縮刷版2022年2月上旬号


【2月10日】 新国立競技場が47メートルの高さしかないのは近隣の木々を上回る偉容を見せて神宮外苑の景観を壊さないためで、その意味で隈研吾さんによる設計はザハ=ディドによる偉容を誇る近未来的なスタジアムよりも明治天皇と皇后両陛下の威徳を忍ぶ場所に相応しい形と言える。そんな配慮をしておきながら東京都は何を考えているのか、神宮外苑の木々を切り倒しては200メートル近い建物を2棟も建てるというからこれはライティな方々がこぞって立ち上がって不敬であると怒鳴り立てるかと思いきや、まるで静まりかえっているのはそうしたお上に逆らうのは反日だなんて歴史戦的キャンペーンによって骨抜きにされてしまっているからなんだろう。情けない.

 さすがに絵画館前とかに200メートルの建物なんて作りはしないとは思うけれど、伊藤忠のビルも含めて建て替えるあたりに漁夫の利というか火事場泥棒的な動きでもあるんじゃないかと勘ぐりたくなる。そんな伊藤忠のビルが建て変わった裏手に今はある秩父宮ラグビー場が神宮球場のところへ行って、そして神宮球場は秩父宮ラグビー場の後に建つという交換がなぜ必要なのかって説明もきっとないんだろう。なるほど秩父宮ラグビー場は“聖地”というにはスタンドはショボくてワールドカップの試合すら開催できない体たらくではあったけど、そんな国際的な試合が年に何回もある訳ではなし、今のラグビーブームの沈静化した状況から考えるなら秩父宮ラグビー場を少し改装してスタンドを整えるだけで十分って気がしないでもない。そして大きな試合は新国立競技場で開催すれば良い。

 神宮球場もスタンドを改装してもっとアメニティをあげればヤクルトスワローズだって大学野球だって満足して見られるだろう。そもそもが今の状況を誰が困っているんだろう。建て直しによってサブグラウンドがなくなったり、テニスコートがなくなったりしてどんどんと運動公園としての性格が薄れ、なおかつヒートアイランド効果もある樹木が伐採されたら東京はますます熱くなっていくだろう。地球温暖化よりも身近な憩いの場所としての公園を、ぶち壊して平気な政治をこそ反日とそしるべきライティナ方々が、権力にまるめこまれて惰眠をむさぼっている状況でどうしたらこの暴挙が止まるのか。それとも止まらないのか。残念な国がますます残念になっていくなあ。

 賭け麻雀は違法行為だけれど不倫は別に法に背いている訳ではないのだからそれでもって情報を引き出して記事にしたとしても記者が咎められる理由はたぶん法律的にはないだろう。秘匿すべき情報を漏らした公務員は職務規程に背いていると言えば言えるだろうからそちらが処分されるのは当然として、その矛先を記者に向ける動きがきっとこれから出来ると思うけれど、以前に記者と検事長との賭け麻雀が発覚した時に「取材相手との接触の詳細は、秘匿の対象にあたる。鉄則が守られなくては、将来にわたって情報提供者の信用を失うことになる」と書いた新聞もあるくらいだから、記者が経済安保の件で口をつぐんでも批判すべきではないよね、ね?

 まあ現実には不倫は倫理にもとるから不倫と呼ばれる訳だし、真っ当な取材とは違ったルートで情動に働きかけて情報をとるのはジャーナリストとして褒められたものではないだろうから、内外の規範に照らし合わせて当該の記者はやっぱり問題視されるんだろう。でも週刊文春によれば親戚に元幹事長どのがおられる由緒正しいお家柄らしいからそうしたおとがめなんて気にせず仕事を続けるか、辞めても政治の道へと入っていくかをするんだろう。家が太いと何でもできる。羨ましい。

 しかしこれで経済安全保障だなんて官憲の民間に対する権限を増しつつ具体性に乏しい法律が出来たら、日本の経済もさらにとんでもないことになりそう。ソフトでもハードでも海外製を排除して作れやしないこのご時世にどうやってお墨付きを得れば良いんだ。そこでマルを出す権限を持った役職が生まれそこに役人さんが下ってくるか、企業に検討する部署ができてそこに役人さんが招かれるかってところだろう。そして増えるお仕事先。やっぱり羨ましい限りだねえ。そういったことを責めるべきメディアは社長が自ら横領に近いことをやってクビになっているんだからどうしようもない。かくして日本の沈下は続く。物理的でなくても日本沈没、進んでます。


【2月9日】 第94回アカデミー賞のノミネート作品が発表になって「ドライブ・マイ・カー」と濱口竜介監督が4部門にノミネート。とりわけ作品賞と脚色賞は過去に日本映画として例がなく、それだけでも凄い上に監督賞だって黒澤明監督が過去にノミネートされたものの受賞は果たしていないから、是非に受賞して欲しいところ。国際長編映画賞は滝田洋二郎監督の「おくりびと」が受賞はしているけれど、これをまた取りつつ作品賞を受賞すればボン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」に続くアジアからのW受賞を果たせるってことで果たしてどうなるか。3月27日の発表が今は楽しみ。

 アニメーション映画賞は期待した細田守監督の「竜とそばかすの姫」はノミネートを逃して残念。でも個人的に良かった「ミラベルと魔法の家」は入ったから是非に音楽賞ともども受賞を果たして欲しいところ。ほかは「FLEE」と「あの夏のルカ」と「ミッチェル家とマシンの反乱」と「ラーヤと龍の王国」で見てない作品ばかりだけにこれを機会に見てみるか、って「ラーヤ」以外日本で上映されたっけ。それすらも知らない。外国映画への情報収集意欲が落ちているなあ。ちょっと拙いかも。

