ビストロ三軒亭めく晩餐

 お店の店主がお店に関係した知識を活かして、お店に来た人の困り事を解決するお店もののミステリがたくさん出ていて、それはそれで知識も得られて楽しいのだけれど、どんなお店が探偵に向いているかを探すのも結構大変そうになて来た昨今の情勢に、これは挑んだというより斜めに抜けた感があるのが、斎藤千輪の「ビストロ三軒亭の謎めく晩餐」(角川文庫、640円)だ。

 アイドルが看板役者としてにいた劇団で役者をしていたけど、アイドルが抜けてしまって運営が立ちゆかなくなって劇団は解散。行き場がなくなった神坂隆一は、ならばとオーディションを受けまくるもののどこに採用されず、かといって他に務める職場のない中で、姉がレストランへと連れて行ってくれた。それが三軒亭だった。

 少し変わったレストランで、用意してあるメニューを選ばせるのではなく、来店客の希望を聞いてメニューを組み立てるのが最大の特徴。来店客のテーブルには店に幾人かいるギャルソンが付いてオーダーを受け、それを伊勢というシェフに伝えていた。ギャルソンの指名もありだから、役割としては少しホストに似ているかもしれない。別に無理にドンペリを入れさせはしないけれど。

 そんな三軒亭で出てくる料理はどれも要望に的確なもので、なおかつ美味と評判になっていた。予約もなかなか取りづらい店になっていた三軒亭で、姉とともに食事をしていた神坂隆一は、テーブルまでやって来た伊勢と話していきなり合格を告げられた。ギャルソンとしての。どうやら姉が伊勢と語らって、ニート状態にある神坂隆一のアルバイト先を探したらしい。ならばと仕方なく話を受け、研修を経てフロアに立った神坂隆一は、最初の客でいろいろやらかしてしまう。

 ケーキ持参だからデザートはいらないという女性客にデザートを出したり、クリームの乗った皿や入ったパンを食べてもらえなかったり。「ライダウ」という聞き慣れない言葉を女性客がつぶやくのも耳にして、いったい何が悪かったんだろうかと考えた神坂隆一だったけれど、そこに秘められていた謎をシェフの伊勢が状況から解き明かす。「ライダウ」という言葉の意味も。

 女性客がそうした振る舞いに出た理由がなかなかに苛烈で、見かけによらず人には苦い過去があることが示される。もっとも、そうやってシェフの伊勢が来店客の悩みを解決していくような展開にならないのが、他のお店もののミステリとは大きく違っているところ。続くエピソードでは神坂隆一の姉が店でなくしたバッグをギャルソンたちが探し当て、姉の後輩が抱いていた迷いも晴らす。

 ギャルソンの1人でサッカー経験者の陽介が、迷い選んだひとつの道を語り、自分に自信がない姉の後輩を導く。ここでは探偵役は伊勢ではないし、続くエピソードでも伊勢は探偵役を務めない。ここでは3人の常連の女性客に起こったある出来事を、元医大生でギャルソンの正輝が観察や医学の知識などから解き明かしてみせる。

 つまりは登場人物の誰もが探偵というところが、この「ビストロ三軒亭の謎めく晩餐」の特色で、それはあることからポンコツになってしまった伊勢を、どうにかしたいと立ち上がったギャルソン連合の活躍にも描かれる。そうしたエピソードの積み重なった果て、神坂隆一自身にも迷いに対する答えが見えてくる。皆が足りず皆で補い合って人生を埋め合わせ最善へと誘う展開がとても心地良い。

 そうしたエピソード群を彩るさまざまな料理も実に美味しそう。「アルプスの少女ハイジ」でお馴染みラクレットとかも出てきて、どれも食べてみたくなるけれど、ギャルソンが相談に乗ってくれてシェフがお好みを出してくれるレストランなんてあるのだろうか? それがどうもあるらしい。ならばいつか行ってみたい。どんな料理を出してくれるのだろう。そもそも自分はどんな料理を食べたいのだろう。試される感じがしそうだ。

 主人公の神坂隆一については、その名前を妙に聞き慣れていることとは別にして、自分が役者として本当にやりたいのだったら、尊敬する演出家から声がかかった際に、改めて研究生から初めて演技の基礎を学んでと言われたとしても、それで自分が役者を極められるのならと応じるべきだと思わないでもない。もっとも、ギャルソンという場で他人とコミュニケーションを取りつつ料理を出していく喜びを味わった時、役者である必要を感じなくなっていたのかもしれない。研究生として下積みから始めるのが嫌だったとは思いたくはない。それは逃げだから。

 作者の斎藤千輪は、2人組の占い師が登場する「窓のない部屋のミス・マーシュ」で第2回角川キャラクター小説大賞を受賞してデビューした。「ビストロ三軒亭の謎めく晩餐」にはそちらの登場人物も出てきて、世界観が地続きだということが示された。そうとなれば両作を織り交ぜ、神坂隆一や他のギャルソンたち、そして伊勢も交えた共闘のような展開も期待してみたくなる。全員が探偵という異色の展開で、コージーミステリの世界に新しい風を起こして欲しい。それが作者を世に出す手伝いをした者としての願いでもある。


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