縮刷版2015年7月下旬号


【7月31日】 「Edge of Tomorrow」であるところの桜坂洋さん原作による小説をハリウッドが映画化した「All You Need Is Kill」について、主演したトム・クルーズが監督のダグ・ライマンや脚本を書いたクリストファー・マッカリーらと話をして続編についていろいろとアイデアを持っていることを明かしたらしい。それを公言したってことはつまりやりたいってことで、リタを演じたエミリー・ブランドにも話を振って来年ならとかいった口約束なんかも取り付けたらしい。いやあ素晴らしい.素晴らしいのだけれどでも、問題はやっぱり原作者の方が続編を書いていたのかどうなのか、分からないうちに続編が出ないでいたりする状況で、映画の方が先に動いてオリジナルストーリーの続編が立ち上がってしまうことかなあ。

 映画のファンとしてはそれが面白ければ良いんだけれど、一方でライトノベル読みとして原作者の意向ってのも尊重したい。あるいはすでに出来ているプロットがワーナーを介してトム・クルーズらにも渡っていて、それも踏まえたストーリーが繰り出されてくれれば原作者も満足だろうしトム・クルーズだって自分で続編を作りたいと思える映画を作れるんだからこんなに楽しいことはない。そうではなくあくまで原案というレベルに後退していたとしても、あのトム・クルーズを楽しませた原作を最初に手がけたってことに意味はある。とう思いたいけれどもやっぱり桜坂洋さんにはもう一度、小説でもって驚きの世界って奴を見せて欲しいのだ。もういったいどれだけ書いてないんだろう。最後に書いたのって去年の映画のPRに寄せた超ショートストーリーくらい? それは拙いんで是非に再起を。絶対の再起を。

 ジブリ解体は着々と進んでいるんだなあというか、ジブリでいろいろと手がけていた西村義明プロデューサーが独立をして会社を前に立ち上げたけれどその会社、スタジオポノックが庵野秀明さんの率いるスタジオカラー、そして川上量生会長のドワンゴと組んで背景美術とかを絵の具を使って筆で描くのを専門にする「でほぎゃらりー」ってのを立ち上げたとか。参画するのはもっぱらスタジオジブリの作品で背景美術なんかを手がけていた人たちと、あとはフリーで参画していた人たちで、ジブリと言えばな武重洋二さんに男鹿和雄さんもアドバイザーとして参加してアニメーションに限らずいろいろな作品に対して背景美術を提供していくことになるらしい。

 今時のアニメーションって背景をCGで描く場合が割とあってそれも3DCGでモデリングをした背景の中を3DCGでモデリングしたキャラクターを配置して動かすような撮影まで行って、それでいて2Dのアニメーションを見間違うような作品を世にどんどんと送りだしている。そうでなくても背景くらいはCGで描いてそれをいろいろ転がしながら2Dのキャラを合成していくことで何枚も何枚も背景を描かないですむような作業工程になっていたりする中で、スタジオジブリの映画ではキャラクター作画も2Dなら背景美術も手描きによる絵の具をつかった「絵」にこだわり、その質感その雰囲気を活かした映像を作ってきた。

 でもそのジブリが制作をひとまずストップさせている時に、手描きの絵の具による作画の技術を使ってもらえるところがなければ、技術は滅び人も廃れてしまうという不安があった。そこで、ってこともあったんだろうしやっぱり手描きの背景美術が持つ意義ってのを考えてのことなんだろう、「日本アニメ(ーター)見本市」を展開してアニメーションのバリエーションを広げようと頑張っているドワンゴとスタジオカラーが、というか庵野さんと川上さんが組んで西村さんも招いてこうした居場所を作ったって感じ。もちろn伝統工芸化して商売にならなければ意味はないので、そうした部分も出口をちゃんと考えているとは思うけど、とりあえずは「日本アニメ(ーター)見本市」とかでどんな活動があるのかってのも注目点かな、どうなのかな。こうして背景美術の技術の継承を始めるとすると次に期待がかかるのは特撮技術の継承か。何か工房作るかな、モーターライズあたりと組んで樋口真嗣さん田口清驍ウんあたりを迎えて。さてはて。

 30万人の虐殺は数として無茶でも3万人といいった規模での殺害があっただろうことは歴史学者も認めているし政府だって認識している。20万人という規模ではなかったにしても強制性をもった徴用で従軍慰安婦の人たちが連れられていったことも分かっている。そうした過去を過去として認めることは自省であって決して自虐ではない。むしろこうしたことを数が多すぎるからといいつつ、全面的になかったことにする方が日本という国が持つ尊厳、日本人の人間としての価値を大きく損ねる所業に他ならないにも関わらず、ひとりの女性に30万人も20万人もまるでなかったかのように語らせ、あったことを唱える声を自虐史観とのみ非難する“自尊史観”を持たせたことに納得できないし、許容もできない。その意味から誉田哲也さんの「武士道ジェネレーション」(文藝春秋)を全面的に賞賛することは出来ないし、したくない。これが前提。

 それを置くなら「武士道シックスティーン」から始まり「武士道セブンティーン」「武士道エイティーン」と進んで高校の3年間を1年づつ描いては、早苗とそして香織という2人の剣道少女の邂逅から離別を経て再会へと至り競い合う姿を描いて、いったん筆を置いた小説を再開させてその後の2人を描く小説として、「武士道ジェネレーション」はとても面白い。剣道だけやっていれば何とかなる学生時代を少し抜け、進学という問題にまずは向かわせ就職という問題にもちゃんと挑ませつつ、恋愛から結婚へそして出産へといった人間としての姿をしっかりと押さえながらも、そこに剣道というものに向き合う少女であり女性の姿を立て、剣道とは何かを問わせそれ以上に武士道とは何かをちゃんと考えさせては感じさせるストーリーになっている。読めば分かるだろう。強くあれ。そして優しくあれってことが。

 だからこそ早苗のあの言動、自分達の加害を認めず非難されるばかりの被害者のような姿に終始させるところに納得がいかない。剣道を修行したいとアメリカ人がやって来たのを好機ととらえて、原爆であり空襲といったものへの非難を口に出させることも納得できない。いや確かに原爆は悲惨で空襲も非道だ。ただしそれがどうしてそういう状況になったのかを考えさせ、感じさせる言葉がなければ意味がない。そこまで剣道好きの女性は考える必要がなく、それこそ“ネットde真実”めいたことを語らせておけば良いとでも作者が思ったのだとしたら、それは女性を侮っている。そういう人ばかりではあるまいに。でもそういう女性しか出てこない。窘めたり諭したりして相対的な立ち位置へと導く所作がないと、そこで語られる武士道もただの力の誇示になってしまう。強ければ良い.。正しければ良い。そんな薄いものになってしまう。

 香織が激しい修行を積んで相手の強さ凄さを認識できるようになり、自分自身も強くなって言動にゆとりをもてるようになったことから得られる境地。それこそが武士道だとするなら、早苗にももうちょっと余裕というものを持たせてあげたかった。ほんの少しでもいいから自省という心理を持たせてあげたかった。良いラバルあった2人に大きな隔たりが生まれてしまったことに、読み終えて大きな戸惑いを覚える。でも人生は長い。いつか気付いてくれるとも思いたい。それを学問にアーパーな香織がやってくれるとは思えないけれど、まだ存命な玄明先生とかが過去を知り今を考え未来を見せる目ってのを、持たせてくれると信じたい。ってことはやっぱり続きは書かれるべきか。書いてもやっぱり言説がライトに偏っていると幻滅も起こるしなあ。悩みどころ。

 電子工作とか自作楽器とかもろもろのテクノロジーを使った自作品を持ち寄り見てもらう「Maker Faire」ってのが明日から始まるんでその内覧みたいなものを見に東京ビッグサイトへ。「まるなげ広場」みたいにテクノロジーの無駄遣いみたいなものもあれば、靴底にLEDを仕込んでアクションに応じて光るようにしたシューズなんてものあってと様々なレベルでそれぞれの「Make」な魂が炸裂していて面白い。スライムを介して音を出すシンセサイザーとか何にいったい使うんだ? そういう発想と実際のかみあっていたりいなかったりする様から、自分でもやってみたいという思い、自分なら作れるという願いが浮かんで次の世代の「Maker」を生む。そんな連鎖の可能性がこれだけの賑わいを読んでいるんだろうなあ。明日明後日と開催。前回も秋でぎゅうぎゅうだったのに今回は夏できっと暑いぞ。でも楽しいぞ。


【7月30日】 聖書の創世記第11章にこうある。「リブロ退去の後、三省堂も同じ本を売っていた。三省堂は高い棚の代わりに見栄えの良い平台を作り、歴史書・哲学書の代わりにベストセラーを手に入れた。こうした方針の変化は三省堂を傲慢にしていった。天まで届く『火花』の塔を建てて有名になろうとしたのである。神は三省堂の高慢な企てを知り、心配し、怒った。そして『火花』を売れ残らさせた。今日、作家が持てはやされてはすぐに消えていくのは、『火花』の塔を建てた三省堂の傲慢を、神が捌いた結果なのである」。見渡して消えていった数多くの一発屋作家たちの屍の上に建てられた塔。その行く末は店のみならず本そのものを滅ぼし焼き尽くすだろう。

 なんつって。それはともかく他の書店が手に入れたくて仕方がない「火花」をかき集めてはドカンと積むとはなあ。都心部とかの大きな書店にはなるほど配本されてはいるけれど、街の書店とかに果たして一体どれだけ入ってくるのか。これだけの話題になると商店街にある小さな本屋さん、文芸書なんてほとんど扱っていない本屋さんにも買い求めに来る人がいるだろう。そういう店に向けて潤沢に配本が行われているのか、ってあたりが気になるところ。でもそうは巧くいかないのがこの業界の仕組みって奴で。かくして一瞬の話題の後に残るのは大量の在庫。それで作家は悼まないけど本屋さんは疲弊し出版社も次を生み出せないまま停滞へと向かうのだろう。何と罪作りな。だから神様も怒るんだろうけれど。怒るかな。

 そんな「火花」で著者のピースな又吉直樹さんにいったいどれだけの印税が入るのか、100万部とするなら1億円は確実に越えそうだけれどその半分でも、いやいや4分の1でもいいからよしもとクリエイティブエージェンシーが運営会社に確か名を連ねていた女子サッカーのスペランツァFC大阪高槻に出してくれたら、今どうもピンチにあるらしいチームも救われるんだけれど。かつては名門でもあったバンビーナからパナソニックが撤退して以降、強さも今ひとつになってしまって存続の危機にも陥ったチームが、なでしこジャパンのブームもあって支援者も得て立ち直ったかに見えたけれど、やっぱり一部しか潤ってないようで単独のチームでは運営も厳しいみたい。大口のスポンサーが抜けたとかで今シーズン、3000万円ほど足りなくなっている。

 INAC神戸レオネッサみたいにオーナーが半ば道楽めいて支援しているとか、地域密着で細々と、それでもしっかりと運営を続けているFC伊賀くノ一とかみたいなチームになれれば良いんだろうけど、どこか一過性の人気に乗ったような運営から漂う雰囲気ではちゃんとサッカーのチームとして運営していこうっていう意識に乏しかったりするのかなあ。本当はどうかは分からないけれど、でも首都圏でなんとかやってるジェフユナイテッド市原・千葉レディースとか浦和レッドダイアモンズレディースとか日テレ・ベレーザみたいに、上に男子のプロチームがあるところとみたいに連動した知名度アップが図れないのはちょっと痛そう。いつかガンバ大阪の傘下になるって話もあったようだけれど、いよいよ動き出さないものか。新スタジアムが出来れば組み入れても良いんじゃないかなあ、吹田と高槻近所だし。