 外国映画といえば日本でも興行収入が落ち気味だけれど本国のアメリカでもMCUみたいなイベント的映画じゃないとなかなか厳しいみたい。アカデミー賞に7部門もノミネートされた「ウエスト・サイド・ストーリー」は既に公開されていながら興行収入が現在で6400万ドルしかいってない。1億ドルの製作費がかかっていてこれでは大赤字。日本とか世界でこれから公開されても30億円とか行くかどうかとなるとなかなか厳しいから世界興収で1億ドルにたどり着いても宣伝費も出ないだろう。映画としての評価が高いのはアカデミー賞にノミネートされたことからも分かるけど、興行が振るわないこの現象は映画の未来に何をもたらすか。マーベルとDCの映画ばかりになるのかなあ。あとはディズニーとピクサー。

 粛々と進む北京五輪の競技では期待のフィギュアスケートで羽生結弦選手がショートプログラムでミスをして8位発進と世界から驚きをもって迎えられた。普通にやっても3位くらいには入れる選手だけによほど手ひどい失敗だったのかそれとも大技1発を飛ばして原点されたのか。いずれにしてもここからハンディを負ってのスタートで金メダルは難しいとしかいいようがないけれど、同じようにミスをする可能性が誰にだってある訳で、そこで本気の4回転半を決めればあるいは上位進出からのメダル獲得だってあるだろう。だって羽生結弦選手なんだから。そんな期待を戴かせてくれる王子の登場を今は待つ。

 ジャンプで期待の高梨沙羅選手は競技では4位とメダルに届かず、そして団体戦でも規定違反ということで失格になって当人の苦しみはいかばかりか。とりわけ団体戦では飛躍自体は悪くなかったのに寒さで縮んだ体とウエアの間に隙間ができてそれが違反ととられたらしい。マイナス20度というとてつもない寒さが呼んだアクシデント。それは他の選手も襲ったみたいでもはや条件として取り入れる方がいいんだけれど、そこはルールだからやっぱり含むしかないんだろう。だから謝る必要はないし、メダルだって絶対に必要なものじゃない。参加することにこそ意義がある。その精神を誰もが思い出して讃えよう。よく頑張った。

 キネマ旬報のベスト10で9位に入り映画芸術のベストでも4位となかなかになかなかな結果を見せた横浜聡子監督の映画「いとみち」に出演していたジョナゴールドさんが所属するアイドルユニットのりんご娘から、メンバーの4人がそろって卒業。ってことはグループ解散ってことになると思うんだけれど、そういった報じられ方はしていないってことは他の銘柄を背負ってメンバーが入れ替わるか、あるいは二代目ジョナゴールドなり王林なりを継ぐメンバーが現れるのか。いろいろ気になる。とはいえ練習生のころから14年もの年月をその名前を背負ってやってきたメンバーたちだけに、襲名制にするのは難しいかもしれない。ってことは他の銘柄かなあ、ジョナゴールド、とき、王林、彩香の他に何があるんだっけ。


【2月8日】 冬季オリンピック2022北京大会の開会式がことのほか評判で、テクノロジーを駆使しつつ文化や歴史にも気を配ったものとなってさすがは中国4000年の歴史を誇る国だといった評価を得たりする一方、中身のまるで乏しかった東京オリンピックの開会式を批判する声が出始めている。その中に「東京ではなぜそうした新しいクリエイターを抜擢することができなかったのだろう」ってものがあったけれどもおいおいそれは元電通スポーツ企画開発部長らしい筆者の古巣がMIKIKO先生もライゾマティクスも外したからだろうって反論が飛び出し集中砲火を浴びている。

 もちろん電通総体が悪いって訳じゃなくてMIKIKO先生とライゾマティクスを使ってリオデジャネイロ五輪の東京への引き継ぎ式を仕切ったのは同じ電通の菅野薫さんだったりした訳で、その菅野さんを追い込むか何かしてパワハラ疑惑で降板させては主導権を握ってMIKIKO先生を追い出し自分の思うようにしたらあれやこれや問題が噴出し、間際でドタバタすることになったもの。言うなれば社内の権力争いの結果であって、それをまったく知らない訳でもないのに「なぜ」と書いてしまえる厚顔さに批判が集まっているといったところ。明らかに古巣のセクショナリズムを批判する文脈だったらこれほど騒がれなかっただろうなあ。やれやれだ。

 日本サンライズがサンライズとなってもあまり変わった気はしなかったけれど、バンダイナムコフィルムワークスという会社に統合されてしまってスタジオとしての「サンライズ」が消えてしまうのはやはり寂しいというか、どうしてそんな再編をするのといった気分が勝って釈然としない。だいたいが長ったらしくて覚えづらい。何かSPE・ビジュアルワークスを思い出すけどそれより長いものなあ。でもってSPE・ビジュアルワークスはアニプレックスとなって一大ブランドを気付き上げた。バンダイナムコフィルムワークスもそのうち略称ができてそれに統一されるかも。バンナフィワとか。いやそれも言いづらい。

 というかサンライズ周りには同じアニメーション関係のスタジオとしてサンライズビヨンドとかバンダイナムコピクチャーズがあったし、バンダイナムコアーツ(旧バンダイビジュアル)も「ガールズ&パンツァー」のアクタスを子会社化して参加にもっていた。そうしたスタジオは名前を持ったスタジオとして残るのに、スタジオの親玉みたいなサンライズがスタジオとしての名前を残さないのはやっぱりブランド戦略として間違っている気がする。バンダイビジュアル時代から続くエモーションというブランドと並立させるみただけれどエモーションはパッケージのブランドでサンライズのようなスタジオ名とは意味が違うから。

 だからバンダイナムコフィルムワークスという会社の中にサンライズというスタジオを作るか子会社としてのサンライズをぶら下げ、並立させてサンライズビヨンドとかアクタスとかバンダイナムコピクチャーズを並べる方が見映えは良いけどそれだと統合の意味がないんだろう。もしかしたらディズニーみたいにスタジオであり映画会社でありパッケージのブランドでもあるようなイメージにしていきたいのかもしれない。それならそれでサンライズをすべての看板にする方が通りが良いような気もするなあ。誰が決めたかこの戦略。吉と出るかどうなるか。見守りたい。

