縮刷版2022年6月中旬号


【6月20日】 日本は出られなかったAFCのU23アジアカップ決勝でサウジアラビアがウズベキスタンに勝利。試合前のセレモニーで地元開催ってことで自分たちの国歌は歌手に歌わせてサウジアラビアはテープか何かで済ませる格差をつけてはやっぱりスポーツマンシップの神様に罰せられて当然じゃないかなあ。日本だって国歌斉唱で自分たちが歌手を出すなら相手も歌手に歌わせる場合が割とあるような気がするし。それとも少なかったっけ。だから日本代表にのろいがかかっているんだと言っておこう。どっちにしてもサウジアラビアは強かった。そんなサウジアラビアに予選リーグで引き分けているんだから日本の強いと思って良いよ。あとはシュートの正確性。せめて枠内に持っていけ。

 週が明けて週末の映画興行ランキングが興行通信社から出てきて「トップガン マーヴェリック」が1位となって相変わらずの強さを見せた。2位は「映画ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」で3位は「映画 五等分の花嫁」、4位は「シン・ウルトラマン」と公開から何週も経った映画が上位を締めて動かない。とりわけ「五等分の花嫁」は4位から上に上がってたりして公開館数も少ないのにこの興行成績はいったいどれだけの観客が詰めかけているのかとのぞいてみたくなる。実はまだ見ていないのだった。5位にようやく「バスカビル家の犬 シャーロック劇場版」、6位に「峠 最後のサムライ」と新作2本が並んだけれど、上の強さに割り込む勢いはないよなあ。

 それでもベスト10に入るならまだ良い方で、公開間もないはずの「メタモルフォーゼの縁側」は10位以内に見えず、宮本信子さんと芦田愛菜さんというスタアを要してもなお上に行けない興行の厳しさって奴を目の当たりにする。見れば絶対に感動するんだけれど、入り口としてお婆さんば「BL」にハマるという設定の「BL」が何かまるで分からない高齢者層では宮本信子を目当てにはいけず、興味のない男子は芦田愛菜さんを目当てにはいかない陥穽にすっぽりとハマってしまった気がしないでもない。勿体ないなあ。ここはだからおばあちゃんと女子高生が同じ趣味を持ってコミュニケーションをとるようになる、高齢化社会に生き甲斐を見出す物語だとアピールする方がいいのかも。どうだろう。

 こちらも入ってなかった「怪盗クイーンはサーカスがお好き」だったけど、夕方の新宿バルト9に入ったら満席に近くてそれもほとんどが女性でちょっとびっくり。声優が元宝塚宙組トップスターの大河悠河さんだからタカラジェンヌのファンが大挙して押し寄せたかそれともはやみねかおるさんの原作が刊行されて20年、長い歴史の中でファンとなってそのまま成長していったお姉さまたちが、少女時代の憧れを目にしようとおしかけているのか。ちょっと分からないけれどもプロデュースしたポニーキャニオンの人たちが、まさしくそうやって少女時代に呼んだ世代だってことで自分たちの憧れを動かしたことで同じ思いの女性が観客として集まったってことなのかもしれない。

 冒頭から狭い飛行船のゴンドラにいっぱい猫を飼っていてちょっと多頭飼育が過ぎていて、世話も大変だろうと思ったらちゃんと飼い主を探して送り届けてはいたけれど、その後にまた猫を引っ張り犬も引っ張っていたりして、ちょっとジョーカーはクイーンをたしなめないといつか崩壊するんじゃないかと心配になった。お金持ちだろうから虐待はしないだろうけれど、いっぱいいると猫だってストレスもたまるだろうし。

 お話は今のこの世界が紛争を嘆く時代にあってまさに紛争に巻き込まれて娯楽から隔絶されてしまった地域に娯楽を届けたいと願うサーカス団のお話しだった。そこを発端にクイーンとの勝負が繰り広げられるけれど、ルパン三世みたいに緻密な頭脳がひらめく感じではなく、なんとなく進んでいつの間にかそうなっているといった展開。分かりやすくて楽しくて、そしてしんみりさせられるストーリーは忙しい日々に終われてクシャッとなっている女性の心も卑しそう。だからいっぱいきていたのかな。応援上映があれば内輪に「盗んでクイーン」と書いて持ち込む女性もいっぱいいそう。やればいいのに応援上映。


【6月19日】 サッカーのU23アジアカップで3位決定戦に臨んだ日本代表が、オーストラリア代表を下して3対0で勝利。ゴール前での躍動感とかシュートの積極性&正確性とか負けたウズベキスタン戦とはまるで違っていて、たしかメンバーも替わっていたからそっちの方が調子が良かったんじゃないかとも思ったけれども本番とではやっぱりオーストラリアも含めてスタンスが違ってくるから、比べてどっちが上とは言えないのかもしれない。ともあれこれでパリ五輪の予選に向けたシード権とやらが得られてらしく、1996年のアトランタから続いている五輪の出場を途絶えさせないために得たチャンスを存分に生かして欲しいもの。誰がエースになるんだろう。

 前の劇場版「スプリガン」を劇場で見た記憶はあるけれどもストーリーと構った覚えていないのでNetflixで配信が始まった「スプリガン」が妙に新鮮。ルックが何か1990年代のアニメといった形でそれもOVAテイストが滲むキャラクター描写だったりするものの、それが崩れずずっと描かれていく上にメカとか背景とかが現代だったりするところに四半世紀近く明いた時間の流れといったものを感じる。第1話は富士山を噴火させるのどうのといった大がかりなネタで、実際に噴火しているのに終わった後で世間が火山灰が積もっただけとか言っていてオーパーツは記憶までも操作するのかと思った次第。麓が溶岩まみれになっても不思議ないじゃん、あれ。

