縮刷版2022年1月中旬号


【1月20日】 あまりの寒さに布団の中に縮こまっていたもののそれだと仕事にならないので起き出してオンラインでの取材を1本。本当だったら新潟まで行く予定だったのでさらに寒い場所に行かなくて済んだものの、行ったら行ったで亡くなられた水島新司さんの代表作「ドカベン」のキャラクターたちの像を観て回りたかっただけにそれはそれでちょっと残念。あと万代バスターミナルのカレーを食べるとか。新型コロナウイルス感染症が落ち着いてまた出歩けるようになったら行くこともあるだろうからその時に見よう。

 というか「ドカベン」の像っていつまで置いてあるんだろう。水島新司さんが撤去を申し出たという話がしばらく前にあったけれど、その後どうなったかが明らかにならないまま亡くなられてしまった。揉めていたのか違うのか。権利を継いだ人がいろいろと交渉していくことになるんだろうけれど、あって悪いものでないなら置いておいて欲しいと願うのかそれとも違うのか。ただでさえ電子書籍になっていないだけにこれから増刷とかもないなら著作権は警鐘されても売上げには繋がらない。そんな問題を引きずって遺言を護って時代とともに忘れられていくのを良しとしないなら、せめて電子書籍化については前向きに検討して欲しいけれども、果たして。

 「サブカルとはAKIRAであり、AKIRAとはつまりサブカル権化と言ってしまって過言ではないやつ」という名言(ハセガワユウスケ「命短しサブカれ乙女。」より)に倣うならば刊行が始まった大友克洋全集を揃えていく中で、いずれ「AKIRA」を買うことになる自分はやっぱりサブカルなんだろ。というか「その証拠にサブカル好きの本棚に必ずAKIRA全6巻が並んでいる」という言葉どおりに初版で揃えた「AKIRA」が本棚の奥に並んでいる訳なんで既にしてサブカルだったということになりそう。ましてや「童夢」まで揃ってはサブカル権現大明神、オタクから糾弾されて仕方がない身になってしまうのかもしれない。

 そんな「童夢」は割といっぱい並んでいたけどネットでの注文で品切れが起こっていた「AKIRA」のストーリーボード第1巻もちゃんと見つけられたので購入。書店によっては冊数が極端に少なくて買えないところもあるみたい。そんな需給のバランスが発生するところに湧いて出るのが転売屋。昨日の今日で6200円とかって倍の値段がネット書店ではつけられていて間に入って設けている奴がいるかと思うとちょっと寂しい。サブカルなら遍くサブカルにすべく転売でも定価で行うのが魂って奴だろう。そこはサブカルならぬオタクでもない転売屋。気にせず儲けに走る奴らをどうすれば駆逐できるのか。そこが問題だ。

 夜になったのでお台場のフジテレビに行って「+Ultra」って水曜日の深夜に据えられているアニメ枠で放送される新番組の発表会を見物する。まずは谷口悟朗監督が企画した「エスタブライフ」ってタイトルが登場。テレビアニメだけじゃなくスマホゲームに劇場映画でも展開される作品らしいけれど、谷口悟朗監督だけあってハードでシリアスなものかと思ったら案外にポップで楽しいものになりそう。テレビアニメは何でも東京が人種性格存在等々の細かなクラスタに別れていて、魔法使いが住んでいる三軒茶屋とか動物がいる上野といった具合に別れているクラスタの間で、人を逃がしたりする仕事をしているチームが大暴れする話らしい。

 谷口悟朗監督によれば入り口を広くしていろいろなアイデアを投入できるものにしたとかで、池袋ではペンギンな人が闊歩してたりするそうだけれどだとしたら銀座あたりは宝石だろうかブランドだろうか。そこは観てのお楽しみってことか。3DCGのアニメーションになるそうで手がけるのはポリゴン・ピクチュアズ。「亜人」だとか「シドニアの騎士」のようなルックが得意だったけれど「エスタブライフ」はもうちょっとセルルックに近いものになるみたい。白組で谷口悟朗監督が手がけた「リヴィジョンズ」みたいな感じかな、あれも渋谷がモデリングされていたから今度も首都圏の各地がモデリングされて登場するんだろう。ちなみに谷口悟朗監督は映画を創るとか。そっちはハードになるのかな、それともアクションいっぱいか。

 もう1本は弐瓶勉さんの原作による「大雪海のカイナ」というプロジェクト。天にそびえる柱から幕が下がってその上で暮らしている人たちがいるという設定で、ラピュタみたいな想像力を刺激される世界観が繰り広げられそう。キャラクターなんかも描かれていたけれどもゴリゴリなSFを得意としていた弐瓶さんにしてはファンタスティックなキャラクターでお話し自体もファンタジーになるというから、今までとは違った弐瓶ワールドをそこで楽しめるとしたらちょっと良いかも。こちらは2023年にアニメ放送だけれどその前に漫画の連載が始まるようなんで、読んで予習をしていこう。


【1月19日】 ドイツの映画らしい「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」を新宿ピカデリーで見る。人間そっくりの恋人アンドロイドが実現しそうな世界で一種のテストとして、トムという恋人アンドロイドをあてがわれたアルマという女性の学者は最初のうちは乗り気ではなく、自分用にチューニングされてなおかつデータも豊富なトムの甘いセリフや女性が喜びそうな態度を見せる。

 例えば部屋を片付け飾り付けてはゴージャスの朝食を用意するとか、バスルームにキャンドルを並べバラの花びらを散らしてシャンパンっと苺を用意するといったサービスで、誰だってキュンと来そうなシチュエーションをアルマは最初は鬱陶しがるけれど、あるきかっけでその愛情めいたサービスにすがるようになる。見ようによってはメンタルが弱まった時こそが口説くチャンスとも思えるけれど、人間なんてもともとがそんなに強くないんだからやっぱり誰かといたいという願望が根底にあるんだろう。