 『地球外少年少女』上映記念磯光雄監督トークショー第2夜。磯監督は撮影でもほとんどのカットを担当していて、撮影さんから上がってきたのに更に手を加えているとか。やるんですか、まあいいですけどって言われるのはつまり自分の仕事に満足してないんだろうってとられている現れではあるけれど、作画を経験した人ならではのポイントがあるらしいからやっぱり自分で手を入れたくなるみたい。他の人が時間くらいで終わるV編に18時間くらいかけては、力尽きて倒れたら終わりとなるというから現場のなかなか修羅場だなあ。

 今回のキャラクターデザインを手がけた吉田健一さんはスタジオジブリで仕事をしていた時にジブリの2期生で入って来た人らしく、磯監督の背中側で仕事をしていたとか。そして隣が「鹿の王 ユナと約束の旅」を手がけた安藤雅司監督。そんな時代があったんだ。宮崎駿監督の文句をひょうひょうと受けていたらしいけどそれでも辞めてしまった後、磯光監督は「電脳コイル」で仕事を引き受けてくれるかと訪ねたら「キングゲイナー」を出してきてマウントを取られ返した気分で帰ったらしい。でも最終話では描いてくれて今回あらためて起用。ジブリで背中合わせだった縁が今に続く。

 シナリオ作りで磯光雄監督の“壁”になって良い反応を返してくれて重宝したとか。でもキャラクターデザインでは思いも寄らないものを描いてきて悩ませたらしい。美衣奈をアイドル風にと言ったら百恵的カリスマ性のある金髪美女を描いて磯監督の地下アイドル的といった予想を超えてきた。そこは差し戻したけどオペ子に残っているらしい。一方、作画の井上俊之さんについては、現場がもうこのままでは終わらないといったところで残っているカットをどんどんと描いて、みるみるうちに山を減らしていったとか。吉田健一さん曰く「こんな人がアニメ界にいてはいけない」レベルの速さでかつ巧さ。でも実在するこの現在を世界のアニメファンは喜ぶべきだ。絶対に。


【2月7日】 チーム青森というのがカーリングの世界で結構な知名度を得ていた時代があったけれど、最近聞かないなあと思ったら2013年の春を最後に活動を休止していたとか。あれだけの強豪だったら選手層の壁も厚くて中学高校から選手を目指して活動している人もたくさんいただろうけれど、そこはやっぱり設備があったからこその利点だったらしく、常呂はもとより全国に施設が出来て活動を支援する企業が増えてくると選手も分散しつつ支援してくれるところに集まって、散っていってしまうものらしい。

 まりりんこと本橋麻里選手もチーム青森の顔として活躍していたものが独立してロコ・ソラーレというチームを常呂に立ち上げ強豪へと育て上げた。そうした選手の移動も盛んではある一方で、抜けられるとチームもとたんに弱体化してしまうところがやっぱり厳しい世界でもある。そんなカーリングのチーム青森がまだ元気だった時代に書かれた森沢明夫さんによる「青森ドロップキッカーズ」(小学館文庫)も、ベテランの2人とチームを組んでいた若い姉妹が青森県の強化チームに誘われ抜けることになった際にベテラン2人から非難気味に見られるエピソードが出てくる。

 仲間が世界の檜舞台で活躍してくれることを嬉しいと思ってくれるかは人それぞれ。結果として怨まれてしまってきっと姉妹も落ち込んだだろう。なおかつ移った強化チームでは長野から引っ張ってこられた2人が仕切って居心地が悪い。信頼関係に乏しいチームでぎくしゃくした関係に胃も痛んだんじゃなかろうか。それでもどうにか壁を乗り越え仲間になれたと持ったら、カナダから選手を受け容れることになって地元の2人はお払い箱。そんな非道を平気でやってしまうチームやスポンサーをどうしたら地元も支持できるだろう。あるいは選手も頑張れるだろう。ってあたりがもしかしたらチーム青森の崩壊につながったんだろうか。今ある北海道銀行やロコ・ソラーレや中部電力チームにそうした“外人部隊”だけの強化策はないんだろうか。気になるなあ。

 興行通信社の週末興行ランキングが出て「劇場版 呪術廻戦 0」が1位を守った模様。そして興行収入が104億円と100億円を突破してきたみたいでこれで乙骨優太を100億円の男に押し上げることができた。さすがに煉獄さんのような400億は無理だろうけど頑張れば120億くらいまでは押し上げられるかもしれない。何かと話題の「大怪獣のあとしまつ』は3位で滑り出しとしてはまずまずだけれど動員数はどうだったんだろう。封切りでは「ゴーストバスターズ/アフターライフ」は4位で前作の残滓だけではやっぱりキツかったかもしれない。そして「鹿の王 ユナと約束の旅」は7位。これでは来週は圏外に行ってしまうだろうなあ。

 何しろ公開4日目の夕方回がとある劇場で昼過ぎに予約ゼロ、その次のレイトショーもやっぱり予約ゼロなんて状況で、会場ぎりぎりあたりで10人いるかどうかといった状況ではとてもじゃないけど劇場も大きなスクリーンを割り当てられないし、回数だって減らさざるを得ないだろう。同じ新宿で3つの劇場がかけているならそのうち1つくらいはとっとと手を引くかもしれないけれど、それがあるいは配給元の東宝が仕切っているTOHOシネマズ新宿で起こったら、いよいよ損切りを始めたと見るしかなさそう。それともここから盛り返す起死回生策が出てくるのか。何か配るにしても準備に時間がかかるだろうからなあ。鹿の乳とか? 飲めるのかあれ。

