縮刷版2021年1月下旬号


【4月10日】 動かないアニメとして海外でも賛否両論阿鼻叫喚な「極主夫道」を、同じ今千秋監督による「Back Street Girls ゴクドルズ」と並べて手法を評価するツイートを見た。わかる人は海外にもいるのだなあ。もちろん日本ならではのぬるぬると動くアニメーションを期待していたら、出て来たものがあれだったのでいったいどうなっているんだと驚く人がいても不思議はない。カートゥーンのようなリミテッドとも違う紙芝居をアニメを呼ぶのも憚られると思って当然だけれど、そういうものですら面白く作ってのける腕前が、日本にはあり今千秋監督にはあるんだということが、これで世界にも分かってもらえると嬉しいかな、日本が誇れる異能だから。
 月刊アニメージュ2021年5月号掲載のデータ原口さんによる「PUI PUI モルカー」の特集が濃い。「くるみ割り人形」なんかを手がけた真賀里文子さんやアート・アニメーションのちいさな学校から連なるストップモーション・アニメーションの系譜、機材や撮影での「JUNK LAND」のとの重なり、そして見里朝希監督が新しく組むことになったWIT STUDIOで早くからインディペンデントな才能に注目していた山田健太プロデューサーの紹介へと持ってく。流石なものであります。僕が記事を書いてもせいぜいが記憶を辿って見里朝希さんから小野ハナさん当た真さんあたりに触れられる程だから。

 そこをデータ原口さんはもっと多くの人に目を配ってその仕事をしっかりと紹介していく。人名と仕事を記録していくってことの重要性はこうしたお仕事に現れるのだなあ。アニメーションは集団作業、たったひとりの監督のものでも脚本家のものでも作画監督のものでもなくて大勢が関わりひとりひとりが手を動かした先に生まれるもの、そこに関わったすべての人のものなんだてことを改めて強く認識して、資料にあたる目を磨いていこう。とはいえ残すのはやっぱりそれなりに名を知られた人のものばかりになってしまんだよなあ、スペース的にも資金的にも。何とかしたい。頑張ろう。

 ようやくやっと中澤一登監督の「B:The Beginning」をシリーズ1、2とも通して見る。なるほどこういう話だったか。キラーBなる殺人鬼がマークを残しながら殺人を続けている王国で、妹を殺人鬼に殺されたキース・風間・フリックがRIS(王立警察特殊犯罪捜査課)に復帰して連続殺人に挑み始めるという展開。同僚にいる星名リリィがバカだけれど鋭くってなかなか賑やかで、キースに絡んでいっしょに犯罪に挑んだ結果としてキラーBが単に殺人鬼というよりは何か違う目的があるんじゃないかといったことが見えて来る。

 表向きには相次ぐ連続殺人の謎解きがあり、一方で王国の裏でうごめくマーケットメイカーなる集団の企みが進んでいるといったところ。キラーBの事件もそのマーケットメイカーはいったい誰の指令で動いているのかを探る動きへと合流していった先に現れた、意外な真犯人の姿とそれとの対決が実にスリリング。ミスリード的に引っ張り回された挙げ句の種明かしは見ていてなかなかに考えられていて面白い。黒羽と皆月との対決という軸があり、キースと真犯人との対決という軸があってと2つの軸が繰り返されながら描かれていく構成もなかなか。錬られた脚本って感じ。あと動きも良かった。

 何よりリリィってキャラクターが賑やかで楽しくって面白い。ムードメーカーって感じ。そんな彼女が出ているから安心だろうと思って続けて見た第2シーズンも確かに面白くはあるんだけれど、表と裏の2本立てで進んでいった複雑なストーリーがどこに行くかを想像させて楽しませてくれたシーズン1と比べると、筋書きが1本でそれにキースが挑みつつ蚊帳の外にされ、黒葉が巻き込まれて使いっ走りにされるような感じでぐっと引きつけられない。新しいメンバーで復活を遂げたマーケットメイカーもいったいどこから現れたのかがちょっと不明。それを動かす人間の動機もちょっと単純で第1シーズンほどの狂気が足りてない。絵もちょっと……ってあたりが引っかかるけどまだ半分と思うことにして、続きを待とう。いつ配信されるかな。

 大阪で900人を超える新型コロナウイルス感染症の陽性者が出たそうで過去最大な上に重症者も結構な数が出て病床が逼迫している模様。これで緊急事態宣言を出さないどころか吉村大阪府知事は口に扇の出来損ないを添えて食べたら会話の時にそれを添えれば安心だなんて間抜けもど阿呆な戯けをさらしていたりするからもう大変。フェイスシールドですら開いている下から飛沫が飛んで拡散するのに左右も開きっぱなしの紙切れ1枚、口にあてていったいどんな効果があるのやら。100%でなければいけないでは何も動かないとか言ったらしいけど100%に近づける努力もしないで数%であっても何かやってると言い抜けるそのスタンスこそが今の惨状を読んでいると知れ。知っても知らん顔するんだろうけれど。大阪は行かぬが正解かなあ。行く用事もないけれど。


【4月9日】 ブレーンバスターなのか、フロントスープレックスなのかはともかくとしてガヴィの技が鮮やかに決まった「進撃の巨人」の第139話こと最終話。まだ発表されたばかりなので詳細は避けるとして、とりあえずぐるりと回ってしっかりと出発点に着地しつつ世界が何段にも広くなっていく様を見せ、そして自分たちが絶対ではなく相対であることを分からせてくれたとてつもない構想力と、とてつもない想像力でもって作り上げられた傑作SFだった。当初の巨人がただ攻めてくるだけで、それをどうやって倒すかといった怪獣ものの亜流に見えた世界観が、ここまで広がるなんて作者以外の誰が予想できただろう。

 凄い。ただひたすらに凄いと讃えつつこれが次の日本SF大賞にノミネートされないなんてことがないよう、その動勢を見守っていきたい。なんて言いつつ一方では、あの円城塔さんのシリーズ構成と脚本による「ゴジラS.P<シンギュラポイント>」なんてものも登場してSF大賞に映像のサイドから猛接近する。海底から続々と湧き上がってきたラドンたちの群れ。そして潜水艦に迫る何かの影。どこかの研究所の地下に眠るあの巨大な骨の正体は何。いろいろと散りばめられた謎がガチッとはまって浮かび上がらせるだろうビジョンが今から楽しみで仕方が無い。