 おして、それをてそれをパートナーが満たしてくれない場合にロボットでも必要とされるといったテーマが浮かんできそうな、そんな映画。僕も1体欲しいなあ。パートナーロボットというと亀山睦美さんによる「12ケ月のカイ」という映画があってこちらも好みの男性アンドロイドをパートナーにした女性のストーリー。ロボットでも愛せるかといった主題からだんだんとロボットという概念を超えた存在になっていく可能性が示唆されて感慨と戦慄を味わう映画になっている。比べてみるといいかも。

 新宿に出たの紀伊國屋書店の地下から移転したスパゲティ屋のJINJINをのぞく。新宿2丁目の交差点からすぐだからほとんど新宿3丁目。そして店も広くなって隣りと肩が当たりそうだった紀伊國屋の地下よりも使いやすい気がした。ランチメニューも用意してあったけれど単品でカルボナーラを注文。以前からJINJINだとトマトソースが添えられたカルボナーラがあったらしいけど、こちらは普通にベーコンと黄身が乗ったスタンダード。これがまた混ぜるとクリーミーで美味しくパスタもかみ応えがあって美味しかった。ナポリタンも食べたいけれどこれだけ本格的だとイタリアにあるメニューの方が良いのかも。次はランチも試してみるか。

 ちょっと何を言っているか分からない。誰かを糾弾するためのオープンレターというのを立ち上げて、いろいろな人の署名を募ってサイトに掲載して喧伝したことがきっかけとなって、糾弾した相手は契約を見送られたという意味で、とても強い協力を発揮した運動があったけれど、その署名の中に本人が希望していないにも関わらず、勝手に名前を載せられた人がいたらしく、どうしてくれるんだと声をあげた。

 すいません、よく調べないで乗せましたと謝るのかと思ったら、名前を騙って載せられるプラットフォームにイタズラする人が悪いんだといった声が上がってきた。おいおい、署名というのは誰がしたかをちゃんと調べて本人だと確認できたら載せるものではなかったのか。それが成されなかったから、名古屋で行われた愛知県の大村秀章知事に対するリコール実施を求める署名で大量の偽造が行われた。偽造した人は逮捕されて有罪判決をくらったけれど、運動そのものの正当性もお大きく問われる結果となった。

 その例に倣うなら、誰かを糾弾するオープンレターでも署名を厳密に精査して、了承を受けた人だけを載せるようにすべきだった。それができないにも関わらず、1人の人間の人生を左右するような運動をしかけて良いのかといった議論も浮かんでくる。それは相手が先に悪口を言いまくったことが発端だとしても、それはそれで別に手打ちが行われていた。にも関わらず、周囲が不備のあるプラットフォームで糾弾をして、いたずらをする人間が悪いというのはやっぱり筋が違う気がするのだった。ちゃんと機能すれば意味のあるものになる署名を、身勝手な私刑のツールにしてしまった責任をそっちのけで、ハッキングしてきた人を誹るなんて、どういう心理なんだろう。気になります。


 【1月18日】 史実だとパトリツィアはマウリツィオ・グッチと離婚した後、マウリツィオが経営に凡庸でグッチの経営を傾かせた果てにアラブ資本に株を売り飛ばしたことに腹を立て、ブランドの価値を毀損する凡夫を排除しなければといったどちらかといえば功利的な意識から暗殺を企てたところがあったんだけれど、これが映画「ハウス・オブ・グッチ」だとレディー・ガガ演じるパトリツィアにマウリツィオからの自分と娘への情愛を求めたものの果たされなかったことに憤ったことが暗殺の理由になっているように描かれていた。ここがちょっと引っかかった。

 だって愛しているなら殺さないじゃん。戻って欲しいのなら生きていなくちゃいけないじゃん。でも殺しちゃった。激情が怒りをよんで場当たりに暗殺を依頼してしまったなんて解釈もできない訳じゃないけれど、それでもやっぱり愛情が高じすぎての憎しみと捉えるのは難しかった。あそこはだからやっぱりパトリツィアを上昇志向の権化でありブランドの崇拝者として描ききってそのためにマウリツィオと付き合いグッチというブランドを手に入れたのに奪われたことへの憤りにして欲しかった。でもそれだと映画にならないしパトリツィアを演じるレディー・ガガがワルに見えてしまうのを嫌がったのかもしれないなあ。

 あと最初は引っ込み思案で慎重で高望みもしないアダム・ドライバー演じるマウリツィオが途中でブランドにハマって浪費家になってしまったのもちょっと変化が激しかったかなあ。パトリツィアに感化されたにしてもちょっと行き過ぎというか歯止めがきなかい感じがあった。パトリツィアの親が経営する会社でダンプカーを洗ったり同僚をラグビーをしたりして楽しんでいた好青年も金と権力を持つと変わってしまうのかなあ。

 そんな役柄をアダム・ドライバーが実にピッタリ演じていた。そこはやっぱり役者だった。アル・パチーノにジェレミー・アイアンズも良かったけれど最高はジャレッド・レノ。パオロ・グッチというハゲで太った無能がまさかジャレッド・レノだったとは。信じられない役を特殊メイクまでして演じたかったのはやっぱり監督がリドリー・スコットだからか。そこは素直に脱帽。アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたら取って当然かも。いつごろノミネートが発表されるんだろう。アニメーション映画賞に「竜とそばかすの姫」がノミネートされるかも興味があるし。