 中川和博監督による「怪獣の日」って短編作品がYouTubeに上がっているとモロに「大」ではないけれども「怪獣のあとしまつ」を巡るストーリーで「大怪獣のあとしまつ」と被るところ大。自衛隊が戦って沈めた怪獣が浜辺に流れ着いてそれが生きているか死んでいるかを確認しようと大学の教授や助手が行ったものの政府は怪獣は自衛隊が倒したんだから倒したんだということいしたいらしく、その保管を地元の自治体に依頼して補助金漬けにしようと画策する。でも本当に怪獣は死んでいるのか。なっとくできない助手は行動をし始める。

 制作は2014年で東日本大震災に対するメッセージを含んで作られたといった映画で、だから怪獣は原発のアナロジーであり死んでいるように見えても事が起これば重大な事態を招きかねないにも関わらず、政策と思惑で国も町も動いていくやるせなさにあふれている。これに腐っていく死体をどう保管すれば良いのかとか、そのために必要な資材とか制度とかは何かってのを肉付けしていけば、長編として「大怪獣のあとしまつ」のような作品になった気もするけれど、それだと「続シン・ゴジラ」でしかないかもしれない。だからギャグに降ってシュールに描くしかなかったのかけれども滑りまくって今の惨状、と。難しいなあ映画って。


【2月6日】 仕事を辞めてこのかた足を運んでなかった間に新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった界もあって、ほとんど3年ぶりとなったような気がするワンダーフェスティバル。いつもだったらカタログを買ってそれを手にして入り口をくぐるか、あるいはプレスとして取材で入って朝の9時くらいからいち早くブースを回って見るかしていたものが、今回からチケットローソンチケットで購入し、それについた集合時間と入場区分にしがたい順に入場していくという方式。これだと徹夜までして欲しいディーラーのフィギュアを買うことが出来ないじゃんと言う人に、いち早く入場できるチケットも売ったみたいで主催者は一応いろいろ考えてくれていた模様。

 とはいえ予定の時刻に中に入ると会場は企業コーナーはスペースがぽっかりと空いて出展社が相当に引いてしまった模様。ディーラーもテーブルこそ置いてありながら出展していないディーラーが結構あってただでさえゆったり目にとられていたスペースがなおのこと空洞化して見えてしまった。コスプレコーナーも人がまばらでこれだったらダンスだって踊れそうだけれどそれをやっても今度は見る人がいなさそう。そんな会場にプレミアムチケットでいち早く入っていったい何が買えたのか、って考えるとそれで入った人には何か特典でも差し上げなければ悪いような気がしてきた。いや別に主催者じゃないから気に病む必要はないけれど。

 行列しているブースも海洋堂のフィギュアガチャくらい。1500円でカプセルを引いて中から出てきたものをもらえるといった仕組みで、過去に販売されたものを転用している感じだから金額的には上回っても中身的には在庫処分。それでも何かお土産代わりになるかと思ったのか大勢が行列を作っていた。縁起物だから試したかったけれどソーシャルディスタンスのとれていない行列に並ぶ気力もなかったので遠慮して企業ブースをあれこれまわる。おおこれはエドガー・ライス・バロウズによる「火星のプリンセス」の東京創元社版に武部本一郎画伯が描いたデジャー・ソリスではないですか。あの肉感あふれるイラストが立体になんってなまめかしくも高貴なプリンセスを現出させていた。欲しがる人も多そうだなあ。

 よく見て回れば「ウマ娘」関連も結構出ていたようだけれどもほかに何が主流になっているかは感じ取りにくかった印象。例えば「鬼滅の刃」が流行っていて「呪術廻戦」が大人気だからといって企業のフィギュアにそれらが現れても一般ディーラーに登場することはまずないから、造形の間でムーブメントになっているようには受け止められづらい。これが「新世紀エヴァンゲリオン」だったら誰もがエヴァを作っていたし、今も「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を受けていろいろなブースがエヴァを出展していた。それが25年も続く作品へとエヴァを昇華させたとまでは言えなくても、長く愛され続けるIPにしていることは確か。ジャンプ系の今がピークと刈り取るやり方で果たしてどこまでいけるのか。「ONE PIECE」も原作がまるで進まないのが難だしなあ。

 そんな「鬼滅の刃」の遊郭編は妓夫太郎と堕姫の兄妹と炭治郎と禰豆子の兄妹を対峙させる展開で心情的に誘いつつ、復活した宇随典膳と妓夫太郎との凄まじいばかりのバトルシーンで映画以上の画面を描いて魅せてくれた。そこまでテレビでやって良いのかって話だし、ここまでやられてしまうと他のテレビアニメもやらなくてはいけなくなって大変そう。そこはufotableだからで通すのかそれとも。とはいえ真夜中ではあっても子どもだって見たい番組で首が切られて生首が空中を舞う描写が出るのはやっぱりちょっと凄まじい。

 見て子どもが自分も首をとってみようとは思わないだろうけれど、どういった印象を与えるかは気になるところ。それが原作として読まれていたから気にしないってのもありだし、漫画は読まなくてもアニメは観ていた子どもに初の衝撃を与えたかもしれないってのもあり。どうなるか。見守りたい。しかし妓夫太郎が遊ばずさっさと炭治郎を殺しておけばああいった展開にはならなかっただろう。そこはだから妹連れだったことに同じ妹思いの妓夫太郎が興味を抱いて事情を探りつつ自分を寄せつたことが敗因で、鬼となっても妹思いという感情からは逃れられなかったことが上弦でも録に留めた理由なのかもしれない。上に行くほど鬼めいてくるからなあ。次週で最終回。ならその次はいつ? 出るだろう告知に注目。


【2月5日】 アベルトがそれこそ幼少期から変わらない姿で生き続けているスターシャが「スターシャ、17歳です」といっデスラーから「おいおい」と突っ込まれているところが良かったし、そんなスターシャがイスカンダルを自爆させるボタンを「ポチッとな」といって押した場面が良かった。もちろん爆発四散したイスカンダルから浮かぶのはドクロの煙。そんなコミカルなシーンに全編溢れていた「宇宙戦艦ヤマト2205 後章―STASHA―」を見たというのは嘘だ。

