ノブナガン1

 それだったらと、まず思った。

 歴史に名を残した偉人たちの遺伝子と魂を受け継いだ者たちが、潜在的に持つ力を覚醒させて、地球を侵略しようとしている謎の生物「進化侵略体」を相手に戦う。土偶のような姿をした別の存在によってもたらされたテクノロジーで、女子高生の小椋しおは、あの織田信長の遺伝子を覚醒させ、右手を巨大な銃に変え、左手と頭にも銃を出した信長ならではの3段構えの弾幕で、迫る敵を撃って撃って消し飛ばす。

 さすがは第六天魔王、戦国時代きっての猛将だった信長だ。これほど戦闘に向いた遺伝子はほかにはないかもしれない。それだったら、と思ったのはこのことで、先に目覚めていたのが切り裂きジャックにニュートンにカンジーで、そのうち鋭いナイフの使い手だったジャックなら、高い戦闘力は発揮できるけれど、斬ることにかけては宮本武蔵に柳生十兵衛、小野善鬼に宝蔵院胤栄といった、剣や槍の達人たちが日本の歴史にはズラリと並ぶ。

 海外にだって剣士たちは山といるのに、土偶みたいな存在が遺伝子を採取ししたのは、よりによって犯罪者の切り裂きジャック。そのナイフへの執着ぶり、切り刻むことへの執念が、戦う時の力になると踏んでのことだと推察はできるけれど、それでも上には上がいる剣の世界で、なぜといった不思議が浮かぶ。

 ニュートンが繰り出す力は、その右足で踏んだものの重さを自在に操るというもの。近寄ることができさえすれば、これは確かに武器になる。けれどもそこまでが大変。それこそ上空にリンゴを出現させて、高々度から加速をつけてぶち当てるくらいの力でなければ、海から現れ、陸へと向かい、進化しようと目論んでいる敵を撃滅するのはかなわない。

 ガンジーにいたっては非暴力を唱えた者の遺伝子だけあって、攻撃する力は皆無。だからガンジーは一切の攻撃はせず、代わりに絶対のバリアーを張って見方を守り、街を守る。それはそれで大きな能力。ニュートンだって活躍できるポイントまでたどり着ければ、やはり大きな戦力になる。

 それでも。より強力な暴力を持った者たちから、遺伝子を得て力に変えて、覚醒させることをどうして土偶はしないのか。バットを振り回すだけのベーブ・ルースや、リンゴを射抜くだけのウイリアム・テルではなく、巨漢のゴリアテ、波の上で的を貫いた那須与一を選ぶことをしなかった理由があるのか。そこに何か意図があるのか。

 影絵のような白と黒のコントラストだけで、スタイリッシュなキャラクターを描き、背景も描いて独特の空間をそこに表現する漫画家の久正人が、アメリカにあって異形の者たちが隔離されて暮らすゾーンを舞台に描く「エリア51」(新潮社、552円)とは別に描いている「ノブナガン1」(アース・スターエンターテインメント、595円)には、第1巻で始まった戦いの構図だけではまだ、見えない謎が幾つもあって、先への興味を誘って煽る。

 「進化侵略体」は何故に宇宙を渡ってまで星々を侵略しようとするのか。そもそもがどうして進化が必要なのか。かつて侵略した星で極限にまで進化したその姿で、宇宙に適応して侵略に最適な姿となって、星々を渡り歩けば容易いところを、ふたたび幼生の姿から初めて海から陸へ、空へと身を適合させていく。それはあるいは、星々によって異なる環境に、身を適応させて侵略を成し遂げようとする意志なのかもしれない。そうした意志はいったいどこから発したものか。種族維持の本能だけか、それとも。

 土偶のような存在が、偉人たちの遺伝子を受け継いだ人々による組織「DOGOO」を作り、協力している理由は何なのか。滅び去った者の悲しみを背負い、滅ぶかもしれない地球への同情から協力を申し出ているのか。それとも別の企みがあるのか。選ぶ偉人の選択は、作品として見た場合に、意外な偉人の意外な技を見られてとても楽しい。ガンジーにガリレオにモーツァルトにキャパ。およそ戦いに向きそうもない偉人たちが、それぞれに甦ってはそれなりの力で戦いに臨む。そうした作劇的な楽しさを払って見ると、やはり人選に不思議が残る。その不思議に意味はあるのか。見守りたい。

 太平洋から台湾へと上陸した「進化侵略体」がいて、大西洋の上空からハリケーンに乗ってフロリダに降り立ち、卵をばらまこうとした「進化侵略体」がいて、そこに関係はないはずなのに、それぞれが同じような戦術をとって「DOGOO」の目を欺こうとした。指摘される頭脳の存在。そして巻末の次巻予告で土偶の異星人から明かされる、彼らの姿に近づいて侵略していったという過去から想像される事態。すぐ隣にいる誰かが「進化侵略体」かもしれない可能性が視野に入ってくる。

 そういう展開はあるのか。ずっとひとりぼっちで、初めてできた友人を助けようと、信長の遺伝子を発動させた小椋しおだけに、他人との関わりからもらえる勇気も大きければ、被るダメージも小さくはない。そこにつけ込んでくるような展開はあるのか。これも物語の不思議の解明と同様に、見守っていきたい。


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