 伝奇的で怪獣的な要素を打ち出しつつ、新たに登場したアーキテクトなる立方体は物理学だの科学だのを想起させる。多方面からのアプローチによって浮かび上がらせる新しいゴジラの世界は、政治による脅威への対応というひとつの道を見せてくれた庵野秀明総監督の「シン・ゴジラ」とはまた違ったゴジラというものの提示の仕方。庵野さんばかりが古典的なコンテンツの再生社だけじゃないってことを見せてくれているのなら、ここは別に「トウ・ゴジラ」と呼びつつ次に例えば「トウ・ウルトラマン」なり「トウ・仮面ら胃だー」なりに挑んでくれると思いたい。「シン・エヴァンゲリオン劇場版」と「ゴジラS.P<シンギュラポイント>」と「進撃の巨人」のどれが日本SF大賞を取るかなあ。全部ノミネートされたら大変だなあ。

 「マクロス」が動いた。「東京を拠点とするビックウエストとロサンゼルスを拠点とするHarmony Gold USAは、伝説的なマクロス及びRobotechシリーズの世界的な権利に関する合意を発表しました。2021年3月1日に締結されたこの包括的な契約は、20年に及ぶ不一致に終止符を打つものであり、これによりビックウエスト及びHarmony Goldは、マクロス及びRobotechシリーズの偉大な可能性を世界的に解き放つ新たな路を切り開くものです」。これが意味するところはただちにマクロスの関する全権利をビックウエスト側が取り戻すというよりは、ハーモニーゴールドが持っているロボテックの権利も認めつつ、双方に世界展開していこうってことなんだろう。

 元をたどれば「マクロス」を制作して出資もしていたタツノコプロが1980年代に「マクロス」の海外展開をするためにハーモニーゴールドと提携したんだけれど、展開する権利だけでなく著作権も渡してしまったことからその後、「マクロス」がシリーズ化されて人気となってさあ海外展開もしようとなった時、ハーモニーゴールドが持つ権利とガチ合って出られなくなっていた。ハーモニーゴールド側でも「ロボテック」を独自に展開して結構な人気となり玩具の方もそれなりに広まっていたから、「マクロス」が出て来られてはごっちゃになってしまうと考えたんだろう。

 結果として日本オリジナルの「マクロス」は世界に広まらなかったけれど、同じ源流を持つ「ロボテック」については世界も知るコンテンツとなった訳で、ハーモニーゴールドについてあまり悪く言うことはできないし、1980年代半ばのまだ「マクロス」が日本ですら知る人ぞ知る作品だった時期に、世界展開していくきっかけを作ったタツノコプロについても間違っていたとは思えない。結果として「マクロス」は「ガンダム」に比べると遥かに世界が知るコンテンツになった。というか「ガンダム」なんてほとんど知られてないに等しいから。

 ただこうまで世界でコンテンツの垣根が低くなってしまうと、日本オリジナルの「マクロス」を知る人も増えていく。もっと見たいという人も出てくる中で出られないとあってはやっぱり忸怩たる思いも浮かんでいたんだう。だから始まった交渉が20年ごしにようやくまとまったものの日本が完全に取り返すことはできず、「ロボテック」も「ロボテック」で生き残る道が出来た。海外の人にとって「ロボテック」がオリジンという人も多いだろうからそれは決して悪いことではない。今後は河森正治さんのオリジナルな魂と、ハーモニーゴールドが育て上げた「ロボテック」の精神がとがぶつかり合って勝つのはどちら? 見守りたい。

 そういえば「チケットぴあ」の店舗でチケットを買ったり発券してもらったことなんて、もう何ねもやってないよなあ。買うのはもっぱらネットからで発券はコンビニばかり。ネットで買った場合に「チケットぴあ」の店舗で発券してもらおうとしても、紙にいろいろ書かなくちゃいけなくって面倒だった。なのでコンビニばかりになってしまっていった結果が、全国にある「チケットぴあ」の店舗の廃止につながったんだろう。チケットをいえばぴあといった状況もすでに過去のものに。そもそもが「ぴあ」という雑誌すら今や存在していない。時代はこうやって過ぎていく。これからはどうなっていくんだろう。生体認証なんてこともあるかもなあ。


【4月8日】 大阪が新型コロナウイルス感染症で凄いことになっているようで、医療非常事態宣言とか出していたりするんだけれど一方でお公家さんよろしく口を隠しながら、外で食事をしようなんて間抜けな顔をさらして吉村知事がテレビに出たりしていて、いったい何がしたいんだ状態。雨合羽を掻き集めたのは良いけれど、使う間もなく大阪市も似たようなことをやって大量の在庫を抱えていたりするし、去年の今ごろに発表して秋には出来てるようなことを嘯いていたワクチンは未だに完成の目処も見えない。

 そんなリーダーがそれでも支持を集め続けているのは何なんだろう。きっとやっぱり大阪のテレビが伝える府知事の像が、全国規模で伝えられる府知事の像とは違っていたりするからなんだろうなあ。知らんけど。だったら東京はといえば東京で、やっぱり感染者の増加傾向は否めず、前週比で拡大する曜日が続いている感じ。当然にそれは非常事態宣言を解除した結果のものなんだけれど、今さらふたたびというか三度、非常事態宣言を行う訳にもいかないのか言葉を換えて「まん延防止重点措置」とやらを講じることになったもよう。

 だったら解除せず非常事態宣言を続けて完全に近いところまで押さえ込めば良かったのに、それをしないで去年は大型連休をまるまる潰し、年末年始を消滅させて今また大型連休もなくそうとしているこの国のいったいどこに政治があるんだろう。一方で聖火ランナーはどんちゃか賑やかなバンドワゴンを連ねて全国各地をひた走る。その行き着く先すら決まってないのに。まったくもって不可解なこの状況は、中心を持たないまま思惑だけで動いて責任を取らない人たちしかいないからなんだろうなあ。やれやれ。

 監督が「美少女戦士セーラームーンCrystal」の今千秋監督だと思うから、嘆美で美麗な世界を手がけた人にしてはなぜだと思うのであって、これが「Back Street Girls―ゴクドルズ―」の今千秋監督だと思えばほらもうそのままに、漫画のコマをそのまま並べただけのように見えてまったく動かないけれども、テンポとセリフで見せる画ニメをまたしてもやってのけただけだと分かる「極主夫道」。いよいよもってNetflixで配信が始まって、世界中が「The Way of Househusband」として見て面白いと言ってみたり、こんなのアニメじゃないと嘆いてみたりしている。

 おいおい、お前らNetflixで「Back Street Girls」を見てから言えと叫びたくなったけど、言い分も分かるだけに慰めて良いのか怒るべきなのかちょっと迷う。たぶん見比べていけば漫画のコマを拡大して貼り付けただけじゃなく、見せ方とか並べ方なんかに配慮もあって集中線とか擬音とかフキダシなんかの出るタイミングも工夫があって漫画のように見えて漫画とは違った演出が、そこに施されていることは分かるんだけれど面倒なのでそれはしない。だってアニメ版はアニメ版として充分に面白いから。漫画版も漫画版としてやっぱりとてつもなく面白いから。それぞれの面白さがちゃんと感じられればどっちがどっちだって関係ないのだ。