 もうちょっとシリアスでそして壮絶。若い力が大人の考えに凝り固まった古代進を諫め導く話に見せて、やっぱり大人の智恵ですべてを知り尽くしながら幼い気持ちも慮ってやりたいだけやらせてあとをきっちり収拾するところが良かった。成長したなあ古代。でも誤解されまくって森雪からは突っ込まれるところは相変わらず。もらい子でも子供ができて少しは変わってくれるかな。キャラクターではとりあえず艦橋の西条未来が横から見てもなかなかにバスティで良かった。森雪がいなくなってずっとレーダー担当を務めているところも。それが最大の魅力だったかも。

 女子校生はリドリー・スコットも「ブレードランナー」も知らなかったことがそのままリドリー・スコット的な異文化との対峙を表していると言えそうな押井守監督による実写映画「血ぃともだち」。作り上げられながらもお蔵入りしていた映画が初めて完全な形で公開されるってんでチケットを確保しかけつけたテアトル新宿で、最初に登壇した押井守監督がこれは異文化をめぐる葛藤の物語なんだ、吸血鬼という異文化と人間とがどう関わるかといったものなんだということをリドリー・スコットの作品で説明しようとでもしたのかな。でも誰も見ていなかったとか。そういうあたりの常識のズレをだから大人は気をつけないといけないんだと自覚させられた。

 夜の8時までしか撮れない中で2時間半かかるロケ地へと行って帰ってを繰り返していたからとにかく時間がなかったとか。ロケなんて学校くらいで部室も保健室もセットを組んだのかと思ったけれど、それをやるだけのお金もないだろうから現地の部屋を模様替えして使ったんだろう。とにかく時間がない中で、必死になって撮ったという割には出演者の誰もがしっかり演じきっていたのは事前に1ヶ月かワークショップを行って、演技をそこで事前に練習させたことが大きいとか。ふつうは現場で演出しながら撮っていくけどそれができるだけの経験を持った役者ではないなら事前の訓練も意味がある。ある意味で演劇を作るような感覚。押井守監督にとって良い経験になっただろうけど、次に試したことってあるのかな。また作って欲しいな女子校生映画。

 ストーリーについていうならほとんど「ぶらどらぶ」。冒頭の献血ルームでマイと入れ違いになって暴れるマイを持ち帰るあたりから、献血部へと連れ込んで血祭先生を含めて面倒を見るといった展開までそのままなぞっている。違うのはアニメ「ぶらどらぶ」だとそれぞれに違う部活動の部員たちが同じ献血部に所属しているということか。マキくらいしか血の気が多くて血を抜かれるのを喜ぶ少女なんていないだろうというのがアニメの設定だけれど、それだと仲間が集まるまで時間がかかる。だから同じ奇特な人の集まりにしていたんだろう。アニメだと描けば済むから棺桶とかもゴージャスだったけどこちらはロッカー。それもまたリアリティがあった。

 NINAこと牧野仁菜はなるほど圧倒的な美少女感で吸血鬼娘を演じていた。あの押井守監督がミューズにしたとでもいえば世界中からオファー殺到がありそうな役だと思うけれどもアイドル界でそっちに考えを回す人もいなかったんだろうなあ。あるいはお皿に山盛りの餃子を一気食いするのはさすがにイメージが違うとでも思われたか。それも含めて押井組だと貫けば良かったのに。それが原因で封印されてしまったのだとしたら改めて、世界がこの映画を買って配信だとかして高い評価を得れば考えを改めるかもしれない。そうなればパッケージ化だってあるんだろうけど今のままでは無理かなあ。

 そんな「血ぃともだち」の後に上映された「BLOOD THE LAST VAMPIRE」。見るのはブルーレイが出た時以来か。やっぱり圧倒的なクオリティ。そして短いけれども充実したストーリー。寺田克也さんがデザインしたキャラクターを黄瀬和哉さんが見事なまでにアニメのキャラクターとして再現し、それを黄瀬さんやら西尾鉄也さんやら井上俊之さんやら磯光雄さんやら石井明治さんやらといったクリエイターが原画を務め小松田大全さんが動画にも参加して動かしているんだから凄くない訳がない。音響も最高。その迫力に子供だって泣きだした……っていうか夜の10時に新宿の繁華街にある映画館で5歳に満たない女の子に見せていい映画じゃないだろう。そこだけは気になった。やっぱり映画はスクリーンで観るのが良いなあ。今回のプログラムが好評だったら再上映とかあるかなあ。そうでなくても「BLOOD THE LAST VANPIRE」だけでも見たい。何なら実写版と同時上映企画とかされないだろうか。


【2月4日】 フィギュアスケートは選手のものだけれど、選手だけのものではないことを教えてくれる物語が、碧野圭さんによる「跳べ、栄光のクワド」(小学館文庫)という作品。羽生結弦選手みたいに世界的な強豪でイケメンで人気があって実力もある男子フィギュアスケート選手が全日本選手権を前に姿を見せなくなった。噂はフィギュアスケートの大会に関わる人たちの間にじわじわと広がっていく。ジャッジにアナウンサーにトレーナーに母親に振り付け師。それぞれの立場にある人が疾走してしまった選手との思い出を振り返りつつ自分とフィギュアスケートとの関わりを思い返していく展開から、さまざまな人がさまざまな角度からフィギュアスケートに携わっていることが浮かび上がってくる。

 ジャッジの人は自分が選手だった時の採点への不満がジャッジになって妥当なものだと分かってそして、フィギュアスケートを情動や人気といった曖昧なものではなく採点によって厳密にジャッジできるようにする意義を改めて確信する。トレーナーは自分が世話をしながら離れてしまった有名選手との関係を振り返って仁義にもとる振る舞いがあったことへの憤りを思い出しつつそれをしてしまった人も苦しんでいるんだということを理解する。母親は自分が重荷になっていたかもしれないということに気づきそして振り付け師は順位だとか見栄えとかのためではなく自分のためにスケートを踊りたい選手の思いを浮かび上がらせる。