 昨日に続いてフレッシュネスバーガーで今度は野菜が多いガーデンサラダバーガーを食べながらぱちぱちと原稿打ち。「ドラゴンマガジン」で新刊の紹介ページをもらっていて内容だとかあらすじだとかキャラクターを書く必要があるのだけれど、いつも書いてる原稿に比べて分量が少ないのでどこをどう絞って圧縮するのかに色々と工夫がいる。まあそれでもどうにか3時間弱で全体を仕上げて後は夜に清書でもしようと店を出て、ご飯は食べずに日本橋へと出てTOHOシネマズ日本橋で「メタモルフォーゼの縁側」を見ることにする。完成披露試写に応募していたけれども当たらなかったのだった。生芦田愛菜ちゃん、見たかったなあ。

 そんな「メタモルフォーゼの縁側」は原作のストーリーをうまく摘まんで繋げて1本のストーリーにまとめ上げていた。さすがは岡田恵和さん。巧いねえ。原作だと女子高生ではっても目つきの悪い主人公が芦田愛菜さんだけあって割とパッチリとした目の女の子になってはいたものの、ちっこい動物のような感じでちょこちょことしてじたばたとしている感じは良く出ていて見ていて飽きなかった。同級生で幼馴染みの男子と付き合っている女子がスレンダーでロングヘアーの美女といった感じで、同じ学年なのかと見比べてしまった。どっちもいるのが高校時代ってことなんだろう。いや芦田愛菜さんがあと10年経ってもああなるとは思えないけれど。なって欲しくないという方が正解か.

 ちょこまかとしてどたばかとして可愛い芦田愛菜さんが演じる女子高生が、書店でバイト中に飛び込んできてBLを買ったらハマってしまって続きを求めるお婆さんと知り合って、お互いに情報を交換していくようになるといったストーリー。お婆さんはBLでも偏見を持たず迷わず好きなら好きだといってどんどんとハマって広げていくのに、女子高生はBLが好きだと公言できず好きな子から尋ねられても詳しくないからと逃げてしまう。そう言うことに何か気兼ねしてしまうんだろうなあ。自分なんかがそんなことを言う資格がないとかどうとか。せっかく薦められて同人誌を作っても、コミティアの会場まで行ってテーブルに並べられず逃げてしまうところも、場違いを超えて自分は自分を貫けなかった弱さ故。それを自覚して飛び越えられない自分の不甲斐なさに泣く気持ち、とても分かった。

 原作だとちゃんと出展しては大好きな漫画家さんの手に本が渡る展開になっていたけれど、そこは別のルートで工夫してしっかり拾ってあったのが巧かった。そんな日々から自分のやりたいことがすぐに見つかるということはないけれど、やってみたいことをやらずに過ぎることはなくなったのならこれからの人生、きっとどこかでグッと前に出る時が来るだろう。そんなきっかけを与えてくれた出会いのドラマを通して僕たちも、やってみたいことはやってみた方が良いと思うようになるのだった。それいしても芦田愛菜さん、いったい何枚Tシャツを持っているんだろう。常に違ってた。次に見る時があったら数えてみるか。


【6月18日】 5月13日に公開されて4日の5月16日に丸の内TOEIの予約がゼロだった「ハケンアニメ!」。どうして誰も見てくれないんだろうと絶望したけれど、山崎貴監督が激賞したり末次由紀さんが長文の感想をnoteに挙げたりしてクリエイターの中に口コミが広がりはじめたこともあって、だんだんと客足も伸びてきている模様。一方で公開している劇場の数が減って、行き場に困る人もいて集中も始まっているのだろうか、6月19日の昼の予約がすでに結構な入りになっていて、じわじわと“刺さり”はじめていることがうかがえる。

 願うならスタートダッシュの段階で、こうした口コミが効いて大勢が劇場に行って欲しかったけれどそれを目指してアニメーション業界関係者向けの試写なんかもやっていたはずなのに、それほど広がっていたとは思えないのはあまりに身近な話過ぎて語るにはばかられてしまったのかどうなのか。映画メディア向けの試写だってガンガンとやっていたにも関わらず、激賞が聞こえてこなかったのはこうした大作感がなくネット的にバズるキャストがおらず報じてもアクセスが稼げないとオミットしたなんてこともあるんだろうか。だとしたらアクセス至上主義のネットメディアの弊害。自分たちが盛り上げそれがアクセスに返ってくるなんてサイクルを想像できないんだろう。あるいは想像している暇がないというか。ヤバいねえ。

 それを言うなら「犬王」だってカンヌだアヌシーだと盛り上がりはあっても劇場に足を運ぶ人がどれだけいるかというと、興行成績のベスト10に入らないままだんだんと上映回数が減ってきている。いろいろとグッズも出しているし応援上映だとかコメンタリー上映だとかも行って観客を引きつけようとはしているけれど、元よりコナンだのポケモンだのドラえもんといった“定番”で見に行くことが行事になっているアニメーション映画ではない作品。そこに足を向けさせることの困難さが、ここでも出てしまったと言えるだろう。細田守監督と新海誠監督はそこを踏み越え行くのが行事化した。そこに湯浅政明監督や原恵一監督はどうしてたどり着けないんだろう。真面目すぎるのかなあ。あるいはピーキーすぎるとか。考えなくちゃ。