 という訳でエピソード5まで配信されていた「極主夫道」は津田健次郎さんがしっかり不死身の龍を演じ切って凄みが感じられて楽しいし、美久役の伊藤静さんも元気で明るいキャリアウーマンぶりをしっかり見せてくれている。広告会社に勤めて最前線で働く彼女がどうして普通のアパートに住んでいるかは分からないけれど、その方がそれっぽいからで良いじゃないかってことで。猫の銀はM.A.Oさんか。なかな可愛い。そんな選択が出来たことも成功している理由のひとつじゃないかなあ。英語版もスペイン語版もしっかり引っ張られている感じだし。

 声だとほかにライバルというか同じヤクザ上がりで今はクレープ屋の虎が細谷佳正さんで、津田健次郎さんの作り込まれたドス声とは違ってナチュラルに不遜な声を聞かせてくれて良いコンビ。あと喫茶仁義のマスターが速水奨さんだったり、龍の親分が大塚芳忠さんだったりと豪華絢爛にしてそれぞれにぴったり。あと姐さんの田中敦子さん。組員を守るためにスーパーで店員をしていても着物は脱がず凜としていて、それでいてしっかり仕事はこなすギャップが良い。あと猫の真似。でも龍に見つかって照れまくる。そんな姿を絵と声でしっかり見せてくれるところがアニメならではって感じ。1度みるともうその声でしか漫画を読んでも再生されなくなってしまうのだ。エピソード6以降はいつ配信? 待ち遠しい世界が「Back Street Girls」を見たら何と言うかもちょっと気になる。

 フジメディアホールディングスの社長が会見をして、例の外資規制に関してちょっぴり計算間違いをしてオーバーしていた時期があったんで解消したけど総務相にはいちおう相談はしていて厳重注意を受けてますって話したみたい。なんかそれで終わってしまいそうだけれど規準をオーバーしていた時期があて、その頃に免許の更新も行っていただろう事態は変わっていない訳で、規定に違反していたならそれは処分を受けるのが法治国家って奴だろう。「実務上のミスで悪意はなかった」といって例えば法定速度をちょっとだけ超えて交通違反の取り締まりに引っかかったら厳重注意で許してもらえるのか。アルコールが検出されて酒気帯びを問われても酔ってないならと赦免されるのか。そうは警察が許さない一方で堂々の違反がスルーされてしまう不公平感を、納得させないとこの件は終わらない気がしてるなあ。東北新社の処分を早まったかなあ、総務相。どうなることか。


【4月7日】 バイデン大統領はトランプ前大統領と違って中国と仲良しだって批判していた、日本の一応はノンフィクションライターだとかジャーナリストを名乗っていた人たちは、いったいどんな気分でいるんだろうか。アメリカ国務省のプライス報道官が2022年に開催の北京冬季五輪について、新疆ウイグル自治区とかチベット自治区に対する弾圧があるといった理由からボイコットを検討していくと話したらしい。同盟国と共同でっていったところで当然に日本も入ってくる訳で、アメリカに頭が上がらない安倍ちゃんだったらすぐにでもイエッサーと言ったかもしれないけれど、一方で東京オリンピックの開催を控えたこの時期に、ハイとはいえない状況に板挟みにあってのたうち回ったかもしれない。

 菅義偉総理だったらどういう対応するかというと、周辺にいるのが中国嫌いの学者っぽい人やジャーナリストっぽい人だったりするからやっぱり乗りそうな気もしないでもない。とはいえ一方で幹事長をはじめ中国との貿易を重要視してすぐには非難はできない一派もいたりするし、東京オリンピックという舞台も目前に控えていて、その延期すらやっぱり想像の範囲に入れておかなくちゃいけない立場だけに何も言わずにいきそうな予感。そうした態度を中国大嫌いな日本のノンフィクションライターだとかジャーナリストの人たちは非難するかとうと、政治の真ん中にいる人は非難しない。かといってバイデン大統領を中国大好きと嘯いていたことも誤らない。矛先を中国だけに向けて批判を口にし、与党ではなく野党を批判するだけなんだろうなあ。まったく。

 個人的にはそうした政治的な理由でのボイコットは、1度やればやっぱり何度も繰り返されるばかりで止まることを知らず続いていくことになるだろう。北京をボイコットすれば次の夏季大会はえっとパリだっけ、もしもフランスが参加しなければ逆にボイコットされ返される。それともフランスはアメリカとは一線を画して参加をするのかな、するかもな。そして中国における迫害めいた事態は変わることなく続いていく。どうしたら改められるのかって道筋はまるで見えず、他に方法があるとも思えないけれどもそこはオリンピックという祭典ではなく、政治であり外交によってしっかりと釘を刺していくしかないんだろう。世界が見ているならできないと思わせるようにする。国民もそれを支持する。そんな状況に持っていくために出来ること。何があるんだろう。

 「ヤバいって評判の毎日新聞が本社ビルを売却し降版時間を繰り上げ時事通信との契約を切って資金を捻出しようとしているぜ」「うちなんて全部とっくにやっているぜ」「支局だって大都市圏以外は閉めたぜ」「遅れてるぜ毎日」「遅れてるな毎日」なんて会話をしている新聞社があったとしたら、そっちの方が逆にヤバいんじゃないかなあ。いやどこか特定の新聞社があるって訳ではないけれど、本社ビルは自社物件ではなくグループにある不動産会社の持ち物で、その不動産会社の株式は売り渡してお金にかえてしまってそれも残っていなかったりするし、降版時間も繰り上げては甲信越あたりに新聞が届けられなくなったため、配達をほぼ諦めたって新聞社が存在することはする。

 時事通信との契約も切って共同通信だけにしたし、地方の支局もメールアドレスだけあ残しながらも所在地は消して電話番号も置かず、果たして人員が誰か居るのかどうか分からないエア状態。北海道に東北に甲信越に中部に中国に四国と九州のほとんどから撤退気味なのに全国紙を名乗り続ける元気さはさておいて、やっぱりいろいろと厳しい状況にあるんだろう。そんな新聞社がこの先にどうなるかよりも、毎日新聞社が将来どうなるかの方がバリューも大きく語られるのは、釈然としないもののそれが世間といったものなんだろうなあ。忘れられて知らず消えていくのかもしれないなあ。その前に消えてしまう系列紙もあったりするんだけれど。時は流れる。

