さがしものが見つかりません!

 現実世界において大学の学生会がどれくらいの権限をもっていて、そこに所属していることが、将来の就職とかにもどれくらい有利なのかは分からない。むしろ学生会なり学友会なり学生自治会が、その独立性を全面に出しつつ、背後で思想的な組織の支援なり指令なりを受けて活動している可能性を鑑みて、社会にとっては好ましくない組織として見なされ、所属していたことが就職などには逆にマイナスに働くことだってあったりするから、判断は難しい。

 だからあくまで仮定であり、架空の存在として、高校や中学の生徒会に類する学生から選ばれた公明正大な代表としての学生会があって、そこが強大な権限を得ながら選ばれた責任を果たそうと、学生のためになる活動をしているのだとしたら。大学ラグビーや箱根駅伝のような強豪大学の部活動に負けず劣らない、社会に認められて企業からも引っ張りだこの存在になっているかもしれない。

 そんな、おそらくは架空の学生会を現実の大阪大学に存在させてしまったのが、当の大阪大学大学院で学ぶ秋山浩司が書いた「さがしものが見つかりません!」(ポプラ社)という小説だ。京都大学なら森見登美彦や万城目学が、そこを舞台にした小説を書いているけれど、大阪大学は少し珍しいというか過去に類を見ないというか。前身になった緒方洪庵の適々才塾なら、手塚治虫の「陽だまりの樹」にも出てくるけれど、それはさすがに大阪大学とは呼ばないし。

 その大阪大学。文学部とか法学部とか経済学部といった学部が集まり、他の学部生も1年次はそこで学ぶ関係から、メーンキャンパスと見なされている豊中があり、工学部があって医学部も加わった吹田があって、そして統合した大阪外語大学が外国語学部となった箕面の3つのキャンパスを持っている。それぞれのキャンパスに学生会があって生徒たちを仕切り導いては、学生たちの尊敬を集めて是非に参画したい組織だと思われている。本当か? だからこれは架空の小説に出てくる学生会。そう思え。

 それぞれの学生会はそれぞれのキャンパスに所属する学生たちを守り統率する一方で、他の学生会を相手に主導権争いをしているというからあり得ないとうかそれが愉快というか。とりわけ吹田学生会にとって豊中学生会は仇敵ともいえる存在らしく、例えば本部は吹田にあって学長も吹田にいるのに、学園祭のような華やかなイベントは全部豊中が持っていくのが腹立たしい。だから豊中へと出かけていっては、豊中学生会の活動を妨害するようなデモを仕掛けてみたりるする。もちろん非公式に。バレたらさすがに公明正大な学生会としての立場を咎められるから。

 そんな諍いにまるで関わる気がなく、存在すら知らなかったのが工学部に通う山月という名の主人公。1年次の豊中キャンパスでの日々も、サークル活動に参加することなく、ほとんど下宿と学校の行き来をするくらい。2年になって進んだ吹田でも、似たよな日々が続くかと思っていたらそうはならかった。前に豊中にいた時にレンタルDVD屋で話しかけてきたアロハシャツの男と再会して、彼が作った「MFL」なる名の妙な組織へと引っ張り込まれてしまう。

 吹田のキャンパスの誰も来ないような場所にあるプレハブ小屋を勝手に使って作られたその組織。物部語朗という名だったアロハシャツの男のほかには、花子さんという女性がいるだけのMFLに3人目のメンバーとして引っ張り込まれた山月は、まずは豊中キャンパスに行って学生会の名簿を見て写してこいと命じられ、それをどうにか果たしたら、今度は吹田キャンパスの学生会会長を追い落とそうとする豊中の学生会会長の悪巧みを暴き阻止する計画に引っ張り込まれ、これにも成功したもののあきらめない豊中側の攻撃を受けてはしのぐキャンパス間抗争へと巻きこまれていく。

 物部という男は豊中の学生会にも吹田の学生会にも縁がありそうで、学生が表立って出来ない妨害工作を部外者として請け負ったり、高校時代からの知り合いらしい吹田の学生会会長を助けるプロジェクトに関わったりして、見事な手腕でそれらを成し遂げる。その有能さ故に多くから信頼されながら、一方では身勝手さもあって反発も受けている物部が、学生会には入らず、というか、かつて豊中の学生会会長に2年生で就きながら、今の学生会会長に譲って学校を辞め、工学部に入り直して吹田キャンパスへと進んで、MFLなる組織を作って目指していることとはいったい何だ? ちょっとした興味がわいてくる。

 もっとも、ラストに明らかになるそれは実に能天気でハッピーでフラワーな青春エピソード。付き合わされた山月が可愛そうになるけれど、その人にって重要なことは誰にとっても重要なこととは限らない。昔から言う。人の恋路を邪魔する奴はどうしたこうしたと。そんな意味からも、物部語朗の行動は納得できる……かというとやっぱり納得できないよなあ、豊中にとっても吹田にとっても。それで煽られお互いに潰し合ってくれれば、孤高を行く箕面が主導権を握ることになるのだけれど。

 といった具合に、大阪大学のキャンパスを舞台に、学生たちの騙し騙され合うような面白いストーリーと、そして吹田の学生会会長なら吹田、豊中なら豊中という姓(かばね)を名乗って活動するという、現実にはあり得ないけれどもあったら楽しそうな設定を持ったこの小説。幻想が入った森見とも、伝奇が混じった万城目とも違って現実に沿いながら、少し不思議な大阪大学を見せてくれる。

 物部語朗の目的が果たされてしまった以上、彼が大暴れするような続きはもう書かれそうもないけれど、この不思議な設定を活かし広げてることによって、大阪大学での別の時代、あるいは他の大学の学生会の物語を綴っていくという手はありそう。

 それにしても、大阪大学にはキャンパス事に学生会があって尊敬されていて対立していたりするのかどうかは依然として不明。確かめるには大阪大学に入るしかない。ただし学部とキャンパスは選ぶこと。吹田はやはり大変そうだ。そうなのか?


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