 少し前から手伝っている「ドラゴンマガジン」向けの原稿をいじりに近所のフレッシュネスバーガーへ。最近改装した船橋駅前のドトールがいつも混んでいるのと比べると、駅からちょっとあることもあってか日曜日でも空いていて使いやすいのだった。それでも座っているとひっきりなしにウーバーイーツや出前館が取りに来るから、食べに行くより取り寄せたい人御用達のハンバーガーチェーンになっているのかもしれない。実際それなりに美味しいし。

 3時間ほどでとりあず形を整え、可視を変えてヴェローチェでフィニッシュまで持っていてまず1本。今月はもう1本あるから対象の本を読んで明日にでも仕上げよう。映画も「メタモルフォーゼの縁側」とか「劇場版 からかい上手の高木さん」とか見たい作品があるんだけれど週中まで我慢だ。とか言ってると「ハケンアニメ!」を見に行ったりして。満席で見たいかって言われれば舞台挨拶が満席だったからそれは良いんだけれど、今見るひとたちの反応もやっぱり気になるのだった。


【6月17日】 朝からなにやら「トライガン」方面が騒がしい。見るとどうやらアニメが再び作られるとか。1998年くらいだかに1度、テレビアニメになっていてその後に劇場版も作られてはいたけれど、「月刊少年キャプテン」に連載の「トライガン」から「ヤングキングアワーズ」連載の「トライガン・マキシマム」へと流れていったストーリーと最初は同じでもだんだんと違っていっただけに、改めて原作どおりの展開でアニメ化されたら嬉しいという人も大勢居そう。一報でアニメとしての出来が素晴らしくって吉松孝博さんのキャラクターデザイン、神宮司訓ノさんのメカデザイン、そして今堀恒雄さんによるギターだけのオープニング「H.T」のマッチングの素晴らしさは他の誰にも代えがたく、それを超えていけるのかといった不安も浮かんでしまう。

 声についても小野坂昌也さんのヴァッシュ・ザ・スタンピードに速水奨さんのニコラス・D・ウルフウッドのハマり具合は完璧だったしメリル・ストライフの鶴ひろみさん、ミリィ・トンプソンのゆきのさつき(当時は雪乃五月)もピッタリだった。けれども鶴さんが泣くなりゆきのさつきさんはミリィというよりメリルの役が似合う感じになっていたりする中で、四半世紀を経て同じ役者を使うと全体に年代がかさ上げされてしまうことになる。速水奨さんの美声には貫禄が備わってねっとりと艶やかな兄さんといった感じではなくなった。小野坂さんは変わらないけれども周囲を若返らせるなら代わりが抜擢されるってのも手だろうなあ。って言ってて櫻井孝宏さんと宮野真守さんに収まったらそれも普通だし。どうなるんだろう。ストーリーがオリジナルに沿うかそれとも独自になるかも含めて楽しみ。待とう登場の日を。

 何か書くことになったのでユナイテッドシネマ幕張へと出向いて朝1番で「映画 異世界かるてっと 〜あなざーわーるど〜」を見る。とりあえずめぐみんはあの世界でずっと履いてなかったんだろうかということが気になった。ヴェラはすぐに取り返していたけれど、めぐみんは大事なものをずっとカズマに持たれていたから履く時間もなかっただろう。すーすーしただろうなあ。そんな感じに「この素晴らしい世界に祝福を!」チームのギャグ要員としての冴えが光った劇場版。巻き込まれて他の面々もギャグにコメディに大活躍してくれたけれど、そんな「いせかる」ならではのシチュエーションがだんだんとシリアスでしんみりとしたストーリーに引っ張られていってクライマックス、涙してしまうくらいに感動を引き出された。「いせかる」で泣かされるなんて! って驚いた。

 バトルシーンにもそれぞれに見せ場があって各作品のファンも楽しかったんじゃなかろうか。エミリアたんがやたらと強くなっていたけど今ってそんな感じなのか。ラストに登場した新キャラも「Re:ゼロからはじめる異世界生活」からだったみたいだし、呼んでないうちに原作もずいぶんと進んだ感じ。読み込んで見るかなあ。あとはクライマックスを超えたエンディングで見せてくれた心ほだされる展開。さすが我等のクズマだけのことはある、ってクズいの? それは見てのお楽しみ。面々が目指す建物がどんな形をしているのかも含めて。まさか中がそんなことになっていたとは! ってちょっと前に入ったじゃん、いやいや昼間は普通だけれど夜な夜な何かが画策されているに違いない。出版の覇権を握るための謀略が。いつか忍び込んでやろう。

 映画を見終わってプレナ幕張にあるパンチョでカレーナポリタン。ちょっと前からの限定メニューだけれどカレー粉がスパイシーに混ぜられていて結構に濃厚なカレー味のパスタとそして良い感じにゴロゴロとしたチキンを味わえる。カレーライスより好きかも。茹でられて柔らかいけどテラテラではない麺もわりと好き。ぱすたやの細身でゆでたてのスパゲティも悪くないし、バルボアのいかにもロメスパといった感じも悪くない。ジャポネやリトル小岩井は行く暇がないから仕方が無いとして、そいったイタリアンから離れたパスタをいろいろローテションしてるのだった。これにあとあんかけパスタがあれば最高なんだけどなあ。明日はどこのパスタ屋に行くかなあ。


【6月16日】 山田尚子監督はもう京都アニメーションでは仕事をしてくれないんだろうか。そしてサイエンスSARUの人になってしまうんだろうか。アヌシー国際アニメーション映画祭で山田尚子監督がサイエンスSARUで新作を作るとの方。水沢悦子さんがキャラクターデザインに入ったそうだけれどいたちどんな映像になってそしてどんな作品になるのか皆目検討が就かないのだった。「花のズボラ飯」しか知らないんだよなあ、水沢さん。