 宝島社が「月刊宝島」と「CUTiE」を休刊だそうで方や社名にもなっている雑誌であり、こなかティーンに向けた情報誌としてそれなりな地位にもある雑誌だけれど名のあるこれらが一挙に休刊となるくらい、雑誌というものが置かれた環境は厳しいって言えるのかも。質としては「月刊宝島」はいろいろと社会に切り込んではいたものの、よりベタにゲスでもタブーを掘り返す「サイゾー」と比べると存在感が今ひとつ。かといって「週刊現代」や「週刊ポスト」のような歴史に裏打ちされた取材網があるって感じでもなく、どこか半端な位置にいた。「週刊SPA!」みたいに欲望と好奇心を満たすような記事でもあればまだ良かったんだろうけど、それだと中身も被るからやっぱり無理。ってことで休刊。仕方がない。これも時代か。というか「宝島」という題字が持っていたサブカルチックな空気はとっくに潰えていたんだけれど。

 「CUTiE」は読んでないから今の時代をどれだけ捉えているかは分からないけれど、同じタイトルを含んだ漫画雑誌が一時代を築いたことを考えるならそれなりに、先端をいっていた雑誌であり年代的に1番下をターゲットにしていたからには、将来の読者をつかんで引きつける先兵としての役割も果たしていたんだろう、それがなくなる意味は出版社として結構大きいような気がする。「週刊少年ジャンプ」がなくなって「ヤングジャンプ」へと読者が向かわないような? それはないか、「週刊少年ジャンプ」を読んでも上にはいかない人が多いし、逆に「週刊少年ジャンプ」とは関係なく集英社の漫画雑誌を読む大人もいるし。ただファッション誌の場合は世代が繰り上がっていくだろうから、その意味ではそれなりに意味を持つのかも。いずれにしても看板雑誌を外して社名をどうするんだろう。今の看板を名前にするか。そうなるとこうなるなあ。「ユーフォニアム珈琲店」。どんな出版社だ。

 せっかく作ったロゴデザインだけに東京オリンピックを担当するところ取り替えるのは嫌だろうから説明としては各国の商標登録を調べた上で、どこにもなかったと言うだろうけどそれだから法的には安心だということと、でも先例があるデザインを後から使っているという格好悪さは別物で、2020年に向けてそれが使われるたびにああこれはベルギーの美術館のロゴとそっくりだったんだよなあと思い浮かべる羽目になる。それを恥ずかしいと思えばすぐにでも取り替え、新しいロゴを募集するはずなんだけれどそういう手間もかけたくなければ、間違った判断を認めたくないんだろう、今はこのまま突っ走る構え。これって新国立競技場の問題とまるまる同じなんだけれど、それが繰り返されるこの国の決定プロセスにやっぱり問題があるんだろうなあ。そして改まらない。だからまた起こるだろう問題が、やり直しの新国立競技場でも、そして日本という国の進路でも。

 あーあ。国内向けに味方だけを相手に溜飲下げてるだけならまだ良かったけれど、それをわざわざ英語にして世界に喧伝するとは。その主張にはうなずける部分もあるんだろうけど、あったことをなかったことにするすり替えもあるだろう。そして朝日の報道に執心して叩いているだろう。でもそれは朝日に限ったことじゃない。どこでもやって、そして気付いて引っ込めた。そんな後ろ暗さを知るなら大きい口は叩けないけどここは違う、それに縋らないと滑り落ちて行ってしまう。だから取り上げ恋文のような敵意を向ける。それも国内だけならまだまたかと思われただろうけど世界に向けて喧伝されればもはや言論を踏み越えた妨害行為とみなして動き出すんじゃないだろうか。それで動かなければ朝日もその程度だったってことになるけれど。さてはて。


【7月29日】 いや別に好きで戦っていたんだから、その結果として勇気を認められて鍵の所在がそれぞれの胸の中にあると告げられて、怒ることはないんじゃないかと思うんだけれどそこはそれ、無駄骨を折らされたと憤るものらし勇者たちが集う「ビキニウォリアーズ」。話はいっこうに進まないしそもそも話なんてものがあるかも見えないけれど、ビキニであることを前面に打ち出してそこに弄りを加えていく展開でもって残る話数のすべてを使い切るならそれはそれで、目にも楽しい映像を見せてくれることだろう。あとはRPG的なお約束をどこまで盛り込んでくれるかかな、ラスボスと戦って世界をお前にあげると言われて頷いてしまうとか。

 それでなにが起こるかを知っている人が多かったからこそ成り立ったんだろう、昨日の「ドラゴンクエスト新作発表会」で発表された「ドラゴンクエストビルダーズ アレフガルドを復活せよ」の発表でとても可愛かった椿姫彩菜さんとかが、魔王の甘言に乗っちゃだめーって叫んでいて、乗ったらああ大変なことになりましたって言って、その状況がすでに“常識”として浸透していることを表していたけど、遊んでない人間にはいったいそれがどういう状況を表すのかが分からず、だからアレフガルドがどこでそれをどうして復活させないといけないのか、理解できなかったんじゃなかろうか。僕はかろうじてiPadで「ドラゴンクエスト1」をプレーしていたから分かったけれど。世代のジャーゴンは使わないで欲しいなあ、なんて「ガンダム」話をすべて常識として語る世代には言われたくないことだろうけれど。何かにつけて「坊やだからさ」と呟いて通じる世代なんて、実はとっても狭いんだぜ。

 ゲームとしての「ドラゴンクエストビルダーズ」はとても面白そうで、3DCGで作られた空間の中を行き来しながらブロックを組んで、お城だの家だの街だのを自分で作っていくといった感じの箱庭作成ゲーム。あるいはドラクエ版の「マインクラフト」とでも言うんだろうか。キャラクターにしても世界にしても極めて精緻に描かれているんで、「マイクラ」みたいに雑だからこその自由度があるとは考えられないけれど、デモ映像を見ている感じだといろいろと作っていけるみたいだし、街を作れば人がやってくるなんて「フィールド・オブ・ドリームス」な感覚も味わえそう。問題は何が目的でどこがゴールなのかが見えないところで、延々と作り続けるのか結果から新しい展開が生まれるのかが気になるけれど、どっちにしたってプレーするハードがないんで遊ぶことはないかなあ。って「プレイステーション3」版も出るのか。出たらちょっと考えよう。

 バ怪獣ゴメラが来ていると聞いて、東京ビッグサイトで開かれている「テーマパークEXPO」にいったらゴメラとヨッコラが来ていた。ちゃんとお○んぽがついていた。下ネタという概念が存在しない退屈な世界ではきっと存在できないキャラクターなんだろうなあ、でもってこっそりと見たアンナ先輩がむしゃぶりついて囓り取ると。痛そう。そんな「テーマパークEXPO」ではやっぱり目玉はON−ARTってところが出していた歩く恐竜の「DINO−A−LIVE」か。なにしろ大きく、そしてよく動いて、そして楽しい。ロボットの恐竜が首をあげたり下げたりしているアトラクションならよくあるけれど、ここん家の恐竜はちゃんとその場を歩き回る。そして噛みついてくる。がばっとその口を開けて。観客の頭めがけて。

 子供だったら泣いちゃうかもしれないけれど、大人だって最初は驚くかもしれない。でも噛まれるとわかる。これは気持ち良いって。固そうに見える顎も歯もじつは柔らかい素材で作られていて、噛まれるというより触れられて包まれるといった感じになるから痛くもないし怖くもない。それだけ傍若無人なことをやっても不思議と恐竜は倒れないし傾かない。中に入っている人はどうやら1人らしいけれど、それでもふらつくことはないのは中に入っているメカが恐竜を安定して動かせるような機構になっているからなんだろう。あれで総重量は25キロくらいあるのに、安定して動かせるようになっているのはそれだけ工夫された仕組みが導入されているから。そこを特許にして世界に打って出るというのがON−ARTの戦略ってことになる。実際に40カ国とから引き合いもあるそうだし、今は国内の巡業が中心だけれど「ジュラシック・ワールド」人気に誘われ広がっていくと楽しいかも。あっちだと食われる恐竜がこっちだと囓られ楽しめる。受けるだろうなあ。

 あと面白かったのは、三恵企画ってところが出していた「X−ALIVE」ってシステムを使った恐竜のアトラクション。といってもロボットや着ぐるみを動かすんじゃなくて、3DCGで描かれた映像の世界に自分で描いた恐竜をスキャンして入れ込むというもの。そう聞くと浮かぶのがチームラボによる「お絵かき水族館」だけれど、この「X−ALIVE」の恐竜は描くときはただの塗り絵でなくって、ペーパークラフトの恐竜の展開図になっていて、その胴体とか足とかを塗ってスキャンするとあら不思議、卵から生まれた恐竜はペーパークラフトを組み立てたような形になって歩き出す。ちょっとしたギミックが楽しい。あとは落ちてくる卵に自分の顔とかが映されていることかなあ、カメラで読み込むんだけれどこれがあると、画面に出てきた恐竜が自分の描いた物かがすぐ分かる。大勢で遊んでいるとどこに自分のが出てくるか若らなくなることもあるだろう。それを防げる仕掛け。そして自分のだって意識を持たせる仕掛け。いろいろと進化しているなあ。まだ導入は進んでないけどいずれどこかで遊べることだろう。アプリにすれば良いのに。

 酷いなあ、酷すぎる。あるいはポン酢過ぎるというか。佐賀県の武雄市長から佐賀県知事選だっけに打って出ては敗北した樋渡前武雄市長が何かカルチュア・コンビニエンス・クラブ系の会社から出資してもらって会社を立ち上げたとか。でも樋渡前市長といえばその在任中にCCCを読んで図書館の改築をやってそこにCCCが展開しているTポイントを導入した張本人。そのプロセス事態に公正性はあったとしてもそこで出来た結びつきは相手にとってはメリットがあった訳で、それを享受した企業が享受させた自治体の長を落選後に支援するってことはやっぱり倫理的に拙い気がする。そしてそういうニュアンスが漂うと分かっていながら、支援を受ける側の心情にもどこかズレた部分があるように思うんだけれど、そう言われることが分かっていながらやってしまうところにきっと、ズレてしまった思考ってものがあるんだろう。何が悪いと開き直る以前に、悪いかどうかすら判断がつかないというか。まあこれは炎上確実なんで、企業としてCCCが李下に冠を正さずを実行してはしごを外しにかかるだろう。それができなければ企業としてCCCもポン酢だったってことで。そこまで間抜けじゃないだろ? 増田さん。

 上から言われて書いているのか、心底から信じてそう書いているかは分からないけれどもこれはさすがに燃えるだろう。見出しからして「国会前デモに集まるヘイトな人々『あなた公安でしょ?』記者はマスク姿に詰問され…」という感じに国会前で安倍政権と安保法制に反対するデモをする人々をヘイト呼ばわり。まずもってヘイトスピーチの意味を取り違えている上に、悪意によってねじ曲げレッテルを貼って誹っている。これが見出しだけならつけた人間が別にいるかという言い訳も可能だけれど、本文にも堂々「衆院の特別委員会で安保関連法案が可決され、本会議での採決を翌日に控えた15日。シュプレヒコールが国会周辺に響いた。倫理的に問題のある『ヘイトスピーチ』といって過言ではない」とあるから当人は、政権批判への言葉をヘイトとして認識しているとしか取りようがない。

