らじかるエレメンツ

 居場所があるってとっても嬉しい。そこに行けば誰かがいて、何かの話しが出来て時々は一緒にどこかへと出かけたりして、前向きの時間を楽しめる。居場所がないとどうなるか。どこにも行けない。誰とも話せない。どこかへ行くなんてもってのほか。いつもひとり。得られるものなんて何もない。

 だからどうした?人は生まれた時も死ぬときもひとりなんだ強がってみせる人もいる。でもそれこそだからどうした? だ。楽しさを比べても得られる経験の重さを比べても、ひとりでいるより誰かといた方がずっと上。だから人は居場所を求める。得られた居場所が奪われそうなら徹底的に抵抗する。

 居場所がある大切さ。それを失う大変さ。だから戦う前向きさを描いたのが、白鳥士郎の「らじかるエレメンツ」(GA文庫、600円)だ。岐阜県にある高校の化学実験部で部長を務める嶋谷鉄太郎が、産婦人科の保育器で隣り合わせに横たえられた頃からの幼なじみで、同じ学校の生徒会長をやっている梁瀬アルミという少女から、ついに部室明け渡しの厳命を言い渡される。

 ついにというのは化学実験部が生徒会や学校に対して過去にいろいろと迷惑をかけまくっていたからで、嶋谷と同じ化学実験部の副部長を務める身長175センチで好奇心旺盛ではっきり言えば傍若無人な少女の笠松卯卵を扇動者として、花火を作り学校の教室を吹き飛ばしたりする実験の数々を行い迷惑をかけたこともあったりと、積もり積もった不安と不満が大爆発して部室没収のピンチへと至った。

 もっともこれはあくまでひとつの理由であって、もううひとつはアルミの鉄太郎に対する微妙で繊細で複雑な感情だったりする。名古屋地方に絡めて言うなら、かつてテレビで放送された靴のマルトミのCMのコピーが最適化。「女の子って女の子ってフクザツね」。だからアルミも複雑怪奇。つまりは羨まし過ぎる鉄太郎。

 ともあれ虚勢からツンツンとは出来てもデレられないアルミの感情をぶつけられて、部室明け渡しを命じられた鉄太郎と化学実験部が窮余の策として生徒会から与えられたのは、全国に名の通るような活動をしてみせるということ。そこは100年を誇る化学実験部なだけに、過去のリポートをひっくり返せば使えそうなネタもいっぱいあって、すぐにでも対抗できそうだった。

 ところがよく読むと毒ガスを作りヤバい実験を繰り返したとかいった話が大半で、そのまま使って世間を納得させられそうもない。直前でも鉄太郎が感心を抱いて入部するきっかけとなった女性の先輩をはじめとした先達たちが、キャトルミューティションの実験と称して山野に牛の死体を山積みしたとか。やはりすがに真似できない。ならば別の方法でと鉄太郎たちは、スポーツチャンバラの世界大会で優勝する方を選ぶ。もはやに化学でも実験ではないのだけれど。

 それはそのまま後になって大きな影響を与えるけれども、とりあえずはスポーツチャンバラで勝利するんだと始まった「頑張れベアーズ」的な日々。最初は幼い子供にもあっさり敗れる挫折を経て、「フルメタルジャケット」にも出で来そうな鬼軍曹によって鍛えられた面子がようやく臨んだ世界大会。そこでやはりアルミの陰謀が立ちふさがる。

 果たして鉄太郎たちは化学実験部を守れるのか? そんなストーリーをメーンにしつつ下心などは別に抱かず、他人が人が悲しんでいたり怒っていたり迷っていたり、虚勢を張っていたりする様をを自然に受け入れ理解し癒す生真面目さを持った鉄太郎。彼によって誘われ、導かれていく部員やその他の面子の様子から、先入観とか色眼鏡といったもののみっともなさを強く激しく感じさせられる。

 真似をすれば幼なじみの生徒会長も、性格は雑多ながら長身で長身の美人も副部長も自分のものにできるのか? いやいや、そもそも真似という発想自体が下心。時に鈍感過ぎて人を迷わせたりはしても、それでも真っ当に策謀なしに生きていけば両手に花だってありえるのだとは思うのがここは良さそうだ。

 「皮をむく」と聞いただけで鼻血を出す婦女子な後輩の丹波凛とう名のキャラクターもなかなかな存在感。加えてそんな彼女の内面を描いた項もあって、集団の中に居場所を確保しなければいけない切迫感にからえて身を偽り、そしてそのまま偽り続けた姿を真の自分と思い込むなり、思い込もうとしてしまう現代のコミュニケーションの難しさという物を強く感じさせられる。

 自分は自分なら良いではないか。とは現実にはなかなかならないもの。その中で己を歪めず、誰ともコミュニケーションを育みふくらませられるようにする訓練をしてくれる物語。誰もが居場所を失わないでいられた幸せを噛みしめながら、どうすればそれが可能だったかを考え直してみるのが良さそうだ。

 生徒会長のアルミが心に秘めた、好きな男性への想いを抱きながらも歯牙にもかけらない惨めさ、救われなさにはいささか憐憫を覚えながらも、まだ続くだろう展開の中で何とかアルミにも幸せを掴んで欲しいと切に願いたいところ。彼女に仲間にならないか? と、そう言えれば鉄太郎もなかなかの豪傑なのだが。


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