縮刷版2008年月2下旬号


【2月29日】 やっぱりしかし気になるんだよなあ「デビルズ・ダイス」の白川才の動機無さ過ぎって点に。いとうのぶゆきさんの「デビルズ・ダイス」は何でも未来を確実に予言できるサイコロを手に入れた少年が義母を殺し姉すら退け仲間も排除しひたすらに突き進むって話なんだけれどもその根本にある動機って奴が今ひとつ見えなくってなかなか気持ちを入れにくい。自分たちを狙う組織を排除した、ってんなら分かるけれどもそれなら別にやり方もあったはず。なのに才は力を使ってすべてを殲滅しようとする。

 それが唯一自分の命が助かるための手段だから? でもそこまでして守りたい自分の命でもっていったい何をするのかが見えないと、かけがえのない家族や友人まで排除してするべきことかって懐疑が浮かぶ。純粋に生きたかった? 頂点を極めたかった? まるで本能だよなあ。でも才は本能を越えた理性が特徴の男。やっぱりちょっと分からない。第2巻の「悪魔はサイコロと嗤う」でもやっぱり盛大に死体の山を気づいているけどそれを乗り越え目指す地平が見えない以上は騙し騙されを面白がれても物語として認める気分は起こらない。「コードギアス 反逆のルルーシュ」だったら妹を守り自分たちを追いつめるブリタニアを倒すって名分があるから無茶でも、というか無茶だからこそ気持ちを乗せられる。才にはそんな目的が見えない。それとも隠しているだけ? 続く展開を待ってからまた考えよう。新キャラの組織の女の子、そんなにお好み焼きが好きか。

 でもって角川スニーカー文庫から一緒に出た「コードギアス 反逆のルルーシュ」は合衆国日本宣言から聖庁落としへと向かいさらわれたナナリーを助けに神根島へと向かってそこで起こるスザクとルルーシュの対峙。テレビはそこで終わっているけど小説版の方は銃声をナナリーが聞いてる場面が描かれてあってそして誰かとどこかへ向かっていく。つまりは生きているってことか。あとやっぱりスザクは河童のクゥ、じゃなかったV.V.らしき誰かからルルーシュのギアスのことを聞いていたのか。そんな辺りがちゃんと埋めてはあるんだけれどアニメの方がそれに準拠するのかは分からないからまあおいおい、始まる新番組の方で過去の経緯がどう説明されるかを見て間を埋めていこう。井上はやっぱりダメだったみたいだなあ。容赦ないなあ。岩佐まもるさんも。せめて小説でぐらい。

 天下の大新聞であっても見過ごせない話だったよーで「少年マガデー(仮)」こと「少年マガジン」と「少年サンデー」の共に創刊から50周年を記念した合同誌の発行について、産経新聞の「産経抄」と読売新聞の「編集手帳」がそぞれ1面のコラムで触れている。枕に両誌の間を言ったり来たりした赤塚不二夫さんの間に立っていろいろと苦労した編集者の回想緑を引っ張り出してはいる点が全く同じで、何かそーゆー回顧がどっかの記事として配信されて、それを見てネタを引っ張り出したんじゃないかって気も浮かんだけれども天下の大新聞で1面コラムを担当する大記者が、そんな安易なことをするはずもないから、出だしまでもが似通っていたとしても、それぞれが知識として持っていた武居俊樹さんの「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」って本を枕に記事を書いたんだって信じる方が妥当。刊行も去年の春だから今も店頭にだって並んでるし。

 もっとも似た枕であっても導き出される言葉の方向性には大きな違いがあって面白い。どちらかといえばアグレッシブな論をとなえて今時な若い層を引っ張り込みたいだろう産経なんだろうけれども、「産経抄」の論旨は「創刊当時の読者は、一斉に定年退職を迎えている団塊の世代と重なる。今の子供たちの周りには、携帯電話やゲームなど漫画以外の娯楽があふれている。競争より共存の道を探るのは自然の流れだろう。病の床にある赤塚さんも『これでいいのだ!』と、いってくれるはずだ」と妙に団塊ノスタルジア。かつて赤塚とか読んでた層の記憶を歓喜しつつ、大同団結こそが生き残る道だって感じな結語になってるんだけれども、「少年マガデー(仮)」報道が出てこっち、ネットで伝わってくるのはやっぱりな今さら感が大多数。もやは瀬戸際の少年漫画誌が出した最後の技もどちらかといえばセルフパロディの域を抜けず、クリエーター魂の権化ともいえる赤塚さんなら「これではダメなのだ」ってダメ出しをしそうな雰囲気でもって受け止められている。

 その点、読売は「ゲームやインターネットなどで子供の娯楽が多様化し、両誌ともに部数は最盛期の半分以下に減っている。合同の新雑誌には、手を携えて読者の関心を引きつける狙いもあるとみられる/『しっかりしないと、テキ(他誌)にコテンパンにやられるよ』。育てた人気漫画家を引き抜かれたとき、武居さんはある人にそう忠告されたという。いつしか時は移り、いまは『漫画離れ』という他誌よりも厄介なテキがいる」って感じに出版メディアが置かれた危機感でもってコラムを結んでいる。活字離れの犯人が漫画にされた時代もあったんだけれど今はその漫画すら読まれない。いわんや新聞をや、って感じの危機感を抱いているってことの現れで、だからこそ2誌のコラボレーションを団塊ノスタルジアから誉めるなんてことはしていないし、できもしない。この差が書いた人の興味の置き所か、それとも置かれた環境にあるのかは分からないけど1000万部と業界屈指の場所にいながらもなお足下を見ているトップ企業ならではの慎重さと、読売を見ることは出来そう。強い訳だよなあ。

 どう考えたって同じ学校の女生徒の家に上がり込んで泊まり込んでそっから一緒に学校に通うってのはやりすぎだろうなあ「CLANNAD」。確執が進んでいるからって反発するほどのことでもなく、いてもいなくても関係ないなら空気のようなものだと無視して暮らし続ければ良いだけのことなのに、岡崎朋也はそんな達観すらできない子供らしい、ってまあ何だかんだいっても高校生だから子供なんだけど。端で見てれば相手を大人と認めて不干渉を貫く父親の方がよっぽど心が座ってる。それを大人扱いされているとは思わず見放されていると感じる朋也の心のどこかに、寂しさがあって残念な気持ちを浮かばせてしまったんだろー。見かけはやんちゃな癖してそーゆー朋也の行動に冷静に突っ込む春原の方がよっぽど大人だなあ。前回の件があるから杏も智代もちょっかいを出してくることはもうないか。あとは朋也と渚の間がどーなるかだけれどでも、渚には何か忘れていても忘れ切れない苦い思いでがあるみたいで、それがどう転ぶかで展開にも波乱が見えて来そう。残る1カ月をじっと見て行こう。風子は次いつ出るの?


【2月28日】 いやもう笑わせてくれたなあNHK。ともに50周年を迎える「少年サンデー」と「少年マガジン」がこれを記念した増刊を共に発行することになったってニュースで出してきたサンプルが高橋留美子さんの「うる星やつら」にあだち充さんの「タッチ」。1980年代前半の「サンデー」躍進を支えた看板だけれどもはや四半世紀も昔のイメージを未だに被せるのって一体、どんな世代の人が作ったニュースなんだと吹き出したけれども一方で「マガジン」といって引き合いに出されるのが未だに「巨人の星」に「あしたのジョー」だったりするのに比べれば、10年は時間が新しいからまだマシか。いずれにしたってそんな全盛期から衰退する一方の少年漫画週刊誌が、過去の栄光よ今一度って感じに仕掛けたプロジェクトって感じがありありなのが透けて見えて面白い。そーゆー意図からの映像編集だったのかな。

 それにしても参考に出された企画ってのが「金田一少年の事件簿」×「名探偵コナン」ってのにも笑ったわらった。これだって10年遅すぎって感じだよなあ。なるほど90年代の「サンデー」と「マガジン」を支えた作品ではあるけれども当時読んでた層ってのはもはや確実に大学生から社会人になってて少年漫画週刊誌を支える層にはない。かといって「巨人の星」や「あしたのジョー」ほど広い世代に人気が分布しているものでもないから過去を懐かしんで買う人もそんなにはおらず、当然のよーに現役の少年漫画誌の読者も関心を抱けない。ほかにどんな企画が挙がってくるのか分からないけどコラボレーション物では一時の話題にはなってもそれ以上の広がりはないし、終了物の続編だって未だ圧倒的に支持されているものがいったい両誌にどれだけあるんだろー。