 山田監督は湯浅政明監督が抜けてしまったのを埋めるに足りる人材ではあるけれど、その演出力をシンプルな方向で発揮してもらうだけでなくキャピキャピとした女子たちの騒ぎ戯れる姿を描く中でも発揮して欲しかった。つまりは「響け!ユーフォニアム」の新シリーズ。監督は石原立也さんだろうけれども演出に入って欲しいんだよなあ。どうなるんだろう。湯浅さんはそしてサイエンスSARUを山田尚子さんに譲って放浪の旅にでるのだろうか。しばらく休息されるそうだけれど、次の現場は違うスタジオになったりして。プロダクション・アイジーでなにかやってくれないかなあ、最近尖った企画が足りないんだよ。

 誘われてアニメーション「映画 ざんねんないきもの辞典」を昔の徳間書店があったビルのホールで。ベストセラーの書籍があるけれども実は読んだことがなくて果たしてストーリーものなのか絵図鑑なのかすら知らなかったけど、映画はコアラが出てくるオーストラリアをペンギンばかりの南極とそしてニホンウサギやツキノワグマやオコジョやアナグマやタヌキやトラクターが出てくる日本が舞台の3本がそれぞれにストーリーを持った30分くらいのアニメーションになっていて、それをブリッジでつなぐオムニバスになっていた。

  まずオーストラリア編ともいえる「リロイのホームツリー」はキューブ型のネズミが出てくる「グレゴリーホラーショー」とか四角いペンギンが出てくる「ペコラ」なんかを手がけていたイワタナオミさんが監督。とはいえ独特なデザインワークは使われてなくって割と可愛いルックの3DCGによるコアラやウォンバットが登場してはユーカリの木を捜して旅をする子供が好みそうなルック&フィールの作品に仕上がっていた。声も花江夏樹さんや玄田哲章さんや小松未可子さんや日高のり子さんら人気者がズラリ。そこに混じってトレンディエンジェルの斎藤司さんもいたりするあたりも子供を狙った作品って言えそう。
 そして南極編の「ペンたび」は監督がウチヤマユウジさんということでだいたい「紙兎ロペ」。ジェンツーペンギンにアデリーペンギンにヒゲペンギンが暮らしている南極に道に迷ったコウテイペンギンの姉さんが登場しては基の営巣地に戻るために旅をするという展開が例の脱力させられる会話劇で進む。あり得ないシチュエーションだけれどこいつらならあり得ると思わせるスクリプトの巧さに脱帽。激笑える。そしてしっかりペンギンについて学べる。いつもだいたい中腰だとか。

 凄かったのが日本編の「はちあわせの森」で、監督が由水圭さんと聞けばなるほどやっぱり「リッジレーサー」のオープニングだとか「リョーマ!新生劇場版テニスの王子様」みたいなグリグリの3DCGによるアニメーションが繰り出されるかと思うと、これが実に絵本的というか、切り絵的にフラットな塗りでもってニホンウサギだとかツキノワグマといった動物が切り出されるんだけれど、それがちゃんと動物のように動く。輪郭線だけで描かれていながら立体的に見えるというのはおそらく3DCGのモデリングにフラットなテクスチャを貼り描いたものだと思うけど、そこで動物のフォルムが崩れないということはしっかりと動物らしいモデリングが出来ているってことなんだろう。

 そんな生き生きとした動物たちが跳ね回る自然は美術監督の日野香諸里さんによるもので色彩といい奥行きといい実に日本の自然であり、かつ侘び寂びとはちょっと違ったアニメーションとしての自然の雰囲気を感じさせてくれる。安曇野あたりにロケハンをして描いたっぽく盆地に広がる町があって遠くに雪を被った山の稜線が見える風景が実に綺麗。それもまた絵本のような背景を絵本のような動物たちがアニメーションならの躍動感を持って動き回る力業を目の当たりにせよ! あとウサギもツキノワグマもうんこを食べたり溜めたりするんだなあ。それを言う声優さんもなかなかになかなかな。内田真礼さんや沢城なつきさん。頑張りました。


【6月15日】 ヒットは2本出たけど本塁打は出なかったメジャーリーグの大谷翔平選手。まだ13本で今年はなかなか打てないなあと他の選手の成績を見たら、1人24本でニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジ選手が抜け出しているものの2位はミネソタ・ツインズのバイロン・バクストン選手で18本と1位から6本差があり、また大谷選手と5本しか差がなかったりする。大谷選手も全体で同本数の9位とベスト10に入る成績。ってことは大リーグ全体で本塁打が減っているってことになる。

 どうやらボールに理由があるらしく、日刊スポーツが特集をしていて昨年から少しずつ導入されていた低反発ボールが、今年は全球場で使われることになって湿度管理も行われて飛んだり飛ばなかったりすることがなくなったらしい。ピッチャーもしている大谷選手はよくボールも持つから柔らかくなった気がするとコメント。ピッチャーとしては嬉しいけれどもバッターとなると大変な中でヒットを打ち本塁打もしっかり打っているのだからやっぱり凄い選手なんだなあ。夏場になって気温も上がれば多少は反発係数も増すんだろうか、それとも湿って係数は下がるんだろうか。オールスターを超えてからを見ていこう。

