ぷりるん。 特殊相対性幸福論序説

 「ぷりるん?」「ぷりるん!」。

 駄目だ。意味がぜんぜん通じない。けれども、「ぷりるん」としか言わない女の子が身近にいたら、嫌でも意味を汲んであげなきゃ、やっていられない。

 いられないんだけれど、それが行き過ぎると、かえって気にしたくなくなって、相手が「ぷりるん」としか言わなかろうとも、まるで問題にしなくなる。

 しなくなるんだけれども、それがさらに続けば、もうどうしようもなくなってやっぱり、気にしてしまうから、これはもはや根比べみたいなもの、なのかもしれない。

 ということで、十文字青の独立した長編「ぷりるん。 特殊相対性幸福論序説」(一迅社文庫、619円)。兄思いの妹が作ってくれた弁当を持って家を出たら、「ぷりるん」としか言わない女の子が待っている。

 幼なじみで、しばらく前になぜか今日から「ぷりるん」としか言わないと言いだして、そうですかと受け流していたら、本当にそうなってしまった。それからしばらく経ったある日のこと。

 やっぱり「ぷりるん」としか言わないその娘を脇にやって、学校で親しい仲間と喋っている中で、そんな仲間の一人だった桃川みうという少女と、電話やメールでコミュニケーションを取るようになったら、関係が一気に進展した。

 当然のようにデートに行って、ウィンドーショッピングを楽しんで、食事もして、ちょっと誘われたけれども初めてなんでかわして、これはまた健全なる交際、なんて思っていたら、すぐさまみうから電話がかかってきた。

 出ると別の誰かとどこかに行くと言っていて、それはいったいどいうことだと憤り、苛立ち焦りつつ、そういうものかと諦めていたら、またまたみうとの仲が深まり、一気に進展してしまう。これが夢の始まり?

 それは悪夢の始まり。積極的になったみうとデートに出かけるものの、コースはいつもと変わりなし。クラスメートが陰でそんな2人を揶揄している声が響いてきて、主人公の気持ちをダークにさる。

 さらに、その上に優秀だけど就職しないで旅人になった姉が家に戻ってきて、少年の出生の秘密を暴露し、妹もそれに気づいていたらしいことを知って、主人公の少年を戸惑わせる。

 ぎくしゃくする姉との関係に、妹との関係。みうの電話攻勢は激しさを増し、邪険にしていたら誰と出かけた、誰と寝たという話ばかりをするようになって、主人公にプレッシャーをかけてくる。

 友人との関係も崩壊寸前。出口無しのそんな気持ちの時に「ぷりるん」としか言わない彼女が目に入って来て……。

 ささいなきっかけが、関係をこじらせて暗くさせ、崩壊の瀬戸際まで持っていく。それは人間の社会によくある関係。道を踏み外せば誰かが、あるいはすべてが不幸へと転げ落ちていく。

 けれども物語では、そんな情動の裏側にある寂しい気持ち、誰かにすがりたい気持ち、誰かに幸せになって欲しいと願う気持ちが浮かび上がってきて、みんなを暗黒には向かわせず、死なども与えずに立ち直らせる。

 元の鞘というよりは、すべてを知ってさらに1歩進み、欺瞞が薄れ、自然さが増した関係へとみんなを持っていく。始まった時にはどうしようもなく行き詰まった感じにもだえる。それでも、読み終えれば乗り越えて進む明日の確かさを、きっと得られることだろう。

 取りつくろわず、おもねらず、空想にも逃げないで、厳しさを受け止めることで得られる確かさは、どこか仮面を被ったように、上っ面な関係が蔓延しているこの社会を照らし出す。仮面の裏側で、鬱憤が吹き出て不幸が生まれる社会に対して、ひとつのメッセージとなって響き渡る。

 人にとっても必要で、今という時代にとっても必要な小説。少女が願いを込めて叫ぶ「ぷりるん!」という言葉に込められた、思いの強さと重さを噛みしめながら、明日を探して歩き続けるのだ。


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