ラフ

 ラップといったら「ベストヒットUSA」のパーソナリティとして、海外の音楽を流ちょうな英語を交えて軽快に幅広く紹介してくれた小林克也が、その美声を広島弁に乗せてうなった「うわさのカム・トゥ・ハワイ」が耳にした多分最初くらいか。

 それがどんな曲なのかは「小林克也&ザ・ナンバーワンバンド」が残したアルバム「もも」を聞けば分かるけれども、当時はいっしょに収録されている桑田佳祐とのコラボレーション曲「六本木のベンちゃん」の方に、耳を引かれる人の方が多かったという印象。それだけラップという表現方法が未だ耳になじんでいなかったということで、そんな時代に日本のおそらくは広島から、ハワイに移民して苦労した果てに今へと至った老人たちの回想と、感じている幸福を広島弁に乗せてうなった小林克也の異端ぶりも伺える。

 もっとも、生まれながらにして様々な体験をせざるを得ないマイノリティや、社会からはじき出されがちなアウトローたちが、刻まれていった記憶や積み重ねられた体験を音楽などという悠長な手段を突き抜けて、叫びに代えスラングも交えて吐き出したものがラップなのだとしたら、ハワイという土地でマイノリティとして数々の障害にぶつかり、戦争の荒波に揉まれながらも乗り越えた老人たちの広島弁の叫びをラップに代入したのは、実はおそろしくラップの精神を貫いたことなのかもしれない、なんてことは当時はまるで思わなかったけれど。

 その後も吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」があって爆風スランプの「嗚呼! 武道館」があって、RUN D.M.C.辺りからMCハマーを最後に気にすることはなくなったラップというジャンルで、どんな進化があってポップス的にどんな影響を与えクラブ的にどんなシーンを演出したのかもまるで知らず、かすかにそういった文化があるといった程度の関心しか抱いていなかった人間でも、本間文子の「ラフ」(エンターブレイン、1500円)という話にはついつい引き込まれてしまう。

 父親はスペイン人で母親は日本人というハーフのラフラは、父がどこかに行ってしまって母親と暮らしていたところに、母親が再婚して妹ができたことで家の中に居場所を失ってしまい、追いつめられて騒動を起こした挙げ句に家を出る。ラップが好きで最初はライブハウスにに通い聞いていたのがある時マイクを回され、叫ぶようになってやがて自分でもステージに立つようになっていく。

 アルバムを1枚出したから身分は半分はプロということになるけれど、世間的に大ヒットすることもなく、世話になっている事務所でもあまり重くは見られておらず宙ぶらりん。先に進みたいと曲を書き、デモテープを作ってレコード会社に持っていっても、担当は受け取りながらなかなか打ち合わせを進めてくれず、かといって他のレコード会社に持っていきたいと断ると、待って欲しいうちですからと言って引き留める。

 つまりは塩漬け状態。そんな仕打ちを受けても振り払えないところがラフラの未練というか弱さというか、生真面目さの現れとも言えそうで、音楽的にはそれが良い方向に出ることがあっても、経済と資本に支配された世界では逆に足かせとなっている。お金になりそうな男女のアイドルユニットが書いてきた言葉に、プロのラップミュージシャンならではの感性を入れて作品へと仕立て上げるお仕事が回って来たものの、自分を出しすぎて抑えられ、かといって中途半端は嫌だと自分を殺せば見抜かれて、なかなか担当者を満足させられるものを作れないでいた。

 そうこうしているうちに喉にポリープが見つかって、手術しなくてはいけない事態となって、予選を勝ち抜いて掴んでいたMCの全国大会への出場はキャンセル。手術の費用を集めるために、かけたくもない実家に電話をしても過去の経緯があって母親からは費用は出してもらえず、嫌味だけを言われて断られた。迷っていたところに知人の助けがあって手術はしたものの、全国大会を逃しアイドルの仕事も滞って未来に霞がかかる。深まる絶望の色。けれどもラフラは止まらなかった。

 姉の存在を消されて育った父親の違う妹が、母親に電話をかけたラフラのことを見知ってラフラを尋ねてきた。ラフラを純粋に姉だと信じて頼ろうとする妹の無邪気さに、ラフラはかつて自分を脅かす存在だと感じて、この世界から抹殺しようと考え実行にすら移した過去を思い返して悩む。どうしたものか。どうすればいいのか。そしてたどり着いた場所から、ラフラは再生への第1歩をつかんでいく。

 ラップがファッションデザインに置き換えられた物語になったとしても、女性の悩みを越えていく成長物語として読めなくもなさそうだけど、そこは心底からの気持ちを現す言葉に、怒りも悲しみも載せて吐き出せるラップを主題に選んだことで、ファッションやアートといった他の表現豊富とは違う、生の言葉の応酬が繰り広げられては言葉で語る意義というものの重さ、強さ、鋭さを感じさせてくれる。

 ラップについてもいろいろ学べる。リリックという歌詞に韻を踏ませて放つルールを基本に起きつつ、フリースタイルという即興を要求される場も存在していて頭の良さと知識と何より心を言葉に乗せる強さというものが、大切なのだと教えられる。恰好良い言葉を調子よくリズムに乗せて調子よく叫ぶばかりではラップにはならない、ということ。上っ面の言葉では誰も感動はさせられない。身に染みこんだ経験から生まれるものこそが人を引き込める。そんな世界で頑張り、はい上がろうと懸命になるラフラに喝采を贈りたくなって来る。

 「リトルモア」の募集した「ストリートノベル大賞」をヒップホップや音楽やストリートを描いた作品で受賞してデビューしてから数年。決然として立つ女性が描かれた大竹伸朗のベストな作品を表紙に得て、今ふたたび音楽に生きる女性を主人公に取り上げ描いたストーリー。動揺しながら今を生きてる女たちに響きそうな1冊。そして才能のあるなしを悩んで迷っている老若男女を問わないすべての人間たちに届いて欲しい1冊。読み終えれば流れ出す口から今を紡ぐリリックが。


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