 「とある科学の超電磁砲」を原作者の鎌池和馬さんが小説として執筆した本が出たのと同時に、「魔法科高校の劣等生」の佐島勤さんがBDとDVDのおまけに書いた小説をまとめた「魔法科高校の劣等生 Appendix1」も登場。いわゆる番外編だけあってはっちゃけたキャラクターたちの言動をどちらも楽しめるけれど、ある意味でSSに近い「とある科学の超電磁砲」と比べると「魔法科高校の劣等生」の方は別の意味で異世界転生といった趣で、ひろゆきだって太宰治だって異世界転生する昨今の情勢を反映したかのようなキャラクターの異世界ならではのはっちゃけぶりを堪能できる。

 特に七草真由美は18歳にして魔法少女のような格好をさせられてなかなか大変。司波深雪も含めてほとんどのキャラクターが転移した世界で現実の記憶を持っていないのに対して、司波達也と真由美はしっかりと記憶を維持しているだけに余計に恥ずかしさも募ったもよう。その恥じらいがまた良いのだけれど、残念なことにイラストが入っていないのでどういう格好なのか分からないのだった。残念。面白いのは現実世界では自制も働く兄の達也との関係を心のままに突き詰めようとする深雪の態度に、達也がギリギリと歯噛みしながら押し止めようとしているところ。どこまでストイックなんだと思うけれどもそれが達也ってところなんだろう。1ということは続きもあるのだとしたらどんな番外編になるんだろう。パッケージ買ってないから知らないので楽しみ。

 原稿を書くため日本を読もうと家を出て、総武線から地下鉄東西線経由で阿佐ヶ谷まで行く間にどうにか本を読み終えたので、降りてぱすたやで函館名物のイカスミナポリタンをいただく。まっくろけのけ。食べるとイカスミのせいかかなり濃厚な食感なんだけれども味はナポリタンといった味わいで、どこにどうケチャップが混ざっているのか知りたくなった。イカスミで黒く染めているんだろうか。先月の群馬名物ベスビオが見た目はペスカトーレなのに食べると激辛なのとは反対に、見た目は意外でも味は見知った感じというパスタ。函館の本場ものをいつか食べてみたいな。

 駅の側のサンマルクカフェで原稿を書いてから池袋へと回ってWIT STUDIOの10周年記念展覧会を見物。作品ごとにしっかりとブースが作り込まれていて、そこに原画があって絵コンテがあって実際の映像から抜いたスチールも並んでいてといった具合に同じ場面を違う素材で見せてアニメがこうやって作られているんだと言うことが分かるようになっていた。練られた展示。最後の部屋には見里朝希さんの新作や、久保雄太郎さんと米谷聡美さんによる「とつくにの少女」の展示もあって、そして映像で代表の和田丈嗣ぎさんが山田プロデューサーと見里さんによるストップモーションスタジオが持つ可能性を喋っていて、WITにとって大きなプロジェクトであることを明かしていた。早く目を付け実験であっても取り組み成果に結びつける先見性。それが親会社のIGポートを通してグループ全体に行き渡ったら前みたく、斬新で画期的な作品がもっともっと生まれてくることになるかなあ。期待大。


【6月14日】 「ワンパンマン」がアメリカで実写映画化されるそうで、気になるのは主人公のサイタマがアメリカだとどんな名前になるってこと。日本だと冴えないイメージがどこかつきまとう「埼玉」という言葉をアメリカに置き換えたとしたらやっぱり「サウスダコタ」だろうか、それとも「ノースダコタ」だろうか。「ノースダコタ」は千葉だという声もあるからそこはアメリカの中でもいろいろと議論があるんだろう。ネバダあたりは自分たちとは違うと思っているに違いない。そりゃあまあ、ラスベガスが州内にあるから冴えてないってことはないよなあ。

 冴えないヒーローというとアメリカには「アメリカン・ヒーロー」という偉大なオリジンがあるのでその延長として人気があるのかも。冴えない男だけれどワンパンチでもって強大な敵を蹴散らしてしまう爽快感。それをまったく鼻にかけていない潔さ。あるいは認識とのズレが楽しい作品だけにそうした隙間を突っつくようなニュアンスを、ヒーロー全盛のアメリカでどこまで出していけるのか。そしてどれだけ受け入れられるのか。気になるなあ。流石にタツマキはあのキャラでは出ないだろうけどフブキはいろいろ演じられる役者がいそう。最大の注目はキング。坊主でなければドゥエイン・ジョンソンが演じられるんだけれどなあ。気にしていこう。

 「スレイヤーズ!」とか「灼眼のシャナ」とかを監督しているアニメーション演出家の渡辺高志さんがツイッターで63歳くらいの時にアニメーション業界から脚を洗おうとして転職サイトに登録したらまったく応募に引っかからず、シルバー人材センター行きを進められて夜警とか軽作業くらいしか紹介されずこれはもうどうしようもないと絶望したってことを書いていた。63歳に行かずとも54歳くらいですでにどこにも転職は不可能なことを身をもって体験しているから大いに分かるし、あれだけの傑作を送り出している渡辺監督でも足を洗いたいと思うくらいにアニメーション業界は厳しい世界なんだってことがうかがえる。

 なるほど2015年に「ヘヴィーオブジェクト」を監督してから2021年に「現実主義者の王国再建期」を監督するまで監督作品がぽかっと開いているから大変だったってことはうかがえる。その間に絵コンテとか演出の仕事をしてはいてもそれで何百万は稼げない。あるいは1本はシリーズ監督をしていても、それで悠々とはいかないんだろう。これがアニメーターなら腕と鉛筆と机があれば巧ければ仕事は多分ありそう。とはいえ演出がいなければアニメは作れないとなるとそこをどう配分するかが重要になって来るんだろう。過去の作品がどれだけサブスクリプションで流れても、脚本や声優さんには還元されても監督には1銭も入らないとなると監督なんてやる人がいなくなってしまうかもしれない。それは困るので何か良い方法をサブスク会社には考えて欲しいなあ。サブスク批判に反論する意味でも。