 「金色のガッシュ!」あたりなら読んでみたいかな、あるいは「うる星やつら」の続編? ってそれは余りにおやじ狙い。単行本にイラストを寄せてる漫画家がそれぞれの「ラムちゃん」を描いた漫画を載せてくれるんだったら買ってもいいかも。中に押井守さんみたいなひねくれた人がいて本家も眉をひそめる「うる星やつら」を描いて来たりするかもしれないから。まあ映画と違ってネームでチェックの聞く漫画じゃあそんなことはありえないけど。でも現実問題、最近の作品でやって面白いコラボって何があるんだろー。思いつくのは野中英次さんと池上遼一さんのコラボによる「男大空」な「魁クロマティ学園」とか、その池上さんの「男組」とさだやす圭さん「愛と誠」のコラボってあたり。でも太賀誠を流全次郎が猛虎硬破山でうち倒したって喜べる人ってそんなにいなさそうだし。やっぱり「かってに改蔵」と「さよなら絶望先生」のコラボがメーンになるんだろうなあ、ネタとして最高だし。

 ファンタジックな架空世界の物語から出てきた女戦士が側にいた男子を造物主的にあがめつつ、現実世界のテクノロジーとかに戸惑いながらも起こる事件に立ち向かうってそりゃあどこの「ラブゆう」だって裏表紙の粗筋をざっくり読んで思って手に取らないかというとそれはない。仕事だし、そういう傾向の話ってのはどんな時代でだって憧れられるもの。「コードギアス 反逆のルルーシュ」のルルーシュ・ランペルージとか出てこられたら鬱陶しいけどC.C.だったらいつでもオッケーってことで、エンターブレイン「ファミ通えんため大賞」の奨励賞だかを獲得していた花谷敏嗣って人の「セキララ!!」を読んで読み始めから「ラブゆう」とは異質な感じに接触。あっちは国民的ゲームのヒロインだったけれどもこっちは主人公がだオタクやってた時代にネットにアップしていた小説のヒロインで、あれこれあってネットから撤退して創作も辞めて今は明るくバンドなんか組んでボーカルやってる主人公の前に小説の描写そのままの姿で現れ、小説の描写そのままのセリフを喋って近寄ってくる。

 過去のあまりの非道なふるまいぶりに対する自責と自嘲からきっぱり足を洗って健全男子を気取っている少年にとってそれは思い出したくもない忌まわしい過去。連れていた彼女ともども通り過ぎようとしたものの向こうは自分を知ってか小説の中のセリフで話しかけて来たからたまらない。さては過去をほじくりかえそうとするストーカーかと危ぶみ、彼女を帰して現れた女戦士の相手を始めたものの向こうにそんな含みはない。ならばと試しに小説のままの技を出してと願うと出してしまったからもう仰天。小説の中でならある非現実の現実化が現実に起こっているとそこは努めて理解しながら、過去を埋めた時に消してしまった小説を発掘し、内容を思い出してはこれから起こるだろう事態に備えようとする。

 かしこさ40だかの「ラブゆう」のロザリーとは違って賢さだけは抜群なこっちのヒロインは、主人公にあまり逆らわず暴れもせず見つからないよう努力をしながらも小説に沿って起こるミッションをこなしていく。現実世界にファンタジー世界を持ち込んだよーなドタバタ劇はだからあんまり起こらずむしとこっちでメーンになるのは主人公の少年が過去に埋めた若気の至りと対峙して、それから逃げようとして逃げられずにあがきそしてどうにか乗り越えていこうとするストーリー、か。いやもう恥ずかしい過去でネット上に創作物を発表してはいい気になっててスゴイと自負してて持ち上げてくれるファンに囲まれ舞い上がった果てに他流試合に出てはコテンパンにされて逆ギレして、大暴れした挙げ句に収拾がつかなくなって我に返って怖さに気づいて真っ青になった記憶のある人だったら読んで戦慄すること間違いなし。その過程にある人は読んで将来に起こり得る事態に気づくべし、ってあんまり他人のことは言えないか。

 手にとって迷ったけれども新刊って言葉を信じて買ったら中身も新作だった深谷陽さん「スパイスビーム」(日本分芸社)は大昔に「コミックバンチ」に数回連載されたものに書き下ろしを加えて刊行された「スパイシー・カフェガール」(宙出版)と世界観を同じにした連作で、筋肉ムキムキな強面の男が料理を作ってるエスニックレストランに入って料理を食べたひ弱な青年が、ご飯の巧さに惹かれて働きたいと申し出て雇われた所で起こる事件に巻き込まれながらも、自分の頑張りと一緒に働くグラマーなウェイトレスの秘密とあとやっぱりボスの腕力と料理の腕前によって解決していく。出てくる料理のどれも美味そうなことは前作と同様。冬場だけに見れば体が火照ってくるし夏場に見ればきっと見るだけで汗が噴き出て来るんだろーなー。相変わらずに不思議ながらも魅力的な絵柄。これって連載されてて続刊とか出てくるんだろーか。また見たい世界だ。


【2月27日】 可愛らしさだと女の子編の最後の方に収録されてる陽菜みどりさんって人の作品に出てくるC.C.かなあ、「コードギアス 反逆のルルーシュ」の公式案祖ロージー第2巻では。アッシュフォード学園のだかどこだかの制服を着てるんだけれど脚を包むソックスを膝下のハイソックスにするか膝上のオーバーニーにするかで悩んでいるところがなかなかにおしゃま。どっちだって良いって言いそうになるけどでも現代はその差が人気の差にも大きくつながるとあっちゃあ当人だっておろそかには出来ないんだろーなー。出来ればオーバーニーだけれどもスカートは短めなのがお好み、そう立ってるだけで見えてしまいそーな。歳がいくつか考えると不気味じゃああるけど見かけよければすべて良しってことで。コーネリア様がそんな恰好ならなお結構。してくれないかな新シリーズでは。

 そりゃあどこの「ゴールドライタン」かって思ったテレビ東京で4月2日からスタートするテレビ番組「ケータイ捜査官7」の発表会。あのプロダクションIGと、「たまごっち」なんかを企画して最近だと空飛ぶロボット「エアボッツ」なんかも出してる玩具企画会社のウィズとが一緒に原作を作ってそれを「ヤッターマン」が控える三池崇さんを総監督に、押井守さんやら金子修介さんやら小中和哉さんといったそうそうたる面子が監督をする実写ドラマなんだけれども、深夜ドラマにありそーな携帯電話がモチーフとなった刑事ドラマなんかじゃなくって子供がメーンの近未来空想ストーリー。特撮ってよりはCGを多用したビジュアルエフェクトが使われた画面の中で、手にした携帯電話がロボットに変形しては喋り動いて走り回るのが特徴になっている。

 アニメのプロダクションIGが何でまた実写ドラマを、って気もしたけれどもアニメに限らず原作を作って手元に置こうと押井塾なんかを開いて訓練を重ねてきた会社なんで、アウトプットが何であってもとりあえず、原作を積み上げるそこから派生するビジネスに展開していこうって考えがあって不思議はない。ウィズはウィズで携帯電話が持つ現代性を取り入れた玩具を企画していて、そこにストーリーを思い浮かべて乗せたってことだから、意外性はあっても違和感はない。問題はそんな作品が深夜でもなければ日曜の朝とかじゃあなく、堂々のゴールデンタイムに放送されるって辺りだけれども、朝だと何とかレンジャーとか仮面ライダーといった作品とのかねあいもあって同一視されるし、夜じゃあ大人のリビドーしか満足させられない。広がりを求めるんならゴールデンで、今回はそれに相応しい作品があり携帯電話会社と玩具会社のスポンサードも付いたから出来たんだろー。