 そしてファン。熱烈なファンの存在があって選手たちは頑張って声援に応えようとする。もしかしたら有名選手が疾走してまで成し遂げたかったことは、そうしたファンの声援や喝采を感じ取って自分だからできること、自分でしかできないことに改めて取り組もうと思ったのかもしれない。そんな周囲の存在があってそして選手自身の頑張りがって生まれる最高の競技、最高のスケート。それが幾つも吊らなくのがオリンピックのフィギュアスケート競技の場なんだと思うと、選手たちを見る目も競技を見る目も変わって来るかもしれない。そんな本。このタイミングで出たのはやっぱり北京五輪合わせだろうけど、それに限らずフィギュアに絞らずあらゆるスポーツ競技で選手と周囲の関係を思いたくなるはずだ。

 いろいろと映画が公開になったけれどもとりあえず「鹿の王 ユナと約束の旅」から。土橋菜穂子さんによる超人気ファンタジーが原作で国家間の争いの中で隷属させられた側からひとりの男が屹立しては少女も連れ立って旅をしていく中で熱病であったり国家間の争いであったりといったものに関わりそしてそれらの解決への糸口を提供する、といったストーリーラインにもうひとり、熱病の秘密を追う医師が絡むお話しを確かにしっかりと描いてはいる。

 もっとも、登場人物たちが対立する国家のどちらがどちらに所属しているの分からせようとする意識があまりなく、なおかつ敗れた側に隷属して配下となっている者もあれば反抗した者もあってそれが裏で手を結んでいるのかいないのか分からなかったりして、関係性を理解するのに時間がかかるというか最後まで理解させないで進んでいく。そうしたエピソードを淡々とこなしている感じがあってその上で動くキャラクターたちの例えばヴァンだったら後悔からの打開だったりホッサルだったら純粋に人道だったりといった衝動的な情動が語られず何のために動いているのかが伝わって来ない。だから誰に感情を乗せて見ていけば良いかも掴みづらい。

 淡々と進んでいく展開に山場はあっても感情の山場からとは遠く圧倒的にハイクオリティの絵が動いてもそこにストーリー上の必然性はなく綺麗でしっかりと動く絵が続いてくだけだったりする。挙げ句に「鹿の王」といいながら「狗の王」として消えていく展開のどこにタイトルが持つ意味を感じたら良いのだろう。誰がどうして作りたかったのか、そして誰に見せたかったのかを決めきれないで作るんだから作ったような客観性というか気分の薄さが膜のようにかかってのめりこみたくなる気分を妨げる。もしかしたら宮地昌幸監督には何か腹案があったのかもしれないけれど、安藤雅司監督の画力へのこだわりに巻き込まれてしまったのかもしれない。そのあたり、誰かどこかで聞いてくれないかなあ。自分では怖くてちょっと無理。

 いよいよ羽生善治九段が順位戦のA級から陥落する時が来たようで、名人となりながらB級で指すことを潔しとせずフリークラスに転出した森内俊之九段のようになるのかそれとも、落ちることを是として奮起し佐藤康光九段のように復位を目指すのか。分からないけれども最近の対局での成績から少しやっぱり落ち込んでいるようなところがある。そこをどう乗り越えられるかで大山康晴十五世名人が打ち立てた69歳でのA級在位を抜けるかどうかが決まってきそう。というか羽生世代の台頭前とはいえ谷川九段を筆頭としたその上の世代の猛追を受けながらA級にいつづけた大山十五世名人の凄さが改めて浮かび上がるのであった。


【2月1日】 27年ぶりにペンをとって漫画を書くことがニュースになっていた楳図かずおさんに2009年、映画「おろち」のDVDが発売された際に行ったインタビューを掘り起こす。なるほと当時から認めてもらえない漫画界への不満とか、新しくて面白い漫画が出てこない状況への嘆きなんかをしっかり話してくれていた。曰く「て戴くことで存在は出てくるんですよ。ゴッホやヘンリー・ダーガーのように、死んでようやく認められたというのはつまらない」とのこと。

 「人生はひとりで生きている訳ではなくて、大勢の中で生きているんです。だから即ではなくてもいいから受け取ってもらうやりとりがしたい。そういうところが描く励みになっているんですが、そこがなくて悶々としています。描くエネルギーって何なんだろう。閉鎖空間で自分が満たせないものを発散している感じがあって、ちょっと悲しいですね」と楳図さん。「漫画って個人の作業で、1人の頑張りで好き勝手に描いていた。それが面白かったんです。メディアが広がって、口出しする人が多くなって、個人の好き勝手があまり許されなくなりました」。

 マーケティングだとかアンケートによって上澄みだけが残り標準化された漫画のどこが面白い? そうなってしまった傾向へのサボタージュでもあったんだろう。「アメリカ風になってしまったらつまらないなあ。アメリカは大勢でやるから、マニュアルに沿ってやるんです。当たる映画を作ると、ヒロインにヒーローに悪役に動物で最後はハッピーエンドという図式が出来てしまいます。そこからはみ出るのはキツいですね。日本は個人対個人の競争がありました」。そんな個を大切にする風潮が出てくれば、きっとまた描いてくれることだろう。今回の復活もそこへの道として歓迎したい。御年85歳で何を描くか。楽しみ。

 4月くらいからちょこちょこと関わってきた事業のリポート書きの集大成となる報告書の執筆が終わってとりまとめの人に出してそこから最終稿を提出。あとは直しだとかがあっても大きくは動かさないからひとまず目的は達成できたってことになる。疲れはしなかったけれど毎月の会議をしっかりメモをとって書き起こしてきた成果だからその意味で夏休みの最後の日に宿題を持ち越さないようにしようという幼い頃からの教訓が、しっかり活かされたと言えそう。残りは会議がまだあって会合なんかもあったりするから仕事はもうちょっと続く。来年度はどうなるか分からないけど今回の作業を糧に少しは前進できると良いかな。