 「皆様方、今に見ておれで御座いますよ」という奇妙な言い回しばかりがクローズアップされ、そもそもの題材が津山30人殺しという実際にあった猟奇な大量殺戮だったこともあって古尾谷雅人さんが主演した映画「丑三つの村」も猟奇と狂気に溢れたスプラッタかもといった印象が、頭に根強く残っていたんだけれども劇場で初めて見た「丑三つの村」は村でも1番の秀才で明るくて社交的で女性からも持ててた青年が、結核にかかって徴兵検査に甲種合格できなかった途端に村人たちから忌避あれ女性たちからも嫌われていくプロセスに、どうして都会の病院に入って療養するとかしなかったんだ、そして健康になって戻って来るなり教員になって社会から認められよとしなかったんだと不思議に思ってしまった。

 それが戦争とういシチュエーションで、お国のために戦える頑健な肉体を持った男子こそが絶対といった思想の中に日本人たちが囚われていた現れなんだろう。そこにハマて自分は弾かれたと思った青年が、憤った挙げ句にたまった鬱憤をライフルと日本刀と短刀でもって晴らそうとしたのが津山30人殺しだったってこともうかがえた。その周到さとその疾走感は決して猟奇な狂気に溺れた人間の暴走なんかじゃない。確信犯として挑んだからこそ成し遂げたひとつの結果をその結果から非現実の出来事と棚上げするのではなく、起こりえる事態として飲み込んだ上で起こさないための手立てが必要なんだと思わされた。

 そんな映画がどうして上映されたかといえば、笹路正徳さんが作曲した、猟奇で狂気な映画にしては土俗的でもなければ伝統的でもないシンセサイザーを使ったどこかポップでモダンな楽曲が、映画とともに大いに気に入った北村龍平監督が働きかけて始めてパッケージソフト化したから。過去に出るという話があったものの立ち消えになってしまっていたそうで、そんな楽曲を松竹音楽の倉庫から見つけCDにした上に未使用良くまで付けたというから大盤振る舞い。聞けばあの不思議な世界に引きずり込まれること請け負いだ。細かい字で書かれたライナーも読みたいけれどちょっと字が小さすぎ。ルーペを買ってこなくっちゃで御座いますよ。


【6月13日】 SCANDALのライブでメンバーが弾いているギターが気になって調べたらフェンダーからシグネチャーモデルを出してもらっていて驚いた。もはやそこまでの存在になっているのか。ガールズロックでもちゃんと楽器を鳴らして歌うバンドって多いようで今あんまりいなくなっている中で10年以上のキャリアをもってファンも多いSCANDALなら看板になると考えたんだろう。そりゃあ「けいおん!」の放課後ティータイムだって悪くはないけど主人公の平沢唯が弾いているのがギブソンではフェンダーとは組めないよなあ。

 シグネチャーモデルではHARUNAがテレキャスターでMAMIがストラトキャスターでTOMOMIがプレシジョンベース。RINAはドラムでフェンダーでは作ってないからシグネチャーが出ないのはちょっと可愛そうなので時々弾くギターでも良いから作って上げてとちょっと思った。個人的にはテレキャスターが好きなんだけれど白いボディに金の縁取りはちょっと王子様過ぎるから遠慮。赤いMAMIのストラトキャスターはメチャクチャ格好いいけど2人が出演しているフェンダーのギターPR映像を見るとやっぱり地に足がついた音が出るのはテレキャスターなんでそっちが良いかなあ、って弾けないのにそういうところにこだわるのがオタクだねえ。しゃあない。

 20年ぶりの円安水準だそうでちょっと前まで1ドル120円くらいかと思っていたらもはや135円だなんてところまで来ていてここから円高に向かう要素が皆無なだけにもっともっと円安に振れていく可能性が高そう。かといって日本が金利を引き上げると途端に金の流れが途絶えて経済が死に、それで円安が進むだけという八方ふさがりの状況をいったいどうすれば脱することができるのか。公共投資で内需を拡大して景気を浮揚させるしかないんだろうなあ。それでインフレになるかっていうと今の細りきった需要では回復したって元の水準居すら戻りそうもないから大丈夫なんじゃないかなあ。って素人考えの経済政策ではとてもじゃないけど立ち浮き出来ない。プロよ頼む。本当のプロよぜひ頼む。

 東崎惟子さんの電撃小説大賞銀賞受賞作「竜殺しのブリュンヒルド」(電撃文庫)を読む。竜が暮らす楽園のような島があってそこにある智恵のみを狙って人間が押し寄せては竜に撃退され続けていたけれど、そんな最中に押さない少女が置き去りにされ竜の血を浴びて瀕死の状態。竜も見捨てようとしていたら生き延びてそのまま竜の下で智恵のみを食べたりして成長していく。いつか人間の世界に戻ることもあるかと人間に化けた竜としばらく人間の世界を旅してみたもののあまり好まず、そして戻った島で竜が殺され少女は人間の世界に連れ帰られる。そこで出会った父こそが竜を殺した准将だった。

