大沢さんに好かれたい。
I wonna be a boy you love

 ある日突然、スーパーヒーローにされてしまって襲って来る敵と戦う羽目になってしまう。そんな変身ヒーロー物のパターンを入れた作品は、漫画にも小説にも沢山あって例を挙げればきりがない。けれどもどうだろう。そうした漫画や小説が、特撮パロディの域を超えて読む人にオリジナルとしての感銘を与えているのだろうか。

 変身ヒーロー物を見て育ったファンが、”字で読む変身ヒーロー”をニヤニヤしながら喜んだり、変身ヒーロー物によくある常識はずれのお約束が、リアルに描かれていてウウムと唸らされたりする。それはそれで面白いしジャンルへの愛も詰まって価値はある。あるけれど裏をえぐり上から見下ろすような物語が現れ増えていくと、受け止める側にもどこか食傷気味の感情が浮かぶ。

 その意味で言うなら桑島由一の「大沢さんに好かれたい。」(角川スニーカー文庫、552円)は、変身ヒーロー物のお約束を受け継ぎながらもその上に、戦う意味を問うようなドラマを載せ、なかなか自分を出せないでいる自意識過剰な少年の思春期に陥りがちな感情の起伏を描いて、変身ヒーロー物の痛快さとも現実にあり得ない設定の可笑しさとも違う、静かで切ない感情へと読む人を誘い浸らせる。

 大地守は高校生。同じ図書委員をしている物静かな大沢さんという少女が好きだけど、自分のような人間が大沢さんと恋人になるなんて烏滸がましいと思ってしまって好きだといえず、友達以上の関係に進めずにいた。そんな守がある日町を歩いていたら、目の前でブタの怪人と戦うヒーローが出現。そして守はそのヒーローから力を受け継いて、戦う変身ヒーローになってしまった。

 学校には守を狙って怪人たちが襲ってくるようになり、しかたなく守はヒーローを管轄している政府の組織の協力を得て、番組の撮影と偽って校庭で怪人を倒し続ける。力を得て自信もついた。人気も出てきた。これで大沢さんに堂々の告白と行くかと思ったところに障害。戦う守の姿を見て、学園のアイドルと言われる美少女の飛鳥が守に近づいてきた。

 実は特撮が大好きなんだと告白した飛鳥。学校の制服の下に隠して巻いている変身ベルトを見せて、守に迫って来たから羨ましいやら妬ましいやら。大沢さんはと言えば、学園のアイドルの飛鳥が守にまとわりつくようになって、遠慮して守から遠ざかるようになってしまった。

 本当は好きな大沢さんが離れていくのを引き戻そうと頑張る守に、迫る飛鳥という構図。ラブコメの王道とも言えるドタバタの展開に爆笑の渦も巻き怒るのかと思ったのもつかの間、守に宿ったヒーローの力がどこからもたらされ、襲ってくる怪人たちのの正体がどういったものかが明らかにされて、物語は陰鬱な方向へと進んで行って守をこれまでのヒーローたちと同じ苦しみへと叩き込む。

 これが変身ヒーロー物のパロディだったら、ヒーローになってしまった大地守をめぐるドタバタに徹する中で少年の目覚めを描いていっただろう。逆にリアルを狙うのだったら、少年が背負うヒーローとしての過酷な運命に徹底してスポットを当てて、泣かせる物語へと向かっただろう。「大沢さんに好かれたい。」はその両方が前半と後半にブレンドされていて、ドタバタでもリアルでも、定番のドラマにハマりたかった身にどことなく居心地の悪さを感じさせる。

 もっともそんなバランス面への違和感も、ラストに繰り出される激しい痛みをともなう展開の前には吹き飛ばされてしまうのが、「大沢さんに好かれたい。」の持つ凄み。怪人の正体にとまどう守の苦しみの何という大きさか。怪人の正体を知る政府のメンバーが、一身に痛みを背負おうとして果たせず、大地守に託さざるを得なかった辛さの何という激しさか。誰しもが怒り憤り嘆き沈むだろう。

 ページも残り少なくなって心にわき上がり重なった辛さを、そのまま引きずってページを閉じることになるのだとしたら、読まない方が心の為かもしれない。もちろんエンターテインメントだけあって、ひとまずの決着こそもたらされるから安心だが、それでも守が背負った宿命は決して消え去ってはいない。それを想うとやはり辛くなり、悲しくなる。

 もしも続きがあるのだとしたら、1巻以上に辛く苦しい物語になるだろう。それでも期待せずにはいられない。守が大沢さんに好かれる時が来ることを。そして守が苦しみや痛みから逃れられる日が来ることを。


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