 楽天の三木谷浩史会長兼社長がツイッターで「僕ははっきり今年の五輪開催はあまりに、リスクが高すぎると思っており、反対です。アスリートの方々には本当に申しわけないけど、一生懸命生きているのはアスリートだけでないので」と発言。まずは「BBCのラジオ 日本の変異株中心のコロナが急増している。五輪では6万人が世界から来て、様々な変異株がミックスされる。ワクチンはG7でとてつもなく最低。僕は『政府はオリンピックでなく、ファイザー以外のワクチンの緊急承認、接種普及に全力を尽くすべきだ。プライオリティがおかしい。』と思うと書き、それにヴィッセル神戸のオーナーとしてもっと本音を言ってよってレスに答えて言い切った。

 影響力のある人だけに早速メディアも取りあげて、反響はなかなかに広がりそう。経団連に愛想を尽かして新経済連盟を立ち上げ、IT業界を中心とした会員を集めて影響力を示していたりする人だけに、波及していく可能性もありそうだけれど一方で政府から仕事ももらってオリンピックにも絡んでいそうなIT業界が、諸手を挙げて賛同するとも限らないだけにあとはメディアがどこまで応援するか、あるいは逆に叩きに回るかで変わって来そう。政府なんかは御用メディアと御用エージェンシーを使って締め上げに向かうかな。同じことを孫正義さんが言っても違う方面から叩く人たちも、三木谷さんでは叩きづらいけど国に逆らうならやっぱり叩きに回るだろうか。そんな反応が今のこの国の色分けを見せてくれそうな予感。見守りたい。


【4月6日】 北朝鮮が東京オリンピックへの参加を取りやめると発表。理由はもちろん新型コロナウイルス感染症の流行で選手たちの安全が確保できないといったもので、それ自体は真っ当なんだけれど国が国だけに何か言いたいことがある人たちが湧き上がって吹き上がっていたりする。それは心情なり信条として理解は及ぶけれど、少なくとも公平にして公正なオリンピックの運営を目指している組織委員会の人が、「情報がないので何とも言えないが、政治的な理由という可能性もあるのでは。もしも、スポーツの政治利用ならば嫌な手だ」と言うのはちょっと違うんじゃなかろうか。

 というか、そうやって相手の参加自体の理由をストレートに受け止めることなく「政治利用」だと穿って見ること自体がオリンピックの政治性を真っ先に意識しているって現れ。ここは少なくとも参加していただけないのは残念で、今後も呼びかけていく一方で他の国にも広がる可能性を鑑みて、日本の新型コロナウイルス感染症対策は万全であると訴えるべきだろう。いやそんな訴えかけができないくらいにこの国の対策は後手後手で、未だワクチンの接種率が1%に満たない状況で他国から選手団を迎えて安心して教義してもらえるとは思えない。

 まずはそこのところをどにかするのが先だと思うんだけれど、どうしようもないと分かっているのか国際水泳連盟は日本で開催予定だった飛び込みとアーティスティックスイミング、オープンウォーターの大会を中止すると正式に発表したみたい。暫く前からBBCなんかがかき立てていたからすっかり既定路線になっていたけれど、それを受け止めなにかアクションを見せなかった組織委員会も、こうして突きつけられて何か動くかというと未だに例の開会式でMIKIKOさんが提案した案が暴露されたことを憤ったり、毎日新聞が報じた委託費の見積もりで1人当りの日当が高すぎるといった話に文句をつけている。そんな体面を取り繕っている場合なのか。それが重要な人たちが大勢いるんだろうなあ、この国には。本当に開催、できるんだろうか。

 フジメディアホールディングスが2012年4月あたりから2014年9月あたりまでの1年半ほどの間、外国人の株主が議決権を持っている人に限っても法律で制限されている20%を超えていた問題で、社長の人がいろいろと喋った話が出始めているけれども分母を数え間違えたといった理由は理由としてありながら、それを黙ったままにしていたことはやっぱり問題視されるべきなんだろう。何しろその期間中には免許の更新があって、総務相は認可していたりする訳だから。

 本当に知らなかったのならまだしも、解消されていないことを分かっていながら認可を得ていたのならそれはもう東北新社のに劣らず法律面の目をかいくぐろうとしたってことになる。東北新社だって申請した段階ではあるいはクリアしていたかもしれないけれど、認可の段階で超えていたかあるいは逆であっても免許を取り消されてしまった。フジメディアホールディングスの場合は2018年に新たに免許の更新を行って、その時はクリアしているから現行の免許に問題はないとしても、それ以前の5年の間に使っていた免許が実は不備の上で取得されたものだったら、その5年について何かお咎めはあるのか。咎め立てることは可能なのか。今後いろいろ議論されるんだろうなあ。

 流石に免許剥奪とはいかないだろうし、即停波なんてことにもならないだろうけれど、見過ごしてはやっぱり法律の名が廃るとなって少しだけお咎めとなった時、あるいは午前2時から午前5時までの停波を1カ月とかってことになったりしたら果たしてダメージなんてあるんだろうか。夜中の放送なんてやりたくないけどやっているならそれもあり? いやいや夜中にアニメとか放送してくれているからそれは拙い。だったら午後2時から午後5時とか。昔は再放送で生めていた時間を今は無理矢理にワイドショーで埋めているならそれもありとか。免許で放送できないならネットで配信すれば良いとなって、それが意外に稼げちゃったらそっちに移行したりして。どうなるかなあ。興味津々。

 「子ども庁」てなんだそりゃ。たしかに日本において少子化は大問題だし、子供たちに対する虐待もあれば子供たちの貧困もあっても問題は山積み。それらの解消がこれから国が持ち直さずとも続いていくために必要なことではあるけれど、そんな問題に対して今の文部科学省なり厚生労働省で対応ができないというなら、それは子ども庁を作ったところで解消されるはずもない。ワクチン担当相を置いたところで日本に入ってくるワクチンが一気に増えないように。だいたいが少子化の問題の根源として日本全体の沈滞があるのに、そうした施策をまるでとれずにいる中で、役所を作ったところで何なる? 意識を高めるより先にやることがあるんじゃないか、ってあたりを言っても政治は動かないんだろうなあ。思い込みだけで動いているから、自分に対する。やれやれだ。


【4月5日】 水泳の池江璃花子選手がバタフライの100メートルで好記録を出し、400メートルメドレーリレーの標準記録を突破して東京オリンピックの出場を決めたとか。白血病でしばらく競技を離れていただけに、復活はとても目出度く同じ病気に苦しむひとたちにとって大いなる目標になって勇気づけられもしただろうけれど、一方で世界中から大勢の人が集まりごったがえすオリンピックというような場に、抵抗力が著しく低下する白血病からの寛解状態にある池江選手が出て大丈夫なんだろうかという気もしてならない。