 前に偉い人が安倍政権に対する批判をヘイトスピーチだと書いて世界から苦笑をかっていたことがあったけれど、それに対して何か反論もなければ反省もなかった。そして今回。懲りてないといえばいえるんだけれど、気にしてないとも言えて世間にその知性がどうにかなっているんじゃないかという懸念を抱かせてしまった。もちろん政権批判をする人間に対して、その政権を信奉する者として嫌悪感を示すのは悪いことではない。でもヘイトスピーチという文言、その意味を取り違えていることを何度も何度も満天下に公言してしまうのは、やっぱり公器として、そして言葉を扱う仕事に就いている者としていろいろと困った状況を招きそう。まあでもその内輪では、まったく困らないようになっているから平気で使ってそして何度も繰り返して使ってしまうんだろう。やれやれだ。


【7月28日】 踏んだり蹴ったりというか。27時間テレビのスローガンに「本気」を「HONKI」ではなく「HONKY」と書いてしまってそれが白人に対する蔑称ととられ、なにを満天下に向けて喧伝しているんだとネイティブの間で問題になっていたまさにその時、幕張メッセで開かれていた「ワンダーフェスティバル2015[夏]」の会場では、TPPにおける著作権の非親告罪化について来場者に質問をしようとして苦笑をかっていたという。だってワンフェスだよ、当日版権というシステムによってしっかりと著作権への配慮がなされた希有なイベントの場にいって、それは勝手に作られているものですかと聞いたら場をわきまえろと言れて当然。挑戦に来たのかと言われたって不思議はない。

 初期においてガレージキットと呼ばれる分野では確かに著作権とか考えないで、その思いを立体の形にして販売していたものもあったけれども、商売としてだんだんと大きくなっていきそうな時にやっぱりこれは拙いと言うことで、事業者なんかはちゃんと版権をとって販売するようになった。ワンフェスという場でもって同人の、というかもともとガレージキットにはそういう性悪があるんだけれど、個人のクリエーターが少量を生産するものであっても、販売する以上はやっぱりお目こぼしに預かるのは拙いだろうということになって、編み出されたのが当日版権という仕組み。その日に限って販売を認めるという異例ともいえる配慮によって、キャラクター物でもキッと化してその場限りとは言え公然と売れるようになった。

 もちろんそうしたキットが別の日に売られるのは当日版権という趣旨から外れるし、ネットなんかで転売されるのもやっぱり拙いことになるけど、そうした状況は少なくとも、当日版権をとっってワンフェスに出展しているディーラーの思いからはズレて起こる不埒な出来事。だからディーラーにTPPにおける著作権の非親告罪についてどう思うかって尋ねたところで答えなんて返ってくるはずがないし、そもそもがそういう仕組みを知っていたら聞こうという気にならないだろう。取材を申し込んだ時点でそういう状況を想定していたなら、そして事情がよく分かっていなかったのならまずは宮脇センムをつかまえワンフェスって何ですかって取材すれば、間違いなんて起こらなかっただろう。そういう準備を怠るところがフジテレビにおける諸々の尾籠をまねているのかなあ、なんて思ったり。

 ただワンフェスには無縁かというと当日版権という制度的には極めてイレギュラーな方式で成り立っているワンフェスは、その日を外れれば著作権的に違法な状態で存在しているってことになって売買なんてものは禁じられる.当然に転売とかなんてダメでオークションに出して売るとかしたらやっぱりちょっと問題になりそう。そういうのが非親告罪化された暁には、誰彼なく摘発されてしまうって可能性もあるんじゃないかと思えるだけに、会場ではそうした転売を目的に来ていたような人をつかまえ話を聞くべきだったんじゃなかろーか。いや自分は転売しますだなんて言う人はいないだろうと思うけど。それよりやっぱり問題が大きい非親告罪化を日本政府は止める考えはあるのか、コンテンツ業界はどう動くのか、ってあたりが目下の注目。それに資する報道をしてくれればどうであってもありがたいんだけれど、違法で不法な輩といった認識しかなさそうだしなあ、それもまたテレビを含めたマスコミへの不審を読んで停滞へと向かわせる。やれやれだ。

 歌舞伎になるのか「ONEPIECE」。まあでも演じるのは市川猿之助さんのところだからスーパー歌舞伎的にど派手な演出とコミカルさも交えた演技によって楽しくわかりやすい舞台になってくれることだろう。ちょっと見た気もするけれど、初めて見た宝塚が「ルパン三世」だったように初めて見る歌舞伎が「ONEPIECE」っていうのもちょっと違う気がしないでもないかなあ。でも他に歌舞伎なんて見ないんだから普通に漫画の2・5次元化のひとつだと思って見に行くのが良いのかも。

 面白そうなのはやっぱり配役で、座長の猿之助さんがルフィを演じるのは当然としていっしょにボア・ハンコックとそれから赤髪のシャンクスも演じるというのが謎というか、ルフィにメロメロなハンコックをどう演じるんだろう。早変わり? 右と左で塗り分ける? そこもやっぱり見て確かめるしかないのか。ストーリー的には山場のシャボンディ諸島から女護が島を経てイペルダウンを通ってたどり着いたマリンフォードでの頂上決戦。処刑されそうになっている火拳のエースを助けに白ひげが乗り込みルフィたちも乱入しておこる海軍最大戦力やら王下七武海の面々との決戦を、いったいあの舞台でもってどうやって演出するんだろう。想像するだけで胸躍る。

 白ひげ役には市川右近さんが決まっているけれどあの巨大さをどうやって出すのかなあ、脚立にのって服を重ねて高く見せるか。それだと白ひげっぽくならないし。猿之助一座の看板娘ともいえる市川笑也さんは麦わら海賊団からニコ・ロビンを演じるみたいだけれど同時にハンコックの妹のマリーゴールドも演じる感じ。昔は美女だったけど今は……なあの体型まで再現するんだろうか。やっぱりちょっと見てみたい。歌舞伎界以外からも福士誠治さんが準主役のエースで登場。ダレた「THE NEXT GENERATION パトレイバー」での塩原佑馬役とは違うけれど、でも古川登志夫さんの声って点で共通していると思うと案外に良いかも。どうせだったら市川中車さんこと香川照之さんも何かの役で出れば良いのに。赤鼻バギーとか。

 NTTデータとかがヴイストンのロボット「Sota」を使って人とのインタラクティブなコミュニケーションから健康管理とかをしてくれるようになるシステムを開発したって発表会を見に行って、便利そうだけれど我が家ではそもそもロボットを置く場所がないなあと諦めつつ字にしてそれからスクウェア・エニックスの「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」の発表を見に会場へ。スマートフォン向けのゲームの発表があり「ドラゴンクエストヒーローズ」とか「ドラゴンクエストモンスターズ」なんかに関連した発表があり「ドラゴンクエストX」に関する3DS版の発表なんかがあったあと、いよいよ待望の「ドラゴンクエストXI」に関する発表に。

 ここで例年ならタレントが来て大騒ぎもせず、思わせぶりな演出もなく、ストレートにどのハードに対応するのかって突っ込みがあって、応えるようにパッと発表になったのを見て驚いた。「プレイステーション4」と「ニンテンドー3DS」へのマルチ対応。後でこれに任天堂の新ハード「NX」も加わるとあって3種類ものソフトを、それもちょっとづつ毛色が違ったハードに出すっていうスタンスにこれまでの「1番売れているハードに出す」という方針から大きな転換があったんだなあといったことを実感する。というかもはや1番が世間を席巻するんでなく、それぞれにクラスターを作りながら共存していくといった感じの中で、開発する側もより大きな効果を狙って複数のハードに出すのが当然になっている。

 たとえ3DCGがゴリゴリなPS4と、ドット絵も見せつつデフォルメされた3DCGの映しつついく3DSといった違いはあっても、どちらかを選ぶなんてことは出来ないんだろう。そうそこでもうひとつ驚いたのが、3DS版ではドット絵と3DCGを上下の画面に同時に出して同じシーンを2つの映像で見られるようにしたこと。片方をガイドに使いつつ片方でシーンを楽しむこたおできるこのやり方は、ともすれば2種類のゲームを作っているに等しく、PS4版にNX版もいっれば実質4種類のゲームを作っているってことにもなる。それだけのリソースを割いてでも、作らなくちゃいけないって事情が今のゲーム界にはあるんだろー。いずれだからスマートフォン版への展開ってのもあるんだろうなあ。

 個人的にはちょっと酔いそうな気がしたPS4版よりも楽しげな3DCGとわかりやすい2Dが同時に見られる3DS版に引かれた。スタンドアロンで楽しめるならこれを買ってプレーするのも悪くないかも。問題は未だかつて1だけを、iPadで遊んだだけってことか。司会に出てきた可愛い椿姫彩菜さんみたいに固有名詞がガンガン出てくる身でもないんで、そこは攻略情報を頼りに進めていくことになるのかは。まあ発売は2016年中だろうからゆっくりと考えよう。3DSはそこまで続くハードなのかなって意味も考えつつ。


【7月27日】 やっぱり巧いなあと思った「ガールズ&パンツァー」の再放送となる第3話。展開も巧いしセリフの積み重ねにも納得できないところがない巧さ。あとは絵の動きとかがやっぱり巧いかなあ、その雰囲気でもってキャラクターの性格ななんかをちゃんと描いている感じがする。次の聖グロリアーナ女学院を相手に戦うことが決まったミーティングとかでどっかと座り脚をO脚気味に広げる仕草なんてその性格のおやじっぽさを雰囲気でもって表している。剛胆な策略家ってイメージ。どういう風に造形してそしてどういう風にそう動かそうと決めたのか、ってあたりを知るとより性格に迫れるかもしれないなあ。絵コンテ買えば読めるかな。

 丈月城さんの「クロニクル・レギオン3 皇国の志士たち」(ダッシュエックス文庫)を読んだら橘征継が文化祭でのミスコンを未だに諦めていないことが分かってこれが英雄かと思ったというか。ほら色を好むって言うし。駿河鎮守府を残して周囲を西日本の将家と組んだ英国に攻められた東海道将家は総本山の名古屋城まで落とされそうになっていたところに、強敵を撃退したばかりの征継らがかけつけ総督を救出したものの、敵の勢いは止めずに名古屋を明け渡す戦術に出る。負けを認めた? いえいえどうして見切りを付けただけで、まずは駿河を固めつつ箱根に陣取る強敵をどうやって攻略するかを模索する。

 そこにカエサル率いるローマ帝国に転生した男が加わり、攻め手を得た征継たちが繰り出す戦術とそしてがっちりと守りを固める黒王子エドワードたち英国の戦術とのぶつかり合いが、迫力のバトルってやつを見せてくれる。そうかそうやって落とすのか。裏を読み合いギリギリのところで相手を上回ろうとする頭脳の戦いと、それに応えてしっかりと動く武力の戦いが混ざり合って圧巻の戦闘シーンというものを見せてくれる。どちらがかっても凄い戦いに果たして勝利したのは、ってまあそこは主人公という光栄もあって征継たちが勝つんだけれど、そんな戦いの最中に見えた土方歳三ならぬ征継の前世。ワールシュタットという言葉が絡んだ英雄がそこにいるらしいんだけれど、いったい誰なんだろう。そしてその真の力とは。さらには関東将家に陣取る帝との関係は。次巻、戦いはどうなる、そしてミスコンの行方は。いろいろ気になる。

 「デート・ア・ライブ」の橘公司さんの新刊が出ていたんで買ったんだけれど名前の後に(speakeasy)なんてワードがついていて、もしかしてどこかのゲーム会社にでも所属したのかそれともテーブルトークRPGのシナリオ会社かなんて調べたら違ってた。ユニット名。あるいはシェアードワールドに集う勇者の称号。すでにしてさがら総さんと渡航さという、ともにベストセラーを持つライトノベル作家が「さがら総・渡航(Speakeasy)」って連盟+ユニット名を使っていて、そこに加わっていた第3の男がいよいよもって同じシェアードワールドの作品を出してきたってことらしい。それが橘公司(speakeasy)による「いつか世界を救うために −クオリディア・コード−」(富士見ファンタジア文庫)。登場人物がおしなべて変態という素晴らしい作品だ。