 懐かしさより憎しみが募る少女が虎視眈々と知識を学び人に頼って従順な様を見せていった果てに起こす大騒動。それはいたずらの欲望を振りまく人間への継承でもあるけれど、竜自体はそうした運命を受けているのに人間の少女が憤るところが親の心子知らずというか、やっぱり人間こそが諸悪の根源なような気にさせられた。アバンとそしてラストに現れるシーンが現実離れしたものだとしたら続かずひとつの寓話としてこれだ終わってしまうんだろうなあ。紅玉いづきさんよりは童話っぽさよりファンタジーっぽさが立ち上がった寓話的作品として見るべきなのかな。

 やっぱりやりたくなる「ドンドンパン」をおおっぴらにやれる上映がついに行われるとあってパソコンにはりついてチケットを確保した「犬王」の”狂騒”応援上映に行く。大友良英さん演じる平家の亡霊の声も聴けてなかなかに良かったトークショーのあと、始まった上映ではもらった紙扇子あるいは小型ハリセンを手に膝にぶつけて音をだして手拍子では手の平が赤くなるのをどうにか避ける。前半こそ叩く場面が少なかったものの友有が犬王と知り合って彼のデビューを宣伝し始めるあたりから音楽音楽音楽の連続。そこでハリセンを叩きっぱなしでいたら時間がとても早く過ぎ去った。手拍子してるとライブシーンが自分と一体化してあっという間に過ぎるのかも。聞き込まなくても体で受け流すといった感じ。またやって欲しいなあ。やってくれると信じたい。


【6月12日】 CCCDを音が悪くなるからと一刀両断した山下達郎さんは実にクリティカルで、現実にCCCDは滅び去って先頭を切っていたエイベックスの音楽も下火になっていった感じがあったけれど、アーティストとしての音感とそれを形にする技術の知識が物を言ったCCCD批判とは違って、サブスクリプションへの批判は個人のポリシーに過ぎないところがあるにも関わらず、御大ムーブで周囲が乗っかり何かをスポイルしかねない懸念があったりする。

 それはNetflixだとかAmazonPrimeビデオといった映像のサブスクリプションへと波及し、映像を買いまくっては流すだけの猟師のような存在と見なされ唾棄されたりしかねないところを映像は、かろうじて自ら出資し映画会社やテレビ局の代わりに映像を作って配信しているところがあって面目を保っている。SpotifyだとかAppleMusicにそうした音楽のディベロップメント機能が見えないところがあるいは、達郎さんのサブスク批判に繋がっている可能性もあるけれど、それはラジオ局でも一緒だからやっぱりひとつのツールとしてとらえ、巧く使う方を考えた方がいい気がしてならない。

 僕自身、達郎さんのファンだしあまりサブスクを利用していない身であるにも関わらず、反応してしまうのはアジテーションによって世代間闘争が起こって分裂が起こりかねないから。湯川れい子さんのAKB商法批判も同様で、言いたいことは分かるけれども言っても詮無いことであって、だからこそ自らが世界に通じる音楽を発見してプッシュし続ければ良いじゃんと思うのだけれど、何かに奪われている感覚は歳を経るとやっぱり募るもの。そこを振り切れないからこそ時代は来る返すのでありましょう。日本からBTSみたいな存在感を持ったサウンドが生まれるには、それこそパリピ孔明が必要なのかもしれない。いやいやそれって中国の智恵じゃんとか言わない。

 パンって孫悟飯の子供らしいけどいったい梧飯と誰の子供かとちょっと考え、どうやらミスター・サタンの娘のビーデルとの子供らしいと分かってきた。梧飯とビーデルがどこで知り合ったのかについてはまるで思い出せないけれど、そもそも漫画版「ドラゴンボール」で描かれていたのかどうなのか。長く続いた連載の最後の方が分からない現象がここでも起こっている。ちなみにトランクスがブルマとベジータの子らしいということは分かっていたけれど、悟天とフュージョンをしたのと最初に出てきたのが同じなのか違うのかといったことまで思いよらなかった。クリリンと人造人間18号が結婚していたことくらいは知っている。僕の18号をよくも取ったなクリリンの癖にと思ったから。とはいえクリリン、あれで人類最強なんだよなあ。

 そんな曖昧な関係性で見た映画「ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」。予告編では神谷浩史さんの声が勝っていたけれど、映画では正義の味方はウルトラマンゼロみたいにアイスラッガーめいた突起が2本ある2号が宮野真守さんの声で登場して、これで相手が神谷さんでなく小野賢章だったらタイバニと被ったところだったと胸をなで下ろす。人気声優ばかりキャスティングしていると起こりがちな現象。逆にピッコロの古河登志夫さんと悟空に梧飯の野沢雅子さんはほぼほぼ衰えなしに昔どおりの雰囲気を聴かせてくれたのでまだしばらくは同じ演技を期待できそう。

 映画はそんな新しい人造人間が、生みの親のドクター・ヘドともどもレッドリボン軍の残党に騙されブルマたちを悪だと思わされて挑むといったストーリー。そこで悟空やベジータやブロリーがいれば小指で蹴散らせただろうところを修行中な上に連絡が取れず地球には悟飯とピッコロくらいしか残っていない。それで立ち向かうためにあれやこれや工夫をこらし、残っていた悟天やトランクスや18号や17号やクリリンも結集しての総力戦。18号は髪が短かったけれども相変わらずのクールさでゾクッとさせられた。17号は目立たなかった。ってか生きてたんだまだ。