 それは本人次第ということになるとしても、世界の人たちが競技もままならない状態におかれている状況で日本だけが突出して人情物語で誘ったところで、世界は安心はしてくれないだろう。せっかく出場を決めた池江選手に向かってオリンピック中止なんて言えるのかって聞く人もいるけれど、逆に世界の水泳選手から出場を決められないし練習もままらなないのに開催なんてあり得ないでしょうという声が届いたら、それでも開催しろなんて言えるのかって話でもある。1人の栄光は讃えつつ大勢の苦悩も受け止める必要もあるこの案件。難しいなあ。

 いよいよもって動き始めた放送局の外資規制問題。東北新社に務める菅義偉総理も息子に絡んだ接待問題に端を発して叩けるなら叩ける材料を探せといった動きの中、持ち上がった放送法にある外資規制の問題から免許取り消しへと至った流れがそのまま長い間、外資の問題が取り沙汰されていた東京キー局のフジテレビに及び始めたのがちょっと前。いやいや自分たちは名義の書き換えを拒否することで外資に議決権は渡してないから外資規制はクリアしていますよといった良い訳をしていたけれど、朝日新聞社の追求が2014年9月までの2年間については、規制に引っかかる状態にあったことをフジメディアホールディングスから引き出した。

 分かっていたけど改めず、そして報告もしなかったというからちょっとダメな感じ。なおかつこの期間、2012年からの2年間には2013年11月1日に更新された放送免許の申請なり審査なりがあった訳で、そうした大事な手続きを虚偽の数字でもって臨み放送免許を更新したならもうこれは罪1等を積み重ねられても仕方が無い。書類作成時は大丈夫だったけど申請時にちょっとだけ超えていて、すぐに戻した東北新社が免許取り消しなら申請時だか更新手続きの最中に超えていたことを認識しながら、黙って免許を更新したフジメディアホールディングスはいったいどんな処分が待っているか。ちょっと怖くなるけどそこはこの国のシステムが、過去の話であり現状は大丈夫であり反省もしているからといった筋書きで不問に付すんだろうなあ。やれやれ。

 これも難しい問題で、理想はどんな障がいを持っている人であっても行きたいところにちゃんと行けるようになることで、そのためにさまざまなサポート体制が整っていることがバリアフリー社会の目標だって思ってる。ただそれはすべての駅にエレベーターがついていたり、常駐の職員がいて案内とかしてくれるってことじゃなく、駅が利用できない状況でも代わりに車なりが移動手段として用意されていて、気軽に利用できるようになっていたり、階段しかないような場所だったとしても、手助けしてくれる人がどこかにいて、気持ちよくサポートしてくれるようになっていることだろう。

 そんなさまざまなサポート体制が組み合わさることで、無理をせずとも意識せずともどこにでも出歩いて帰ってこられる国であって欲しいと願っている。電動車いすで移動する人がいたとするなら電動車いすの利用が難しい駅であってもエレベーターをつけるとか、サポートする人が常駐するとかじゃなくてその駅を使わなくても最寄りの設備が整った駅からバスなり車なりが手軽に利用できるようなっていることが重要な気がする。

 その駅を利用できるようにすることがバリアフリーも目標だって言い出すと、そのためだけにかかるコストはとんでもないことになってしまう。そうしなくてもバスなり車なりが代替手段として用意されていて、すぐにでも電車並みの料金で利用できる方がコストが低いなら、そちらを充実させるべきって気がする。企業を潰してしまってはサポートもバリアフリーもないから。そうさせないために国なり自治体なりが支援する、そのためのコストを社会全体が担う状態を形作っていくために、ひとりひとりが意識すべき時に反発を招くような言動はやっぱりもったいない気がするなあ。伊東線来宮駅を利用したいと訴えた電動車いすの人の話から浮かんだあれこれ。これもやっぱり難しい。


【4月4日】 「シン・ゴジラ」から「シン・ウルトラマン」と来た庵野秀明監督によるシン化の波がいよいよ「仮面ライダー」に読んだみたいで、総監督ではなく企画・脚本でもなく監督・脚本として「シン・仮面ライダー」を2023年に公開予定と発表された。発表された絵は黒が基調の初代ライダーの面影を引きつつコートをなびかせたスタイルは「仮面ライダー」の原型ともいえる「スカルマン」の面影を引いている。もしかすると「シン」とはすなわち「真」であって「真・仮面ライダー」としての「スカルマン」をリブートするのかもしれない。知らんけど。

 「仮面ライダー」といえば50周年を記念して「仮面ライダーブラック」を漫画にした島本和彦さんが初代ライダーのイラストを寄せていたけれど、それが話題になるかどうかといったタイミングで島本さんが好きな特撮だとかアニメをガンガンとリブートしている庵野秀明さんがするっと持っていくのをいったい島本さん、どう考えているのかな。全部もっていきやがってと思っていそうだけれど、そこは同じ業界の人だから、裏側ではちゃんと知ってて漫画として「シン・仮面ライダー」を描く約束なんかをしていたりするのかも。ダークで熱いヒーローを描かせたら漫画かとしてピカイチな島本さんだけに、やって欲しいけど、果たして。

 しかしある意味で衰退したか違うところへと言ってしまったIPを、「シン」という一種のブランドでもってリブートする道筋をみつけてしまった感じがある庵野秀明さん。次はいったい何をやるのといった期待も高まる中で、たとえば「シン・ゴレンジャー」としてスーパー戦隊を手がけるとか、「シン・プリキュア」といった具合に女の子ヒーローの集団バトルを描いてみせるなんてことを、ちょっと考えてしまう。過去の作品だったら「シン・マイティジャック」かなあ、当人も昔から気にしている作品だし。

 ただそうやって塗り替えばかりやってもらっては、独特の感性から生まれる新しい物語は生まれて来ない。もう「ナディア」だとか「トップ」だとか「エヴァ」みたいなオリジナルはやならいのかもしれないけれど、宮崎駿監督が今の今まで自分ならではの作品を作ろうとしてるもしれないのなら、庵野秀明さんにも是非に挑んで欲しいところ。それかもう宮崎監督が手を出しそうもない「風の谷のナウシカ」の漫画版を庵野秀明監督の手でアニメ映画化欲しい。3部作とかで描いていけばだいたい10年はかかるだろうから庵野監督にとって70歳まで、僕は年金が出るまでの年齢を楽しんで生きていけるから。是非。

