Santa Cloaus Bokumetsudan
サンタクロース撲滅団

 どうにも音楽という奴はいったん頭に染み込むと歳を重ねようとそう易々とは洗い流れてはくれないようで、テレビの「ザ・ベストテン」は言うに及ばず、ラジオから流れるヒットソングやMTVにベストヒットUSAといった洋楽番組で聞いた音楽がほんの触りでも耳に飛び込んで来ると、それが誰の何という曲だったかも含めて記憶がメリメリと甦って来ては、気分を一気に80年代へと引き戻してくれる。

 ハマショーユーミンタツロー尾崎豊YMO美空ひばりジミヘンマドンナオフコースチューリップ……と列挙されたミュージッシャンたちの歌を、カーステレオで聞き合宿のコンパでカセットに合わせてがなりたて、彼女がいたら部屋で2人で並んで聞き彼女なんていない男や深夜に1人で吠えた日々。そんな記憶から学校とか社会とか家族とか恋愛とか諸々の出来事が甦って来ては、未来に夢を、明日に希望を、財布に金をなんて今となっては夢でしかない事どもを願っていた、あのギラギラとしていた時代を泣き笑いの気分で思い出す。

 朝日新人文学賞を受賞した勝浦雄の「サンタクロース撲滅団」(朝日新聞社、1600円)に居並ぶ挿入歌は、まさしく80年代にセーシュンを過ごした人にとって頭に深く染み込み過ぎて拭うことの出来ないものばかり。各章に付けられたタイトルからして「路地裏の少年」「恋人がサンタクロース」「公的抑圧」「蒼氓」「アイ・ラヴ・ユー」「愛を止めないで」と、聴けばシチュエーションも含めて歌詞やメロディーが浮かび上がって来る楽曲が並ぶ。

 しかしながら物語の舞台になっているのは、今や東京どころかニッポンの注目スポットになってしまった湾岸埋立地にある倉庫。家庭教師に煮詰まりコンビニでもキレてバイト先にあぶれたユウジと、大学のキャンパスで知り合ったランボオをそらんじるヒデオほか、倉庫に集まって来た10人のバイトたちが、かける音楽の趣味で議論し押し入ってテロリストたちと仲良くなりヒデオの彼女の死の床へと行き「蒼氓」を合唱し、堀立て小屋のようや居酒屋でカブトムシの幼虫やザリガニといったゲテモノを食い、最後は武器を手に取りトレンディドラマで名高い湾岸のヤマトテレビを爆破に向かう。

 音楽的なディティールで同時代の感覚を呼び起こされながらも、目的が見つけられず見つける気さえ起こさずに漂泊し続ける今っぽい若者たちの暴走が主題となっていたり、8ミリビデオとかコンビニエンスストアとかコンピューターソフトとかクワガタブームとか、現代もしくはここ数年でのして来た風俗が頻出していて、せっかく音楽によって喚起させられた風景がユラリを歪む。

 思うに「サンタクロース撲滅団」、単なるセーシュン小説などではなく、今でもタツローYMOユーミン尾崎豊オフコースチューリップあたりを最高! などとカラオケ屋で背広にゆるめたネクタイ姿で言ってしまえる20代後半からせいぜいが30代半ばまでの世代が、音楽を拠り所に夢だけはあった時代へと立ち返り、学校を出て否応なしに直面させられた規則に、慣習に、柵に縛られ身動きのとれないこの社会を改めて思い返しては、若者たちの暴走ぶりに自らを仮託し、溜飲を下げる本なのかもしれない。

 「癒しの午後」と題された、3章にまがたるユウジとカウンセラーの関わりを描いたエピソードでは、患者の不平を聞いて安らぎを与える程度のカウンセリングに怒ったユウジが、「患者に体のいい逃げ場を提供しているだけに過ぎない」(91ページ)とくってかかり、カウンセラーもそれ以後は、自閉している自分を可哀想だと思いつつそんな状況に馴れ合っている「非生産的な自閉」を唾棄し、「面倒な精神的過程を経ずして気軽にくつろげる相手」ばかりが集う集団を否定する発言をするように変わっていく。最後はかつての患者から告発されて破滅していくが、それでも現実を見よとのメッセージは引っ込めない。

 また、クライマックスのエピソードに登場する、トレンディな映画を撮らせれば日本でも有数の若手監督・ナルシマユウジが、若気の至りで後先考えずに暴走する若者たちに向かって投げかけた「利用するんだよ、利用して突破するしかないじゃないか」(218ページ)という言葉には、生産的でも非生産的でも「自閉」に過ぎない道とはまた違った、激しい困難さを伴いつつも現実へと開かれた道が示唆されている。

 これらを額面どおりに理解して、悩まず迷わず社会を生きていくための糧とすることは十分に可能だろう。けれどもたとえ自慰的行為からの脱却を呼びかけるメッセージであっても、妥協しつつ侵略する作戦を説くアドバイスであっても、すでにして「非生産的な自閉」に陥っている人間は、そうしたメッセージやアドバイスを受け取ること自体を、安寧を得る材料にしてしまうもの。心に染み着いた音楽と同様に、心を覆った殻をぶち壊すのはなかなか容易ではない。

 だから無理に変われとは言わない。ただ「サンタクロース撲滅団」を手に取って読み終えたあなたには、立っている場所が果たして安寧の暗闇か、順風の海原か、道なき草原なのかをまず見極めることだけを期待する。暗闇ならば光を思い海原ならば梶を握って左右に迷わず、草原ならばどちらでもよいから最初の1歩を草の上に記してみる。たぶんそこからきっとなにかが始まるだろうから。


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