 そう携帯電話会社。作品の中に出てくるロボット型に変形する携帯電話をあのソフトバンクが発売するのだ今回は。前にシャアの携帯電話を出したりファッションブランドとのコラボを出したりしてファン層の拡大に務めてきたソフトバンクだけれど、さらに別口へと広げるためにロボット変形携帯にも乗ったって感じ。ってことは「トランスフォーマー」よろしく手元の携帯が真ん中から割れ左右に手足が飛び出し、動物なりロボットなりに変形するのかって思われがちだけれども、その点はだから「ゴールドライタン」で、原型は大きく変わらず、むしろまるで全然代変形はせず携帯電話に取り付けたパーツから手足が飛び出すって程度。あとはモニターに表情が現れたりするくらいなんだけれど、ライターに手足が生えた程度の「ゴールドライタン」が、シンプルさ故に評判になったのと同様にこれはこれで需要があるって言えるのかも。変態的な変形は「トランスフォーマー」にまかせてこっちはシンプルでストレートな変形を追求。棲み分けするってことで。

 夜の7時台にしては三池監督に押井監督に金子監督といった面子がはなはだゴージャスで吃驚だけれど、映画もドラマも安全なキャストに安全な作品を乗せた売れ筋ばかりがもてはやされる昨今、新しいことを出来る場所って奴がたまたまそこにあったって判断をして参画して来てくれたんだろー。押井さんなんかいったいどーゆー作品を作るのかがちょっと楽しみ。いきなり動かないオシメーションとかやりだしたらちょっと愉快だけれどもさてはて、金子さんはガのつく亀怪獣とかゴのつく蜥蜴怪獣なんかを引っ張り小中さんはウのつく銀色で赤い戦の入った異星人を登場させてくれたら話題性は抜群だけれど後でいろいろ面倒そう。でも玩具とかバンダイも作っているからそっち方面から交渉宜しくって話になるかも。ともあれ珍しくも面白そうな夜7時台の特撮ヒーロー番組。どんな映像にどんなストーリーが飛び出すことやら。期待しつつ放送を待とう。

 弱すぎるし甘すぎる。だから読み終えてあんまり感涙の情が湧いてこないのかもしれないけれど人にって悩みの原因はそれぞれあるし、受け止め方だって実にさまざま。重たいと感じたからこそのその行動を他人がとやかく言えるものでもないのかもしれないって思いながら関口尚さんって人の「シグナル」(幻冬舎、1500円)を読み終える。穀潰しの父親が家を飛び出し母親は働きに出て家にはあんまりお金がないため、自分で稼いで大学に行っていたもののお金が足りなくなって一時休学。学費を稼ごうと実家のある街へと戻ってきて見つけたのが近所に昔からあった映画館でのアルバイトで、そこに務める映写技師の女性が足を怪我して重たいフィルムが運べなくなってしまったこともあって、短くなる可能性もあったけれどもとりあえず、手助けしてくれるバイトを求めていたのを見て早速応募する。

 面接の時に言われたのが一緒に働くことになる映写技師は女の子だけれどもうずっと映画館で暮らしていて、外には一歩も出ようとはしないんだけれどそのことを本人に聞いたり、過去を詮索するのは御法度。なおかつ恋慕の情を抱くってのも禁止だって言われてどういうことなんだろうと思ったものの、割の良い時給のためには是非にも働かなくちゃと受諾。そうして出会った映写技師のルカは20歳をそう過ぎてはいない若さでそれから可愛さもあってなおかつ厳しさもたっぷりで、バイトに入った少年の尻をけ飛ばしながら厳しく映写技師としての技術を叩き込む。もちろん引きこもっている理由は聞けないままだったけれど、同じ映画館に前に働いていてしばらく離れていて戻ってきた女性の口からいろいろと悪口紛れで聞かされたりして、どうやら過去に恋愛絡みのいざこざがあったことが浮かんでくる。

 それにしては実直で映画には真剣で仕事に真面目なルカが過去に悪いことをしていたとは思えない。詮索好きの弟の突っ込みとかも受けつつ聴けないままでいたところに得体のしれない青年からのアプローチがあり、そしてルカにまつわる過去の真実が浮かび上がって来る。その理由が傍目には実にみっともなくって単なる逃げにしか見えなくって、どうしてそんなことくらいで引っ込んでしまうのか、強く出ていけば勝てる話じゃないのかって気分も浮かんで苛立ちが募る。でも親しかった人に起こった悲劇を掘り起こして恥をかかせるのはしのびないという心理も分からないでもなく、地方なだけにたいしたことがない権力でも権力としてのしかかる怖さもあるだけにああいった態度になるのも仕方がないって思えて来る。

 父親との確執を引きずる主人公の少年もある意味では弱さを持っていて母親を人質にとられたような暮らしの中でどこか気持ちを解放できずにいる。ルカとの一件を経てもあんまり気持ちに進展は見られずどちらかといえば曖昧のままで別れへと至りそうだったけれどもそこでルカ自身の勇気ある1歩が生まれたことが、あるいは将来に大きな変化となって現れて来そうな感じがあってエンディングへと至ってちょっぴり気持ちも前向きになれた。仕事にかける情熱と、そしてことさらに映画という人に感動を与える者を扱う仕事が満足感や充実感を与えてくれるこから浮かぶ使命感なんかがビンビンと伝わって来て、曖昧に流されながら日々を送る人間の背筋をシャキッと正しそう。狭い範囲で繰り広げられるドラマは舞台なんかにも出来そうだし、映画なんかにしても面白そう。主役は誰が良いかなあ。キリッとしててシャキッとしててでもちょっぴり儚さも持ってる20歳前後の女優さん。長澤まさみさん……ではないかなあ。関めぐみさんなんて良さそうだ。


【2月26日】 デカくて重くてカッコ良い。そんなゼータガンダムが出るってんで勇んでかけつけたらなるほどデカくて重くてカッコ良かった「ジャンボマシンダー」、じゃない「ジャンボ・グレード ゼータガンダム」。何しろ全高は60センチあって「パーフェクトグレード」のプラモデルよりも大きく昔流行った「ジャンボマシンダー」よりも大きそう。それでいてディテールは小さいプラモデルの「機動戦士ゼータガンダム」よりスタイリッシュで足が長くてすっくと立った恰好に、モビルスーツファンなら惚れてしまいそー。

 それで変形まで可能ってんだからビックリ仰天。ただし流石にプラモデルみたく完全変形はならなくって一部を外して組み替えることによって飛行形態へと変化させられる。完全変形のプラモデルなんかと違って足長になっている分、そーした無理も利かないってことなのかそれとも高くなり過ぎるからなのか。いずれにしてもいろいろいじって遊べる点は、ただズドンと立たせるだけの「でっかいガチャピン」よりは重宝しそー。製品版になれば部品がバラバラと外れることもきっとないだろー。ただし重量は4キロもあるから持って出歩くのはちょっと不自由。飾っておくだけだから変形もパーツの組み替えも実はいらなかったりして。いやしかしギミックがあるってだけで嬉しいものなのだよファンって奴は。それで3万円近くなったとしても。因果だねえ。

 えっとだからやっぱり30分繰り上げで今川泰宏さんが担当していたんだ「君が主で執事が俺で」は上杉錬がドモン・カッシュによく似た声で「俺の拳が光って唸る!」とか叫んでるそばにはマスターアジア東方不敗、じゃなくって大佐がいたりして、熱く激しくって大げさなバトルが繰り広げられている様はまさしく「ミスター味っ子」的シチュエーション。作り上げられる監督は世界に1人なはずなんだけれどもその人は表向きには関わっておらず30分遅れて始まる「破天荒遊戯」の方でシリーズ構成なんかをやっていて、そっちではアルセイドも「俺の拳が」とは叫ばずバロックヒートも「見よ東方は赤く燃えている」とも叫ばないから実はやっぱり名前だけで実態は30分前にシフトしているんじゃないかって妄想も浮かんで離れない。知らないけれど。

