爛漫たる爛漫
Chronicle around the Clock volume1

 底の方からズンズンと上がってきて、ぶわっと鳴り響くサウンドが全身に浴びせかけられるように感じる音楽漫画が浅田有皆の「ウッドストック」だとしたら、津原泰水の「爛漫たる爛漫 クロニクル・アラウンド・ザ・ロック ボリューム1」(新潮文庫、430円)は奏でられ、漂い満ちるサウンドに身を包まれ、引っ張って行かれる音楽小説といったところか。かたや漫画であり、こなた小説といった絵であり文字で見せる表現ながらも、耳に音楽が聞こえてくるような表現力を持っているという点で読む者に強烈な印象を与える。

 「爛漫」という名の人気絶頂にあった4人組バンドのボーカル、新渡戸利夫がオーバードーズで死んでしまった。ミュージシャンにはよくある話。けれども新渡戸利夫の兄の新渡戸鋭夫は、普段の利夫の薬を毛嫌いする言動から、そんなことはあるはずがないと疑問に思っていた。片耳が聞こえず、普段は部屋に閉じこもってばかりの鋭夫だったが、実は利夫の楽曲作りに深く関わっていて、ギターも鋭夫よりうまく、「爛漫」というバンドを影で支えていた。

 年子の利夫とはほとんど同じ容姿で声も似ていて、デモテープの中でときどき歌っていたこともあって、メンバーの中にはそんな鋭夫の存在を知る者もあった。利夫の追悼イベントとして行われたライブには、「爛漫」の一員としてギターを持ってステージに立ち、歌ってその存在をファンの前に見せることも決まっていたが、いよいよ登場という時に機材から感電して気を失い、病院に運ばれて舞台に立つことがなかった。

 何かがおかしい。誰かが事件の真相を隠そうとしている。そう思った鋭夫と、音楽ライターの母親がいて、「爛漫」の葬儀にはバンドのメンバーに会うのとは違う目的で来ていて、そこにいたメンバーと、そして鋭夫とも知り合った不登校児の向田という少女は、利夫の死の真相を暴くために、まずは追悼イベントのステージ機材を担当していた女性のところを尋ねて、彼女が何かしかけをしたのか、そうでなくても誰かがしかける可能性があったのかを探る。

 もちろん、女性は自分は何もしていないといい。あまつさえ鋭夫という人間が事故で感電したことすら記憶から忘れている。あるいは忘れようとしていたのか。残る奇妙な出来事に、裏の存在をますます強く感じるようになった所に、鋭夫自身が弟を殺した犯人ではないかという嫌疑が浮かび上がって鋭夫を追いつめる。これは困った。とはいえ留まってはいられない。鋭夫は実家に戻ったというステージ機材を担当した女性に会うため彼女の故郷へと飛ぶ。くれないは母親が昔つきあっていたかもしれず、自分の父親かもしれない、今は主にアメリカでギタリストとして活躍している岩倉理という男の知名度も利用して、音楽業界によからぬ薬が流通していることをつきとめる。

 そして深まっていくストーリー。機材をいじることで誰かを感電させられる可能性があったり、ギターの弦を独特のチューニングで張り、奏でる新渡戸兄弟とはまた違ったズレたギターのチューニングをするのは誰なのか、といった音楽に関わるさまざまな知識がベースとなった手がかりが閉めあれ、そこから本当の犯人へと迫る展開が繰り広げられる。そうするのかその人しかいない。証拠を突きつけ追いつめていくミステリならではのスリリングな描写を楽しめる。

 それももちろん面白いが、読んでいて嬉しいのはボーカルが死に、崩壊は確実となりながらも残されたバンドのメンバーが、自分の力を過信し、財産を独り占めするように振る舞って欲望の底の知れなさを見せる、よくある展開へとは向かわず、死んだボーカルの力量を讃えつつ、それぞれに自分にあった音楽を探し、生きていこうとしているところ。誰かが誰かを妬んで追いつめるといった、ヒリヒリとした描写がなく読んでいて苛立ちを覚えない。

 そして何より、行間から、ページから浮かび聞こえてくるような音楽に関する描写。くれないが父かもしれないと思っている岩倉理が、くれないの証拠探しにつきあってライブハウスへと行って、そこにいた若者のギターを借りて奏でる音楽が周囲を驚かせ、喜ばせる描写や、立ち寄った店で古いギターを渡され、それをくれないの絶対音感の力を借りてチューニングし、プロならではの圧倒的な演奏を見せて周囲を喜ばせる、沸き立たせる描写があったりして、読んでいる方を楽しくしてくれる。

 学校嫌いだったくれないが、中学時代に面倒をみてくれた恩師の頼みだからと断れず、後輩たちが結成しているバンドの面倒を見ようとするところも、人に頼られることの嬉しさを改めて感じさせてくれる。ロックを知らないくれないでも、頭を抱えるヘタな中学生バンドの練習しているところに、コピーしてい「爛漫」のベーシストと、ボーカルの兄の鋭夫が見に来るかもしれないとくれないに言われて、メンバーがへたりこむシーンの愉快さは、憧れと恥じらいの気持ちが滲んでいて、笑みがうかぶ。少女の気持ち。ミュージシャンの気持ち。それらが実にリアルに生き生きと描写されているのも、この「爛漫たる爛漫」の特徴だ。

 いちおうの解決は見ているが、どこかまだベールに覆われているようなところもあって気にかかる。本当の黒幕は別にいるのか。立派な人間だがダークな冷徹な面もある岩倉理は本当に善人なのか。そしてくれないの父なのか。同じ登場人物たちでシリーズが続いていくとしたら、そうした辺りに迫ってくれる展開になるのだろうか。そうでないなら音楽の楽しさと、音楽で生きる厳しさを感じさせてくれるストーリーを読ませて欲しいもの。文庫オリジナルの残り2作。刊行を待ち望もう。


積ん読パラダイスへ戻る