 一方で日本アカデミー賞には優秀アニメーション映画賞に入った「竜とそばかすの姫」。ほかに「アイの歌声を聴かせて」「漁港の肉子ちゃん」「劇場版 呪術廻戦 0」そして「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が優秀賞に入って最優秀アニメーション映画賞を競い合う。まあ「竜とそばかすの姫」だろうとは思うけど個人的には「映画大好きポンポさん」か「サイダー世のように言葉が湧き上がる」がノミネートされて欲しかった。あるいは「フラ・フラダンス」とか。僕が好きな映画はなかなか上がってこないけど、せめて口コミをしつこくやって時の流れに消えないようにしていこう。

 優秀作品賞は「キネマの神様」(松竹)に「孤狼の血 LEVEL2」(東映)に「すばらしき世界」(バンダイナムコ、AOI、ワーナー)に「ドライブ・マイ・カー」(カルチュア・エンタテインメント)に「護られなかった者たちへ」(松竹)といった感じでなぜか東宝が入ってないけど映連的なセレクトが滲んで誰がいった喜ぶんだろうと思ったり。まあそんな中でも映連じゃないところから入りながら世界が評価している「ドライブ・マイ・カー」を選ばざるを得ないんだろうけれど、だったらせめてと誰が見たんだろう、どこで話題になったんだろうって作品を突っ込んでくるこの慣習がやっぱり日本だなあ。

 「護られなかった者たちへ」「孤狼の血 LEVEL2」「すばらきき世界」「ドライブ・マイ・カー」は優秀監督賞とか優秀主演男優賞にもノミネートされているし「護られなかった者たちへ」「孤狼の血 LEVEL2」「すばらきき世界」は優秀助演男優賞にも入って居たりして世間がまるで騒がないところで映画も役者も持ち上げられている。嬉しいんだろうか。主演女優賞に選んで欲しい「いとみち」の駒井連さんも「サマーフィルムにのって」の伊藤万里華さんも「子供はわかってあげない」の上白石萌華さんもノミネートされておらず新人賞にも入ってない。「ドライブ・マイ・カー」の三浦透子さんも優秀除染女優賞確実なのに入らず新人俳優賞にノミネート。これで取れなければ節穴も甚だしいけれど、そんな節穴の中で内輪で賞を回し続けて来たのが日本アカデミー賞だとバレているからその設定を存分に発揮して日本映画の内向き加減をアピールしてください内向きに。


【1月17日】 水島新司さんが亡くなられたとの報に遠く昭和の時代から読んでいた漫画家の相次ぐ訃報を思い出し、歳をとったことを実感する。出会いはやっぱり「週刊少年チャンピオン」の「ドカベン」で連載を読んだり単行本を読んだり漫画を読んだりしながら楽しんでいた。中学生の頃は柔道をやっていたのに途中から野球漫画になってそして高校に入って次から次へと現れるライバルに勝っていくその戦いがとても面白かった。神奈川だとやっぱり土門だし甲子園だと土佐丸の犬飼小次郎・武蔵の兄弟か。明訓高校を破るのは土佐丸だと思ったけど違ったんだよなあ。

 アニメから入った感じでは「野球狂の詩」がやっぱり好きでそれも水原勇気が出てくるより前の北の狼に南の虎の対決を始めとした無頼の野球選手たちの群像劇が面白かった記憶。でも世間的にはやっぱり水原勇気になるんだよなあ、それも劇場映画版。とても可愛い木之内みどりさんの入浴シーンが売りだった。「一球さん」とか「あぶさん」とかになるとちょっと読んでいなかった。「大甲子園」も「ドカベン プロ野球編」も読んでないから読みたいけれど主義なのか電子書籍化されていないのだった。このあたり、亡くなられた後でご遺族がどう判断するかも注目。漫画を永遠とするために何が必要か。そこが問われる。でも今はご冥福をお祈りします。

 マンガ大賞2022の候補作が発表になっていた。今年は10作品で同数から13作品がノミネートされたりして冊数が増えることもなく選考にあたる側としては嬉しいけれども珠玉の作品が集まって選ぶのには困りそう。少し前から話題になっていたたらちねジョンさん「海が走るエンドロール」も去年に続いてのエントリーとなる赤坂アカ×横槍メンゴ「【推しこの子】」も強いし、これも連続のノミネートになる和山やまさん「女の園の星」も競りそう。でもやっぱり最強は藤本タツキさん「ルックバック」だろうなあ、一挙アップの上になおかつ表現に突っ込みがあったりして直したりもした後、単行本化されたりといった経緯を辿った作品の話題性でも作品性でも図抜けているだけに大勢の支持を集めそう。対抗はこちらもネット発の龍幸伸さん「ダンダダン」だろうなあ。初期のパワーがちょっと方向をズラしていて個人的には迷いどころ。強敵ではあるけれど。

 去年に続く作品だと魚豊さん「チ。―地球の運動について―」が入っている一報で、どんどんと面白さを増している「怪獣8号」が入らなかったのが意外。上には来ていると思うけれどきっと他に誰か選ぶだろうからといった遠慮のカタマリ化が起こって落ちてしまったのかもしれない。僕が推した「数字であそぼ。」は影も形も見えないなあ。知られた得ないのかなあ。そんな候補作で僕が雄のは稲垣理一郎さん原作で池上遼一さん作画の「トリリオンゲーム」。だってあの「男組」の池上遼一さんに賞をあげられるチャンスだぜ。これは推すしかないし、実際に推すに値する作品。結末から遡って経過を描くストーリーだけど破天荒で楽しい楽しい。次はいつ出るんだろう。