 とはいえ「破天荒遊戯」もしばらく前からシリアスな展開の上でひょうひょうと生きる3人組の実はリアルなメッセージなんかが発せられる良い演出が続いていたりしたから期待してたら今回もまあそれなりにシリアスな展開でちょっと先が気になりそう、謎の人物とかも出てきたし。街で出会った少年は軍人たちに守られていてその中にアルセイドに恋慕している男性の軍人もいたという展開。そこからいろいろちょっかいが始まりそうだけれどもラゼルちゃんは果たしてどーしのぎ、バロックヒートはどー状況を収めていく? アルセイドだけが愚直に真面目にすべてに切り込んでいきそうだけれどそれで負けない強さがあるからなあ、男だって惚れるはずだよ、メイド服姿はさらに可愛らしさも激しくあったし、写真だけの登場ってのは残念だなあ、動くメイドなアルセイドが見たいなあ、手紙を書くか。

 えっとどこのミステリー文庫かと迷ってしまった富士見ファンタジア文庫の貴子潤一郎さん「灼熱のエスクード」(富士見書房、620円)は「煉獄のエスクード」として綴られてきたはずのシリーズがストーリーも続いているのになぜか名をかえたものでついでに表紙なんかもファンタジア文庫みたく上に余白を入れるタイプで元からなかったものの白地にイラストを入れてその情報に黒の装飾もないフォントでタイトルを入れていたパターンから、他のスニーカー文庫なんかと同様にいっぱいいっぱいまでイラストにしてフォントも派手にタイトルを重ねるタイプに変更。書店で目立つものの過去のシリーズとの乖離に果たして買って良いものかって悩んだものの悩ましげなレイニーの姿に惹かれて買って読んだらちゃんと続きになっていた。

 学校で見つかった魔界だかを鎮めた後で得たいの知れない少女に夢の中でつきまとわれながらも教皇庁に所属し魔族と戦うエスクードの少年、深津薫は宗教的な違いから角つきあわせていた英国の魔術師協会から派遣されて来たルーシアという少女ともども魔族を狩る仕事をこなしていた。そんな所に持ち込まれたのが魔術師協会の重鎮だったものの裏切り追われる身となり、教皇庁からもつけねらわれさらに魔族にも忌み嫌われている凶悪犯「トリプル・クラウン」の身柄確保。手違いから日本に入り込んでしまった「トリプル・クラウン」は、魔族のオークションに自らを出品することでひとまずの安全を確保していたものの落札しないと彼が持つ、魔族が出てくる門を閉める「レディ・キィ」の身元情報を得られないとあって薫とルーシアは、あらゆる魔族の頂点に立つ存在から血を受けながらも魔族に寄り添うことを嫌い、苦痛と快楽のせめぎ合う毎日をひたすら耐えつつ1000年の時を経てきたレイニーという女性を落札者にして魔族のオークションへと乗り込んでいく。

 魔族に身を委ねるか血肉をすすれば和らぐ苦痛と快楽にもレイニーは動じず耐え続ける、その悩ましさが出た表紙にも出ていたりするし展開の中では快楽を求めるのかと薫に聞いたりと淫靡な描写が割とあって男の子たちをそそりそー。「トリプル・クラウン」自身は日本をテリトリーにする魔族の盟主のひとりと敵対する一味に囲われ国外へと脱出を果たしたものの、後に残された「レディ・キィ」の所在に関する謎かけから、次巻はその正体探しのドラマとあと、予言されたルーシアのとある理由から生じた二重人格の片方とのお別れといった悲しいドラマなんかが繰り広げられることになりそー。とにかく強大な相手の復活阻止という目的があるんだけれど復活しないと盛り上がらず、かといって復活されると後が大変な気もしないでもない展開をどう収めるのか、また1巻目でもあった「レディ・キィ」に化せられた過酷な運命はまたしても繰り返されるのかといった興味も膨らむ。早の続刊を望みたいけどタイトルは「灼熱のエスクード2」になるの? それとも「叫喚のエスクード」とか?

 「コードギアス 反逆のルルーシュ」の公式アンソロジーが並んでたんで男の子編と女の子編の両方を買ったら両方でC.C.のピザ食べ過ぎによる肥満エピソードが載っていた。やっぱり誰でもそー思うよなあ、部屋に閉じこもってごろごろしながらピザばっかり食べていちゃあ。でも男の子編ではランニングしたら引っ込んだみたいで新陳代謝の良さは抜群な模様。でもって女の子編では1週間とか溜め込んだものをどばっと出したら10キロの増量分がいっきに元通り。女の子には分かるこれが悩みって奴か。んでもさすがに10キロ分を受け止められる器ってのはアッシュフォード学園の中にはないよなあ、流せたのかなあ、少しづつ出しては流したのかなあ、女の子って大変だなあ。


【2月25日】 ぐうぐうと眠ってしまってもう遠くへと行ってしまった感じが山崎ナオコーラさんの解説なんかを得た角川文庫版「赤×ピンク」を読んで覚えた桜庭一樹さんの、なおいっそう遠くへ行ってしまった感じを浮き立たせる「情熱大陸」も見られずその後に放送されたサッカー女子日本代表こと「なでしこジャパン」と中国の女子代表との試合も見られず目覚めて歯がみしたけれども、試合の方は3対0と快勝したみたいでまずは善哉。

 これが日本の女子サッカー代表にとって、国際的な大会での初戴冠というから記録的な意味でも見ておきたいって気分が湧いて出たけど、しょせんは東アジアに限った話ではまだまだ世界にはほど遠い。喜ぶんならやっぱり夏の北京五輪で米国にドイツにスウェーデンやらノルウェーといった北欧諸国とあとグングンと力を付けているブラジルなんかを破ってメダルを獲得してからにしたいもの。その時は寝ずにリアルタイムで視るからテレビもリアルタイムで放送して欲しいと心底願う。

 それにしても新聞ネット含めてすごい誉めようなのは男子の代表の体たらくぶりがあまりに目に付いたってこともあるのかな。王様ならぬ女王様だと周囲に思われていた澤穂希選手を1列下げたボランチとして起用した采配なんかが讃えられているけれど、去年の夏にあったワールドカップの時にすでにトップ下での澤選手の起用が全体の流れを止める壁になっていたりする状況を見ていた目にはむしろ遅すぎたって印象。かといってボールを持たせれば何とかしてくれそうな決定力を削ぐよーな真似をして、負ければいろいろ言われるだろー中で踏み切るのは、中田英寿選手を戦術にそぐわないからと外して負けたらいろいろ言われるだろー状況にも似て勇気のいることだったに違いない。

 前任の大橋監督の時代から、コーチとして長くなでしこたちを視て、感じていたからこそ今の佐々木監督は踏み切れたんだろー。これが例えば2年早かったら、中田英寿選手のボランチへのコンバートもスムーズに進んで、そこでの才能が発揮された中田選手が今も現役として鈴木啓太選手と組んでいたりしたかもしれないと、思うとなかなかに悩ましい。まあそんなコンバートをたとえ周囲が望んだって受け入れるタマじゃあなさそーだけど。

 しかし気持ち悪いくらいに批判の少ない岡田武史監督率いる日本代表への評価の中にあってなぜかおすぎさんこと杉山茂樹さんが手厳しい批評を続けているのが面白い。イビチャ・オシム監督が率いている時だってなかなかに厳しいことを言ってその態度に不遜なものを覚えたけれども、それでも相手に敬意を払って真正面から意見をぶつけていたオシムジャパン時に比べると、岡田ジャパンへの意見にはどこか諦めにも似た嘆きのニュアンスが感じ取れる。

 「しかし、そこから先を考えると、岡田サンでは明らかに荷が重い。今回の東アジア選手権を眺めながらつくづくそう思った。そのサッカーに特別な匂いはしない。画期的なアイディアを見て取ることはできなかった」って言葉、それだけをとれば単なる批判だけれども注意したいのは「岡田サン」という言い回しだ。「岡田監督」とは決して呼ばない。「岡田サン」。それは他の東アジア選手権に関する杉山さんのコラムを読んでも徹底していて、批判的な言辞とともに岡田ジャパンへの杉山さんの懐疑とも諦念ともとれそうなスタンスがほのめかされている。