 西暦2049年に突如現れた怪物を人類は<アンノウン>と呼び習わして戦いを挑んで8年かけてどうにか撃退には成功する。その間に子供たちを安全なように冷凍睡眠させていたけれど、覚醒させるようになってから20余年が経った今もまだ<アンノウン>の襲来は完全には止まず、そして戦闘の最前線に立っていたのは冷凍睡眠から目覚めてきた子供たちだった。なにやら寝ている間に超能力めいたものが授かったみたいで、それを使って海岸線につくった千葉、東京、神奈川の3つの防衛都市に学校ともども配置された子供たちが戦っていたという。その筆頭が防衛都市神奈川で主席を張っている天河舞姫という少女。圧倒的な強さを誇り英雄視されていた彼女をなぜか政府の特殊部隊は暗殺すると決め、その命令を紫乃宮晶という少年に命令した。

 見えてさえい居れば離れていても触れることができる異能を使って特殊部隊でも最強のひとりだったシノだけに、互角以上の勝負ができると臨んだ舞姫との戦いは決着がつかずどんな手段を講じても届かない舞姫をシノは正攻法では倒せないと考え、彼女の弱点を探ることに全力を傾ける。そして後を付け、ゴミ袋を漁り、盗聴器をしかけ、さらには遠隔地から胸をもんで尻を撫でて筋力を測るといった徹底ぶり。それはきわめて崇高な使命として行われているんだけれど、傍目にはただの変態でストーカーにしか見えない。そりゃそうだ。でもそんなシノの殺人に勝る悪事はないという決然とした考えから行われている変態行為に輪をかけた変態たちがいたから驚いた。それは。

 まあ読んでのお楽しみと言うことで、いずれにしても大勢から愛され慕われている舞姫をどうして暗殺しようと政府が考えたのかが分からないし、冷凍睡眠に入る前の舞姫と知り合いだったらいしシノの同僚のほたるという少女が、それを明かさずなにやら裏に事情を抱えているらしいところに先への興味が膨らむ。触れても付けられても気にせずむしろ愛情を感じてシノに向かう舞姫の純情さにもほだされシノはとりあえず暗殺を留保するけど、それで舞ってくれそうもないからなあ。戦いは続く。変態も続く。さて(speakeasy)の方だけれどこのあとさがら総さん渡航さんがともに「東京編」「千葉編」の「クオリディア・コード」を書くことになっているみたいで、こちらにはどんな変態が出てくるのかも今から楽しみ。変態王子にはまちの2人だもの。期待して待とう。

 ネットと家電なんかをつないで便利に動かせるようにするのを「IoT」とかって言うらしいんだけれどそんなサービスが個別に屹立していると、操作するのも面倒になるのはひとつの道理。エアコンの操作にテレビの録画にカギの開け閉めに室内の監視等々を、スマホで行うにしてもそれぞれにアプリを入れていたらどれだどれだか分からなくなる。そんな面倒を1枚のレイヤーの上に並べて統合してしまおうっていうのがうん、Yahoo! Japanが発表した新しいサービスってことになるのかな。1つのアプリを出入り口にしてそこからさまざまなメニューで行われているIoTのサービスを操作できるようにしている。

 加盟めいたものとか共通化めいたものが必要だけれど、それで利用が増すならそうするだろうなあ。つまりはだからIoTというこれから延びるだろうサービスのための一種のポータルを作ろうっていう事業。検索サービスがグーグルの圧倒的な強さに絡め取られてYahoo!がいまいちな状況を、ネット上にあるコンテンツの検索ではなくリアルな世界をも動かし得るサービスのポータルへと進出してデファクトをとることによって、打開し確保しようっていう考えが底にあるのかな。だから重要なのは参加者数ってことにあるんだえれど、今まさに延びようとしているのかそれとおスタートアップにはまだ時間がっかあるのか。それを見極めないとコンテンツを載せる企業も迷うだろうなあ。Yahoo!ブランドがあれば安心って時代でもないし。そこを使いやすさの提案とか誘導の増強なんかで説得し、乗り切っていくんだろう。IoTプラットフォームの覇権を握れるか。そこに注目。


【7月26日】 爾乃美家累の無事でもないけど生存が分かってまずは善哉の「ガッチャマン クラウズ インサイト」だけれど、ゲルサドラちゃんはだんだんとその本性をあらわにし始めたというか、本質は変わらないんだけれどそのヤバさがだんだんと見え始めたといった感じ。つまりはファショで自分がこれを決めたことにみんなが同調して、同一の言動を示すことをのみ認め、それに背く者逆らう者それから逸脱する者は絶対に許さないし認めない。そんなスタンスを今のまだ若い三栖立つばさでは理解できないようで、誰もが同じ考えを持つことに頷き称揚すらしてしまっている。そして異論を差し挟む一ノ瀬はじめに不信感を抱いているけど、でもいずれ分かるだろうし、すでに一気に大人になったゲルサドラが見せた言動が、パイマンあたりに疑念をもたらしている。もっともはじめはまだ動かず、ゲルサドラがなすがままに任せている。

 それはたぶんベルクカッツェが悪事を行って、それに累があらがおうとしたり、市民が感化されて追随しようとしたり、ガッチャマンが正義の立場から戦おうとしたりしていたのを横に見ながら、ひとり悪でも悪なりに状況があってそして善も善だからといって万能ではないことを含みつつ、自分なりの最善を探して模索しあがいていったはじめならではの達観なり卓見が、あってのことなんだろうと思いたい。上から目線で言っても納得しない子供には何を言っても通じないし、善意の正義にこりかたまった宇宙人にそれは迷惑だと憤っても相手は反発だと思うだけ。何が善で何が最善で何が迷惑かを自分で感じ、考えることが大切ってことを分かってもらうまでのプロセス、その上で自分として何をすべきかを自分で考えた総体が、結果としての最善になるための道ってやつを示してくれる。そう願って見ていこうこの続き。とりあえず累の早期の復帰を。もちろん女装で。

 織斑一夏が女の子たちからモテモテになってそして学校内で競い合っているとどこかから何者かがやって来て邪魔をして、それを一夏や仲間たちが撃退するという王道パターンが「IS インフィニットストラトス」の芯だとするとそれはもう最初の頃から確立されていたんだなあとアニメーションとして再放送が続いている「IS」なんかを見ながら改めて理解する。それが篠ノ乃箒って今は行方不明の「IS」のコアの発明者が一夏に恋慕を抱き、彼をIS乗りにしてそして寄ってくる女の子たちと手を切らせたいからなのかどうかは今もって分からないんだけれど、そういう含みがあると思って読めばどれだけ巻が進んでも、大きなイベントがあって美少女たちとのいちゃいちゃがあって、そこに乱入があってバトルがあって1ターンが終わる展開を水戸黄門の印籠だと理解するにやぶさかでない。やぶさかでないんだったら。しかし何で今また再放送が。ゲームになるからか。アプリが出たからか。そこではイラストはまだokiuraさんがベースなのか。ううん。IS状勢は複雑怪奇。

 暑いなあ。暑いけどでも行かなくちゃいけないと家を出てバスに揺られて幕張メッセへ。途中に運転免許センター前あたりでおそらくはイオンモール幕張新都心へと向かう車で渋滞が出来ていてなかなか進まなかった場所があったけれど、平日の朝ではそういうことがないから日曜日とかに特有の現象なのかもしれない。「バケモノの子」をシネプレックス幕張に見に行った土曜日もなかったし。でも日曜にメッセに行く機会もあるんで考慮に入れておこう。そして到着したメッセで「キルラキル」の本能字学園生徒会四天王が屹立したフィギュアを眺めたり、20周年を迎える「新世紀エヴァンゲリオン」の特設ブースを見渡したり。エヴァのブースにはBOMEさんが原型を手がけたアスカのすらりとしたフィギュアがあってなかなかの出来だったけれど、僕としては「Q」のあの病んで荒んだ眼帯アスカが好きなんでBOMEさんのはちょっと健康過ぎるかも。

 それはタカラトミーが出した「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」のイメージイラストから起こした着物姿で刀を持ったアスカのドールにも言えるけれど、、こっちは本編そのものってよりは派生のアルバイト中といった感じなんで、これはこれでと納得。着物姿もあんまりないんでちょっと欲しいけど、すぐにレイとマリも出るんだよなあ。考え中。隣ではセガがプライズのフィギュアを2000円でとれるまで挑ませてくれるUFOキャッチャーを運営していたんで水着姿のマリを“購入”。アスカ好きでもやっぱり眼帯版が好きなので、水着とかはあんまりどうでも良いのだった。むしろ眼鏡に傾くというか。あとはJR西日本の新幹線かなあ、エヴァ初号機をモチーフにした。早そうではあるんだけれども外部電源が持たず止まったその後に、暴走とかして博多を超えて熊本から鹿児島まで行っちゃいそう。そこから種子島へと渡って宇宙まで。エヴァならあり得る。JR東日本は対抗して東北新幹線を弐号機にすれば良いのに。

 歩いていて見つけた早川書房の出展ブースで水玉螢之丞さんによる「SFまで10000光年」の販売状況を確認。収録はされなかった「SF者すごろく」のペーパーをもらいつつその場を離れてまた夜と、塩澤編集長が来ていたりしてなかなかの総動員ぶり。ワンフェス来訪は初めてだそうでまさかこんなに暑くて人が多いとは思わなかったんじゃなかろうか。とりわけ企業ブースがある部屋はどこまでも人混みが続くからなあ。とはいえ今年はディーラーの方も昼過ぎまでなかなかの賑わい。外に出ても涼めないならずっと中にいようと考えたのか。そんなワンフェスではグッドスマイルカンパニーで見た「toon WORKSHOP」ってヘッドホンがなかかな。四角いブロックみたいになっている上を開いてそれからイヤーパッドの部分を下に引っ張ると四角いアーチになって頭に乗るように変わる。変形ロボットならぬ変形ヘッドフォン。模型メーカーのグッスマらしい。

 でもってそのらしさはパーツのカスタマイズにも現れている。外側なんかを外して色を塗ったり加工をするといろいろとオリジナルなヘッドフォンになるとかどうとか。すでに東亜重工バージョンとかも出ていたりして標準の4万5000円よりさらにお高い値段にで出てきそう。あとは展示だけだったけれども竹谷隆之サンバージョンとか。むむむノ35さんってガンプラをその塗り方によって2次元みたいに見えるようにしたモデラーの人のバージョンは、やっぱり写真に撮ると二次元っぽく見えた。不思議だなあ。これは参考出品だから販売はないみたいだけれど、出たらかけていると段ボールをはめているように見えるのかな。そんな「toon WORKSHOP」はごぎごき動くとなるとやっぱり気になる故障だけれど、パーツに摩耗とか破損とかしないものを選び搭載しているから、曲げてもひねっても壊れないようになっている。音もちゃんと考えられててただ大きいだけじゃない、豊かに響く低音に特色を持たせている。持ってコンパクト、かけてスタイリッシュで聞いてパワフルなヘッドフォン。値段は高いけれど欲しがる人が多いのにも納得。グッスマだからいずれ初音ミクバージョンも作るかな。見守りたい、って買わないの? 買えないよ。