 そんな「数字であそぼ。」の最新刊が出てきて「動物のお医者さん」の理学部数学学科的なシュールな学生生活が繰り出されては脳を学生時代に戻してくれる。モデルとなった京大の寮もすさまじいとは聞いているけど、こちらの吉田大学の寮にはカピバラがいるそうでどこで捕まえてきたんだと突っ込みたくなる。野生のカピバラって日本にいたっけ。タヌキはいたけど化けるのはちょっと珍しいかも。腐れ縁の5人も大学院に進むみたいだけれど田辺と北本って2留してなかったっけ、他と違って。そのあたり読み返して確認したい。しかしもう7巻ではマンガ大賞は無理だなあ。せめて映画化されて盛り上がって欲しいもの。期待してます。

 映画に続いてNetflixでドラマ化された「新聞記者」に関して近畿財務局に勤務していた時に不正を強要された挙げ句、自裁した赤木俊夫さんの奥さんが事実をねじ曲げるようなところがあるからドラマには協力できないと言ったとか。結果として関わっていないにもかかわらずドラマはそうした財務局職員の自裁に関する追求が描かれているそうで、そこで活躍するのが米倉涼子さん演じる女性記者という部分で、財務局不正を追及した相澤冬樹さんが、望月衣塑子さんに統合されているらしいことも含め納得がいかない人も少なくない。そこをドラマと割り切れるかを考えてみないと見られないなあ、今は。とはいえ「ハウス・オブ・グッチ」だって人物の脚色が甚だしいし、そこはドラマが醸し出すメッセージを尊び割り切るべきか。難しい。


【1月16日】 目覚めたらネットでは緊急津波警報がガンガンと鳴って大変だったといった話題。トンガの方で海底火山がとてつもない規模で噴火したそうで、その影響ではるばる太平洋を越えて津波が押し寄せて来たらしい。実際に海外では潮位が上がって津波が押し寄せたところもあったみたいだけれど、日本はそれほどの状況ではなかった模様。とはいえチリ地震の津波が日本で大きな被害を出した過去もあるだけに、遠いからといって安心はできない。たとえ100回外れても101回目が本当だったらそれは一大事。だから毎回逃げるのだ、って寝ていた僕が言える話しでもないか。

 しかし巨大な噴火だったみたいで、衛星から見た映像でもそれこそ台風の暴雨風圏くらいの広がりを見せている。これで波が出来たのかそれとも衝撃はが海面を押し上げたのか、理屈はいろいろあるみたいで今後の研究の課題になりそう。気になるのはご当地の情勢だけれど島が吹き飛んだとか聞かないからきっとトンガも大丈夫と思いたい。そういえば昔はトンガ出身の力士って結構居たけど今っていないのかな。曙や武蔵丸のようなハワイ出身もいなくてモンゴルばかり。ちょっと寂しいかも。琴欧洲のような欧州出身の関取も。

 大きな画面で見たいと思って公開時は逃してしまった「シカゴ」を「午前十時の映画祭11」で見ようと京成ローザへ。マネジャーの夫と妹が浮気していたのを見て射殺した歌姫と、歌姫になりたい夢をかなえようと嘘をついた浮気相手のセールスマンを射殺した女性が刑務所から脱出しようと凄腕の弁護士に依頼をするストーリーからは、殺人であってもあれやこれや理屈を付け同情も引き策略も巡らせて無罪にしてしまう弁護士のやり手ぶりやら、金さえもらえば何でも与えて優遇する女性刑務所の看守の腐敗ぶりやらが浮かぶ。

 一方で、そうした策略に乗せられるメディアや世間の浮薄ぶり、そして根底にやっぱりあっただろう性差によってもたらされる悲劇めいたものへの告発も感じられ、苦笑しつつも歓喜してしまいそうになる。ダンスは下着やらミニスカートやらボンデージやらが溢れてエロいけど、それを厭わずスクリーン狭しと踊り唄うキャスリン・ゼタ・ジョーンズやレニー・ゼルウィガーに見入ってしまった。悪徳だけれど凄腕の弁護士を演じたリチャード・ギアもやっぱり巧い。役者だねえと役者に向かって言いたくなるくらい役者だった。映画だとカメラがパタパタと切り替わるので1点集中ができないのが難点か。舞台があれば見に行きたいけど同じような格好で踊ってくれるのかな。

 日本SF大賞の候補作でも読もうと高野文緒さんの「まぜるな危険」を手に取って、冒頭に入っていた「アントンと清姫」の出落ちで駄洒落なタイトルに感嘆する。タイトルからすぐに道成寺縁起の「安珍と清姫」をもじった作品で、それがモスクワの赤の広場にある高さ6メートルもの巨大な鐘、いわゆる<鐘の皇帝>が割れて台座の上に置かれている理由を、日本からアントンという男性を追ってきた清姫が、燃える蛇の姿になって巻き付き、中に入ったアントンもろとも焼いたからだという話しへと結びつく。

 あり得ないファンタジーが物語の中では史実として書いあるところがまず凄い。その上でロシア人スパイとの間に起こった悲劇を描き、そんな悲劇が起こらないよう歴史を変えようと科学者が挑んだ果てに浮かび上がる、国境も立場も越えた純愛めいたものを見せてくれる。どんな頭の構造をしているんだろう。「ムジカ・マキーナ」とか「カント・アンジェリコ」といった西洋風味で音楽混じりのファンタジーが得意な人って印象があったけれど、最近は東欧からロシア圏の作品が取り入れられている。ストルガッキーとかソルジェニーツィンとか詳しくないけどその辺りも読んでいこうかなあ。トルストイにドストエフスキー? とっくの昔に挫折したさ。


【1月15日】 土浦からとって返したその脚で向かった丸の内ピカデリーでのドルビーシネマ版「銀河鉄道999」の上映には、監督のりん・たろうさんが登壇してのトークイベントがついていた。その時の模様をメモから拾ってみる。まずは「今晩は。遙か遠い昔に無我夢中で飛び乗った列車で銀河の果てまで旅して、この惑星に戻って来ました。43年前の話です。2時間半くらいの列車の旅になると思いますが、楽しんで戴ければ」と挨拶したりん・たろう監督。ドルビーシネマ版となった印象を聞かれて「蘇ったなって感じですね。僕は音楽とか耳からきこえてくる体感を感じるのが映画だと思ってます。当時は出来なかったけれど、その後新しい技術が出てきました。臨場感があるサウンドはSFに向いています。体感していただければ」とアピールしてた。