 せっかくだからと「地球外少年少女」の磯光雄監督トーク付き上映を見に行こうと新宿へ。「絶望」というパスタが評判のIVO ホームズパスタ 新宿店に入って「絶望」は頼まずカルボナーラを食べたらそれなりに量もあって美味しかった。近所にJINJINも来たし交代交代で通うことにするか。それにしてもIVOホームズパスタ新宿店、店員さんも調理室も中国語で会話していて中華料理屋さんかと思った。それで日本人客の日本語による注文をさばいているのだから凄いと思った。僕が中国に行って中国人のお客さんの接客をできるかというとちょっと難しいだろうから。

 そして「地球外少年少女」の磯光雄監督と岩瀬智彦プロデューサーの対談を聞く。いやその前に映画も観たけどちょっとだけ寝てしまったのは内緒だ。磯さん曰く「ジュブナイル的な物をやりたい」ということで、岩瀬プロデューサーは「ジュブナイル物は日本のアニメマーケットだと難しいジャンルだと思っていました。有名なIPだとか大宣伝する物だとかだとそれなりに結果は残すものがありますが、それ以外はなかなか成功しない。今回はそこに敢えて乗り込んだ感じです」と斬り込んだことを話してた。

 同時に宇宙物でもある「地球外少年少女」。磯監督は「宇宙物がこんなに流行っていない中で、やりましょうとなりました。『本気か?』と思ったけれどやった。これだけやれてないんだから、逆にやってない題材で面白くしただけで勝てるんじゃないかと思った」と逆張りで挑戦的な姿勢があったことを教えてくれた。取材にも行ったそうで「日本ではオワコンだと思われている物が、海外では熱いんです。80年代の書作品が熱狂的に受けている。それが日本に聞こえてこないんです」。

 そんな内外のギャップがあることも指摘した磯監督。「海外に受ければいけるんじゃないかと思いました」と話したとおりに海外でも結構な評価を得始めている。「恵まれない題材を育ててやりたいという気になる。天邪鬼なんです。評価されていない題材は、その題材だけで面白くさえすれば、こんなに面白くなるんです。今、似たようなことをやるのはつまらない。やればきっと面白くなると思ってやっていました」。そこにピタリと商業宇宙のブームが来た。未来を見る目を持った監督ってことなのかも。残る上映、後編も含めて盛り上がって欲しいなあ。


【2月2日】 需要も鑑みないで大量に仕入れては在庫として余らせてしまった挙げ句、保管料が厖大になるからとタダでも良いから配ろうとしたらその手間賃が保管料より高くなってしまった上に近所の商売をガタガタにしてしまうような悪手でも、元総理がやれば政治家や親派から拍手喝采で迎えられるこの国の構造自体にガタが来ているような気がしてならないアベノマスク問題。タダでもらえる上に配送料も負担しなくていいならたとえ100枚単位と使い切れない分でももらおうとする人はいるだろう。それで家に来て使うかというと余らせてしまってやっぱり廃棄することになる。

 一切が無意味。でも何かをしていることが重要な人にとっては何かしてさえいれば褒めてもらえるんだから楽だよなあ。結果よりも成果よりもパフォーマンスが尊ばれるこの国の政治しぐさは、例の「歴史戦」とやらにも出ていて自分たちが正しいと思いたいことを声高に叫んでさえいれば、たとえ相手を説得できないというか説得できる訳がなくても勝っているような気分でいられるという寸法。内輪に支持者もできて心地良いけどその周辺で軋轢やら圧力やらに揉まれる人は大変だ。近畿財務局じゃないけど板挟みになって苦しむ人が出ないといいけれど。外務省にはそんな良心やら信念を持った人はもういないのかな。

 2対1でオーストラリアがオマーンを相手にリードしているところまで見て、そのまま逃げ切るだろうと思って寝たら何とオマーンに追いつかれて2対2のドローになっていたらしいサッカーのワールドカップ2022カタール大会に向けたアジア予選。これで日本代表との勝ち点差は3となって次の試合でオーストラリアを相手に日本が勝てば、晴れてワールドアップ行きが決まることになる。負けて追いつかれてもその次は日本の相手はベトナムで多分勝てそう。オーストラリアはサウジアラビアが相手で勝てば日本と代わらず。そうなると勝ち点差あたりが気になってくるから日本はベトナム戦での大量得点が求められる。

 そうはさせずにオーストラリアに勝てば良いんだってことで試合に注目が集まるけれども今回の予選ではアウェーの試合はDAZNだけが配信していて地上波での放送はなし。高いお金をどのテレビ局も払えなかったのが要因で、それでも意地を見せて日本国内の試合については中継権を勝って放送していた。たぶん買えない値段ではなかったとは思うけれどもアウェーのように真夜中の試合になってスポンサーがとれるかというととれないところが民放の泣き所。配信でパックにした中から払えるネットにもはや地上波は勝てなくなっている。

 それがテレビでサッカーに触れる機会を減らし振興に影響が出るからと田嶋幸三・日本サッカー協会会長が地上波で放送できるようになるための道を探っているとか。何を今さら。そもそもがJリーグをテレビではなく配信に売り払ったのはお前達じゃないかと言いたい気持ちはあるけれど、それを恥じず顧みないで代表戦をくれとAFCに言ったところで、売っちまったものだからあとはそっちで話し合ってと言われるのが落ち。だからといってDAZNが配信拡大のネタとして仕込んだものをばら売りするはずもなく、これまたやっている感を出すだけで結局は配信だけの展開となるんだろう。それを見ながらスタジオで法廷画家が即興で描く絵を元に解説すたりして。

 それでもまだ日本サッカー協会はJリーグの創設で頑張って30年近い時間をかけて日本にサッカーを根付かせたけれど、日本ラグビー協会の方は相変わらずのオヤジ体質らしく改革も進まなければ改善にもほどとおい状況みたい。リーグワンという一種のプロリーグが新しくこの1月にスタートしたんだけれど、その成立過程で奮闘していた日本ラグビー協会の元理事の女性、谷口真由美さんが去年2月に解任されていて、それはいったいどういう事情だったかってことを新書「おっさんの掟:「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」」(小学館)にまとめて暴露している。読むともうむちゃくちゃ。