 オシム前監督が病で退任せざるを得なくなった直後の12月20日頃に出た「ナンバー」の2008年1月10日号でも杉山さんは「岡田サン」と読んでいた。それから2カ月近くを経て試合もこなしてなおも変わらない呼び方に、何だかんだ言って将来を感じさせてくれたイビチャ・オシムという人物への飽くなき敬意と、そしてその後を継いだ岡田武史監督への不信任の意が込められているって言えそう。アフリカ選手権で2連覇を成し遂げたエジプトを相手に4点を奪い勝利したチームの、集団で奪い前へと進み左右に揺さぶりフィニッシュへと至るスピーディーなサッカーを視てしまった以上、それも仕方がないのかも。やっぱりオシム監督に復帰して欲しいんだろうなあ、それか匹敵するくらいの人材の登用を願っているんだろうなあ。応援するよ杉山さん。

 たとえ王族からであっても命の危険を顧みないで魂を差し出せと言われてはいそうですかと是認するのは個人的にははばかられる。けれども周囲がそれを望んでしまっている以上は嫌と言えないのが人情というもの。熊谷達也が「群青に沈め」(角川書店)なんかで描いた、神奈川県沖で海に潜って上陸してくる米国の船に槍状の機雷を突き刺し沈める一種の特攻を命じられた青年達のとった態度なんかもその一例だし、西魚リツコさんの最新のファンタジー小説「暁と黄昏の狭間1 竜魚の書」(トクマノベルズEdge、819円)に出てくるヒロインのセフル・アルゴーもやっぱり一例。まあこちらは特攻とは違って命が保たれる可能性がある分、ましなのかもしれないけれど。「コードギアス 反逆のルルーシュ」の中でスザクが無実でも裁判に行くと訴えた心境にも重なるかな。どうなのかな。

 ドムオイって王国のアルドゴンド王家の世継ぎの王子は病弱で、この世界ではワントと呼ばれる魂の中の「火のワント」と「月のワント」が不足していて長くは生きられそうもない。助けるには魔法を使って王子に適合したワントを誰か別の人から移植する必要があったけれども移植のためにワントを差し出す側には命の補償はない。王国から調査によって選ばれたセフルという鍛冶職人の娘もそれを言われて躊躇しながらも、自分をどこか疎んじる家族に認めてもらい、家族のためになるんだったらとワントの移植を引き受ける。ところが移植の魔法を行う場所へと向かう途中、片腕の謎めいたイダという男と話していたところを、やって来た盗賊の旅団に襲われセフルは怪我を負って気を失う。気が付くとセフレは無事で、逆に王子が命を失うという事態に。その過程で秘法が用いられ、セフレは自分の中に自分ではない存在を抱えながら、イダとともに世界を彷徨い宮廷にも侵入していた陰謀に対峙する。

 王子との一件はひとまず片づいたように見えるだけに、以下に続く話がちょっと想像できないけれど、魂のやりとり云々は単なるプロローグに過ぎなくて、より強大な国を相手にした壮絶な戦いなんかが描かれ、そしてより強大な神にも例えられる存在との関係なんかが描かれながら、世界の成り立ちとそして行く末なんかが紡がれていくことになるんだろー。そーでなくてはこれが1巻なはずはない。3月4月と連続して刊行される続編に期待しつつどれだけのことをやらかしてくれるかに注目。新井素子さん夢枕獏さんがエールだなんてどこの集英社コバルト文庫だ。


【2月24日】 両親とも不慮の事故で逝き、引き取られた棋士の家で将棋を教わりみるみる強くなってプロデビューってそりゃどこ「しおんの王」ですかって思ったけれども、羽海野チカさん「3月のライオン」(白泉社)は誰が両親を殺害したかってサイコミステリーにはいかず、家族を失い新しく得た家族も自分の棋士としての力が災いして崩壊気味という中で孤独を感じていた少年が、周囲の温かい暮らしに触れて快復していく話って主題があるんで、読んで受ける印象はまるで違ってるんで「しおんの王」を読んだ人も、そうでない人もご安心してご一読を。ただし今はまだ表面的には漂う爽やかさの裏にうごめく憎悪が、やがて浮かび上がってこの日溜まりのような物語にヒビを入れる可能性もあるけれど。

 鍵になりそーなのは主人公の棋士、桐山零が引き取られた父親の知人だった棋士の娘の香子あたりか。意地っぱりで激しい気性の持ち主だけれど将棋にかけてはなかなかの熱情を持っていた。にも関わらず実力で内弟子の零に抜かれ、奨励会を退会させられてしまってからは夜の街をほっつき歩いて放蕩ざんまい。その暮らしは零の回顧の中にしか出てこないけれども、いずれリアルな零の日々に絡んで来ては「コードギアス 反逆のルルーシュ」のルルーシュみたく逆恨みからひと波乱を巻き起こしそう。香子の弟の歩も棋士を目指していながら早々に実力がないと悟ってあとはゲームざんまい。こちらもこちらで何か絡んで来るのかな。

 つまりは恩人でありながらもその家庭を“崩壊”へと至らせてしまった贖罪の意識、いたたまれなさから零は師匠の家を出てひとり暮らしをしているって訳で、想像するなら月島かあるいは新川の向こう側に出来た新しめのマンションが建ち並ぶ埋め立て地に建つワンルームに、たいした荷物も持たずに暮らしている若い将棋差しが、月島あたりの古い町並みにやっぱり両親はいなさそうだけれども祖父がいて和菓子の店をやっていて、そこを手伝いながらも夜の街でも働く長姉を筆頭に、中学生とあと幼児の3姉妹の頑張る姿に、凍りかけていた気持ちを戻して日常に踏みとどまっているってのが第1巻目の状勢。行かないといっていた高校にも通っているみたいで、友達はいなさそーだけれどもまあ何とかやっている。ただだんだんと境遇を明らかにしていっている手法から、波乱をそこにぶちこみ混乱を引き起こすことになるんだろー。それらを乗り越えてこそ得られる幸福。どれほどの喜びを味わえるのかを期待して続きを待とう。

 しかし17歳で5段でC級1組とはよほどの天才だねえ桐山零くん。中学生で棋士になるってだけでもあの神武以来の天才と呼ばれた加藤一二三九段や、最年少名人を当時うち立てた谷川浩司九段やいわずとしれた現役最強の羽生善治二冠王や、まだ二十歳そこそこなのに棋界最高位を持つ渡辺明竜王といったそうそうたるメンバーに並んでる。でもって40人とか50人とか並ぶC級2組の中から上位の3人しかあがれないC級1組に、年齢からすれば2年くらい、もしかすると1期で勝ち抜けているかもしれないその棋力は羽生だって渡辺だって上回っていそー。将棋好きの先生が転校してきた零を見て驚くのだって無理もない。というか何で高校に行こうと思ったんだろー。確か羽生二冠王も最初は高校を中退したけど後に通信制に入って卒業してる。こっちは資格としての高卒だったんだろーけど、桐山零の場合は失い欠けてた世間とのつながりを保つだめにも必要だったんだろー。

 天才にしては実に繊細というか普通っぽいキャラクターに描かれているのは、羽海野チカさんならではの特質か。ライバルとなる村山聖、じゃなかった二階堂晴信四段も村山九段と同様に腎臓系の病をかかえて苦労はしているんだけれど、性格はポジティブでやや熱血系。終生のライバルと見た桐山零の家までやって来てポストから対局の案内を抜き出し挑戦状代わりだと突きつけたり、対局室で「月下の棋士」よろしくシリアスな顔で待ち受けたりするするやんちゃな所(後者は作者がやんちゃなだけだが)もあってと、造型にオリジナリティがあって楽しめる。ふくふくとした姿であかりさんにも好かれたりするし。ちょっとじゃなくって大分とうらやましいけどでも、その性質からすればきっとやっぱり中途になかなかの悲運を背負い込むことも考えておかないといけないかも。しかしやっぱり外せないか、将棋漫画から村山聖は。

 ふと見ると買っておいたチケットが見えず諦めて「ワンダーフェスティバル」に向かおうかとも思ったけれども、強風で武蔵野線が動かず京葉線も遅れ気味とあってはあの孤島にたどり着くのも難しいと、近所のコンビニでチケットを買い直して「フクダ電子アリーナ」へと向かい今年初めてのジェフユナイテッド市原・千葉の試合を見物。「ちばぎんカップ」は同じ千葉県に本拠地を置く柏レイソルとの定期戦で、戦績ではたぶん大きく負け越しているんだけれども最近はまあそれなりの戦いっぷりを見せてくれていた。いたけれども去年までとガラリと面子の代わったジェフ千葉が、それなりな成績を残したレイソル相手にどれだけやれるか心配だったけれども、そこは歴戦のクゼ監督だけあって居るメンバーを使って守れて攻められるチームに仕立て上げてきた。