 そんな感じにワンフェスに浸って汗を流していた間に、調布では飛行場を飛び立った小型飛行機が民家の密集する地域に落ちて住人と搭乗者がなくなるという惨事が。流れてきた映像だと本当に突っ込んだみたいで避ける間もなく失速して突っ込んだってことになるんだろうかどうなんだろうか。地図で見たら調布飛行場の滑走路からまっすぐ飛んでストンといった感じ。やっぱり失速かなあ。原因究明が待たれる。ちなみに市民が撮ったという低空で飛ぶ小型飛行機だけれどそれを目の当たりにしてもカメラで追わず、サッカーをしている子供たちも驚いている様子がないのは多分、そこが飛行場の端にあるサッカー場で普段から飛行機が離着陸しているのを見ていて、別に低くはないって感じたからだろうなあ。味の素スタジアムにサッカーを見に行くと近所を上がったり下がったりする飛行機が間近に見えて,そういう場所だと分かるんだ。でも視聴者はえらく低いところを飛んでいるなあと思ったかも。違うです。でもそうなのかな。どうなんだろう。原因究明が待たれる。


【7月25日】 服部花子というのかアンジェリーナ。良い名前なのにそれを言われるのをどうして嫌うかが分からない。まあでもそうやって自分を偽りよく見せようとする態度のいじらしさが、日頃の肩肘張ったような態度と相まって妙に萌え心をくするぐるのだった。あと眼鏡とタイトスカートも。同じ眼鏡なら能年ユナって子もいるけれど、キャリアも違えば迫力も違うしやってる仕事も服部花子天と地ほどの差がある。本気を出した服部花子相手にかなうはずもないけれど、でも強面を気取ってはいても内実は霧羽ナギサの思惑を組んで動いているはずだから、きっとA−TECの見方になってユナともタッグを組んで、抜け道を探って資金を集めて損失を抑えてA−TEC建て直しの力になってくれると思いたい。でもそれだと暴れてキレるあの可愛らしさが出ないんだよなあ。もうしばらくいびられていて頂戴。

 そんな「Classroom☆Crisis」が実は今やっているアニメーションでは1位2位とかに来るくらいの面白さだったり。そう気づき始めた人もいるようで、検索するとぞろぞろと服部花子の名前が引っかかる。見ていた人が増えているんだなあ。ストーリー自体は利益も出さずに突っ走るだけの組織が押さえつけられ、そこからどう挽回していくかって割とよくある話だけれど、組合に入ったら管理職に昇進させられ脱退を余儀なくされ、そして組合は政治と結託して権勢を伸ばそうとしていたりして現実社会の縮図をちゃんとそこに入れて、無理に無駄な無茶が通るわけではないってことを示してる。ミサイル1発いくらだよって計算もあったロボットアニメよりさらにシビアな世界観。そして同じ一族の間で権力闘争もあって裏にいろいろ蠢いていそうなところを見せて、先へと興味をつないでみせる。

 とくに霧羽ナギサの上にいる専務あたりが裏でこそこそしていそう。その小物感がちょっと出過ぎていて、それであの優秀な人間がそろっているだろう会社でどうしていつまでも上に立っていられるのか、より優れていそうな長男の社長に追い出されてしまうんじゃないのか、って疑問も浮かぶけれども、身内あるは手下には厳しいけれども外面は良く才能もあるのかもしれない。でもナギサの方が上なんでそこは裏を掴んで戦いを挑んで引きずり下ろす権謀術数のドラマが繰り広げられそう。一方で瀬良カイト率いるA−TECも学生ながらそれぞれに持ったスキルを集めて一仕事、やってくれるだろう。そんな陰もあれば光もあって両面から進んで行く展開を、楽しみにして見ていこう。返ってきた能年ユナと服部花子の関係にも注目。しかし本当に表情が豊かに描かれているなあ。原画が良いのかコンテが巧いのか。そういう意味でも注目したい作品。「アニメスタイル」あたりで取り上げてくれないかなあ。

 台風が来るって噂もあったけれども、その台風12号は南方から動かないままこちらは灼熱にして蒸し暑い朝となったんで、押井守監督の最新作となる「東京無国籍少女」の舞台挨拶がついた初日の上映を見に新宿バルト9へ。最新作といったら巨大な空中戦艦が飛ぶ周囲を攻めてくる敵を相手に美しい女性のパイロットが戦い、そして犬を連れた老人が導き手となって戦車に乗った男も伴い最果てを目指すような話が確かあったはずだけれど、東京国際映画祭で見てからこっち、ずっと公開される気配もないまま実写版の「THE NEXT GENERATIONパトレイバー 首都決戦」が来て、そのディレクターズカット版の公開も秋に控えつついきなりの新作映画が公開って一体どうなっているんだ? なんて疑問が脳を染める。映画って作ることにも増して見せることが大変っていうのは本当なんだなあ。それが押井守監督クラスであっても。

 いやむしろ押井守監督クラスだからこそ、こうしてお蔵入りになりかけている映画がありながらも新作を撮らせてもらってそれがこうやって夏のかき入れ時に公開されるってことでもあるんだろう、その「東京無国籍少女」は簡単にいうなら「がっこうぐらし」だった。つまりはいつもの○オチって奴だけれど、そこへと至る展開に緊張感があって見ていられた。押井監督はクライマックスに来る激しいアクションまでに落ちてしまう人がいるんじゃないかって心配していたけれど、そうとは感づいていながらもいったい何が起こるんだろうという張り詰めた空気感の上で繰り広げられる、静かだけれど水面下で脚を蹴り合うような関係なんかがあって、スクリーンから目を離すことができなかった。クラシックが流れセリフもなくただ女子高生たちがデッサンをしているだけのシーンなのに。そこにさすがは押井さんといった手腕が見えた。

 逆にやっぱり少女たちが出てきて、派手なアクションを見せてくれた金子修介さんの「少女は異世界で戦った」は、冒頭からアイドルの乱舞があって激しいバトルがあって世界設定を説明するナレーションがあってとてんこ盛り。飽きるどころかそうした展開を追うだけで目がいっぱい頭もぱんぱんになったけれど、そうした勢いで引っ張り込む演出の良さとはまた違った、静けさの中に引きつける演出ってのもある。そうした違いを共に出演している清野菜名さんを軸に考えてみるのも良いかも。なおかつ「少女は異世界で戦った」では新体操選手だった花井瑠美さんに空手家の武田梨奈さんがフロントに立った関係で清野さんのアクションにあんまり目が向かなかった清野さんが、この「東京無国籍少女」では大爆発。手に銃剣つきアサルトライフルを持って撃ち振るい体を使った近接格闘まで行って見せるてくれる。

 その姿の格好いいこと。ひらりと舞うスカートからのぞく脚とかに目がもう釘付けで、そこだけを見るために前半の淡々としたシーンを、すでに全部が分かってしまって前半を寝ていても良い身になった今でも見に劇場へと行きたいと思っている。あんなにすごい身のこなしが出来るとは、さすが「VERSUS」で激しいアクションを見せて後に俳優でありアクションを見せる監督にもなった坂口拓さんのところでトレーニングに励んだだけのことはある。モデルのような美貌にスピーディなアクションもこなせる希有な女優。でも日本だと未だ無名だからと使わない上に、アクションなんて演じさせる土俵がほとんどないんだよなあ。それは武田梨奈さんも同様。だからやっぱり行くしかないんだろう、ハリウッドへ、あるいは中国へ。追っていきたいその活躍。

 せっかく朝も早くから街に出たんだからと六本木に回って「機動戦士ガンダム展」を森アーツセンターギャラリーで。長蛇の列で入場までに30分待ちとか予想してたらチケット売り場に列はなくエレベーターもすんなり乗れて、会場前にも行列なんて出来ていなかった。不人気? って訳ではないけれどもやっぱり今の大人が考えているほど「ガンダム」って一般的なところになったとは言えないのかも。どうなんだろう。その展覧会は冒頭にホワイトベースのブリッジみたいなところで、大気圏突入のシークエンスを体験するコーナーがあって、向かって右隅の通信卓にセイラさんが張り付いているんだけれどほとんど動かない。声は井上遙さんのが使われていて懐かしくも美しく、その声で「あなたならできるわ」と言われたらそりゃあやらない訳にはいかないって思うんだけれど、でも動かない。

 中央で舵を握っているミライさんも動かない。正面にシャアのザクが来てもアムロが大気圏にガンダムで突入して焼ける心配があっても微動だにしないその胆力! 女性って強いなあ。そしてシャッターが開いて現れたガンダムが浸かっていたの、はどうやらバブルではなくシートだった様子ってことはこれはテレビ版準拠? 劇場版よりテレビ版が好きな僕としてはこんなにうれしいことはない。でもって入った中の展示は設定画があり原画があって美術もあればセル画もあってと、初代「機動戦士ガンダム」好きにはうれしい内容。噂の八丈志麻ちゃんの絵もあって、出ていたら人気者になっただろうなあと思ったけれど、今にして振り返ればお母さんなミライにドSなセイラさんに幼なじみのフラウというトライアングルに割って入る場所がない。マチルダさんが加わりララアも加わっていく女性陣のどこにも入れないキャラは、だから出さなくて正解だったのか、出していればまた違った立ち位置もあったのか。それは想像するしかないけれど、思い浮かびもしない永遠の謎のままで終わりそう。

 キャラではやっぱり安彦良和さんの線がすばらしく、表情なんかも含めてこれがガンダムって世界に目を引きつける大きな要因になったと思わせ、そして大河原邦男さんのメカもザクを筆頭にして、その兵器を思わせるソリッドな佇まいがあのリアルな世界を形作っていたんだなあと感じさせてくれた、そんなかたわらで宇宙から地上からスペースコロニーの中から南米のジャブローから、あらゆる部分で美術を手がけてランドスケープやら艦内といった物語の舞台を創造し、画面を通して常に僕たちに見せてくれた美術監督の中村光毅さんの存在があって、あのガンダムが持つ空気感とか世界観って奴が成り立っていたんだなあと改めて分からせてくれた。常に目に映る風景。それは実際に済んでいる場所を日常と感じさせるのと同様に、アニメの世界をそうだと認識させて頭にすり込ませる上でとても大きな役割を果たしている。ガンダムの世界がガンダムなんだと直感する、その大きな部分をメカやキャラに負けず担っていた中村さんの存在を、忘れずちゃんと取り上げ伝えてくれたところにこの展覧会の意味があった。感謝。残念にも2011年に亡くなられたた中村さん、1度くらいお話を伺っておきたかったなあ。

 山寺宏一さんも林原めぐみさんも大きなスクリーンで見たいと行っていただけあって、映画館ならではのスクリーンサイズとそして音響で観た「ヤマデロイド」にはやっぱり笑った。そして感動した。響く歌声に乗せて動くヤマデロイドが見て楽しく聞いて愉快でいっしょに歌い踊りたくなった。それに限らずだいたい大きなスクリーンで観て分かる内容になってって感じた「劇場上映 日本アニメ(ーター)見本市」。パソコンでもスマホでもやっぱりサイズが小さすぎる。テレビですら。それくらいの作品。粒ぞろい。凄い企画だったんだなあと改めて感じるとともに、今なお続いているところになおいっそうの期待が膨らむ。

 実際に上映された3rdシーズンからの3作品は、中澤一登監督なかむらたかし監督前田真宏監督のどれも傑作。とくになかむらたかし監督の作品は。前に作られた「寫眞館」の平面なテイストを残しつつファンタスティックな雰囲気と派手な動きを入れている。もう楽しくってそして感涙のストーリー。井上俊之さんまでもが原画に参加しているだけあってよく動くだけでなく意味を持って動く。そこが素晴らしい。「パルムの樹」とか「ファンタジックチルドレン」からは離れているけれど、「寫眞館」で掴んだ新境地の上に重ねた新境地って感じ。これ単体で映画祭で何かとれそう。それはどの作品にも言えるけれど。

