も力もバッチリな南田の突っ込みが必要だった。はい言おう。「なんでやねん」。そうそれだ。その突っ込みだけが鋼屋りんを覚醒させられるのだ。

 ならばと南田と鋼屋りんの2人でペアを組ませ漫才をやらせることにした木下。それもそれで無茶だけれども面白いから気にしない。そして繁盛していないテーマパークを舞台に特訓が始まり、好きではあっても自分のお笑いの才能にまるで自信を持てずにいる南田の挫折と逃避があり、それらをどうにか乗り越えた学園祭で繰り広げられた、2人の息もぴったりというか、超然と言葉を発し続ける鋼屋りんに、突っ込み続けてボケもかます南田の独特な漫才に、聴衆もいつしか引き込まれていく展開に涙が出る。おかしくて。そして頑張りへの共感で。

 そこに敵襲。激しいバトルが繰り広げられたあとで、鍋屋りんは敵を退けつかの間の平穏を得る。学校にも居場所を得て仲間との触れあいを濃くする中で、その鋼鉄のような思考回路に変化が起こってそれが鋼屋りんらしさをなくしてしまい、漫才を面白くなくしてしまって南田にベストなツッコミをさせなくしてしまうような展開が待っているのか。もっと単純に逃げた敵を含めて続々と敵の襲来がある中を、南田と鋼屋りんの苦闘があってその成果としての漫才コンテストでの優勝のようなドラマが待っているのか。まるで想像ができないだけに、はやく続きを読んでみたい。

 芸人が書いた話だけあって、木下の南田へのアドバイスを通して漫才はどうすれば面白くなるのだというアイディアの開陳があり、漫才というものに立ち向かうには何より人を楽しませたいという思いが必要で、そのためには諦めない強さが求められているのだと教えられる物語。その中に、戦う少女がクールな感情をじわじわと融かし、居場所を見つけようとする、切なくて狂おしいストーリーも描かれる「青春サイバーアクション漫才ハードボイルドコメディな転校生」。聞けば聞くほど面白い設定。そして読めば分かる面白さ。これを読めば「JJポリマー」というリタ・ジェイが片割れをやっていたらしい漫才コンビが、南田と鋼屋りんによる「北のレアメタル」、もしくは同じコンビの「ナンダ・リンダ」に負けず面白かったかもしれないと思えてくる、かもしれないけれど、本当のところはどうなんだ?


積ん読パラダイスへ戻る