プロペラオペラ

 「とある飛空士への追憶」では、海に大瀑布と呼ばれる1300メートルもの段差があって、空を飛んで行くくらいしかできない状況もあって飛空機が発達した世界を舞台に、一介の飛空士と皇妃になる少女の旅程を描いた。「やがて恋するヴィヴィ・レイン」では、3000メートルもの崖の上にひろがるエデンの圧倒的な科学力に押さえつけられたグレイスランドという土地があり、そこからさらに3000メートルの崖下にジュデッカという地がある世界で、ひとりの少年が立ち上がって変革に乗り出す姿を追った。

 突拍子もない構造の世界を創造し、その上に広がる社会や政治の構造を想像して描き上げてきた犬村小六が、次に挑んだのは空を行き交うことが大きく制限を受けた世界だ。その名も「プロペラオペラ」(ガガガ文庫、630円)で世界は、1200メートルの上空に広がる浮遊圏から上に飛行機が飛べなくなっている代わりに、浮遊圏を漂う浮遊石にぶら下げるような形で船を作って浮かび上がり、空を行き交っている。

 世は覇権争いの真っ最中らしく、国々は浮遊石にぶら下げる艦艇に大砲を積んだ飛行戦艦を建造し、戦力を競い合っている。そんな時代、イメージ的には太平洋戦争時の日本をモチーフにした極東の島国・陽之雄があって、こちらはアメリカがモチーフで、圧倒的な資金力と資源力で陽之雄へと攻めてくるガメリアがあって、海を挟み対峙していた。

 戦力的にも財力的にも劣勢の陽之雄。そこに現れたひとりの少年を軍事的なリーダーとして仰ぎ、幼なじみの皇女とともに飛行艦隊を操り戦っていくといった戦記ストーリーに「プロペラオペラ」はなっている。レシプロのプロペラ戦闘機が優雅なオペラをバックに空戦をする話ではないのであしからず。

 皇族に連なる家系だった黒之クロトという少年は、父母の上昇志向を不敬ととられ皇位簒奪と目されて排除。当人もなかなかの上昇志向の持ち主で、幼なじみの皇女イザヤにまだ幼いにも関わらず婚姻し、皇子を廃し婿として皇位につくのだといったら殴られた。

 不敬も露見し日本にいられなくなったクロトは父とともにアメリカに渡るものの、株に手を出し財産を失って父親は失踪。遺されたクロトはアメリカの株式市場で株価をチョークで書き出す見習いのようなところから始め、記憶力と洞察力で成り上がり、巨万の富を得るもカイル・マクヴィルというパートナーにすべてを奪われる。

 ガメリアを訪れていたイザヤを見て、彼女を自分のものにしたい、そのために陽之雄を滅ぼすとまで言い切るカイルに対抗するため、戻った陽之雄で軍隊に呼ばれたクロトは、優れた戦術で味方を勝利に導いたことで、かつての幼なじみが乗艦していた戦艦に乗り合わせることになる。

 ガメリアも決してふぬけではなく、艦隊の旗艦を真っ先に撃破し続く艦船も最新技術を駆使して沈めていく。これはまずいと立ち上がったクロトが、イザヤの全体を俯瞰する異能の力も借りて逆襲して多くを沈めるもそこに新たな敵。互いに沈め合う中でどうにかこうにか生き延びる、といったストーリーは太平洋戦争時の日本とアメリカの戦いを模した感じになっている。

 現時点では少しばかり陽之雄が優勢といったところ。真珠湾だけであとは続かずミッドウェーで決定的に敗北した日本とは違った感じに描かれているけれど、これからの展開で物量的に不足している陽之雄が勝てるとはちょっと思えない。悲惨な戦いになるのかそれとも。歴史改変という面から、どういうストーリーを紡ぐかが気になる。

 あとは、飛行戦艦が浮遊体にゴンドラのようなものをぶら下げる形で作られているため、前方へと砲塔を向けられず両舷に大砲を並べるような構造になっていて、戦術が限られるためこれをどう活用するかで戦闘の行方が変わってくる。レーダーのような新技術とイザヤのような異能がぶつかりあってどちらが勝利を掴むかも。独特な世界設定を活かし、その上に成り立つ社会や政治の状況を組み込んで物語を紡いできた犬村小六の、新しい挑戦の行方はどうなる? 最後まで追いかけていきたい。

 それから、やっぱり姫たちが浸かった風呂の残り湯を、何に使っているのかということも大いに知りたい。嗅ぐのか浴びるのかやっぱり飲むのか。飲むと良いことでもあるのか。まねはしたくないけど気になる。真水にすり替えるとバレるくらいに鋭敏な兵士たちが飲んだらとんでもないことになりそうだけれど。


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