大神兄弟探偵社

 メディアワークス文庫の、とりわけ三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」の大成功以来、ライトノベルテイストで、キャラクター性が強いものの、中高生が主人公ではなく大学生や社会人を主人公にして、現実世界に比較的足のついた世界観の上で、なにかお店を営んでいる者が探偵役となり、謎解きを繰り広げるようなミステリー作品の文庫が多くなって来た。

 その事に別に異論はなくて、楽しくて面白いミステリがたくさん読めるのだから嬉しい のだけれど、一方で、お店なり探偵役の設定なりに関するバリエーション探しが、行き着いてしまいかねない感もあって、少しばかり先行きを心配していたら、メディアワークス文庫の成功に刺激されたように創刊された新潮文庫nexから登場した、里見蘭の「大神兄弟探偵社」(新潮文庫nex、630円)は少し違っていた。いや結構違っていた。

 まず展開が派手だ。銃撃戦がありヘリコプターが空中を飛び交い、壁をよじ登るアクションもあって謀略もあり、政治の裏の裏まで垣間見せてくれる。あらすじでは、神楽坂で茶室の傍ら探偵業を営んでいる双子が主人公となって、現代美術の名画が消えてしまった事件に挑むという説明で、どこかゆるやかな内容という印象を与えかねない。けれども、これがどうして、ページを開けばハードボイルドでエキサイティングなストーリーが繰り広げられる。

 大学でつき合っている女性の姉で、美術館の学芸員をしている女性が20億円もする現代美術の絵画の盗難に巻き込まれた上に、犯人扱いされているというということで、城戸友彦は彼女の助けになればと、ネットで探して見つけた神楽坂にある探偵事務所を訪れ、彼女の姉の嫌疑を晴らして欲しいと頼もうとする。

 ところが、そこで要求された金額がなんと3000万円。大学生に払える金額ではなかったものの、そこで探偵が妙な条件を出してくる。友彦がしばらく、その探偵事務所で下働きをしながら、茶室の方も手伝うことで、3000万円はチャラにするという。否が応でも受けざるを得ない条件を呑んで、友彦は探偵たちの仲間となったものの、その瞬間から、盗品の絵画を密かに取引しているらしい池袋のマフィアを訪ねていくような、危険極まりない事態に巻き込まれる。

 そして始まった友彦の右往左往する日々。マフィアを相手にした銃撃戦があり、事件の裏に政財界を牛耳って暗躍する悪徳画商がいて、その悪徳画商を追いつめようとして政治の壁に阻まれながらも、突破しようと悪徳画商の本拠地へと潜り込み、壁をつたい潜入するようなハリウッド映画ばりのアクションもあってと、友彦の日常は学生では絶対に遭遇しない、ど派手なものへと塗り替えられる。

 そして最後には、伝説の茶の湯の神秘が炸裂する。それがいったいどれだけの意味を持つのか、この物語だけでははっきりと分からず、ただ想像するしかないけれど、探偵自身が開く茶会とはまた別の、探偵の祖母で茶道の家元が開く茶会には、とてもとても重要な意味がありそうだ。

 あるいは、とてつもなく長い時間を経て構築され、洗練された茶の湯という作法そのものが、人に懺悔を促し浄化を進める一種の神事として屹立しているのかもしれない。それは、作法を知る者にとってはプレッシャーであり、知らない者にも癒しと導きを与えるという。やはりよく分からないけれど、そんなことも感じさせられる。

 事件については、存在していた絵画がどこに消えてしまったのか、誰が消してしまったのか、それは何故なのかといった謎にかかわる部分で、幾人もの思惑が絡み合い、容易にほどけにくいところを、状況から推察し、強引でも証拠をつかんで突きつけながら、最後は人の良心に訴えるような、茶の湯によるアプローチも交えて解き明かしていく展開が、巧みでなおかつ目新しい。これをひとつのパターンにするのか、それとも茶の湯はあくまで最後の切り札にして、エキサイティングでスリリングでハードボイルドな探偵物をメインに描くのか。

 どちらにしても、今までにあまりなかったタイプの物語を楽しめそうだ。友彦の母親と離婚してから10数年も行方不明だった父親が、どこで何をしていたのか、そしてこれからどうするのかといった部分も気になるけれど、それが本編に絡んでくることはあるのかどうか。いろいろと気になる部分を晴らしてくれて、さらなる興味を誘ってくれるためにも、ぜひに続いて欲しいシリーズだ。


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