輪環の魔導師 闇語りのアルカイン

 それは永遠のドリームだ。

 何をやっても役立たずで、先を行く人たちにとっては足手まといでしかないと諦めて、後ろをゆっくりと歩いていたら実は違っていたという物語が途切れず生み出され続けている訳は、自分もいつかはそうなるかもしれない、なって欲しいという願望を抱く人が世界に多いからに他ならない。

 現実にはそんなこと9分9厘起こらないと察しているけれど、残りの1厘にかけてみたくなるのがドリームというもの。だから「空ノ鐘の響く惑星で」を完結させた渡瀬草一郎の新シリーズ「輪環の魔導師 闇語りのアルカイン」(電撃文庫、590円)にも、そこで起こる出来事に1厘のドリームを抱いてしまう。

 人間自身が何も使わず魔力を発揮することは出来ないけれど、魔法の道具を作り出しては、それを媒介にして魔法を発揮することは可能な世界が物語の舞台。主人公のセロは、世界でも有数の魔道具職人だった祖父を餅ながらも、自身はまるで魔法の道具を使いこなせず、道具も作り出せない少年で、それどころか魔道具を持つと壊してしまうくらいの無能者。それを自覚してセロは祖父の後を継ごうとはせず、薬草を摘んで薬を作る仕事に就いて頑張っていた。

 そんなセロが住んでいるのが街を治めるオルドバという貴族の館。貴族といってもセロの祖父のように魔道具を作る才能を持っている人物で、姪のフィノを幼女に迎え、セロを家付きの薬師といった扱いにして館に住まわせていたけれど、歳の近い少年と少女がいれば生まれるのはいわゆるひとつの恋愛感情こと。フィノは2歳下ながらもいっしょに暮らすセロに好意を抱き、セロもまた2歳上ながらフィノのことが気になっていた。

 もっとも貴族の娘と無能の薬師ではあまりに身分が違い過ぎて、2人が近づくことに対してオルドバはいい顔をしなかった。フィノが適齢期に近づくとなおさら厳しくなって来て、オルドバはフィノをセロから引き離してしかるべきところへと嫁がせようと画策していた。そこに都からハルムバックという男を筆頭にした騎士の一団がやって来て、オルドバにフィノのことを約束しつつ、滞在を許され何かを探し始めた。

 セロの所にもやって来て、笑顔でセロの祖父が何かを残していないかとたずねたもののセロに心当たりはなし。けれどもハルムバックは諦めず、オルドバやフィノに対する外面の良い顔とはまるで違った、悪辣さと残酷さを重ねた非道の顔を出してはセロを襲い、それでも知らないと言い張るセロを崖の下へとたたき落とす。まさに絶体絶命。

 そこに現れたのが喋る猫。立って歩いて魔法も使うその猫アルカインは、偉大な魔法使いと讃えられるファンダールの弟子のひとりで、失踪したらしいファンダールを追いつつ師匠が残した謎の魔道具を探して歩いていた。どうやら同じ物を狙っているらしいハルムバックとアルカイン。その間にあってセロは、知らず危機に瀕しているフィノやオルドバや街を救おうと無能も省みずに走り出す。

 こうして起こった出来事こそが、まさしくドリームの成就。アルカインやハルムバックが求めて止まない魔道具の行方に深く関わり、無能と蔑んでいた自身が世界すら脅かす力と強い結びつきを持っていたと分かれば誰もが最初は喜ぶだろう。けれども我にかえってその力が持つ意味と、力を求めてやって来る者たちの恐ろしさに背筋も震え、夢なら醒めて欲しいと思うことになるだろう。波の神経の持ち主なら。夢がかなったと他力本願を喜ぶだけの器なら。

 セロは多分違うのだろう。降って湧いた災難のような運命を受け入れるどころか、その運命がもたらす災厄からフィノを、オルドバを、街を守ろうとひとり立ち上がっては危険の渦中へと飛び込んでいく。ドリームを抱くのは自由だけれど、ドリームが成就される時には合わせて勇気も必要なのだ、と「輪環の魔導師」は教えてくれる。

 ともあれ降りかかった一大事を無事に過ごしてさてこれから、セロはいったいどこに向かうのか、そしてアルカインは何を求めているのか。国家の中枢をも侵して広がる陰謀の行方も見据えつつ展開されるだろうこれからの物語が楽しみで仕方がない。と同時に2歳年上であることから姉さん女房然としてセロに迫り、時には腕力すら見せるフィノと、その下に敷かれるかのような立場に甘んじるセロとの腐れ縁的関係がどう発展していくのかにも関心が及ぶ。

 女性に拳で殴りかかられるほど好かれるのもまたドリーム。これなら無能の裏側を探るよりもかないそうだが、さてはて。


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