 花園ラグビー場にあった近鉄のラグビー部の寮母を母親がしていて父親がコーチだった関係で、花園ラグビー場に住んでいたこともあるというからそれなりにラグビーファミリーだったはずの谷口さんだけれど、本来は学者で経済学の修士と公共政策学の博士も持っていろいろと研究とか講義をしている。そういう人を招いておきながらガバナンスなんて存在しないかのような組織運営に放り込んでは、厳密な検討を重ねて導き出したリーグワンのディビジョン分けに対して誰かの目を気にしたのか結果をひっくりかえし、近鉄を2部に落としてトヨタを1部にあげたという。

 近鉄と縁が深いから1部に入れたなんてことはない。むしろ評価では他の委員より下だったというからそのあたりは厳密にやった。けれどもトヨタが地域でのラグビー振興に関する報告を新聞記事だとかチラシだとかをまとめて送りつけるだけで、プレゼンテーションに値するような資料を作らなかったりと舐めた態度をとったりして、これはやる気が感じられないと評価を下げただけだったにも関わらず、天下のトヨタが入らないことで受ける資金的な面を誰かが気にしたんだろう。

 結果は会長の一声でひっくり帰って今のディビジョン分けとなった次第。そしてその時にもう解任されていたというから一種のスキャンダルなのに、それを外で口外するなと内容証明まで送ってきたというからパワハラどころかモラル崩壊も甚だしい。わかっただったら外に出て戦おうと本まで書いた谷口さんに川淵三郎さんも乗って果たしてどこまで戦っていけるのか。その前にラグビー協会は何か攻撃をしかけてくるのか。成り行きを見守りたい。


【2月1日】 秋季大会で優勝しようが関係ないのが春の選抜高校野球って奴で、地域だとか選手の力量だとかも加味して選んだ高校が集まり、バランスのとれた出場チームの中で優勝を競い合うからこそ夏とは違った戦いも楽しめるものをどうして秋季大会の成績のみにこだわって、準優勝したのに選ばれないのは高校野球としてどうなんだと言ってしまうのはやっぱり趣旨を誤解しているようにしか思えないのだった。理不尽かもしれないけれどそれなら夏の大会で、勝ち残ったところだけが出られるトーナメントで堂々、優勝を遂げて出場すれば良いのだから。とか思った。でも出られない高校はちょっと可愛そうかも。

 マスクがまったくの無効だったら言い分にも理があるものの、エビデンスとしてその有効性がしっかり取りざたされているマスクに対してなおも無効を訴えては、着用せずにいたならやっぱり咎められても仕方が無い。兵庫県の競馬中継で活動していたアナウンサーが反マスクで反ワクチンを喧伝しては咎められ、いちおうは言うことを聞いていたふりをしつつやっぱりマスクをしていなかったことで所属プロダクションから注意され、職を辞したってことが報道されていた。競馬場からはいなくなってもその反マスクで反ワクチンのポリシーを貫き大勢の中に飛び込んでいくんだろう。そういった方面からの需要もあったりするのかな。やれやれだ。

 石原慎太郎元東京都知事が死去との報。芥川賞作家であり石原裕次郎の兄であり衆議院議員でもあってと肩書きも豊富な人だけれど、それ以上に評判にも毀誉褒貶あって悼みつつも素直に悲しめないところがあったりする。アニメファンとしては東京国際アニメフェアを立ち上げては東京都の地場産業としてのアニメを称揚し、イベントを通じてたくさんのアニメーションを世に送り出し、大勢のアニメーション作家にスポットをあてた活動をもって日本のアニメの発展に大いに寄与したと思っている。

 まだ「ほしのこえ」を出したばかりの新海誠監督に好意を示して推薦し、「雲の向こう、約束の場所」のパイロットを表彰してまで本人に会いたがったというからよほどの目利き。後に「君の名は。」でとてつもない人気を獲得するとその時に感じたかどうかは分からないけれど、結果はしっかり上がっているし他にも東京国際アニメフェアの中につくられたクリエイターズワールドからは、「けものフレンズ」のたつき監督だとかいろいろな個人クリエイターがビジネスとのマッチングを果たして世に出ている。

 そこはそれとして評価したい一方で、非実在な二次元の表現をも規制しようとする態度から、アニメやマンガの業界を敵に回して東京国際アニメフェアを潰してしまった。本人には一貫した理念があるのかもしれないけれど、端からみれば矛盾だらけのそのスタンスを評価も批判も出来てしまう。それだけの多彩な経歴を持っているとも言えるのかな。ともあれ昭和を代表する作家であり平成を楽しませてくれた政治家で行政家でありました。息子が落選して先細りの石原家のこの先が気になるところ。ひとり良純さんだけがテレビで活躍しているところは小泉家の孝太郎さんと重なるなあ。二代目の政治家なんてやっぱりミスマッチのカタマリだ。

 2対0なら上々以上の勝利といえるサッカー日本代表。サウジアラビアをホームに迎えた試合では伊藤淳也選手に南野拓実選手といったところがしっかり得点を奪って日本代表の新しいところをのぞかせてくれた。こういう試合が出来るのにどうしてオマーンに負けたりして苦しいところへと追い込んでしまったんだろう。監督のパーソナリティかそれとも選手たちの自覚の足り無さか。ともあれこれで一息ついて次のオーストラリア戦に勝てばグッとワールドカップが近づいてくる。負けられない戦いが続くことには変わりがないけど、期待も持てそうな状況をあとはどれだけ維持できるのか。ケガも相次ぐ中で誰もが悔い無き戦いをしてなおかつ勝利を重ねていければ、本戦でだってきっと活躍できるだろう。見守りたい。


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