マジカルランド
お師匠さまは魔物!
ANOTHER FINE MYTH

 文庫やノベルズの出版から絶版までのサイクルが短くなってくると、発行元としてはその時々の流行言葉をタイトルに織り込んだり、流行物をイラストに織り込むといった週刊誌的・月刊誌的な本作りを行って読者の関心を引き、短期間のうちに確実に売ってしまおうとする戦術をとるようです。太田忠司さんの「東京『失楽園』の謎」のタイトルなどは、その最々たるもののような気がします。

 ロバート・アスプリンの「マジカルランド」シリーズ第1弾「お師匠さまは魔物!」(ハヤカワFT文庫、矢口悟訳、640円)は、イラストの方で実に今を織り込んだ作りとなっています。言ってしまえばこの「お師匠さまは魔物」のイラストは、オタクの女神と讃えられる水玉螢之丞画伯の手になる、トレーディングカードゲーム「マジック・ザ・ギャザリング(MTG)」のカードを模したものとなっています。一例では、「パーヴ料理」と題されたカード(つまりはイラスト)は、上3分の2に主人公のスキーヴ少年が描かれ、横から小さなドラゴンがのぞいています。上には「こいつはおんどれになついてもうたんや」の文字、下3分の1にはスキーヴ少年が師事する魔物のウォズが好んで食べる「パーヴ料理」の説明がイラストと書き文字で描かれています。

 「MTG」が一部に熱狂的な人気を誇っていることは知識としてはもっていますが、だからといって「マジカルランドシリーズ」を手に取る人たちが、すべて「MTG」を知っているとは限りません。むしろ知らない人の方が圧倒的だと思いますが、そうした人たちのが上3分の2を単独のイラスト、下3分の1を単独の用語解説と理解してイラストを見ることができたとしても、決して「MTG」のパロディーカードだと思えないということには、どこか釈然としない思いが残ります。熱狂的に面白がることができた1部の人がいるってだけでも、本が売れない世の中でっても幸せなことなのかもしれませんが。

 むしろ心配なのは、今を取り込んでしまったばかりに、5年後、あるいは10年後にどれだけの人が面白がってくれるのだろうかという点です。どうせ3年後には絶版、だったら流行物をイラストに使って売れる時に売ってしまおうって考えているのだとすれば、今流行っているものを取り込むという手法は、あながち悪い物ではないのかもしれませんが、出来れば文庫でも長く売って欲しいと思っている人にとって、短期決戦を意識させるような出版社側の戦略は、決して手放して賞賛でるものではないでしょう。

 ましてや「マジカルランドシリーズ」は、現在10作品までが刊行されていて、いずれ日本でも翻訳されていくものと思われます。最初の形式を継承していくのだとしたら、第10巻が刊行されるであろう3年後、あるいは5年後にも通用するような、全巻通して一貫性のある装丁にして欲しかったと思うのです。ハヤカワが躍起になって「MTG」の普及に務めるというなら別ですが、どうもその兆しはありませんから、こうなればアスプリンのファンとして、「MTG」が流行っているうちに全巻の刊行を働きかけるか、「MTG」が永遠不変の人気を保つように、今から「MTG」のめりこみ、かつ普及に務めるよりほかにありません。前者より後者の方が手早く実行できますが、しかしお金と時間が・・・・

 気を取り直して作品の紹介に移りましょう。主人公はさっきのイラストで後ろに小さなドラゴンを従えているスキーヴ少年です。彼ははじめ、魔術師ガルキンの弟子として修行の日々を送っていたのですが、多くの次元が重なり合って存在しているこの宇宙で、すべての次元の征服をたくらんだイッシュトヴァンが、かつて自分を追いつめた存在を葬るために放った殺し屋の手に掛かって、ガルキンが殺害されてしまいます。折しもガルキンは、魔法陣を使って魔物を召喚でした。

 召喚に応じて現れた魔物はオゥズと名乗り、パーヴ次元から来た魔術師と自己紹介しました。オゥズはガルキンを殺害したイッシュトヴァンの魂胆を見抜き、妨害しようともといたパーヴ次元へと戻ろうとしますが、何故か魔法の力が使えません。どうやらガルキンがオゥズを召喚した際に、魔力を封じられてしまったようで、これを解くにはスキーヴの暮らすクラー次元で、誰か別の魔術師の力を借りなくてはなりません。

 オゥズは考えました。たとえろうそく1本灯すのがやっとのスキーヴ少年でも、ガルキンの弟子である以上は魔術師の才覚があるのかもしれないと。自身力を封じられてはいますが優秀な魔術師であるオゥズが手とり足とりスキーヴに魔術を教えることで、やがて自分をもといた次元に返すだけの力を身につけることができるはずだと。またガルキンを襲ったイッシュトヴァンの魔手が、やがてクラー次元の制圧に乗り出すことは確実です。自分自身を守るためにも、スキーヴはオゥズから魔術を習う必要があったのです。こうして異次元の魔物(魔術師)オゥズとクラー次元のヘッポコ見習い魔術師スキーヴとの、世にも奇妙な師弟コンビが出来上がったのです。

 あとはお約束のように、オゥズとスキーブの珍道中そして珍修行の毎日が繰り広げられながら、打倒イッシュトヴァンに向けてストーリーは進んでいくのですが、とにかく博識でSFチックなメカにも通じ、どこか俗な現代人っぽいところもあって、けれども姿はイボイボな魔物のオゥズがしゃべる内容のほとんどを、中世ファンタジーの世界のようなクラー次元で生まれ育ったスキーヴは理解できません。すぐに「って何ですか」と聞き返しては、説明に躍起になっているオゥズの言葉をさえぎります。

 あるいは知識を当然として披瀝する輩への、強烈な牽制になっているようにも思いますが、威張りたくても結局はスキーヴを頼りにしなくてはならないオゥズですから、そこは妥協して噛んで含めるように、他の次元の他の文化や暮らしについて説明します。そうした会話の中から、決して1元ではない世界の仕組みをうかがうことができ、第2巻以降、いったいどんな次元のどんな魔物たちが出てくるのか、先への期待を大いに抱かせてくれます。

 およそ進歩のないスキーヴ少年が、果たしてオゥズを帰還させられるだけの魔力を培うことができるのか、おそらく当分は無理でしょうから、当面はひたすらオゥズとスキーヴのど根性でど爆笑な魔術修行が続きそうです。あとがきによれば、次巻は口八丁手八丁で宮廷魔術師の地位を手に入れたスキーヴが、史上最大の軍勢を迎え打つ羽目になるということです。別次元へと退避したイッシュトヴァンが再び次元征服に乗り出すのか、魔物を追って魔物ざくざくの世界へと飛び込んだ魔狩人のクィグリーと、クィグリーにくっ付いて別次元へと移ったセクシーダイナマイトな殺し屋タンダの再登場はあるのか、詳しいことはありませんが、とりあえずはスキーヴとオゥズの糠に釘打つ魔術修行の日々を、楽しみに待ちたいところです。

 せいぜいお金の続く限り「MTG」の普及に務めさせますから(自分では泥沼に足を踏み入れたくないなあ、まだ今は)、ねえ水玉さん、全10巻ちゃんとイラスト付き合ってやって下さいな。


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