 4バックにしてセンターは斉藤大輔選手と新外国人のボスナー選手を配して万全、何しろ191センチの長身な上に足下も上手いボスナー選手はプレーにも闘志があふれていて、コーチングもしたりしながら最終ラインとその前をしっかり統率してた。時には鋭いタックルも。ストヤノフ選手と違ってリベロのよーな上がりは見せないけれども、時にサイドまで出てタックルをかまして攻撃を目を断ち切る冴えはストヤノフ選手に負けておらず、相当に期待ができそー。失点もそーいやボスナー選手が抜けたあとだったし。んでもって両サイドには松本憲選手と帰ってきた坂本將貴選手が入ってこれもまずまず。圧倒的な攻め上がりを見せてはまだくれなかったけれども前や中との連携がとれるよーになったらどんどんと前に出ていってくれるだろー。

 ボランチには下村東美選手に中島浩司選手と去年までの面子が並びウイング気味に工藤浩平選手と谷澤守選手だったっけ、それともトップをレイナウド選手が1人で保ってトップ下を工藤選手で青木孝太選手をサイド気味にしてたっけ、まあそのあたりも流動的な感じに前が連動しながら動いて攻め込んでいたところを見ると、同じ面子ばかりが揃って手慣れてしまったのか、ややもすれば硬直していた中盤から前の攻めに動きが戻って来た感じ。あとはフィニッシュの精度か、何度も良いシュートがあったんだけれどことごとくがバーの上に行ってしまったし。そこは帰ってきてくれる巻誠一郎選手に期待……するのは微妙か、割と正面とかよく外すし、でも期待するしかないんだ。そんなこんなで1点を奪い奪われPKに入って勝利。若い米倉選手やさらに若い益山司選手や金沢亮選手を実戦で使って使えるなって手応えが得られただけでも十分か、とくに金沢選手はサイドから切れ込み放つシュートにキレがあった。いなくなった山岸智選手の替わりは十分に勤まりそう。楽山選手……奮起だ。


【2月23日】 特に何の日でもない。遅れてHDDレコーダーへの録画分を見返した「破天荒遊戯」が何だか面白くなっていた。前のシリアルキラーなお嬢ちゃんの話のシリアスさを引きずりながら雪山へと入り込んだご一行が出会ったアルビノの少女。村人に守られ大事に育てられてはいるものの、夜しか出歩けない生活に嫌気を感じて空を見たいと言い出し周囲を当惑させる。そこに同じアルビノのアルセイドが出てきて、お前の我が儘で困る人も大勢いるのにそれでも自分を貫くかどうかと説教してから覚悟を促す場面等々。流れの中で強いメッセージが伝わってきた展開の脚本の確かさ雰囲気作りの巧さが最初っからあればもっと見る人も多かったんじゃなかろーか。遅いけど。来週はアルセイドのメイドが登場? 期待大。バロックヒートはどんな恰好をするんだろう?

 やっぱり遅れて「鹿男あをによし」。柴本幸の眉毛はどーしてあんなに逆ハの字なんだろー。描いているのか生えているのか。ゴシゴシとこすってみたいなあ。そんな柴本演じる長岡先生が狐の使い番か否かを問おうとした小川先生。しかしどーして玉木宏はあんなに常におどおどおどおどとしているんだろー。冗談めかしてどーなんすかと聞けば相手も笑っていやですねえとか言って違うなら否定し本当なら誤魔化すだろーに。そーゆー融通のきかなさが研究室での孤立につながり奈良への放逐へとつながったんだろーから仕方がないっちゃー仕方がないか。んでもって綾瀬はるかは相変わらずのぷりぷりと怒る演技が可愛らしい。「JamFilms」だと笑ってる顔(とブルマー)しか印象になかったからなあ。良い役者になりそーだなあ。

 さてもいよいよ明らかになるか堀田イトの正体。剣道ドラマがなくなって興味も削がれかかったところに突きつけられてはファンも見るしかない。視聴率はともかく認知度だと今年スタートのドラマじゃダントツな感すらあるんでクライマックスに向け盛り上がってくれれはいと幸い。でもって続くは映画化か。いやいや映画化だったら「鴨川ホルモー」の方が先みたいでいよいよもって正式発表されて松竹から、09年の春だから1年後くらいの公開予定で「ゲゲゲの鬼太郎」の本木克英さんによって監督される予定。何だかんだ言われつつ「鬼太郎」は「どろろ」とかと違って悪くない評判だったからきっと楽しげな雰囲気を持ちつつ幻想的な情景描写も持った作品に仕立て上げてくれるだろー。京都でのロケとかどーするんだろう。交差点での口上はやっぱり欠かせないよなあ。あとは配役。凡ちゃん誰が良いかなあ。

 起き出して亀戸の「トイザらス」へと言って「遊戯王」の業務用カードゲーム機のロケテストを見物。あの「遊戯王」だけに客もいっぱいかと思ったけれども混雑を予想してあんまり情報を出してなかったみたいで風の噂で聞いて来た人とか以外は買い物に来て見て遊んでいたみたい。いわゆるキッズカードゲーム機って奴で加えて「ワールドクラブチャンピオンフットボール」みたくカード面に見えないコードがプリントされているタイプの奴で、マシンの上にカードを置くと読みとってモニターの中にモンスターを映し出しては対戦を始めるってゆーパターン。そこから「遊戯王」ならではの削り合いが始まるんだけれどそれだけじゃないのが特徴ってことになっている。

 ボタン連打で遊ぶこともできるよーになっているから、トレーディングカードゲームの遊び方を知らない子供だって大丈夫。「遊戯王」っていったってルールは覚えなくちゃいけないしカードの役だって読まないといけないから小学校でも低学年とか幼稚園児には難しい。だからファン層も広がらなかったのがこれだとルールとか知らなくっても遊べるから、そーした層に「遊戯王」カードを広める役を果たしてくれる。そーやって入ってきた人がカードゲームに言ってくれれば万々歳。なおかつこのゲーム機で払い出されるカードはそのまま、トレーディングカードゲームに混ぜて遊べるよーになっているから無駄にならない。考えたねえ。

 昔結構人気だったカードも払い出されるそーだし、ゲーム機でしか出ないカードもあるらしくって、普段はトレーディングカードゲームで遊んでいる人もプレーしなくちゃ気がすまない、ってことで上も下も睨んだマシンで狙うは一挙両得か。どんな普及をするのか要観察。そーいや「アクエリアンエイジ」も実写映画になるけどこっとはイケメン男優を揃えて「アクエリ」のファン層とはちょっと(大分)違う女性層の取り込みを狙う模様。 いろいろと考えてはいるんだろーけど映画自体が面白いかどーかってのはちょっと謎だからなあ。公開場所も道玄坂の奥にある出来たてなのに場末感漂う「渋谷Q−AX」だし。あそこまで行けるイケメン男子ファンの女性がどれだけいるか。それもそれで要観察。

 秋葉原で新作DVDのいくつかを仕込んで「コードギアス 反逆のルルーシュ」の新番組のポスターをもらってから日本橋へと出て「西村画廊」で舟越桂さんの展覧会の最終日を見物。って西村画廊って銀座にあったんじゃなかったっけ、高島屋裏の雑居ビルみたな3階のいかにも前は事務所が入ってましたって感じのスペースに並べられていると、彫刻も絵画も妙に商品くささが出てしまうけれどもそこは見慣れた舟越さんだけあって、静かな中に鋭さを伺わせるまなざしを持った人物像を見せてくれてついつい見入ってしまう。昔と違って首がにょきっと長くなった作品なんで、真正面から顔を合わせてにらめっこするのは難しいけど、その分は異形化の進むフォルムの意味を考えながらこの先どこへと向かうのか、ってのを考えさせられる。