 映画館で観て林明美監督の「そこからの明日」がなんかとっても良かったなあ。まず歌が良く響く。その歌に映像が乗り繰り広げられる働く女性の重ねられる日常。苦労もあり楽しいこともある日々に自分も頑張ろうって思えてくる。吉崎響監督の「ME!ME!ME!」もパソコンのモニターサイズですら何が起こっているか分かりづらかったのが、劇場だと見に迫ってくる感じにあのサイケでキッチュでダンサブルでキュートな世界を味わえる。大画面でこそ味わえるあのパワー。もう1度2度劇場に行きたいもの。前田真宏監督の「HAMMERHEAD」はシリーズ化とかするのかな、あるいは長編化とか。かつてないダークヒーローの誕生に期待だ。


【7月24日】 びっくりしたなあ、もう。英国でも老舗の経済専門報道機関「フィナンシャル・タイムズ」が買収されるって話が夜中にかけて飛び込んできて、その相手が日本経済新聞社だということでまず驚き、その買収額が1600億円でなおかつ日経はそれを現金で支払うことになっているという話まで入ってきて、いったい何が起こっているんだ、そして何が目的なんだといった考えに頭がぐるぐるする。だって別に相乗効果なんて望めないよ、かたや日本ローカルの経済紙でこなた世界中の投資家たちや政治家たちが読んでいる高級紙。その記事の目的も違えば質だって大きく違うだろう。

 それは高い低いといった差異ではなくって傾向としての質。大所高所から大局的に書く記事と、中小企業を相手にねじ釘といった細かいカテゴリーを網羅し、どぶ板をさらって下から仰ぎ見るように書いていく記事とでは自ずとアプローチも違えば書き方も違ってくる。そこに交流なんてないし、相互に読者が行き交うってこともあまりない。だからあるいは相乗効果というよりも、新しい要素を付け加えてかさ上げするといったところが正解なのかもしれないけれど、それだって同じような場所に同じような人間がいたりするケースも出てくる訳で、そこでどっちを選ぶかってあたりで将来の質にも影響が出てくる可能性がちょっとする。

 雑にいうならやっぱりFTの人の方が長いキャリアをもまれつつ、経験も積み重ねてきたエキスパートが多いだろうから、書くものにも深みがあって重みがある。日経は部品として動き経験よりもフットワークを重んじられ、そしてキャリアを重ねて熟成するより先に異動とかして全体像はつかめても、専門性には乏しい人間がやっぱりどうしても多くなる。ローテーションって奴。それがないとほら、癒着することとかあるし。だから仕方が無いんだけれども一方で、鬼のように強くて誰とだって話せる人間みたいなのは育たなくなる。そんな風土の違いをどちらに合わせてもやっぱり齟齬がでる。でも統合した以上は例えば海外の拠点に両方を置いておく必要があるか、なんて話になって統合しようってことになった先、世界が求めていたFTの質が保たれるかってところが目下の興味となっている。

 まさかFTの記者を捕まえてFTとは別に日経本紙に60行で日経産業新聞の詳報を120行入れてMJにも関連差30行、それから日経ヴェリタスにはトップストーリーで200行の原稿を用意してね明日までに、なんてことを言って疲弊させるような愚挙はしないとは思うけれど、でもやっぱり1600億円なんて現預金を一気に手放して苦しくなっていった先、誰もが重複する分野での仕事の効率かなんてものを机上の空論、天上の暴論のように思い浮かべて現場も読者も気にせず執行するもの。その挙げ句に何が起こるか、って考えると怖いけれどそれは相手が転んでくれるきっかけだから、他社的にはニヤニヤしながら見ているのが良いのかな、違うなあ、新聞1紙の停滞は業界全体の衰退につながるから。頑張れ日経。次は産業経済が題字になってる新聞も買ってさらに伸ばそう、って産業も経済も取り上げられてないんだけれど、紙もネットも北朝鮮や韓国や中国のことばっかりで。やれやれ。

 「サマーウォーズ」が大好きでいつか自分もキレイな先輩女子から誘われ田舎に連れて行かれて豪家の跡取りに推されたりしないものかと思っているけどかないそうにないまま幾年月、こうなるとあとは大金持ちの女の子に親になって欲しいといわれるのを末つくらいなんだけれどその方がよおど起こり得ないわなあ。まあそれはそれとして「サマーウォーズ」に関する展示もあるってことで初日に駆けつけた渋谷はヒカリエでの「バケモノの子展」はチケットを買うのに行列が出来ていたくらいの混雑ぶり、そして見渡すと高校生くらいの青少年とか20歳前後の女性とかがいっぱいいて、今の細田守監督がそうした層に浸透をしてそして支えられてもいるアニメーション監督なんだなあってことを改めて実感する。

 それが単純に「バケモノの子」という作品の凄さからきたものなのかどうか、ってところは個人的にはなかなか曖昧にしておきたいところで、「サマーウォーズ」が大好きで「時をかける少女」も好きで「おおかみこどもの雨と雪」は主人公の行動に納得がいかないけれどもそこが恋情って奴だと認めつつ全体としては筋が通った話だから良いとして、「バケモノの子」だけはちょと認めがたい部分があるなあという気でいるからそれに大勢が喝采を贈り、展示を見に来るってことがにわかには信じがたい。つまりは単純に昨今のムーブメントという奴に煽られ、それが良い変わるかではなく知っているかどうか、誰もが話題にしているかどうかってところで判断をしてああ知ってる、そして評判になっていたよという情報から自分もそこに加わらないという同調圧力もあって、大勢が関心を示しているような雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

 でもそういう見方は個々人の判断力を見くびりすぎで、ダメならやっぱりダメだと思って足を運ばないし、口コミでもって噂を広げて拡散や拡大を妨げるだろう。今はまだそうした我に返って考える状態にはなく、ただ人気があるから人気なんだと言ったトートロジー的状況の上に立って賑わいを見せているだけで、それが今の展示にも現れただけなんだとみるべきかって気分もないでもないけど、それが分かるのはいったん幕を下ろしてそして、次の作品へと移ってから。それまでは「千と千尋の神隠し」で世界を席巻して「ハウルの動く城」で人気の上に立っていた頃の宮崎駿監督だと思い見ていこう。勝負はだから「崖の上のポニョ」から「風立ちぬ」へと抜けて言うだろうこれからの作品。その評判。何を作るんだろうなあ、細田守監督は。

 さて「バケモノの子展」の方はといえば絵コンテがつり下がっていたり人物のパネルが経っていたりして写真も撮れて楽しいけれど、個人的には撮影不可の原画とかのコーナーに入ってからあの井上俊之さんによる「おおかみこどもの雨と雪」での雪原を転がって走るシーンが描かれている原画を見て、その躍動感とそして雪の粉が散る様子にああやっぱり巧い人なんだなあってことを知る。点々として雪を散らせるのは「百日紅 〜Miss HOKUSAI〜」での猶が少年と遊ぶシーンでもやっていたけど、原画でただあたりを付けているだけのように見えて、並べるとちゃんと1粒1粒が動いていて、それが動画も挟むとちゃんと舞い散っているように見えるから不思議というか、さすがというか。動いたときの光景があって、それを分割して画面に定着させる才能が凄いんだろうなあ。もちろん1枚1枚を完璧に描く画力も。

 そういう仕事を目の当たりにして自分もやってみたいとアニメーターに飛び込む人が増えれば業界も、人手不足人材不足に悩むことはないんだけれど、これだけ昔に比べて原画集がちまたにあふれ、原画展なんかも頻繁に開かれるようになりながらそれで刺激されアニメーターになりました、って人が増えたという話はあまり聞かない。見て満足しているんだろうか。自分には無理と諦めてしまうんだろうか。でも見たら書きたくなるのが普通なんだよ、「時をかける少女」で真琴が大泣きする場面とかその表情の変化を自分でも描いてみたいって思うから。でも他はそうでないところに何か、意識の断絶があるのかなあ、原画展もなく原画集もないなかでただ、テレビで動く様子だけを見てそれを記憶に焼き付け、どう描いたらそれが再現できるかを探求するその思考とシミュレーションの積み重ねが、人を鍛えたのかもしれないなあ。すぐそこに答えがあってはやっぱり学ばないのかな。新しくアニメーターになった人に原画集とか原画展の豊富に存在している影響をちょっと聞いてみたいかも。

 展示を見終わって渋天街の門とかもくぐってチームラボとかが出している展示とかも横目で眺めてからショップでお買い物。でもやっぱり「バケモノの子」には向かわず「サマーウォーズ」のアルティメットなナツキのピンバッジとそれから、アートな人たちがデザインに携わった青地図のTシャツから「時をかける少女」を選んで購入する。そっちは「サマーウォーズ」もあったけどもアバターみたいなのがプリントされてて可愛くないからパス。対して「時かけ」は少女はタイムリープするって言葉が大きく英語でプリントされたその背景に、ヒロインの真琴の顔がうっすらとプリントされててスタイリッシュ。着ても飾っても良いけれどやっぱり着てこそのTシャツなんでこの夏、どこかで着よう。プレゼントのフィルムは「時かけ」から真琴。校庭か公園でバッティングをしているところかな。上映に使われたものらしい。「未来で待ってる」のシーンとかもらったら最高だけれど、でも珍しくヒロインの顔だったんでこれでオッケー。また行ったらまだあるかな。今度こそナツキを。


【7月23日】 そして気がつくとジェフユナイテッド市原・千葉がJ2のリーグ戦でプレーオフ圏外の7位に落ちていた。平日だけれど22日にあった水戸ホーリーホックとの試合に引き分けてしまった様子で、このところの負けも合わせて勝ち点を伸ばせず自動昇格圏はただただ遠のくばかり。何とかどうにかプレーオフ圏内には入ってくるとは思いたいけれど、そこで勝ち上がれればとっくの昔に上に上がっているからなあ。そこができないチームなんだよ。どうして毎回のように失点するのか。そこをやっぱり突き詰めないと今年どころか来年もその次も昇格はむずかしいんじゃないのかな。守備の意識を付けられる監督を呼び、そして攻撃を組み立てられる監督に引き継ぐような数年がかりの改革が必要かもしれない。レディースが里内猛さんを監督に据えてフィジカルを鍛え,その後に戦術を高め選手を集めてそれなりな強豪になったような計画的で長期的な。合わせて10年は覚悟、しておくか。

 ビッグクラブねえ、それが作れるならとっくにどこかがなっているだろうけれど、首都圏に近い横浜市をホームタウンにして世界に冠たる自動車メーカーを親会社に持ち、6万人を越えるスタジアムをホームにしている横浜F・マリノスですらビッグクラブというにはほど遠い経営を余儀なくされては選手層を厚くできず、成績も芳しくなく集客も今ひとつな状況を続けていたりする訳で、それすら上回るにはいったいどこの企業が大スポンサーについて平均で5万人を超える観客を呼べるだけの選手を保有し、見て楽しいサッカーをしてなおかつ連覇を続ける必要があるだろおーけど、そんなことを出来るチームなんかどこにも見当たらない。いやかろうじて浦和レッドダイヤモンズが動員数と強さで条件にあってはいるけれど、世界が注目するチームかというと極めてローカル、フィンランドのヘルシンキほどの知名度だって欧州ではないんじゃなかろうか。