 ドルビーシネマになたことでくっきりと見えるようになった映像は、黒の沈み具合との兼ね合いで透過光も綺麗に輝く。この透過光についてりん・たろう監督。かつて「ムーミン」で“発明”したことを「幻魔大戦」の上映時のトークでも話していたけれど、今回も「光には本当に拘りましたね。ただ拘るんだけれど、2Dのアニメーションでは光は手で描いていました。それだと光を感じないんです。それである時、テレビシリーズで星空を見せたいと思って、撮影に相談してやりかたがあるでしょうと言ったんです。そしてふっと思って、黒のラシャ紙を撮影部に用意してもらい、針で穴を開けて撮影台の上に置いて、撮影室の灯りを消して下からライトを当てて上からファインダでのぞくと、完璧な星の光になるんです。これだと思ったのが最初でした」といった経緯を改めて語ってくれた。

 「映画を観る人の客席そのものが列車の客席だと思って描きました。綺麗な映像を作りたいと思っていました」とも。そんな劇場版「銀河鉄道999」だけれど、上映時に誰もが驚いたのは星野鉄郎の年齢がちょっと上がっていたことだった。この理由を聞かれて稟・たろう監督。「ひとつは、東映動画の社長の今田智憲さんが、新しい少年や青年から上の層を狙うアニメーションを作りたいと言ったからです。松本零士さんも含めてテレビシリーズとは違った青春ものにしたいということで、まず始めてキャラクターとか合わせて作ったりました」と話した。

 年齢を上げることを冒険かと聞かれて「冒険だとは思わななかったです」とりん・たろう監督。「それくらいのことにしないとテレビの延長戦になってしまう。映画として成り立つ鉄郎にしょう、そのためには主人公を変える必要がありました。脚本も少年の旅立ちを意識してもらいました」。結果として映画らしい雰囲気を持った作品になった。それは同時にりん・たろう監督が映画から受けた影響をぶち込んだからでもあって「自分のスタイルで作るしかないと割り切って、思った通りに作ろうと思いました。中学生くらいから見てきたフランス映画やイタリア映画が頭の中にチラチラあったかもしれません。何かアニメーションのお手本がある訳じゃなかったので、自分で勝手に作りました」とのこと。だから劇場でちゃんと見られたんだろう。

 面白かったのは続編「さよなら銀河鉄道999」を作った経緯。「『銀河鉄道999』は初めての経験だったので全力投球しんですが、終わったら抜け殻みたいになっていました。達成感もありました。しばらくしたら2をやりたいと高見義雄プロデューサーが言ってきたんです。それで代わって下さいと言って逃げ回りました。新宿駅に逃げて入ったらプロデューサーが改札を飛びこえて追いかけて来たんですよ。それで、うんと言ってくれるまで帰らないと言うんです。あとは仲間が作っていましたから、やることにしました」。豪傑がいたんだなあ。

 「やる以上は鉄郎やメーテルや登場人物は変わらないけれど、切り口を変えることにしました。松本零士さんと話して戦争物にしました。自分が持っている演出を全面的に表に出す。アニメーションを作るのではなく映画を作るつもりでカットを切り、カメラワークを作りました。追い詰められると良い線が出てくるんですね。理由があって引き受けると居直る。居直ることでパワーが出るんです」。そんな映画を43年経って観られるこの幸運を活かさない手はない。「さよなら銀河鉄道999」も来週からスタート。こちらも行こう。

河瀬直美さんが総監督として作っている東京五輪に関する映画の撮影を、NHKが同行して取材して流したテロップにまるで映画のスタッフがあずかり知らないテロップが被せられていた問題で、たぶんインタビューした島田角栄監督が、相手にビールを渡したことについてジャーナリストの清水潔さんが「、スタッフが持っているビールがインタビュー相手の仕込み用や便宜供与のためでないなら、取材クルーが酒飲みながら五輪映画撮ってたって事ですかね? どちらにしてもロケビールすごいわ」って問題のように書いている。でもビールを持っていって渡したの映画のスタッフであって、それで気持ち良く話してもらうのを便宜供与とは言わない。だって映画だから。それをNHKの報道に混在させて問題かのように指摘するなんてジャーナリストらしくないけれど、今は権威を批判するのが板についてかまぼこになってしまった感じもあるだけに、着想したらそこから翻って顧みられないんだろう。やれやれ。


【1月14日】 土浦市民ギャラリーにて「機動警察パトレイバー 「TV−劇パト2+」展」を観る。今日明日明後日は予約制とはいえ金曜日なので行列もなく午前11時の予約10分前でも入れてもらえた。最初の部屋だと田島照久さんによるデザインワークが並んでいて、前に渋谷マルイで見たのが来てた。続いて高田明美さんによるイラストレーションなんか。

 目当ての「機動警察パトレイバー2 the Movie」に関する展示では、ゆうきまさみさんによるキャラクター原案のコピーがあり高田明美さんによるキャラクターデザインのあれは原版があって設定なんかが並んだあと、これはコピーをパネルにしたてたレイアウトが並んでいて沖浦啓之さんのとかもあれば今敏さんのも3枚あった。銀座和光前で戦車を煽ったのとか重体を正面から見たのとか松井刑事が運転席に座っているところを横から見たのとか。隣の席は見知らぬ男だけれど添えたイラストに髪の毛を縛った今さんみたいな男が描かれていてこんなのでも良いんじゃとメモ書きがあった。

