Seed

 SFは絵だ。SFは驚きだ。ならば双三ヒロの漫画作品「Seed」(芳文社、819円)は、紛うことなくSFだ。

 表紙から扉絵から目次から、最初の1コマから最後の1コマまで、余すところなく繰り出される異形のビジョンが、意外性のあるストーリーを伴って1枚のタペストリーに織り上げられる。そこには、懐古と革新と、悲嘆と歓喜とが絡み合い、並び合って描かれていていて、目に感慨をもたらし心に驚嘆を与えて、SFに触れる楽しさの最大限を感じさせてくれる。

 4コマ漫画を連ねて、ストーリーめいたものを見せる形式の「Seed」では、何か訳があって大きく変異してしまった地表を、巨大だったり軟体だったり、臭かったり暴れたりといった奇妙な生物が跋扈しているという、この現実とはまるで違う境遇にあってこの現実とそれほど変わらない見てくれの少女たちが、明るくて楽しげに日常生活を送っている。

 やたらと背の高い人が歩いていたり、生きている信号機があったり、恐竜のような生物が走り回っていたりと、原始時代とも熱帯雨林とも似てまるで異なる世界の有り様。それは、ともすればグロテスクなものに映りがちだけれど、不思議と可愛らしくて優しげな雰囲気があって、人間が生きるに苛烈な世界を可憐な少女たちが必死で生き延びている、といった雰囲気はない。

 学校が巨大な生命となって歩き回っていて、学校に行くにはそれに追いつき入り込まなくてはならなかったりするけれど、だからといって2人の女子高生たちは、学校を休むことはせず、高い場所に登っては学校を見つけだして、そこに通おうとする。高いところが好きで覆面姿で駆け上る若者がいたり、地下で暮らしている間に学校がどこかに行ってしまって、通えず泣き出す委員長がいたりと、周辺の人間たちも結構にぎやか。異形の世界にすっかりとけ込んでいるように見える。

 そんな、ワイルドな日常が繰り出される何本かの4コマ漫画の間や後に、鬱蒼と繁る地表とは正反対の、岩だらけで空気も存在しない月面の基地で生きる、大人の女性と少女の2人の日常が挟み込まれるのが、この「Seed」という漫画の特徴。絶対に無関係であるはずがないその状況が、賑やかな地表での日常とどうリンクしているのかが気になってくる。

 どこかからか飛んでくるロケットに入っている物資を糧に、月面の基地で生き延びている2人は、だからといって暗くて悲惨な雰囲気は持たず、虚空を見上げて地球をそこに見て、いつか行ける日が来るのだろうかと思いながら、明るく楽しげに生きている、ように見える。宇宙服を着て出かけた月面でロボットらしきものを見つけては連れて帰り、いろいろなものを作らせたりもしている。

 そんな、どこか繋がっているかもしれないと思わせた、地表と月面という対称的な世界が重なった時、世界に何かとてつもないことが起こったのではないかといった想像が浮かんでくる。ビジュアルとしての空想性に加えて、設定としての科学性。そこから見えてくるカタストロフィのビジョンに戦慄してしまう。

 地表での女子高生たちの楽しげな日々は、その裏に家族を失ってしまったらしい過去も含んでいそう。月面で賑やかに生きている2人も、言葉の端々に大勢の人が歩く姿を見たい、水着を着てみたいといった平静への願望が滲んで、一抹の寂しさを漂わせる。安定しているように見える日々も、地表では激変が起こりあらゆるものが変異してしまう可能性を感じさせ、月面はすべての物資が尽きた果てに来る破滅を予感させる。

 救いがあるとしたら、2つの世界が重なる日が来て、そこから新しい何かが始まろうとしているように見えることか。決して不可逆ではなさそうな示唆もあって、そこに至った様々な要因を想像させつつ、収束から永久の安寧へと向かっていくかもしれないと思わせるし、そうなって欲しいと願わせる。楽しげな少女たちの姿をみれば、なおのことそうあるべきだと強く願う。

 キャラクターたちの言動の中にすべての説明があって、それを追うだけで全体像もつかめて感動も味わえるストーリー漫画とは違って、4コマの連続という形式を持ったこの漫画では、短い中に様々な示唆を含んでスピーディーに進行していく行間に、起こったことや起こりそうなことを想像する楽しみ方ができそう。正解かどうかはともかく、絵を見て内容を読んで、そこに自分なりの答を作り出してみよう。

 地表の動植物群はグロテスクなのに妙に可愛く、そして登場人物たちは表情豊かでしぐさにも動きがあって、何よりちょっぴりエロティック。そんな絵柄を持ち構成力を持ったクリエーターなら、繋がって積み重ねられる長編のストーリー物でも十分に描ききることが出来るだろう。そんな長編によって浴びせられるビジョンに耽溺できる日が来るのを待ちつつ、今は読み違えているかもしれず、読み落としているかもしれない行間を探り、自分なりの答を固めていこう。


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