 それは霞ヶ丘にスタジアムを作っても築地にスタジアムを作っても同じ事。そこをホームにするサッカークラブが現れたところで5万人のサポーターをアベレージで集めるだけの下地がなく、組織力もない。そんな状況をホリエモンとかいったいどう変えるっていうんだろう。アジアから選手を呼んだってアジアの観客が来るはずもなし、アジアに出て行ったところでACLチャンピオンズリーグでいつも負けてるチームを見に来る暇な観客もいないだろう。ただ思いつきを言ってそうあるべきだなんて理想を語ったところで、そんあことはサッカー界ではすでに議論し尽くされている。そうじゃないアイデアを欲しかったのに、意外と陳腐だったなあというのが今のサッカーファンの印象なんじゃなかろうか。まあでも衰退著しかった将棋をネット中継によって活性化させたドワンゴから夏野号さんも参加しているし、そういう部分での突破口はあるかももしれない。注目はだからそっとの人選かな。うん。

 記者会見した母親がとても3年前に21歳の大学生だった息子がいるようには見えないくらいに若そうで、そして声も可愛かったというのはさておいて、東大生がサークルのコンパで酒を飲んで飲み過ぎて、急性アルコール中毒になったものの放っておかれて亡くなったことに対してその母親を含む両親が、損害賠償を求める裁判を起こしたという話については、まずは結果として人ひとりの命が失われしまったという悲劇に瞑目するしかないのだけれど、一方で1年生の新入部員ではなく2年生になっていた20歳過ぎの大学生が、どういう経緯から1・1リットルもの焼酎を飲んだのかという部分で、もう少し話が欲しいといったところ。押さえつけられ飲まされたのか、それとも自分でごくごく行ったのか。そこでの差異ってのが周囲に与える印象を割と変えそうな気がするから。

 あとは横になって寝ていたのがただ酔って眠っていただけなのか、急性アルコール中毒で瀕死の状態にあったのかといったのを見分ける目が、果たして周囲にあったのかといった部分も。そういう状況は状況として理解して、どうやったらそういう場で酒を飲み過ぎないように振る舞えるのか、周囲のプレッシャーにも負けず自分をアピールしたいという欲も押さえて、同調圧力の中に埋没しないで自分のペースを崩さず生きていけるのか、ってあたりを考えてみたいし、する必要はある。一方でいざ、人が倒れた時にやっぱり周囲はそれを見ないふりして4時間も飲んでいたというのはやっぱり相当に拙い状況で、そこで確かめるどころか通報を遅らせ、配慮までしたというなら事後としての対応は最悪を通り過ぎる。自己責任としての部分は飲み込みつつも訴訟に踏み切ったのは、そうした対応の拙さに悲しみと怒りを覚えたからなんだろう。何が周囲に対応を躊躇わせたのか。雰囲気か。身の保護か。そこも含めて明らかにされ、同じ事態が繰り返されないようになればとここでは願う。

 入ってきた自宅警備員ではなくてちゃんとした突入要員っぽい姿に誰だろうと名札を見たらCerevoの岩佐琢磨さんだった。ちょっと前には宜野座風の格好でドミネーターとか構えていた写真が流出していたけどそうかそんなにコスプレ好きだったのか。作るハードはソリッドでステートな感じなんだけれど当人はどオタク。それが秋葉原って街に拠点を置いて物作りをしている人たちの特徴なんだろうなあ。つまりは今日の「大江戸スタートアップ AKIBAベンチャーピッチ」っていう週刊アスキーが主催して開いた、秋葉原っぽさを持ったベンチャー企業のハードやソフトやサービスを集めてプレゼンテーションをしてもらい、1番を決めて叙々苑の焼き肉券をあげるイベントも、集まったのはそんな見かけはハイエンドでも奥に秋葉原魂ってのが流れているものばかり。電気街の頃、電子パーツの頃、オタクの頃といった時代によって差はあるけれど、いずれ劣らぬ秋葉原魂ってのを見せてくれた。

 登場したのは6社でそのなかにはCEATECで見たテレビ番組のワンセグ放送を2週間分まるまる録画しちゃうという「ガラポンTV」とか、すでにハンディな上に高性能なDJシステムだってことで内外のDJたちが仕様を始めている「GO−DJ」なんてものもあって、すでにビジネスモデルに乗っているのにどうしてって思わなくもなかったけれど、知る人ぞ知るものであることには違いなく、現に審査員をしていたさくらインターネットの人はその場で感心して「ガラポンTV」を買っていたくらいだからやっぱりまだまだあまねく知られたものにはなっていないんだろう。そこをこうしたピッチによって会場に知ってもらい、メディアを通じて世間に知ってもらうことで販売を伸ばし、「ガラポンTV」だったら番組レビューのような機能を採用してもらってハードというよりソフトの部分でも浸透していくような意図を持って臨んだんだろう。

 「GO−DJ」なんかもプロセッサを自前で設計してしまうところに拘りがあって、そうしたものを作れてしまう能力があるなら、他にこんなこともできないかっていった問い合わせが寄せられているらしい。ギターのエフェクターなんかも作ったとか。そうした威広がりを得られる機会としてのピッチ、て意味では両者とも十分に意図を果たしたんじゃなかろうか。ただ優勝となるとそこはすでに立派な製品となっている両者ではなく、かといってこれから開発を進めビジネスモデルを構築していく必要がある薄型スピーカーでもなく、ちょっとプレゼンがうまくいかなかった撫でると声を出してくれるインタラクティブ抱き枕でもなかくって部屋を痛くする「痛部屋」ってのが栄えある第1回目のAKIBAベンチャーピッチを獲得していた。って何だ「痛部屋」って。玩具やゲームやマンガが無造作に積まれた部屋か?

 違うそれは「オタク部屋」。ただのコレクションの集積に過ぎないけれど、「痛部屋」はそうじゃなくって「痛車」と同様に既存の空間をアニメ的マンガ的な絵柄でデコレートしたものって言えそう。壁紙を貼り替えシーツや枕カバーにもそうした絵柄の者を使いスリッパもカーテンも便座までもそうしたもので整えたりするサービスでありソリューション。それを提案しているのあSO−ZOっていう会社ってことになる。評価されたのもすでにそうしたサービスを、ホテルだとか人が外国人なんかが集まる場所に向けて展開していることで、すでにビジネスモデルを確立しつつある上にアタらしいキャラクターを集める展開力、企業のプロモーションに利用してもらうという市場性、首都圏に限らず地域の振興にも使ってもらえそうな拡張性なんかが評価された感じ。何よりやっぱり秋葉原らしいってこと。そんなサービスを展開している人が王さんって日本の人じゃないところに、やられた感とだから客観性を持ってやれたんだなあ感も漂う。発想して計画して提案して完成させる。それはやっぱりオタクどっぷりじゃ無理だもの。そんなことも考えさせられるイベントだった。次はいつやるんだろう。そして何が取るんだろう。ちょっと楽しみ。


【7月22日】 福士蒼汰さんに本田翼さんが出ていて可愛い恋愛の姿を見せてくれるストーリーが、若い世代に人気にならないはずはないって思うんだけれど今はそういう時代でもないのか、それとも見ているはずの世代がちょうど家にいなくて録画して見ているからなのか、月曜午後9時こと「月9」のドラマとしてスタートしたフジテレビの「恋仲」の視聴率が、初めて初回で10%を割ってスタートしたという。もちろん今のご時世にドラマの視聴率が10%を割るなんてことは普通にあるけれど、でもフジテレビがどの時間帯よりも力をいれてキャスティングを行いスタッフも吟味する「月9」でこの数字はやっぱりちょっと拙いだろー。

 ネームバリューが足りないって話もあるけど、でも福士さんも本田さんも共に知られた名前でちょっと見てたいって思わせるくらいの人気はある。というか他にだから誰なら見るの? って逆に問いたくなるほど、超ビッグな役者なんていなくなっている。人気だけでいうならジャニーズの人たちとかを出せばそれだけ数字はとれるかもしれないけれど、そうやってジャニーズを出した過去の作品だって数字はとれていない訳で、傾向としてもはや月曜午後9時にドラマを見る習慣が潰えかけているって言えるのかも。日本テレビがやってる土曜日とか、TBSの日曜日の方がまだ見るような気がするものなあ、時間帯的に。

 あるいはフジテレビっていうチャネル自体に、人を引きつけるだけのオーラがなくなっているってことなのか? あるいは夕方に放送された「みんなのニュース」とかいう番組での、どこかのおじさんが家の煙突から吹き出した生肉を動かしながら意味の分からないことを言っていた番組を見てチャネルを変えて、そのままって人が多かったのかもしれない。そして「SMAP×SMAP」で戻ってきた? そっちの視聴率は調べてないけど、でもまだ少しは人気がありそうなその番組へとつなげる「月9」の低落は、まとめてあの時間帯を崩壊させる引き金になっていくのかも。それはそのままフジテレビというテレビ局の停滞をもたらし、グループにある新聞社の壊滅を……。他人事とは言えやれやれだ。

 意味は分からなくもないけれど、意味を考えるのもむなしくなるんで美少女がちが胸とかぷるんぷるんさせている様を見て、楽しむのが良いのかもしれない「ビキニウォリアーズ」。勇者は勝手に言えに入って壺を割ったりタンスを漁ったりしてオッケーなのは、某国民的RPGって奴が打ち出した探索のルールを現実に(ってもアニメだけれど)に落とし込んで見せたもので、それに文句を言わない住民たちっていうのは、コンピューターが作り出したキャラだからなのかと思ったら、しっかりと後で文句を言って仕返しまでしてた。法律って何だ。でもアーマーならビキニでもまるで恥ずかしがらないメンバーが、プールでビキニ姿になっているところを踏み込まれると恥ずかしがるのは、お約束だとしてもやっぱりちょっと分からない。彼我にどんな違いが。それが分かるまで僕はビキニアーマー道を極められそうもない。極めてどうだってものでもないけれど。うん。

 伊藤計劃さんの作品を映像にする企画が続々と完成してきているようで、公開日も決まってファンの間に期待も高まっていそう。まずは10月2日から始まる「屍者の帝国」だけれど監督するのが「ハル」の牧原亮太郎監督で、制作も同じWIT STUDIOなら映像として極めてハイクオリティになるのは確実。出演する声優さんも「ハル」に出ていた細谷佳正さんがいて、「ガッチャマンクラウズ」の爾乃美家類な村瀬歩さんがいてそして「パンツ見えちゃう」の花澤香菜さんもいたりするから聴き応えは十分。大塚明夫さんに楠大典に菅生隆之さんと渋いところも揃っているから耳に残り目に映える映画になるだろう。物語はどうなんだろうなあ、実はすっかり忘れてるんだった。読み返すかこの機会に。

 ドローンがドロン、って見出しがたぶん躍るだろう市ヶ谷の防衛省から試験飛行していたドローンが消えてしまった件。風に流されたんだろうけれど、防衛省が飛ばすんだからちいさい室内用とは訳がちがって、プロペラも何枚かついた大型でペイロードも大きなものだと思うから、落ちて頭にあたれば人死にだって出るかもしれないし、そうでなくても結構高級な機材とか積んでて、バラして売れば結構な儲けが出るかもしれない。いやでも足がつくか。というかどうやったら消えてしまうんだ。広い敷地もあるだろう防衛省の上から流されたんなら結構な距離を飛んだはずで、そこは市ヶ谷の裏手にある住宅街あたりってことになるけど、落ちてきて分からないような場所でもないから、すぐに連絡とかあるのが普通。そうでないなら誰かがハッキングをしかけてコントロールを奪って手に入れ逃げたとか。そこまでするゲリラとかいるかなあ。まあいずれ出てくるんじゃないのかな。10年後くらいに。そして映っていた驚きの映像は! SFが生まれる。