 美術もあって小倉宏昌さんのが額に入れて並んでいたけどサイズがちょい小さい気がしたからあるいは複製かもしれない。でも原版かもしれない。どうだったっけ。原画は黄瀬和哉さんによる修正原画が多数。下に別セルの原画が置かれていて透けてしーんが見えるようになっていたからもしかしたら内藤さんが展示に関わっているかもしれない。シーンは万遍なく。注目の後藤さんの「だから、遅すぎるといったんだ」はc5でもしかしたら「お」を言うところかな。あと柘植とかしのぶさんとか。

 しのぶさんは声を演じた榊原良子さんの声をARアプリでいろいろと聴けて演技について「パト2」でふと気付いてそして「パト1」のサウンドリニューアルでようやく納得がいく演技ができたとかいったことを話してた。共演者では井上遥さんが孤高の人だったけれどそこにすっと近づくのが大林隆介さんだったのこと。そうした部分の扱いが巧いらしい。思い出にのこるのは郷里大輔さんで洋画だと張り上げるような猛者が多かったのに「パトレイバー」ではひろみちゃんという優しい役。榊原さんにはその役が1番だったそうで今もし会えたら言ってあげたいと話してた。

 千葉繁さんはあの演技とは違う静かで真面目な役もできるので見てみたいと話してた。ARはアンドロイドだと1回読み込んだらブラウザがそのQRコードで固定されてしまうのか次のQRコードを読み込まないので都度都度再起動してた。iPadはタブで開くから順繰りに聴けた。iOSが良いかもしれない。グッズ売り場は市役所の方で土浦限定のTシャツとパーカーがあった。同じ建物の2階にあるハンバーグステーキ屋さんでランチして東京へ。土浦駅の構内にあるNew Daysにもコーナーが出来ていて、パンフレットだとか「ASURA OS」のロゴがデザインされた土浦限定のTシャツも置いてあったので、買い逃した人なり途中下車までしたくない人はそこでお買い上げするのはいかが。

 増え続ける新型コロナウイルス感染症の感染者。このペースだと月内に1日で東京都だけで1万人すら超えそうな感じなのに見渡しても自粛だとかが起こる雰囲気が見えないのは、重症者が少なく死亡者もわずかにとどまっているからなんだろう。ワクチン接種が行き届いた状況で感染者も無症状だったりするならほとんどインフルエンザと変わらないか、それ以下って言うこともできそうだけれど発症した時の重大さはインフルエンザの比ではないだけに油断はできない。そういえばコミックマーケット99の準備会メンバーに感染者が出た話の続報があって、3人で寝泊まりしていたうちの2人が感染したほかコミケ終了後に会っていた仲間8人のうち4人が陽性だったそうで、合わせて11人のうち6人という5割を超える感染率は感染力の高さを表している。それだけでもやっぱり恐ろしいとみるべきなのかなあ。


【1月13日】 落合陽一さんが手がけて筑波大学発のベンチャー企業として活動しているピクシーダストテクノロジーズが大日本住友製薬と組んで難聴者でも誰が何を喋っているかを目で確認できるようにするメガネ型のウエアラブル端末を作るとか。どういう仕組みか分からないけど想像するなら端末に目の前の音声をキャッチするマイクロフォンのようなものを搭載しつつ、どちらから声が出ているかといった指向性もちゃんと認識するようにして、それを元に音声をテキスト変換してきこえてきた位置に重ねて表示するようにしているんだろう。

 ピクシーダストテクノロジーズと言えば指向性のスピーカーというのも作っていて特定のポイントでなければまったく音が聞こえない、逆位に言うならピンポイントでそこだけ音を再現するような仕組みを搭載したスピーカーなんかを作っている。そうした技術を活用した上で認識した音声をテキスト化するエンジンを端末にスタンドアロンで搭載するか、ネットを通してクラウド上で処理するかして表示するんじゃなかろうか。これなだ難聴の人でも誰が何を喋っているかが吹き出しのように見えて理解できる。ただディスプレイを文字が流れていくだけだと、誰が喋っているか仕草も含めて見ないと分からないからね。

 この技術を使えば座談会のような場での発現も誰が喋っているかといった情報込みでテキスト化もできそう。録音はしているんだけれど5人が喋っていると誰が誰だか分からなくなることが割とある。手書きのメモに誰が何をといったチェックはつけていくんだけれど、付き合わせるのもなかなか大変。ライターによってはそういう場面では録音だけでなくビデオを回して録画して、誰が喋っているかを分かるようにしていたりする。そうした機材を用意せずともウエアラブル端末の指向性を持ったマイクロフォンがリアルタイムで特定の人の発言として認識し、記録していってくれればずいぶんと楽になるだろうから。そうした方面への展開もあって欲しいなあ。期待して待とう。

 去年の年末にNHK・BS1スペシャルとして放送された番組「河瀬直美が見つめた東京五輪」で、取材した誰かがお金をもらってデモに参加していたといった本当は言っていないテロップが付けられて放送された問題で、チェックが甘かったとかいったことを製作したNHK大阪拠点放送局の局長が喋ったそうだけれど、そもそもが誰がどういった判断でもってそのテロップを作り、被せたのかがよく分からない。あるいはすでに誰か喋っているのかもしれないけれど、だとしたらそれは捏造だから大問題となっている。でも捏造ではないと言っているからその部分はまだ不明なんだろう。

