桜風堂ものがたり

 何気なく入って本を買う本屋さんの棚が、どうやって作られているかまで気に留める人はお客さんではそうはいない。ただ、並んでいる本を眺めていると、ああここに話題の新刊があったとか、これはちょっと面白そうだといった感覚が浮かぶことがる。作家や作品への知識が少しは事前にあって、それに引っかかる本が目に入っただけかもしれない。ただ、そうやって話題として漂っている情報をキャッチして、本を選んできて並べておかなければ面白そうだといった感覚が喚起されることはない。

 そうした気持ちの誘導を、仕掛けているのは実は本屋さんの棚を作っている店員の人たちだ。いろいろな情報に接してこれが来ていると感じて本をセレクトし、目に付きやすいように並べて見せる。あるいはこれから来るかも知れない本をわざと大きめに並べてみせて、ちょっと読んでみようかといった気持ちを惹起させる。

 刊行された本をただ右から左へ、下から上へ並べたり積み上げたりしただけでは、そこにお客さんの心を動かすような雰囲気は出来上がらない。選ぶソムリエであり作る料理人であり進めるウェイターであり。そんないろいろな仕事をひとりでこなしているのが、行ってこれは気持ちが良いと感じる本屋さんの店員さんなのだ。

 そんな素晴らしい本屋の店員さたちが、たくさん出てきてどれだけ本に対して気持ちを傾けているかを教えてくれるのが、村山早紀の「桜風堂ものがたり」(PHP、1600円)という小説。風早という街の百貨店に入っている銀河堂書店で文庫を担当している月原一整は、目が利いて新刊既刊を問わず良い本を見つけ出すことから「宝探しの月原」と呼ばれている。

 その一整が営業担当者によって持ち込まれたリストに載っていた1冊の新刊に目を留めた。団重彦という、かつて大活躍していたテレビドラマの脚本家が書いた初めての小説「四月の魚」という本。脚本家としてそれなりに有名な彼が、何かに書いていたエッセイも読んでいた一整は、小説も面白いに違いないと勘を働かせ、ぜひ売りたいと営業担当者に訴えた。

 けどその本を銀河堂書店で一整は売り出すことができなかった。学校でのいじめが原因で、万引きしてしまった少年を追いかけたら少年が店から道路へと飛び出し、車に跳ねられ怪我をした。少年は反省し少年の家族も一整を非難しなかった。それでも世間の好奇が一整をいたいけな少年を追い詰めた非道な店員といった見方で誹り、銀河道書店で騒ぎ百貨店にも悪影響が出そうだった。

 迷惑をかけたくないと一整は銀河堂書店を辞めた。そして思い立ってネットで知った、どこか田舎にあって老人が営む書店、桜風堂を尋ねていく。そんなストーリーの上に描かれるのが、本を愛し物語を愛し書店という場を愛する書店員たちの情熱と頑張りだ。銀河堂書店で一整の同僚だった書店員たちは、あるいは文芸の世界で知られ、あるいはミステリ評で名を売り、あるいは絵本の棚を一生懸命に作ってと頑張りを見せている。

 一整もそんなひとりとして、文庫の棚作りに強い情熱を傾けていた。そんな一整の想いを同僚たちは知っていた。だから一整の退社を惜しんで彼が売ろうとした団重彦の「四月の魚」を店を挙げて売ろうとした。「宝探しの月原」が選んだからという理由に加え、届けられたゲラを読んで物語に感動して、想いを一層強くした。イラストを描きオリジナルの帯を作りショーウィンドーも飾って大々的に盛り上げようとする。

 本で繋がり本のために全霊を傾ける本屋の店員さんたちの姿に、本好きならきっと感銘を覚えるだろう。こんな店員さんたちに一生懸命討ってもらって、本も嬉しいだろうと思えるだろう。もちろん一整も「四月の魚」のために頑張る気持ちを失ってはいなかった。店主が倒れた桜風堂で店主の孫と働くことで自分を取り戻していく。団重彦「四月の魚」を売ろうとする。

 良い本を読みたい人のために売る。書店員の当たり前な感情が身に迫って本好きとして嬉しくなる作品だ。

 誰からも愛された1冊の本が売れるようになるまでの、書店員や本好きの女優や一整を信じる人たちの前向きな姿に心熱くなるストーリー。そんな物語そのままに、この本をもっと読んで欲しいと思えて来る。これが読まれ、中の書店員たちの頑張りが読まれ、団重彦の思いが読まれる。そうなれば嬉しいことこの上ない。

 母を失い父と姉も失ってしまった幼い頃の一整の厳しすぎる境遇に胸が苦しくなるけれど、曲がらずに育ち真っ直ぐで繊細な気持ちを持ち続けたことも嬉しい。読んで優しい人たちによる優しさのシャワーを浴び、本好きの波動に触れで、貴方も本好きになろう。


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