サディスティック88

 「縛りの心は義母(はは)心。鞭打てば汗ほとばしる」

 とは、いったい誰が言った言葉だろうか(誰も言ってません)。実際のところ、それだけの腕前の持ち主だったとしたら、義母が義姉で偽妹(変換ミスではありません)だったとしても、身を投げ出して縛って欲しい、鞭打って欲しいと願うかもしれない。

 とにかく見事。そして鮮やか。喋りの止まらない芸人を黙らせ、歳いった女たちを若返らせ、落ち着きのない者たちの心を癒す縛りと、虐めと、鞭打ちの連続技の見事さを、体感は無理でもせめて言葉で感じたかったら、大泉リサの「サディスティック88」(ガガガ文庫、590円)をお読みなさい!

 O嬢、ではなく大城哲太の父親が、出かけた先の南米から再婚したという連絡を寄越してきた。そして2人の連れ子とともにやってきた義母の紫(ゆかり)さんは楚々とした和服姿の美女で、上の娘はギャル誌のモデル級に派手で綺麗な結(ゆい)。もうひとりは楓(かえで)といって、華奢で大人しそうな少女に見えたけれども、程なくして実はくっついている存在だったことが判明した。何が? それは聞かないお約束。

 ほとんど男子ひとりだった生活に、美女と美人と美少女(?)が加わって、何て賑やかで華やかなんだと喜んだ哲太。お風呂場で上半身を裸になった楓の姿に心躍らせ、漫画のモデルにするべく哲太にさまざまなポーズをとらせる結の言動に汗を流し、母と呼んで欲しいとすがる紫さんの熟女っぷりに身もとろけさせた翌朝。

 台所に入ると、ロマンスグレーの壮年男性が上半身は裸で、下はショートのエナメルパンツをはいてエプロンをつけた恰好で、手におたまを持ってみそ汁をかきまわしていた。

 いったい誰? 聞いても「ぶうう」としか言わない。まるで豚野郎。そう豚野郎。どうやら紫さんには、壮年の男性を豚に変え、言うことを聞かせてしまう技能があって、その方面でトップクラスの存在として崇め、讃えられてきた過去があって、そして現在も君臨しているらしい。「女王様」として。

 「ぶうう」と鳴いた壮年の男性も、そうやって飼い慣らされた奴隷のひとり。そしてなおかつ……といった話は続きを読んでのお楽しみ。結はエロマンガの世界でそれなりに知られた存在で、楓は楓で可愛らしさの奥に1本、通った筋というか棒を持っていたりと、実に独創的な家族たちの登場に、哲太の暮らしは変わっていく。

 ようやく親しくなれそうだった同級生の桜井ひとみさんに、引かれてしまうかもと心配していたら、意外に紫さんがおそらくは実践がてらコレクションしている文学(沼正三とか渋澤とかサドとか三島とか)が好みだったらしく、それを自分の趣味と偽って哲太は桜井ひとみさんと仲良くなる。

 そこに割って入ったのが生徒会長の白百合清香さん。人にリリーSと呼ばれ、目につけた少女たちを誘っては、自分の物にして愛でる属性の持ち主が桜井ひとみさんに目を付けて、誘い最後には実力行使に出てきたからたまらない。あわや恥辱の大ピンチ。ついている楓に対する魔手も伸び、もはや事態は桜井ひとみさんだけに留まらず、大城一家へと及ぼうとしたその時。

 身を黒いボンデージスーツで固めた紫さんが現れては、正義の縄で白百合清香を縛り上げ、正義の鞭でひっぱたき、正義のボールギャグで恥ずかしい思いをさせて調教する。浮かび上がる官能。わき出す情動。けれどもその奥底には、ようやく得られた家族とその友人への、紫さんの深くて激しい愛情があるのだと哲太は気づく。たぶん気づいた。きっと気づいた。のだと思いたい。

 まさしく「ドSの心は母心」。その母心が哲太へと直接向けられる時は来るのか。その際にはどんな感情がわき上がるのか。楽しみではあるけれども、あれでなかなか鈍感な哲太少年。憧れの桜井ひとみさんの清楚な表情の裏側にある魔性にまるで気づいていなかっただけに、紫さんの鞭でもなかなか矯正は難しいかもしれない。

 ならばと飛び出す結に楓の禁断の愛が、哲太を感受性豊かな男に変えていく姿を、続きがあったら是非に読んでみたいものだけれど、続くのか、これ?


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