星界の戦旗1
絆のかたち

 「さあ、読むがよい」

 言われなくたって読みますよーだ。だって96年の6月に、シリーズの掉尾を飾った「星界の紋章3」(ハヤカワ文庫JA)が出てから、もう半年も経っちゃったんだからね。その間、本当に続編が出るのかなあ、王女様のラフィールと、成り上がり貴族のジントという、ちょっと(とっても)凸凹したコンビの活躍を、もう1度読むことが出来るのかなあなんて、期待3割・心配7割の複雑な心境で、ずっと待ちわびていたんだから。

 でも森岡浩之さん。うれしいことに期待の方に応えてくれた。もしかして「星界の紋章」が商業的に成功しなかったら、最初の3巻ぽっきりで終わってしまう可能性も大きかったなんて、森岡さんは思っていたそうだけど、あれだけの宇宙観、あれだけのストーリー、あれだけのキャラクターを持った話だもの。今が盛りのヤング・アダルトのファンから、SFマガジンで育った筋金入りのSFファンまでが、驚き喜んで飛びついたのも、ぜんぜん不思議じゃないからね。

 アーヴという星間種族によって占領された星を、父親が統治することになった関係で、貴族になってしまった少年ジントと、帝国を統べる王族の1人として、義務を果たすために軍務に就いていたたラフィールとの出会いを経て、乗っていた宇宙船が破壊され、命からがら逃げ出したジントとラフィールが、艱難辛苦を乗り越えながら「友情」を育んでいった「星界の紋章」。冒険から戻った2人が、3年の期間を経て再び出会い、同じ艦に乗り組むことになったグランド・フィナーレを読みながら、さあこれからが本番だって、誰でもきっと思っただろう。

 そして本番がこれだ。「星界の戦旗1 絆のかたち」(ハヤカワ文庫JA、520円)。突撃艦「バースロイ」に、ラフィールは艦長、ジントは書記として乗り合わせる。立場も身分も違い過ぎるほど違うのに、3年前の冒険によって、立場と身分の違いを越えた信頼感で結びついているジントとラフィールを、「バースロイ」に乗り組んでいる、前衛翔士のソバーシュや、列翼翔士のエクリュアといった根っからのアーブ種族や、ジントと同じ地上世界の出身ながら、たたき上げの末に軍匠列翼翔士になったサムソンたちは、戸惑いながらも認め受け入れていく。

 けれども「人類統合体」との戦争状態は、ジントとラフィールにラブコメチックな反発と和解の繰り返しを演じさせるほどには、甘いものではなかったみたい。突撃艦として幾たびかの戦闘を繰り返し、時には勝利し、時には敗北しながら、ジントとラフィールは「友情」と似て非なる、立場や身分の違いが「友情」をはるかに越えて障害となる、もっともっと強い感情を育んでいく。

 2人の間を行き来するのが、もしかしたら「ラフィールの甥」かもしれなかった猫のディアーホ。本当はジントの飼い猫なんだけど、地上に領地を持たないジントが唯一の領地にしている場所、つまりは「バースロイ」のジントの部屋に連れ込んだことで、ラフィールにジントという存在を思い起こさせるキャラクターとして、大事な役割を務めている。嬉しいことに(本猫にとては迷惑だったかも)ディアーホは、歳をとらないのでいつまでも美しいアーヴの少女(見かけが、ね)、列翼翔士のエクリュアにも好かれてしまう。猫を媒介にした3角関係なんて、サムソンがジントたちをからかう時のネタにされてしまうんだけど、それでもちょっと羨ましい。

 「星界の戦旗1 絆のかたち」は、ようやく1つの戦闘が終わったって段階で、これからまだまだ厳しい戦いが続いていくような、暗い方向性を暗示する終わり方を見せている。森岡さんのあとがきの中にも、ちょっと心配な一文があって、「星界の戦旗」のシリーズが終るまでに、もしかしたら森岡さんを嫌いになってしまうような、悲しい描写が登場してくるかもしれないと、ちょっと不安を覚えている。

 でも今は考えない。だって物語は今再び始まったばかり。「バースロイ」の仲間たちや、どこかおっとりとした皇太子にして総司令長官のドゥサーニュ、やっぱり高貴な身分で絶世の美女ながら、ちょっぴりヘンな性格をした第1艦隊司令長官のスポール、双生児にして一方は司令長官、一方は参謀長のネレースとネフェーの兄弟などなど、癖だらけのキャラクターたちが跳梁する宇宙の戦いの中で、ひよっ子からようやく抜け出たばかりのジントとラフィールが、喜びと悲しみを味わいながらもだんだんと成長していく様を、じっくり構えて眺めていくことにするからね。


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