 人類を脅かす「鬼」や「悪魔」との戦いだったものが、宇宙から来た知性体が相手の戦いへと発展したオキシタケヒコさんによるシリーズ最新刊「筺底のエルピス7 −継続の繋ぎ手−」をやっと読む。日本の組織に所属する百刈圭は、敵が蘇らせようとしている師匠の阿黍宗佑が完全復活する前に叩いて、敵が欲する「白鬼」に憑依された朋之浦唯を守ろうとする。勝利に必要な知識や技術を得るために平行時空から来た自分と戦ったり、若返って復活した阿黍に挑んだりするテクニカルでスリリングなバトルの連続がとっても楽しい最新刊。乾叶と星カナエのWカナエによる圭の分身ボコリとかあって楽しい。次はいよいよ敵とのコンタクトか。幾度も滅んだ宇宙が生き延びる道が見つかることを期待して物語を追い続けたい。

 ツイッターあたりに出回った画像で毎日新聞がJR西日本の駅での販売から撤退することになった模様。大阪に地盤を持った毎日新聞がさすがに大阪府とか兵庫京都あたりの駅倍をやめてしまうとは思わないけれど、岡山から以西の中国だとかはさすがに届けても県紙に押され朝日読売日経の壁を越えられないならコストをかけることもできないと、手を引き始めているのかもしれない。まあ産経なんかは岡山から以西の中国だとか四国だとかの支局を閉めて名ばかりにして駐在員をおいて1人とかって状態にして、取材網を削ってコストダウンを図ってるし、東京本社でも北信越への配達は遅れ気味になっているから、いずれ撤退なんて話も出そう。そうやって削ることでコストは改善するけれど、売りとなるニュースは薄くなり、だったらと買わなくなってコストがかけられなくなってなお削るといった縮小のスパイラルに陥りかねないから、どこで踏ん張るかが気になるところ。取材網は維持するかなあ、全国紙として。見守りたい。


【4月3日】 思い立って東所沢へ。去年にはオープンしていたけれど、行く機会がまったくなかったKADOKAWAの東所沢にあるミュージアムやらオフィスやらが集まった「さくらタウン」を見物してくる。駅を降りるとそこは地方の駅前といった感じで餃子屋さんとかしまむらとかスギ薬局とかあってまあ住んでもそこそこ困らなさそう。そんな通りの歩道に埋め込まれたマンホールに、KADOKAWA発のキャラクターたちが描かれているのを眺めつつ踏まないようにして歩くこと10分ほどで目的地が見えてきた。なるほどこれが隈研吾さんが手がけた石造りのミュージアムか。確かに迫力はあるけれど、広い場所にあったから威圧感はなくすっきりと見えたのは場所を考えての設計だったからなのかな。

 そんな「さくらタウン」にある書店、ダ・ヴィンチストアでライトノベルのとあるタイトルを3冊買うと、「らのすぽ!」というライトノベルのお祭りのために作られた冊子がもらえることになっていて、そこでKADOKAWAが出している5つのライトノベルのデーベル、スニーカー文庫にファンタジア文庫にファミ通文庫電撃文庫MF文庫Jの編集長が集まって座談会をしているので、ライトノベル読みとしてはチェックしておく必要があったのだ……ってそんな座談会を司会して原稿を書いたのは僕だから、何を言ったか全部知っていたし冊子の方も1冊送ってもらったから今さら必要はないんだけれど、やっぱり自分で手取にいきたかったので出向いた次第。それでこそ出没家ってものだから。

 それにしても結構な人出で、ラーメンWalkerというラーメン店には15分くらいの行列が出来ていたし、角川食堂の方も10人以上が並んで入場に時間がかかりそうだったので入らず、タリーズでコーヒーをすすりながら周辺を見学。ミュージアムの前にはにはポルシェが来ていて展示会を開いていてなかなかの格好良さ。KADOKAWAの社員で買う人はいたのかな。集まってくる人は結構いたけど地元所沢の人とかKADOKAWAのコンテンツのファンとかでポルシェとは縁遠そうだったから、買うとしたらKADOKAWAの社員しかいないんだえれどそれだけの懐事情にあるかはちょっと分からない。個人的にはケイマンくらいなら手が届きそうだったけど911カレラは無理だった。いつかはポルシェ。もう無理かな。

 神社もあってお参りにいったら浅葉なつさん「神様の御用人」とのコラボをやっていた。拝殿の奥に鎮座していた狐はあれは黄金とアラハバキだったのか? いやアラハバキは別に狐の格好はしてないか。御朱印とかはもらわず噂の〆切り守りも買わずおみくじだけ引いて退散。小吉だった。帰りもマンホールの蓋をいくつかチェック。20個まで抑えたけれど資料によればもうちょっとあるみたいなんで、駅の向こう側とかさくらタウンへと向かう太い道とかもチェックしておくべきだった。次に行く機会があったらその時は。まあ滅多になさそうだけれど。呼ばれる機会もないしなあ、ライトノベル系の編集がいそうにも見えなかったし、ってか社員でどれだけの人がいて何をしているんだろう。そこは永遠の謎かもしれない。

 帰りは東所沢から新秋津まで出てそこで西武鉄道に乗り換え池袋へ。秋津あたりは乗り換え拠点ということで結構な賑わいぶりで飲食店も多かったけど、やや雑多な感じがして暮らすとなかなか賑やかそう。そういうのが好きな人が住んで東所沢に通ったりするのかな、いやいや出版社の社員が東所沢とか秋津に住んでいるなんてことが果たして納得できるのか。それもまた永遠の謎か。そんなこんなで池袋に到着。キッチンABCで豚肉を焼いたのをかき込んでからグランドシネマサンシャインへと回って「伝説巨神イデオン 接触篇/発動篇」を見る。実は始めて。テレビシリーズは放送されていたのをリアルタイムで見ていたものの、途中から追いつけなくなりそしていつの間にかやらなくなっていた。名古屋じゃそもそもエンディングに歌がなかったんだ。

 そんな地域に暮らして思い入れを乗せる前に終わってしまった上に、首が飛ぶとか塵になるとか顔面ぐちゃぐちゃとかバッドエンドとかいろいろ言われていて、トラウマになるとかいった話もあって見るのを臆していたけど、見たら普通に面白くって楽しかった。こんなことならもっと早く見るんだった。SFとして納得可能な上位存在なり集合意識なりによるシト新生の物語。そしてしっかり救いも得られる物語になっていた。

 自分が生き残っていられるなら良いけど、自分でなくても大丈夫。ずっと続いていくんだからと思わせてくれる終わり方は、この先がまるで見えずに足掻いて同じところをぐるぐる廻っているだけの今こそ突破のための道を示す作品として、大いに見られ語られるべきなんじゃないかなあ。個人の存在へと回帰させてそれぞれが自分を確立して歩んでいく道を選ばせた「シン・エヴァンゲリオン劇場版」と比べると、スケールが億倍も兆倍もデカい話になってた。