 河瀬さんは総監督でその下にいた監督が当該の誰かには取材したそうで、そこで何を喋ったかは監督は知っているだろうし、それをあるいは書き起こして番組の編集の人に渡しているかもしれない。そこにデモでお金をもらったといったことが書いてなければ、番組向けのテロップを作った人、それを作らせ人が虚偽であるにも関わらず、付け加えたってことになる。捏造だ。そうでないなら監督が聞いた話をメモ書きにして渡した際に付け加えたということになる。監督による捏造だ。でも監督は違うというならやっぱりNHKの中で誰かが何かをしたってことになる。どうしてそこが明らかにされないのだろう。できない理由があるのだろうか。世界は謎に満ちている。

 「ポストコロナのSF」をようやくつらつら。ぬれタオルでしばきあうヤクザが追放された星で頑張っていたところに突っ込んでくる一般人の鬱陶しさはまさしく昨今のネットにおける何でも糺して炎上さえる人たちって感じ。最近でも奥さんがチョコレートをいっぱい買っていたのを瞬間見とがめたもののよく見たら2個ずつだったので嬉しかったといった感想を、女性が自由にチョコレートを買うことすら認めないのかと突っ込んでたりしてほおっておけば良いのにと思ったりもした。ともあれそんな時代に生きづらいヤクザの矜持が描かれた作品から、コロナが延々と続く未来の共生的な生き方を描いた作品からネット化された福男の疾走がどうなるかを描いた作品まで多種多様。悲劇より前向きに受け容れる感じなのが多いのは、乗り越えようとする意識の現れなんだろう。その力にSFがなればこれほど嬉しいことはない。

 「本の雑誌」の2022年2月号で鏡明さんがライトノベルについて触れていた。挙げられたのが菊石まれほさんの「ユア・フォルマ」でアイデアも良くて面白いと激賞。ベースとなる脳に潜るアイデアについてはそれこそ夢枕獏さんの「サイコダイバー」シリーズもあるからそれに加えたテクノロジーの間にプラスして、アミクスという一種のAIアンドロイドがバディとなったことで繰り広げられる人間ならざる存在の限界と可能性に関する物語が、全体を膨らませて奥深さも与えているって判断なんだろう。実際にそれくらい面白い。できれば年間ベストSFに入れて欲しかった。僕はもちろん「おすすめ文庫王国2022」には入れているのだった。ほかに「公務員、中田忍の悪徳」とか「ミモザの告白」にも触れていた。「ミモザ」も文庫王国に入れたけど「公務員、中田忍の悪徳」はちょっと避けていたなあ。ここらあたりで混ぜていくか。


【1月12日】 久々に船橋西図書館へと出向いてパソコン席で3時間くらいお仕事。真園めぐみさんという人が出した「やおよろず神異録」(東京創元社)がちょうど大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と同じ鎌倉時代を描いていて、登場人物も北条義時だったり源頼家だったりと大河ドラマと被ってくるので先取り的に中身を検証する。印象としては鎌倉版「呪術廻戦」で呪詛ならぬ“凝(ぎょう)”と呼ばれる怨念のカタマリによって悪いことをしでかすようになった人間だとか神様を祓って歩く遠谷の薬売りによる友情と恋愛と調伏のドラマが繰り広げられる。

 神様が流れてきては居座ってそこで数年間、結界を張って動かなくなる現象が起こっていてそれを人間の方では困って不思議な力を秘めた太刀を使って祓おうとするんだけれど、神様にしてみれば自分はそこにいなければならないからいるだけで人がいようと関係ない。あくまで人から見たら迷惑なだけでそれがなかった場合にいったい神様はどうして数年間も居座るのか、居座った先に何が起こるのかがちょっと気になる。そういったものを無理矢理祓えば何が起こるかも。続編があればそのあたり、読んでみたい。

 登場人物では真人(「呪術廻戦」と被ってるなあ)という薬売りのほかに北条家から時房が登場、といっても義時の方が有名で大河ドラマでも小栗旬が演じて主人公になっている一方、時房の方は誰が演じるかも分かっていないところに存在のマイナー感がうかがえる頼家については金子大地が演じるみたいで「サマーフィルムにのって」で時代劇大好き青年を演じていただけに時代劇に出られて嬉しいかというと、チャンバラをする役でもないしそもそも役柄としての時代劇好きだから当人が好きかは別なんで、そこは感想をちょっと聞いてみたいところ。「草燃える」では郷ひろみが演じた役だけに比べられるのも大変だけれど頑張って。

 図書館を出てお昼御飯をどうしようかと考えて、三鷹からは消えてしまった「男の晩ご飯」でも寄ってみようか、ついでにネオ書房ものぞいてこようかと阿佐ヶ谷まで出て「男の晩ごはん」でオムライスを戴く。いつもだったらとんかつだとか焼き肉だとか脂っこいものをたっぷり食べるところをこの年末年始に帰省して、我が身の太り具合が大いに気になったので帰省から戻ってこっち、脂っこいものを極力避けて炭水化物も減らし野菜ばかりにしていたりする。オムライスなら揚げ物はないし卵はタンパク質だからまだマシってところ。とはいえ大盛にできないのはちょっと辛い。はやく落とすぞ体重を。

 という訳で阿佐ヶ谷の駅北にある魚屋さんで焼き鮭を飼って帰宅して野菜サラダやカボチャコロッケといっしょに食べて夕食にする。食べ過ぎかな。ネットではAIにお題を与えて絵を描かせるアプリが大流行みたいだけれど、上がってくる絵のことごとくがなるほどお題を彷彿とはさせながらも輪郭が融けて入り交じってしまったような印象で、見ていると頭の大切なところが崩れて融け出してしまいそうになって見入るのを避ける。