 そんなドローンについて考えるシンポジウムが開かれるってんで夜のお茶の水へと出向いてデジタルハリウッドで聴講。鈴木真仁さんてどこの赤ずきんチャチャだよと思ったら違って鈴木真二さんという東大の教授でJUIDAっていう無人航空機を使った産業の振興を目指す団体の代表理事がまずは登壇して、法整備なんかが進むドローンの世界でこれから何が起こるのか、ってところを話してくれた。鈴木さんによれば今度の法改正によって日中でしか飛ばせないくなり、目視で確認できるところまでしか飛ばせなくなるようになるとか。だそれだとビジネスとして配達だとか撮影だとかに使うのがむずかしくなるONので、承認をもらって許可を得られれば禁止エリアでも飛ばせるようになる、ってのがひとつの線引きになるみたい。まあそりゃそうだよなあ。誰も彼もが勝手に飛ばせば問題も起こるし。事故だって。

 鈴木さんはあから「手続き的に面倒なことが怒るようになるが、安全に使っていこうというルールができあがる。あとはどういう申請が必要になるかをJUIDAでも考えていきたい」と話して例えば法律が整備されて国がそうした手続きなんかを行うようになってコストが上がるより、JUIDAのような民間が承認とか検定といった部分を担うようにして、機動的でかつ安全性も担保できる制度作りを勧める必要性を訴えていた。保険制度の充実やプライバシーへの配慮、そして私有地の上空なんかを飛ぶ場合とかの問題も、ちゃんと話し合っていかないといざというときに問題がおこる。そのあたりをなおざりにして、何か起こった時に悪者にされてはたまらないという意識が、意欲的な取り組みになているんだろう。

 実際に使っている側としてもやっぱり、法整備の問題は気になるところで、デジタルハリウッドの杉山知之学長なんかは「事故が起きたり問題が起こるとコンテンツ屋として使いにくくなる」といった心配から、訓練を行い知識も高めて安全に安心にドローンが使えるようになることを、業界としても自主的に行っていく必要性なんかを訴えていた。今はとくに官邸へのドローン落下事件があり、川崎の中学生による善光寺でのドローン落下問題もあって「飛ばしているだけで通報が行くように、本当にイメージが良くない」と杉山さんは心配してた。でも「産業におけるドローンの利活用には非常に有望なものがあるので、きちんと教育をやっていきたい」と学校としてドローンを扱う上での教育を行ったり、JUIDAなんかとも連携してドローンを使った正当な空撮の映像を表彰するようなイベントを行って、正しくそして画期的なドローンの活用方法を探していくことでコンテンツの発展に寄与したい考えを見せていた。先を見るに敏で優れたクリエーターも大勢出している学校だけに、ドローンでも正常に正当に大きく発展していけるような仕組みをきっと、考えてくれるだろう。期待しよう。


【7月21日】 これは事件だ。人気のスマホゲーム「モンスターストライク」がアニメーション化されるってんでどこの局が放送して、どこのアニメーション制作会社が手がけて監督は誰で声優は誰だなんて勇んでいったら何と、YouTubeでもって配信する7分間のアニメだった。ショートフィルムでネット配信なら前例がない訳じゃないけれど、でもファーストウィンドウがYouTubeっていうのは珍しく、そして7分間という時間設定にちゃんと意味を持たせて送り込んだってところに今、困難が取りざたされているアニメーションの先をうかがわせる何かが感じられた。

 これは企画に関わったイシイジロウさんが話していたことだけれど、「妖怪ウォッチ」みたいに同じゲーム発だからといってアニメや玩具で展開しても勝ち目はない、そして「モンスト」を遊んでいるのが中高生でそれがスマートフォンならそれで見られる媒体として提供するのが良いんじゃないかとなって、YouTubeしかなってことになったという。なるほど中高生が家で夕方に座ってアニメを見るなんてことは皆無となった今、深夜に流して影響を与えられないくらいならYouTubeでサクッと見られるようにした方が良いっていうのも道理だろう。それこそYouTuberのパフォーマンスを楽しむように。

 7分という時間もそんなYouTubeを見ている時間から割り出したもので、最長が10分ならその枠内に入る時間で勝負すべし、ってことになったという。なるほどこれが時代か。元がゲームでスマホで遊ぶものだから、アニメを見て刺激されゲームに言ってそしてゲームでの楽しさがアニメではどうなっているかを見て理解するといった相互の移動も1つの端末上でシームレスに行える。さらには「モンスト」の攻略動画も溢れているならそこと連動させない手はないってことになったんだろう。問題はそうやって作られたアニメが単体でどこまで利益を出せるかだけれど一種、ゲームの宣伝とも思えばそれは全体でペイできる。

 グッズも作られれば売れるだろうしパッケージ化だってあるかもしれない。あとYouTubeなら見られた分だけ広告料も入ってくる。波料払って広告も自前で集めて流してもパッケージが売れない深夜アニメとは大違い。そこに新しいビジネスモデルなんてものも見いだせそうな気がする。残るはクオリティだけれどもスタジオ雲雀が手がけて加藤陽一さんが脚本を書きシリーズ構成も行い岩元辰郎さんがキャラクターを描いてそして、「星に願いを」で3DCGによる同人アニメをブルーレイディスクとして出した市川量也さんが監督を務めれば」きっと良いものが出来るはず。信じて待ってそれを見て、人気を確かめた果てに次の時代のアニメビジネスって奴がここからどう変わっていくのか、それとも買われないのかを確かめたい。

 そんな「モンスターコレクション」のアニメ化の発表会見とか言ったりして集まるメディアの人たちの会話とか聞いているんだけれど今はこうしたのってネットメディアが主力でもうその場で原稿を書き始めていたりして予定原稿をリリースから組み上げて作ってきていたりもしてそれに会見での言葉を当てはめ写真を添えて流して即アップとかっていった感じになっている。つまりはスピード重視。それによってアクセスの桁も変わってくるらしいから各メディアとしちゃあ必死だろうし書いてる人たちもそれで評価が変わってくるなら必死にならざるを得ない。それは分かる。分かるけど。

 ひとつにそこまで急いであげて稼いだアクセスって奴がどれだけの収益につながっているかが分からない。PV数が広告料金に跳ね返ってきたり出稿の多さに跳ね返ってきたりしているんだろうとは想像もできるけど、そうした基準のあんまり意味をなしてないなさも取りざたされる状況で、瞬間のアクセスの多寡によって収益が大きく違ってくる状況もだんだんと改まりつつあるのかもしれない。そうだとしたらむしろ瞬間に定型フォームの記事を流して勝ち負けを決するよりも、会見とかの中身をしっかりと聞いてそこからただキャッチーな言葉、キャッチーな出席者の話を流すだけじゃなく、何が語られたか、それがどういう意味を持つのかをしっかりと自分の言葉で添えて書き、今でなく明日明後日から1カ月後1年後にも意味を持つ記事として、残しておいた方が良いんじゃないかって気もしている。

 というか僕はどちらかといえば足の速さをあまり要求されていない媒体で仕事をしているんで、聞いた話から要点をピックアップして流れをつくりそれに合わせて言葉も前後させ自分で調べた話も添えて全体の構成を作っていったりする。「劇場上映 日本アニメ(ーター)見本市」の記事とかもそんな感じに要点を抜いてまとめた感じ。それでも落ちる話(クリエーターたちの思っていることとか)もあるんでいつかそういうのも拾い集めた長い記事をどこかに書いておきたいって気もする。そうすることによって言葉は文字となって定着してネットの上を永遠に、でもないけれど存在する限り漂い続けて、そして誰かの目に触れ何かの役に経つのだから。その瞬間にアクセスを稼ぐためだけに仕上げた定型フォーマットの紹介記事はその瞬間に意味を持つ。

 その意味を否定しないけれどもそれだけではないのだということを忘れる気は無いし、忘れてはいけないとも思っている。ただ、話を聞いているとそういう、後から構成を考え記事にまとめて挙げるようなことを厭うというか意味を感じてなさそうな声もあってそれが時代かとも思うのだった。書いてもアクセスが稼げないなら後追いなんてする意味は無いっていうか。今から芥川賞の又吉さんの会見話を書いたって瞬間のアクセスは稼げないから。でもあの会見の取り上げられていない部分を拾い解釈を加えることで何か、時代を切り取って後世に伝える意味を持った記事になるかもしれない。しれないけれどもそれはしない、している余裕はないししたって金にならなければしたくもない。

 それも道理。でも不条理。というか書きたくないのかなあ、自分が感じたパッションを言葉にして、そして残したくないのかなあ、文字という永遠のフィールドへ。そこがあるいは新聞上がりで速報記事は瞬間を伝えつつもカイst宇記事とかは永遠にスクラップされ記録として残るような場所で仕事をしてきた人間との違いでもあるし、今という時代、瞬間で勝負していかなければ食べていけず、でもってそうした瞬間の情報の連続が目立って尊ばれている時代のジャーナルってことなのかもしれない。どうなんだろうなあ。

 そして発表になった女子サッカーの大会、EAFF女子東アジアカップ2015の日本代表ことなでしこジャパンのメンバーでは、我らがジェフユナイテッド市原・千葉レディースからゴールキーパーの山根恵里奈選手が選ばれ3人いる中では唯一の代表キャップを持って大会に臨むことになりそう。出場機会も多いだろうけどでも、ベガルタ仙台レディースの武仲麗依選手とかリーグでも結構名前を聞くし、日テレ・ベレーザの山下杏也加選手も好調なチームを守っていたりするから今後への期待も大きそう。やっぱり試合ごとに変えてくるのかな,佐々木則夫監督。でもやっぱり次代や山根選手に担って欲しいなあ。大きいし。

 ジェフレディースからはほかにリーグ得点女王の菅澤優衣香選手も入っていてベレーザの田中美南選手やINAC神戸レオネッサの高瀬愛実選手あたりと競い合いそう。高瀬選手は56試合の出場キャップがあるだけにやっぱりファーストチョイスになるのかなあ。いやいやミッドフィルダー登録だけれど2部のAC長野パルセイロ・レディースで目下得点女王を突っ走る横山久美選手も今回はしっっかりと選ばれている。岩渕真奈選手ばかりが注目されるけれども横山選手もマラドーナばりのドリブルを見せて突破した試合で世界にその名をとどろかせた逸材。代表でもその姿をきっと見せてはメディアの話題の的になるだろう。

 メディア受けって意味ではヤングなでしこで中心になっていた田中陽子選手が今回、選ばれてないのはやっぱり調子、崩しているからのかなあ、得点は奪っているみたいだけれどでも、2部に移ってノジマステラ神奈川相模原の選手としてだからやっぱり1部とは扱いが違うんだろう、横山選手くらいの活躍でないと。そんなヤングなでしこ組だと浦和レッドダイヤモンズレディースの猶本光選手がやっぱり注目を浴びるかな。あとはINACの田中は田中でも田中明日菜選手の方。ディフェンダーとしては代表キャップを1番持っているし、今回のワールドカップに参加していた北原佳奈選手あたりとセンターバックを組んで次代の守備の要となってくれれば。

 浦和レディースから参加の柴田華絵選手も聞く名前。気にしたい。あと注目はベレーザの村松智子選手か。初選出だけれどこないだのジェフレディース戦にも出場していたから何となく分かる。堅守かな。上尾野辺めぐみ選手も川村優理選手も代表キャップがあるこのチームではベテランだから、このあたりが中心となって引っ張っていってくれると信じたい。ともあれ完全なる勝利をおさめて東アジアでの地位を盤石にして、来年というリオデジャネイロ五輪への出場権をかけた予選に臨んでほしいもの。そこでは当然に海外組も国内にいるレジェンドたちも入ってくる。そこに割って入ってくるのは誰か。そこにも注目が集まりそう。顔じゃ無く技。そして魂。それを選び磨いて讃えるような報道も期待しつつ。そればっかりは無理かなあ。


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