 彫刻は2点あって1点は肩から手首が生えた男性像。昔は肩がふくらんでいたり肩に建物が乗っていた彫刻があったけれどもそれが手首に変わったのかな、感じるのは静かに佇みながらもうちに言葉を秘めた人間が声にならない声を肩の手首に代えて発しているっていうか。首が長くなっている分フォルムにも落ち着きがあって何やら千手観音に似た深遠さがそこに漂っていた。もう1点はこれも近年テーマにしている両性具有のスフィンクスでちょうど「東京国立近代美術館」で見たばかりの作品の延長にあたる作品は、大きな乳房を持ちながらも下腹部には陰茎も陰嚢も持って尻はしっかり男性という立像の、太股から下が切られた姿が4本の細い丸太で支えられ中空に掲げられた形で展示されている所も「東京国立近代美術館」と同様。ただし口にバッタをくわえているのが違う点。人間に何かを問いかけるスフィンクスが口にバッタをくわえた様は何だろー、もはや問う言葉もなく沈黙に籠もりたい心境の現れか何かか。単に口寂しいってだけの理由かもしれないけれど。煙草じゃあヘンだしチュパチャップスじゃあさらに妙だし。


【2月22日】 ニャンニャンニャンの日。でも1匹も見なかった。ニャンニャンとかとは当然無縁。是非もない。遠く重慶で行われている「東アジアサッカー選手権」の女子の部で日本代表が韓国代表と対戦。見たら韓国のユニフォームがもの凄いことになっていた。これを是非に日本の芸能人フットサルでも着て欲しいものだけども来たらはち切れる人とか出そうだなあ、松原渓ちゃんとか。とにかくピチピチで腰とか細くってゴールキーパーとかスタイルの良い選手は体のラインがくっきり出ていて殺伐としたピッチなのに目には華やかさが伺えた。韓国でこーなんだからスタイル抜群のアメリカ代表あたりだといったいどんなことになるのやら。ナイキ。いい仕事をしてくれた。五輪に期待だ。否応なしに期待だ。

 んで試合は元酒井の加藤與恵選手が復帰し澤穂希選手と同期ボランチを結成。これが効いて従来から鉄壁の守りと広範な視野と抜群の読みを誇る加藤與恵選手ががっしと構えたその前で、澤選手が攻撃をコントロールしサイドでは1枚上がった近賀ゆかり選手が得意の突破を幾度となく見せそのうちの1回が正確なクロスとなって荒川恵理子選手のゴールを招き寄せた。一瞬の突破と間髪入れないクロスの速さ、そしてその正確さを内田篤人選手は見習うべきだ。何でいっつも前じゃなくって内側に切れ込んではもたもたしているうちに守備を固められるかなあ、うっちぃ。

 前の試合で安藤梢選手を試したのに何でまたって気もしたけれども相手がタフな北朝鮮と違って勝負をかけやすいと踏んで体格のある安藤選手より機動性の近賀選手を使ったのかな。あと坂口夢穂選手はやっぱり攻撃が得意な選手だから澤穂希選手と並べると澤選手が自在に動けなくなるって見たのかな。ともあれ韓国戦に関しては的確な判断だったと言えそう。緑の半袖ことマイケル中地舞選手の代表選、っていつ以来だろー。というか最近じゃあ日テレ・ベレーザでも右サイドバックは近賀選手でサブに中地選手って感じだったから、2人の併用なんてちょっと珍しかった。でも代表で近賀選手が右ウイングで使われるならベレーザでもそれで行けそー。あとは澤選手がチームに還ってどこで使われるかが今シーズンの「なでしこリーグ」の関心事か。開幕が待ち遠しい。

 ゴスな衣装の中学生が片っ端からとある思い出と確信を持ったIDの下に@以降のプロバイダー名をつけ、まったく無関係の人に届く可能性より特定の誰かに届く可能性の方を優先して、メールを発信しては共通の思い出を持つ人に届いて欲しいと願うってだけでも心理的に尋常じゃないのに、メールには狙われているから助けて欲しいと書いておまけに住所とかも添えてあったとしたら、受け取った方は真っ先出会い系か何かのスパムメールと疑うものだろー。

 もっともそこは受け取った方も心当たりがあったみたいで、いそいそと出かけていったのが天人の運の尽きというか幸運の始まりというか。高いリゾートマンションの中から出てきたゴスロリ少女はやっぱり知人で子供の頃に遊んでやったというか自分が年上なのにパシリにされた星空という女の子。見るなりやっぱりお兄ちゃんだったと駆け寄ってきては自分が置かれている境遇をまくしたてる。どうやら誰かに狙われているらしくって部屋においた荷物がズレていたりして、けれども聞くとたいしたことはなく単なる被害妄想かもしれないと感じ、いっしょに買い物に出かける時に髪の毛をドアに挟んで様子を見ようということになって、帰ってきたら髪の毛はもとのまま。何だやっぱり妄想かと思ったら星空は違うさきと毛根の位置が逆になってると言いだした。

 こりゃあ被害妄想も極まっているなあと憐憫にとらわれつつ、高校を辞めて仕事も見つからないお兄ちゃんは我が身をまずは何とかしたいとハローワークに行く途中、立ち寄った珈琲屋で声を聞く。見ると金髪の外国人女性で美人で星空たちは確かに狙われているから注意が必要と警告して来る。さらには金髪美人が指摘した黒髪で切れ長の目をした女性までもが現れ天人に一緒に来いと言って来た。いったい何が起こっているんだ? 奴らは何者でそしてどーして星空は狙われているんだ?

 ってあたりから電波系美少女の妄想に振り回される少年の話が一気にふくらむ吉野匠さんの「三千世界の星空 ヒーローは失業中」(トクマノベルズEdge)。その展開がダイナミック過ぎてイントロのちょっぴりサイコミステリー風な味が薄れてしまうのが勿体ないけど変じて異世界との存続をかけた戦いへと発展してからもなかなかにスリリング。強敵を相手に遺憾ともしがたい無職の我が身を嘆きつつ、電波で我が儘だけども心に寂しさを抱えた少女を救おうと頑張る少年の活躍を堪能できる。まだ続くだろう戦いの中でどんな成長を見せるかに期待。でもやっぱり知らない人に中学生の女の子が住所電話番号付きでメールを送るのはどうかと思う。もらいたいけど。

 かもすぞー。ってことで「もやしもん」第6巻。もう売ってないだろうと丸の内の丸善に寄ったら壁際に巨大な箱が積み上げてあったんでこれは僥倖と1つ抱えてレジに並んだら後ろに同じ箱を抱えた青年も並んでた。考えることは一緒だ。かもすぞー。レジの人も心得たものでどんな本だってあり得ない大きさの箱をしっかり用意されてた大きめの袋に入れて手渡してくれた。あとの問題は家のどこに置いておくかだ。置き場所なんて既にないのだ。困ったなあ。

 本編は1冊まるまるフランスはブルゴーニュ編。フランスの蛍ことマリーちゃんの奮闘記に長谷川遥と許嫁との葛藤が混じるって話だけれどもマリーちゃん家には父のプライドと娘の意地とがぶつかりあって歪み始めた家族が何とか再生を図るドラマがあり、長谷川遥の方も見栄をはろうと背伸びする男のいじらしさが浮かんできてなかなかに泣かせる。悪い奴じゃあないんだけれど凄い奴でもないってところがもの悲しい。ロマネ・コンティをしこたま飲んだ遙にいったい何をされたかにも興味。耳はついてた。1本まるまる、こんなにドラマチックなストーリーだって描けるんだってことを示して終わって帰国してこれから起こる話は何だ。とりあえずフランスのマリーとの交流を聞いて沢木を自動的にぶん殴った蛍の心理に注目。4人目は出てくるのか。


【2月21日】 まあほら「少林サッカー」の国だから、試合の間にハイキックローキックに真空飛び膝蹴りが出まくるのは分かるけれどもそれだったら「少林サッカー」の国らしく、人間じゃなくってボールを蹴っては楢崎正剛選手を吹き飛ばし、ゴールネットをぶち抜いて日本からのサポーターが陣取るゴール裏に巨大なクレーターをこしらえるくらいの力と技を、見せて欲しかったけれどもそこは文化大革命を経て過去の伝統とはおさらばした人民共和国。人ひとりすら彼方へと吹き飛ばせない惰弱な蹴りに終始していて見ていて情けなさに涙がにじむ。日本を相手に鬱憤を晴らすなんて小さいことしてないで、世界を驚嘆させるくらいのことをやっておくれよ頼むから。せめて北京五輪の時には見せて欲しいな竜巻シュートと片手レシーブ。

