ぺとぺとさん

 木村航の「ぺとぺとさん」(エンターブレイン、640円)は見れば直感、読めば実感として”萌え”なるものが身に浮かぶ。

 まずもって表紙とイラストのYUGが素晴らしい。その名も「電撃萌王」という凄まじいタイトルの雑誌でおなじみのイラストレーター。触れるとぷにぷにと音をたてそうな子供たちを描いて評判の、そんなYUGを起用した一方で、中身の方でもふわふわとしてむにょむにょとした美少女たちが、次から次へと現れて来てはくっつき離れるという大盤振る舞い。その言葉、その行動のすべてが人の内に潜む”萌え心”なるものを引きおこし、キケンなワールドへと引きずり込んで離さない。

 主役というより狂言回しとして登場するのがシンゴという名の中学生。彼が住む町は妖怪を割に積極的に受け入れていて、彼が通う学校にも妖怪の子供たちが普通に通っていたりする。シンゴのクラスにも妖怪はたくさんいて、美形と噂されながらも普段は滅多に姿を見せない座敷わらしの和賀八郎、不良というか渡世者のような言動をする河童少女の沙原くぐる、本体はぬりかべで妖術でもって美少女の姿になっているぬりちゃんほか、ゾンビにずんべらぼうといった妖怪が通っては、いっしょに授業を受けている。

 ぺと子こと本名、藤村鳩子もそんな妖怪の1人。べとべととして人に不快感をもたらす「べとべとさん」の種類に連なる「ぺとぺとさん」といいう種族で、不快感をもたらすどころか愛しい者と触れ合うと「ぺとっ」とくっついてしまう、微妙に羨ましい性質を持っている。その日もプールで授業中、プールに落ちようとしたぺと子を助けようとした途端にシンゴとくっついてしまったから羨ましい。眠るまで離れないというぺと子とシンゴは、2人で眠れない夜を過ごすことになる。

 そんなほのぼのとした展開から、人間と妖怪の淡くて暖かくっておもしろおかしいラブ&コミカルストーリーへと進んでいくことはいくものの、決して甘い話ばかりではないのがこの「ぺとぺとさん」の”一筋萌え”ではいかないところ。現代の社会でも得てしておこる、異質な存在が紛れ込むことによって生まれる軋轢が、妖怪なんて人間の何倍も何十倍も異質な存在が、シンゴたちの住んでる町は別にして、社会で決して諸手をあげては歓迎されていない事情が語られる。

 おまけにそんな空気がシンゴたちの町にも漂って来ているようで、住む場所こそ与えられても補助が出ることはなく食べるお金にもことかく暮らしで、アルバイトをしようとしても人間ほどにはままならい。そんな貧乏暮らしにあっても決して落ち込まず、いつも明るくにこにこと学校に通うぺと子を励まそうとする話がつづられ、浮ついた気分を超えてほほえましい気持ちにさせてくれる。

 クライマックスは「ミスにょみの里コンテスト」こと「にょみコン」のシーン。スクール水着にビキニにスカート付きの子供用水着とデザインもさまざまな水着姿の美少女と一部美女が勢揃いしては、その姿態を文章とそしてイラストで披露してくれているからたまらない。なおかつ物語はそんな格別な舞台の上で、複雑な家庭の事情を抱える河童少女の沙原くぐると、その妹でまだ7歳なのに凄まじいばかりのセクシーさと、一家を束ねる頭脳の明晰さを発揮する沙原ちょちょ丸との激しい確執が繰り広げられては、水着姿のバトルにドキドキとさせられ、どこに落ち着くか見えない展開にハラハラさせられる。

 そこでぺと子の真っ直ぐというか何も考えていないというか、純粋な他人を思い遣る気持ちが披露されては心をホコホコとさせてくれ、そんなぺと子を思うシンゴやクラスのみんながひとつにまとまるハッピーエンディングに、嬉しさがフツフツと沸いてくる。根本を流れる異質なものへの差別や忌避といった問題が解決された訳ではないけれど、困難を気にせず屈託も抱かず生き生きとして日々を送っている人間たちと妖怪たちの姿を見ると、未来に希望も浮かんで来る。

 ぺと子にその母、ぬりちゃんこぬりちゃんに沙原くぐるに沙原ちょちょ丸、あとシンゴの怒れる妹・大橋智恵とずらり勢揃いしてサービスカットもたっぷり披露してくる美少女に美女に美幼女たちを心ゆくまで楽しめる。ほのぼのとした展開が心を和やかにしてくれる。それでいて心に刻まれるとっぴりの痛さもあって、何かをしなくちゃって気にもさせられる。たっぷりと萌えてほんのりと燃えられもする、貴重で素晴らしい1冊だ。


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