 「くまのがっこう」の映画版を監督した児玉徹郎さんが監督をしていて3DCGだけれど2Dライクなルックでちゃんと格闘シーンも見せてくれて東映アニメーションの次代の可能性って奴をさらに見せてくれた印象。作画で描いても大変だけれど3DCGでも大変なバトルを迫力も重量感も衝撃もちゃんと描ききっていた。日常芝居はちょっとCGっぽかったかなあ。あと巨大なTCXで見たのでところどころシャギーが出ていたような感じ。気のせいか? 思ったのはピッコロ直々に訓練を受けているパンは、サイヤ人と牛魔王とミスター・サタンの血を引くだけあってクリリンより強いんじゃないかということ。純ではないから人類最強とは言いがたいけどいずれサイヤ人化してクリリンを追い越していった時、自分は人間で良かったと思うのだろうかそれともヤムチャにならないよう頑張ろうと決意するのだろうか。気になった。


【6月11日】 サブスクリプションはマーケティングというよりもプラットフォームで、その上に音楽を置くことで誰でもいつでも繋がれる環境が出来てそこから好みの音楽を探したり知ったりしてアクセスして音楽への造詣を深めていくためのツールであって、昔だったらラジオが行っていたことをより機能を高めつつ代行しているに過ぎないとしたら、それを否定するのはラジオで音楽をかけることも否定するのかて話になりかねない。何がどこで流れるかがFM雑誌に出ていてそれを呼んで聴きたい曲が流れる時間にラジカセの前に立って録音ボタンを押していた人間にとって、サブスクリプションはそこから時間の概念を取り払っただけに過ぎないのだから。

 リコメンドのような機能だってラジオが以前からパワープレイとかヘビーローテーションといった形で繰り広げていたことであって、それが一時に数曲に留まっていたのが今はより細分化されあらゆるジャンルであらゆるチャネルからあらゆる時間に行っているとも言える。それだけ薄く個々に狭くなったとも言え広く濃く突っ込んでいくマーケティングとは対極にあるサブスクリプションを、マーケティングだからと切って捨てる山下達郎さんの意見にそのまま賛同するのはかつて、テレビCMで「RIDE ON TIME」に出会いラジオの特集で「FOR YOU」を聞き込んでファンになっていった身からすると、ちょっと寂しくそして矛盾しているような気もしてしまう。

 「だって、表現に携わっていない人間が自由に曲をばらまいて、そのもうけを取ってるんだもの。それはマーケットとしての勝利で、音楽的な勝利と関係ない。本来、音楽はそういうことを考えないで作らなきゃいけないのに」とYahoo!ニュースのオリジナル特集に掲載されたインタビューで達郎さんは応えているけれど、それを言うなら今のレコード会社だってアーティストが作った原盤を預かりプレスし宣伝を行い流通網へと流して儲けを取っているだけのディストリビューターに過ぎない。その機能をネットワークというツールで代替している人たちを「表現に携わっていない」というならレコード会社だってどうなのって話になる。でもそう言わないのは音楽を共に届けたいという意識を持った仲間だからで、それをサブスクリプションの会社に言わないのはちょっと違う気がする。

 以前に配信は音楽のクオリティが落ちるからと言っていてそれには帯域の問題もあって納得できたけれど、今やハイレゾ音源のサブスクリプションだって可能な時代にレコード会社と同じプラットフォーム機能としてのサブスクリプションをマーケティングと言って非難するのは何かひっかかるけれどもそこはまあ達郎さんだし、音楽のクオリティをとことん突き詰め作りアルバムという形に落とし込んで世に問い少数であっても最高の音楽を聴かせられる会場でしかライブをやらないスタンスには共感できるので、これからも聞き続けるしCDだって買うし当たらないけどライブには応募し続けるのだった。でもヤマザキマリさんのジャケットはちょっとなあ。ひっくり返すととり・みきさんだったら流石と思うんだけどなあ。

 ユニクロのブラトップのCMみたいなのを期待すると肩すかしを食らうとは言っておきたい「はい、泳げません」をTOHOシネマズ六本木で舞台挨拶付きで見る。だったら「Shall we ダンス?」かというとまるで違って予告編から感じられる泳げない男が美貌のインストラクターと出会い泳げるようになるまでを描いたコメディ映画ではなく、泳ぐことによって止まっていた、あるいは心が止めてしまっていた時間を動かし前へと泳ぎ出すまでを描いたシリアスでナイーブな映画だった。

 もちろん綾瀬はるかさんの水着での登場はあるけれど、ボディラインをなめらかにする競泳用水着なので凸凹はまるで目立たず、むしろほとんどパンツ一丁で出演している長谷川博己さんの分厚いとは言えない胸板となだらかな肩線とそして長い手足を見守る映画だった。見ていた思ったのはその体型、「シン・ウルトラマン」のウルトラマンにそっくりということでもし次に「シン・ウルトラマン」がCGではなく着ぐるみで作られることがあったら、中に長谷川博己さんが入ればぴったりなんじゃないかと思った。というか着ぐるみだと体型が薄れてしまうからここはボディペインティングで。せめてウインドブレーカーで。ちょうど発売されるみたいだし。

 東京都現代美術館での井上泰幸展関連シンポジウムを見物。膨大な資料をどう分類し、どうスキャンしファイルの名前をつけて保存しつつリスト化して行ったかが、手がけた人たちの解説によって聞けた。ある程度は姪の方の分類もあったけどそれを開け、アーカイブ化のためにデジタライズする作業は大変だった様子。そのワークフローが聞けて、興味深かったです。思ったのは、仕組みは作れても、タイトルでの分類から物品名のジャッジで知見が必要なこと。これは一体何の何なのかを即断してリストに書き込んでいかないと行けないから。そのためにノウハウを持っている人からの知見を集め、これからの世代に継承していくことが大切と感じた。会場には著名な方々が多数。参加された方はお疲れ様でした。


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