 あるいは「劇場版新世紀エヴァンゲリオン Air/シト新生」のように個人を否定して集合体になってお互いを完全に分かり合って生きるという提案でもなかった「伝説巨神イデオン 接触篇/発動篇」。、シンジだけが自分の殻を再生させては閉じこもって生きようとするものとも違って、それぞれが自分を確立させつつ意識の地平へと向かっていってはそこで憎しみ合っていがみあっていた自分たちを省みつつ、イデが求めた無垢で優しい精神が生まれて来るのを見守り支えていくといった展開は、なかなかに嬉しいものだった。「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が話題になっている今こそ見て比べてほしいもの。大丈夫だから怖くないよと今さらながらに声を大にして訴えよう。

 いやあ、国際水泳連盟が高飛び込みとかオープンウォーターとかの国際試合を日本でやることを断念したとか。東京オリンピックの代表選手選考も兼ねていた大会だっただけにこれが日本で行われないということは、代表選手が決まらずオリンピックへの派遣も行われず大会がそもそも行われないままで過ぎていくって可能性が高くなったとも言える。水泳に限らず陸上だって何だって、多くの競技で代表の選考が難しくなっているし、選手たちだってこの状況下では満足な練習だってできていない。そんな状態で見せられるパフォーマンスなんてないなら出場もせず、結果として誰もいなならオリンピックなんてなくて良いって話になりかねない。いやなるだろう。そうやって外堀が埋められているのに未だ態度を明らかにしない日本オリンピック組織委員会なり日本政府の曖昧さ。無責任の積層が導く先にある誰も得をしない状況が今は怖い。


【4月2日】 先だって日本映画アーカイブで上映されていた『私をスキーに連れてって』で演じられている姿を見たなあ。田中邦衛さん。34年も前の映画だから当時はまだ54歳くらい。今の自分とそれほど変わらない年齢だけれど、若大将映画で名を上げ、そして「北の国から」で渋さも見せて演技派俳優として広く知られるに至った。もっとも、2010年ごろからあまりお姿を見かけなくなっていて、そして88歳での訃報が伝えられた。まずは心からお悔やみ申し上げます。

 青大将から下の世代だと高倉健さんの「網走番外地」シリーズとか、菅原文太さんの「仁義なき戦い」シリーズで舎弟だとか悪役といったコミカルで憎めない悪党って感じを醸し出していた田中邦衛さんがやっぱり印象が強いだろう。僕より下だと「北の国から」のシャイで頑固な父親像。その間にあってこれといった役を思い浮かばなかったりするけれど、出てくれば強烈に存在感を残す風貌であり語り口。そういう役者が昔はいっぱいいたのに、今はちょっと少ないような気がする。竹中直人ではやっぱり嘘くさくなるんだ、演技も存在も。

 そういえば「私をスキーに連れてって」でも竹中直人は出ていて田中邦衛と同じ事業部にいながら邪魔する小悪党。それはそれでらしさを見せいいた。あの味が続けば名優となったかもしれないけれど、唯一無二を暴れさせすぎて浮いてしまった印象。田中邦衛さんは根がシャイだからなのか、そうして我も我もといった感じで前に出ず、個性を御してスクリーンなりドラマを引き締めていた。だからこそ長く愛され続けたんだろうなあ。 若大将は何を言う。合掌。

 安藤雅司さんが監督のひとりだから確かに「『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『君の名は。』のスタッフが贈る――」という惹句は間違いないけれど、そんな語句から浮かぶスタジオジブリ的で新海誠監督的なビジュアルとは程多い印象の映画「鹿の王 ユナと約束の旅」はがっちりとしていたりしゃっきりとした線のキャラクターたちによって紡がれる、色味的にはダークな雰囲気を持った世界で繰り広げられるハードな冒険ストーリーとなっていそう。そこはだからスタジオジブリではなくプロダクション・アイジーが手がけるだけのことはある。

 宮地昌幸さんが共同監督でいるから「伏 鉄砲娘の捕物帖」のような雰囲気もないあたり、監督の色よりスタジオの色が先に出るって同じなのかなあ。作画はなかなか凄そうなんで今から9月10日の公開が楽しみ。夏休みを避けているのは細田守監督の「竜とそばかすの姫」があったりするからか。キャラクターが新たに発表になっていて、ジン・キムという人による細田守監督的なキャラとはまるで違ったディズニーライクな濃い顔立ちの少女が発表になっていた。印象からする現代の日本からそうしたメリケン的な世界にダイブするって展開で、日本の観客を満足させつつ海外の人にも楽しめるようにしたって印象が浮かぶ。

 もっとも、本格的に海外を狙ったというならあるいは、現代日本の女子がディズニーライクでメリケン仕様のバーチャルワールドに入る話と思わせておいて、実はマスが許容するディズニープリンセス調のキャラクターたちが現代日本にトリップして平べったい顔で下町ライクな日々を送りながらその異質さに驚く話だったりするのかもしれない。それはそれで見てみたい気も。「ウルフウォーカー」なんかが世界で人気のカートゥーン・サルーンのトム・ムーア監督やロス・スチュワート監督も結集ってあるけどどういう意味なんだろう。それはそれで今時の欧州ライクな傾向を取り入れているともいえる。ワールドワイドな展開、ありそうだな。期待。

 女性だけが子供を宿して生めるという、それは生命としての宿命であって逆らいようがないけれどもだからといって女性だから子供を宿して生まなければならないかは、その人自身の意思による。世間が女性に出産をして子孫を残す役割を期待してしまうのは、それが女性にしかできないことだからだけど、すべての女性がそうした役割を期待されなくてはいけないかというと、やはり人それぞれの考え方によってくる。生まず育てない女性には価値がないということは絶対にない。問題は未だ世間にそうした思いが残っていたりすること。どうにかならないのか。どうにかなるものなのか。川崎僚監督による映画「Eggs 選ばれたい私たち」という映画が、そんな課題への答えを探ろうとしている。

 純子は30歳を目前に控えて結婚だとか出産といったものにあまり関心を抱かず、独身のまま生きていこうかと考え始めている。ただ自分が生きた証として子孫を得たいという気持ちもどこかにあったのか、卵子を提供して子供を希望する夫婦に体外受精で子供を作ってもらうためのエッグドナーとなりたいと考え、斡旋するサービスに登録にいった時に従姉妹の葵とすれ違って、自分が親に黙ってエッグドナーになろうとしていることを知られてしまう。葵は葵でレズビアンとして結婚から出産はあり得ないと考えているものの、そんな自分にも卵子があるなら提供したいと考え登録したらしい。