 パッと見ではダリだとかピカソだとかブラックだとかキリコと入ったキュビズムやらシュールレアリズムあたりと近いんだけれど、そうした画家たちが描いたものはギリギリのところで物事の輪郭が保たれ限界ではあってもまだ人間だという部分が感じられる。AI絵画はそこがグチャグチャになっていて見る人をスルリとあちら側へ引っ張りそう。あるいは機械学習によって人間の好みをだんだんと覚えて輪郭を浮かび上がらせてくるのかもしれず、そうなった時に人とAIは差がなくなっててもしかしたら超えてすらしまうのかもしれないという意味で、ひとつの実験としては成り行きを見守る必要はありそう。それでも人間を保つために今は見入らず自分でも作らない。そこが肝心。

 参ったなあ、きっとあれは「ウルトラマンが泣いている」と嘆くような本を書いた円谷プロの元社長の人じゃないかなあ。ネットのオークションにあの円谷英二特技監督が、「ハワイマレー沖海戦」という映画で受賞した「技術研究賞」の盾が出品されていて数十万円という値段になっている。盾なんて記念品に過ぎないから作品の価値とは無関係とはいえ、そうした作品の価値を裏打ちするモニュメントであはるだけにやっぱり重要な品。それが孫によってコロナ禍で厳しいからと売り飛ばされようとしているのに止められない特撮な人たちの歯噛みがきこえてきそう。ATACだってそこに介入できる値段じゃないし。他にも脚本とか出しているから貴重な資料が流出し散逸する可能性が大。どうしたものか。どうしようもないものか。


【1月11日】 王将戦の第1局が行われて渡辺明王将に挑んだ藤井聡太四冠が勝利。あと3つを勝てば王将位を奪取して史上最年少での五冠となって前人未踏をさらにまた進むことになる。今回凄いのは賞金ランキングでは竜王に上回られながらも格式でいうならやっぱり上の名人位を持つ渡辺三冠に始めて2日制で挑んで勝利したということ。時間がたっぷりあって夜には考える時間ももらえる2日制は棋力がモロ出る上に体力では五分となるから若手だろうとメリットはない。それでも勝利したということは藤井四冠の棋力が現時点で渡辺三冠を上回っていることに他ならない。

 そもそもが過去に10回戦っていて2敗しかしていなかった藤井四冠だったけれど、今回も含めて9勝2敗となって差がまた広がった感じ。次の対局は1月22日と23日でここでも連勝を決めたら五冠の可能性がグッと近づいてくる。もちろんその後に来る数々の棋戦を防衛しないとタイトルは守れないけれど、保持しているタイトルが増えるほど予選がなくなり対局過多から少し外れるので鋭気を養い存分の体制で対局に臨んで、そこで圧倒的な棋力を見せつけてくれるんじゃないかなあ。どうだろう。次は大阪の山水館。おやつはお好み焼きかたこ焼きか。昼食は焼きそばかてっちりか。

 岩波ホールが今年の7月29日で休館とか。もったいないとは思うものの、だったら通っていたかというともうずいぶんと行っていなかったりして、そんな人間が今さらもったいないと言ったところでだったら毎週通えば良かったじゃんと突っ込まれそうなのでそれは言わない。ただセレクトにおいてシネコンはもとより武蔵野館とかシネマカリテといったシアターとも違った独自性を見せてくれていただけに、ひとつの窓口が消えてしまうのはやっぱり映画にとっては損失ってことになるだろう。アップリンクとかが引き継いでくれれば良いんだけれどあそこはあそこで別の問題もあるし……。興行という形態が大きく変わっている時代に新型コロナウイルス感染症がとどめを刺した2022年ってことになるのかな。

 2027年1月11日の放送開始と同時に僕はこれは凄いアニメーションが登場したと思ったけれど、世間的には今さらこれは何だといったグラフィックへの印象が先行して盛り上がらなかった「けものフレンズ」が、1が月後には世間を揺るがす作品として知られ始めてそして3か月後にはその年どころか2010年代を代表するアニメーションになるんじゃないかと思われるようになるとは、5年前の今頃は誰も想像していなかったんじゃなかろうか。そしそてそれからわずか半年後にとんでもない事態がおこって、2020年代に続くはずだった道が細くなってしまうということも。

 なるほど続編という形で「けものフレンズ2」というアニメーションは作られたし、世界観を踏襲した「けものフレンズ3」というゲームも可動はしているけれど、僕はやっぱりサーバルちゃんとかばんちゃんが2人で海を渡ってごこくちほーへとたどり着いて、そこで出会う新たなフレンズたちとのドラマを見たかった。それはたつき監督というクリエイターの才能への期待であって、後をついだ監督たちへの批判ではないものの、結果として送り出されたものが不満だったことには変わりが無い。そこは申し訳ないと言っておく。ともあれ歴史はそうはならずたつき監督は「ケムリクサ」で立ち直ってそして新しい劇場アニメーションに挑んでいる。それはそれで期待する一方で、いつかわだかまりがほぐれてたつき監督として構想していた「けものフレンズ」の続編を見てみたい気はしてるし、永遠になくならないだろう。30年後でも構わないから、是非。それまで頑張って生きるから。

 一連のリストラをかいくぐって残っていた記者が正月明けにくも膜下出血で亡くなったとかで、最後に執筆したコラムに訃報が添えられていた。歳は同じか1歳違いでそれで亡くなってしまうのはやっぱり早いけれど、ストレスと不摂生が原因になりやすい病気でもあるだけに残った会社でいろいろあったのかどうなのか。ロックとポップスでは良い記事を書いていたのに、なぜか10年くらい前から嫌韓嫌中記事も目立ち始めたのは生き残るための方便だったのかそれともそういう思想だから生き残ったのか。残らなかった身としては想像するしかないけれど、残って定年までどうにかたどり着いた方が良かったとも考える日もあっただけに、それをやろうとして果たせず命もろとも失ってしまった人が出たことに、今をとりえず生きている自分を祝おう。生きるぞたつき版「けものフレンズ」続編が出来るまで。


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