SchellBullet
シェルブリット<1> ADEN ARABIE


 「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく」。この言葉が後に、楽しいけれども閉塞した世界の殻を打ち破り、厳しいけれども自由へと飛び出す子供たちの”革命”へと繋がっていったことは記憶にそれほど古くはない。そんな物語「少女革命ウテナ」の幾原邦彦監督が、原典とも言えるヘルマン・ヘッセの「デミアン」より「卵は世界だ。生まれようと欲するものは一つの世界を破壊せねばならぬ」との言葉を冒頭に仰ぎ、今度は少年の成長と解放の物語を描こうとしている。

 「シェルブリット」のタイトルを得て始まったこのシリーズには、さらに1人のスーパークリエーターが名を連ねる。永野護。数千年に至る宇宙の遠大な時空間を貫くストーリーを「ファイブスター物語」のなかに描き出し、且つ今も紡ぎ続けるクリエーターが、「ファイブスター物語」ゆずりの緻密な設定と繊細で流麗なキャラクター、そして有機的なデザインのメカを与えて、物語に彼独特の高尚にして壮大なスケール感を与えている。

 実のところは幾原と永野のどちらがどのように関わっているかは想像でしかない。華麗にして荘厳なビジュアルイメージを内に抱いた幾原と、騎士なる遺伝子上の特権階級、ファティマなる生きている機械を創造した永野のコラボレーションかもしれない。が、いずれにしても2人がそれぞれに育んだ物語とビジュアルのイメージを、お互いに出し尽くして練り上げた成果が、ここに開幕した「シェルブリット」シリーズに結実していることは想像に難くない。

 「シェルブリット<1> ADEN ARABIE」(角川書店、1000円)の主人公は、男装の美少女ならぬ女性とも見紛うばかりに美しい少年、オルス・ブレイク。19歳の彼は、ジーンメジャーとして宇宙最速のジーンライナー「ローヌ・バルト」に乗り込むために軌道ドックまでやって来た。説明すればジーンライナーとは、宇宙よりもたらされた遺伝子技術によって、自らを宇宙を自由に翔け回れる宇宙船の姿へと進化を遂げた人類を指す。そしてジーンメジャーとは最初のジーンライナーがもたらした遺伝子技術で美しく、強く進化した人類を指す。

 遺伝子技術のすべてを独占し、富み栄えているジーンメジャーに対立するジーンマイナーこそが昔ながらの人類を指している。圧倒的な数を誇りながらも富をジーンメジャーに独占され特権も持たない最下層であえぐジーンマイナーは、差別される歴史を積み重ねた挙げ句に激しいコンプレックスを抱き、自虐によって精神の安定を計ろうとする卑しい存在へと堕している。

 そして物語では、自らをジーンメジャーと言い張りながらも、何故か他のジーンメジャーに過剰なまでの劣等感を抱いてしまうオルス・ブレイクが、正体を見破られながらもかろうじて「ローヌ・バルト」艦内に止まり、「シェル」と呼ばれる人型の宇宙軌道兵器を操って航路確保のために働く「シェルブリット」要員となり、「ローヌ・バルト」に負けてばかりのもう1つの企業、ギース・シッピングに属する勢力の横槍をかわすために、戦いの場へと踏み出すいきさつが描かれる。

 出生に秘密を持った存在として、優越感とコンプレックスがないまぜになった複雑な感情を抱いて「ローヌ・バルト」に乗ったオルス・ブレイクが、今後その身を縛る殻をどう打ち破るのかが、物語の中心軸となって展開していくことになるだろう。敵シェルブブリット要員としてしのぎを削るジーンメジャー、レモン・フレイとの関わりや、オルスの正体を知ってシェル要員に起用し、厳しい試練を与えるエースとも言えるシェルブリット要員、ノーマ・クイックの思惑などが錯綜するなかで、「勝利者」への長い道程の端緒についたばかりのオルスの苦闘に、殻の中で温々としている身は大いに刺激されることだろう。

 既成概念を覆す3種類の人類が共存する宇宙の成り立ちや現在の仕組み、そんな宇宙を生み出すきっかけとなった遺伝子をもたらしたものの正体、そして何よりの驚愕であった生きている船、最高峰に位置する人類とも言えるジーンライナーの生態、感情、役割といったものが、物語の中でどのように明かされ、それがオルスの誕生と成長にどう絡んでいくのか、といった点にも尽きせぬ興味を抱く。

 「世の中で自らがどのような役割を果たしているかを知るのは辛いことだ」(ポール・ニザン「アデン アラビア」)が、知らずして世界を包む殻は永遠に破れない。戦う厳しさを知り、自らの存在意義を知った挙げ句の辛苦を越えた先に来るオルス・ブレイクの大悟を我が身へと頂くためにも、今はひたすらオルス・ブレイクの冒険に気持ちを預けて、その成長の軌跡を追っていこう。


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