 お互いに家には頼れない心情を抱えていたこともあって、しばらく同居を始めるものの葵は葵で自分のセクシャリティに対する自意識が前に出て純子とは打ち解けられず、一方で30歳というレシピエントになれる年齢制限が迫る純子は若くてチャンスの多い葵にわだかまりを持っている。純子の友人の1人は結婚をして出産が近いと明かし、別の1人は広告業界でバリバリと働きながらも婚活に勤しんでいて、けれども30歳を過ぎて得られる機会の乏しさを嘆いていたりする。女性といっても千差万別、それぞれに思いがあり事情があることを見せてくれる映画。こうあらねばならないといった押しつけはせずに、ひとりひとりの生き方を見せて、それに影響されたり反発したりといった心情を描く中で、自分自身はどうなんだろうと感じさせる。

 子供を生める“機能”があるからこそ女性は世間一般なるもののプレッシャーに苛まれ大変だという雰囲気から、女性の生き方を見せる映画といった理解もありそうだけれど、家族なり家庭なりを得ないで生きるということは、女性に限らず男性にだって当てはまること。ひとり身で生き続けている者にとって、家庭なり家族といった基盤を持たずとも生きていけるのか、生きていっていいのかといった問いを投げかけられた気にさせられる。エッグドナーとしてどこかに遺伝子を残さずとも、自分は自分として生きていくことにとりあえずたどり着いた純子の姿に、いろいろと学ぶところもあった。将来への不安も一方にありつつ、それを振り切って生きていくための力を分けてもらえる映画だった。

 純子を演じた寺坂光恵はふわふわとして感覚で独身主義をやっているように見えて、内心ではいろいろと考え母親への反発と親愛がない交ぜになった心情に揺れ動いている感じをよく出していた。葵役の川合空は自意識をこじらせつつも諦めず逃げないで行きようとする強さを見せていた。三坂知絵子さんはエッグドナーの仲介をする役目から、相手を怯えさせず温かく導く存在といた感じを出していた。純子の友人の中に見里瑞穂さんがいて、もしかしたら目下世界で1番知られている女優かもしれないと思った。誰って「PUI PUI モルカー」でモルカーを運転しながら遅刻しないか焦る女性。あるいはモルカーたちのパーティーに巻き込まれる女性。Netflixを通して世界がその演技を見たとしたら、「Eggs 選ばれたい私たち」ではまた違った演じ方をしているのでこちらも見て欲しい。


【4月1日】 日本将棋連盟奨励会三段リーグに所属していた西山朋佳三段が奨励会を退会し、4月からは女流棋士に転向することを公表した。字女流棋士はいわゆる藤井聡太二冠のようなプロ棋士ではなく、その資格を得るにはとりあえず三段リーグで上位2人に入って四段になる必要があったけれど、西山三段はそこを抜けられなかった。年齢制限もあるけれど、あと1期というか2021年度の前半はまだ戦えたはずで、なおかつ3期前のリーグで昇段まであと1歩、及ばなかったものの次点となってあと1回、次点をとればフリークラスへの昇段が叶っただけに、惜しいといえば惜しまれる。

 ただ、この2期ほどは後半に失速して遠く昇段争いに及ばず戦いの厳しさも感じていた模様。一方で女性初のプロ棋士誕生といったプレッシャーもあっただろうからその心労もすさまじかったに違いない。そうした中でたとえばライバルではあっても仲間意識が持てる同じ女性の棋士がいっぱいいれば、支えにもなっただろうけれどもほかに1人という圧倒的な差の中で、誰もが執念でプロを目指そうとする鬼たちの中、戦い続けるのにも疲れてしまったのかもしれない。

 過去に幾人も挑んで果たせなかった女性によるプロ棋士という壁を、小説の世界では白鳥士郎さん「りゅうおうのおしごと!」で空銀子が果たし、そして綾崎隼さんの「盤上に君はもういない」でも2人の女性プロ棋士が誕生しているけれど現実はまだまだ遠く。漫画の「龍と苺」の中で目下、藍田苺という少女が同じように将棋でプロを目指す少女たちと戦いながら分厚い壁に挑んでいる。破天荒な言動と圧倒的な才能でひっかきまわしているけれど、同じようにプレッシャーをものともしないでぶち破っていってくれる人が出てくるのか。出ないとしたらいったい何がひっかかっているのか。そこが知りたい。本当に。

 大阪で新型コロナウイルス感染症の感染者が一気に増えて蔓延を防止するための策とやらが発動されるとかどうとかいった話が出ているけれど、そんな大阪は東京なんかに先駆けてたしか緊急事態からの脱出を果たしていた感じで、それで緩んで繰り出した人たちが感染していったってことは2週間だか遅れて解除された東京の、2週間後の姿だとも言えそう。っていうかすでに500人近い感染者が出始めて以前に状況が戻りつつある。にも関わらず飲食店は夜まで営業をして劇場なんかも席をあけずにぎっちり。ライブなんかも始まっている状況が続くなら、第4波はもっと大変なことになりそうな気がしてきた。これでワクチンがまるで行き届かず、それなのに東京オリンピックを開催するとかいった方向で話が進んでいる。インパールかよって突っ込むのも気が滅入る。笑いにならないかななあ、現実に死亡者とか積み上がったら。

 東京オリンピックといえばMIKIKOさんが仕込んでいた開会式のアイデアが、暴露されていてそれがもう格好良くってこれで行ったら世界も感動したに違いない。それだけに残念というか無念というか、とりあえず佐々木宏クリエーティブディレクターは一生をすべてのイベントに関わらないでいて欲しい。世界が認めたMIKIKOさんのアイデアを潰したそのセンスでもってイベントなんかやられて面白がる人なんていないから。触れただけで不愉快が極まって頭が禿げてしまうから。そういう恥の心が日本人にはあったんじゃないのかなあ。やれやれ。

 それにしてもすごかったMIKIKO案。だって金田のバイクだよ、それが走ってきてはプロジェクションマッピングでネオ東京が投影されて、そして大友克洋さんが描いた新しい街並みが登場する。きっともう頼んでいたんだろうなあ、その絵が公開されたらいったいどんな感じだったんだろう、「AKIRA」では破壊された東京しか描かれていなかっただけに、それとは違う時間線、現実ともやっぱり違う時間線のネオ東京が見たかった。さらに三浦大知さんのダンスとか渡辺直美さんの存在感を全身で示すアピールとか、まとまったらどんなビジョンになったんだろう。マリオによる選手の誘導もきっと喜ばれただろうなあ。もはやあり得ない幻の開会式。バーチャルでだれか作らないだろうか。それだけでも見られたら嬉しい。MIKIKOさんにも参加を予定していた人たちにも、花向けになるだろうから。


日刊リウイチへ戻る
リウイチのホームページへ戻る