 見たいものを見たくないって人間の心理というか真理があったりするけど、その大半は見なくちゃいけないことから目をそらしてしまっているに過ぎず、結果起こるのは見ておけばどうにかなったかもしれない事柄ですら見なかったことで行き着くところまで行ってしまって、後はひたすらに破滅への道をひた走るってシチュエーション。だから人間は見たくなくて見ておくべきなんだけれどもそれでもやっぱり見たくないものは見たくない。すなわち電通が調べた2007年の広告費って奴が発表になって、インターネット広告が前に抜いたラジオに続いて雑誌まで抜いてしまったってニュースが昨日あたりに出て、新聞あたりがせっせと記事にしているんだけれどもそこにとっても大きな見落としがあるよーな気がしてならなお。

 数字的に雑誌がやや落ち込んだ一方で、ネットは急進していて金額的に雑誌を抜いている訳で、それをそれとして取り上げることは全く持って正しい。正しいんだけれどもそれはあくまで状態を示しているだけに過ぎない。もっと大切なことは新聞の広告費が前の年から520億円ばかり落ち込んでいることで、比率で言うなら前年比5・2%のマイナスで、これは他にテレビ雑誌ラジオとある4媒体の中では率的に最大。でもってテレビは金額で180億円くらいの落ち込みで、雑誌も190億円ほど。ラジオは70億円とさらに小さく新聞だけが突出して金額的にも落ち込んでいたりする。

 この2年で言うなら下がった金額は900億ほどで、金額的には一定のペースで下がり分母が減るから率的には拡大の一途を辿っている。つまるところ本当にヤバいのは新聞であって雑誌じゃないってことなんだけれど、そのことを殊更に上げて危機を訴えた新聞メディアがいったいどれだけあったんだろー。大半が雑誌不況を状況に添えてネットの台頭を謳っているだけに過ぎず、今すぐそこにあるっていうよりまっただ中にある新聞の危機からは目をそむけている。

 興味深いのはプロモーションって言われる分野の広告費が、屋外広告も交通広告もダイレクトメールもフリーペーパーフリーマガジンもプラスにあったりする中で、唯一折り込み広告だけがマイナスになって金額を落としているって点。新聞に挟み込まれて家庭に届けられる折り込み広告の減少ってのは、すなわち新聞メディアの媒体価値が低下していることを、ここでも現しているってことなんだけれどそれを指摘した新聞が、いったいどれだけあったんだろー。フリーマガジンとかの広告費が上がっているってことは案外に雑誌の低下と裏腹で、一部にシフトが起こっているんだと見れば言うほど雑誌は危機ではないのかもしれない。唯一新聞だけが大きく落ち込んでいて歯止めがかからないのに、当の新聞だけがそのことから目をそらしてる。見えないふりをしている。それとも見せないよういんしている? どっちにしたって低落には何の歯止めにもならない。

 新聞なりラジオなりテレビが広告媒体として我が世の春を謳歌できたのは、それが情報を伝達する手段としてはなはだ効率的だったからであって、ネットの登場でもってそちらに効率性の軍配が向けられた時、既存の媒体が価値を減じるのは流れとしては当然。そこにおいてもテレビは免許制って牙城に立って資金を集め、それをよりどころに強力なコンテンツを作って媒体の価値を維持できるんだけれど、新聞はもはや速度でも濃さでもネット媒体にかなわない。あるとしたら伝統に裏打ちされた信頼なんだろうけれども、それを自ら損ねるような行為に出ては読者に眉をひそめさせるんだから、何というか傲慢というか空気が読めないというか。はっきり言って如何ともしがたい。

 だいたいどこの誰が新聞の1面に漫画なんか求めているんだ? シニカルに本質を揶揄する力はあっても、複雑な状況を分かりやすく理解させるにはとんとむかない表現方式。それでオピニオンめいたものをやろうとすると、むき出しの見解がシニカルな絵の中から溢れ出して、とっても見苦しい状況を生みだしてしまう。笑えないっていうか。笑いようがないっていうか。例えるなら7時のNHKニュースの冒頭でニュース漫談をやるよーな無粋さの極みなんだけれども、それをモダンでマーベラスだと思っている人が上にいたら誰も止めず、止められないまま突っ走ってしまうのがサラリーマン的縦社会。かくして何とも言い難い新聞が立ち上がっては衆目を集めることになる。様々な意味で。

 セールスプロモーション的な広告が伸びているってのも気になるところで、2年前は4媒体と1兆円以上あった差が07年は8000億円弱に縮まってきている。4媒体こそがメディアであるって殿様意識が媒体側には依然あっても、クライアント側にはそーした届いているよーで届かないメディアよりも、例えば町中のあらゆる場所をメディアにして伝えた方が、よりダイレクトで且つ有効に情報を伝えられるんじゃないかって判断が生まれて来ているんだろー。カバーできない部分はネットが担当、と。

 あるいはポスターのバーコードを撮影すればネットの情報にアクセスできる仕組みが発展して、携帯電話やらPDAを近づけるだけでワイヤレスにデータが飛んできてネットへのアクセスを促したり、情報そおものを表示できる仕組みが整えば、そーしたネットとの親和性をテレビだったら商売敵への敵愾心から阻害し、新聞はアナログメディアとしての使い勝手の悪さが阻害しているのを横目にプロモーションメディアが向上させて、さらに使い勝手の良い広告媒体として発展していく可能性もあったりする。そうならないよーに新聞だって、サイトを作って広告を集めようとしているってんだけど、そこにある情報ってものへの信頼性、あるいは必要性そのものが下がってしまっている状況では、いくらネットに情報を集めたって客は来ない。ならば客が来るよーにと美人だ裸だと大騒ぎして、更に信頼を損なうデフレスパイラル。もはや処置無し、っていったところか。

 いやあそうじゃない、信頼さえ堅持できればまだまだって考え方はない訳じゃないんだけれども如何せん、現状の経営マインドが信頼よりも収益へと傾きがちな状況下で、営業停止を喰らうような企業の宣伝なのか記事なのか分からない情報が掲載されたりしていった挙げ句に、信頼は海の藻屑と消えて雲散霧消、残るは妙なプライドだけを持って危機に目をつぶり、上だけを見て甘言を弄する人たちばかり。そしてもたらされる破局をパラダイムシフト的な変化と見て味わう楽しさもあるけれども、渦中にあって右も左も行き詰まっている中でり迎えざるを得ないのはやっぱりなかなか厳しいものがある。まあそこはそれ、歴史の生き証人になれるってメリットもあるけれども、見ているだけで腹は膨れないからなあ。いずれ迷う路頭から抜け出す道を探りたいものだけれども、果たしてあるのかそんな先。「コードギアス 反逆のルルーシュ」の続編「R2」が放送終了するまでは無事でいたいなあ。

 アニメーションの再放送も快調に進んでかの北の国からの脱出も無事に終わった「フルメタル・パニック!」だったりするけどそこで繰り広げられるスリリングで且つ微笑ましい状況も、やがて訪れる事態の前には一夜の幻に過ぎたなかったんだなあと最新刊「せまるニック・オブ・タイム」(富士見ファンタジー文庫)なかを読みながら嘆息。すでに「身スリル」は瓦解し髭のカリーニンは寝返り千鳥かなめは敵の手に。追いつめられるテッサちゃんたちご一行だったけれどもそこは超常的な能力と強い意志とで踏みとどまって反抗の時を待っている。その決め手になりそーなとある場所への訪問。けれどもそこで起こった再開が新たな別離を生んで事態は悲しみから混沌へと向かい始める。いったいどーなってしまうのか。どーなったらハッピーなエンディングが迎えられるのか。最重要な人物の退場もあって気になるこの先が出るのは果たして何時か。その時にもやっぱり生きていたいものだがさてはて。


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