のりりん 1

 地球の命運と引き替えに、子供たちが1人づつ命を失っていく「ぼくらの」の作者であり、「なるたる」や「ヴァンデミエールの翼」といった、人の営みに関わるシリアスなテーマを描いて、世の漫画ファンたちを戦慄させている鬼頭莫宏。

 だから、帯の紹介で「『ぼくらの』の鬼頭莫宏最新作」と書いてあれば、それがいくら爽やかに微笑んでいる少女が、自転車をバックに描かれている表紙絵だとしても、いずれその自転車が意志をもって少女を取り込み、巨大ロボットに変身しては、宇宙から襲来した怪物を相手に戦う話になっているに違いないと、誰もが思うことだろう。

 そして、敵を1体倒すたびに、スポークが1本づつ折れていき、やがて全部がなくなってしまった時、少女は命を失うことになるという、死と離別の香り漂うシリアスな作品かもしれないと、誰もが思って当然だろう。

 けれども。鬼頭莫宏の「のりりん 1」(講談社)は、片田舎でボンネットをカーボン性に取り替えるなど、徹底したチューンアップを施した外車を走らせるエンスーな28歳の丸子一典という、強そうでもなく可愛くなんて絶対にない人物がとりあえずの主人公。その彼が、仲間を乗せて田舎の道を右折しようとしたら、向かいから自転車が直進してきたものの、自転車なんでどうせ届かないだろうと油断していたら、ロードレーサーだったから速かった。

 これはぶつかると諦め掛けた瞬間、自転車はふわりとジャンプして車を乗り越え、無事に着地する。見れば少女。とはいえフルカーボンの自転車だったため、ホイールにはクラックが入り、ボディにも痛みが出たかもしれず、これは怒られるとあわてた少女こと織田倫に、ノリこと一典は弁償の覚悟。

 その場は分かれたものの、すぐに車で追いかけたノリは、ラーメン屋だった少女の家で出てきた母親から、これは自動車でも有名なロータスのカーボン自転車で、ボディだけで50万円、ホイールも前後でさっと50万円はすると言われて大弱り。そこに少女の母親が、ロードに乗ったら5万円を割り引くと提案するものの、ノリは頑なにに自転車を拒み、自転車を押しつけてくるような人たちへの嫌悪感もあらわにする。

 それはなぜ? といったところに「のりりん」という漫画におけるドラマがありそう。もっとも出だしは、そんなノリよりも1枚も2枚も上手な倫の母親が、ノリの車のキーを取り上げ、走ってきた軽トラックの荷台にひょいっと鍵を放り出し、追いかけないと遠くに行ってしまうと言って自転車を差し出す。

 仕方なくノリはそれに乗って追いかける。気持ちよかー、と言う倫のようにはならず、しばらく葛藤が続くものの、ノリの周辺にいた仲間が倫の颯爽とした自転車乗りっぷりにほだされ、自転車を転がしはじめたことと、ノリが免許取消を食らい、車に乗れなくなってしまったことが重なって、否応なく自転車へと足を向けざるを得なくなる。

 それでも未だ抵抗を続けるノリと、周囲のもやもややどたばたをよそに、ひたすら気持ちよく自転車を転がす倫の関係から、どういったドラマが繰り広げられていることになるかが、おそらくは「のりりん」の読みどころ。自転車レースにいそしむ青年の葛藤なりが小説になり、漫画にもなったりするご時世に、いささか緩さはあるものの、日常からふち見えた自転車の存在、そして気づく自転車の魅力といったものを、葛藤と逡巡の中から描き出していて、あまり普段は自転車に関心を持たない人に、ゼロからその魅力を感じさせてくれそうだ。

 それにしても、自転車に乗ろうと言い始めたノリの周りの奴ら持ってきた自転車が、BMXにマウンテンバイクにミニベロともうバラバラ。ロードで風といっしょに走るといった、昨今の自転車語りの文脈とは本質とは違った方向に走っているけれど、自転車といえばロードだと、ひとつに決めてかかって押しつけがましいところに、ノリのようは反発も浮かびがち。それよりは、自分が格好良いと思ったものに素直に乗って、初めてみるところに、実は裾野が広い自転車の楽しさがあるんだと、示しているのかもしれない。

 あと、地方に暮らす若者たちのほとんどが車を持っていて、休日ともなれば車を転がし集まっては喫茶店とか居酒屋でダベり、平日には朝から仕事をして、終わったらまた集まってダベるようなコミュニケーションをしている状況を、しっかり描いているところが興味深い。都会と違って遊ぶ場所も少ない上に、移動手段は車くらいしかない地域の、小学校から続くような交流範囲で起こるコミュニケーションとは、実はこういうものだったりする。

 それをどうして今、舞台に選んだのか。その上に自転車の物語を乗せようとしたのか。鬼頭莫宏の意図するところを聞いてみたいもの。それともやはり、そう見せかけて濃密さゆえに起こる排外の意識が生む惨劇、そして自転車という人間が動力となった機械が変じて人間を動力とするような猟奇へと筆は進むのか。見極めるには読み続けるしかなさそうだ。


積ん読パラダイスへ戻る