縮刷版2004年12月上旬号


  【12月10日】 お前猫被ってたんちゃうんか。って結城奈緒の人目をはばからないワルぶりを見て突っ込んだ人も先週以上の多かったかもしれない「舞−HiME」は、朝帰りだか門限破りだかをした奈緒がシスターに懺悔と言う名の体験談をしたところ、清純で純情で可憐で奥手なシスターは頬を赤らめ身もだえして、懺悔室から飛び出してしまうとゆー事態に。いったいそこで奈緒がどんな話をしたのかに興味津々だけど何だかんだいっても中学生の奈緒に、奥手中の奥手なシスターだから大人が聞けば他愛もない、指が触れたとかおでこにキスしたとかいった話……な分けないか、あの奈緒である以上は。

 そのシスターも含めてあれこれ謎めいた能力を持ったキャラもほとんど出そろって来て、姫たちをめぐる複層的な勢力関係も明らかになっていよいよこれから本番の様相を見せていくのかな。それぞれが目的を持って”姫”をやっている中で、これまでどこか防寒射的で巻き込まれヒロインを自認していたよーな舞自身が”ここにいても良い理由”を見つけて話に主観者的で積極的な立場で関わるよーになり、物語を転がしていくことになるんだろーと想像して、ではいったいどんなビジョンが見えて来るのかを今しばらく楽しもう。

 ジーエージーエーミュージカル出ます。ってことであの「ギャラクシーエンジェル」のミュージカル化が遂に決定。元が「サクラ大戦」で「スターウォーズ」をやろうってゆーか、その2つをミックスした話を作りたいって木谷高明ブロッコリー社長が社員を集めて合宿させて練り上げた企画らしーんで、そのうちの「サクラ大戦」がミュージカルにもなってそれなりにお客さんを集めて長続きしていることを考えれば、「ギャラクシーエンジェル」がミュージカルになるのも自然な流れだったのかもしれない。「スターウォーズ」がミュージカルにならなくて良かったね。

 もっとも声優さんが当人のプロポーションと役柄との齟齬とかあんまり無関係にそのまま演じることで声のファンを集めた「サクラ大戦」とは違って「ミュージカル・ギャラクシーエンジェル」の場合は役柄のイメージに合致した俳優さんとかをオーディションで選ぶ方式で、どちらかといえば「美少女戦士セーラームーン」のミュージカル化の時にイメージが近いかな。「セラミュー」はそれでもテレビなんかで活躍しているアイドルが混じっていたりとフックがあったけど、「ミュージカルギャラクシーエンジェル」の場合はメジャーな場で活躍している女優さんなりアイドルって所まで言ってる人はいないのが不安でもあり楽しみでもある部分。先物買いなマニアが集まっては盛り上がってくれればロイヤル席で1万2000円とかゆー、オペラでも見に行くんかいって値段でもそれなりの人が集まってくれるかも。あるいはロイヤル席は「GA」ファンにはおなじみの烏丸ちとせ役の後藤沙緒里さん目当てのファンで埋まっちゃうかな。

 もっとも他の面々も例えばミルフィーユ桜庭役の富田麻帆さんはミュージカルの「アニー」で主役をやったことのある人で踊りと唄はそれなりに行けそー。蘭花フランボワーズの小出由美さんは「ウゴウゴルーガ」「ルーガ」役でこれまたテレビキッズにはおなじみと、それなりに知ってるファンを集めてくれそー。ルーガちゃんファンが世界にどれくらいいるのか知らないけれど。個人的にはそれよりもミント・ブラマンシュ役の川口真理恵さんって人に注目。無茶苦茶活躍している人ではないけれど、見た目の雰囲気がミントってキャラにどれだけ近いかってことで選ばれただけあってコスプレした時の背丈にしぐさがミントそのもの。アヒル口な所もおしゃまで内心腹黒で、それでも健気な所があるミントっぽさをとっても感じさせてくれる。

 そしてフォルテ・シュトーレン役の白川りささん。170センチある背丈といースラリと伸びた足といー、そして地上派へと移行する前の衛星で放映していた時代の胸がめりめりと張り出した衣装を着てそれが見事にハマる90・60・88とかゆー素晴らし過ぎるプロポーションといー、まんまフォルテさんが3次元の世界に飛び出して来たよーでその見事さに感動の嵐。イベントコンパニオンだったり弓玄の名前で出ているコスプレイヤーだったりする白川さんの熱烈なファンなり追っかけを招くだけじゃなく、新たにファンの人を獲得してくれそー。はっきり言って犯罪的な姿態です。最前列でかぶりつきで見るべきです。なので頑張って買おう12000円のロイヤル席を。

 西葛西で焼肉が食べられると聞いて帰りの電車を降りて店に行ったら宝塚とかミュージカルとかの偉い人がいて「ギャラクシーエンジェル」のミュージカル化の可能性なんかについて伺う。「テニスの皇子様」だってミュージカルが成立してしまうご時世に「ギャラクシーエンジェル」の方法論もあり、ってことで良かったのかな。「ニンテンドーDS」を持っている人が何人かいて初めて「ピクトチャット」とやらをする。最先端を行ってるはずの新聞者で持っている人が皆無だったんでいったい全体この昨日のどこが面白いのかと悩んでいたけど絵とか描いて送りあっているだけでもそれなりに楽しめる。声に出さずに絵と文字で界隈できるってことで議論し出すと五月蠅い人に持たせて静かにディベートをさせるツールとしてそれなりに流行って行くのかも。


【12月9日】 えっと先週発売された「スポーツ・ヤア」だったっけ、楽天が新しく作ったプロ野球「東北楽天ゴールデンイーグルス」の秋季キャンプのリポートが出ていて、そこでの取材対応がPR代理店めいたところに任されていて、妙に仕切りたがりで話している途中に囲み取材を打ち切ったりして取材陣からほとほと評判が悪かったって話とか、選手たちに出す昼食がそれこそコンビニエンスストアがどこかで買ってきた弁当で、殻が積み上がる様に元選手のリポーターだか誰かからもっと消化の良いものを、揃えておかなくっちゃダメだって言葉が漏れた話とかが書いてあった。

 読んで感じたのは新しく運営を始めた人たちの、プロ野球なりスポーツの世界に対する”知らなさぶり”がすでに露呈され始めていているってことで、イベントサークルがそのままプロ野球チームの運営に乗り出したよーなノリに先行きどーなるんだろーと思っていたら今度は宮城球場での地元開幕戦に、YOSHIKIさんとかhitomiさんとかBoAさんだとか、野球とも仙台ともまるで関係のないアーティストを呼んで大騒ぎさせようって話があるって出ていて、イベントサークルのノリにPR屋的な発想とか、ネットバブル企業の成り上がり感とかが加わったそのスタンスに、ますます先行きへの不安が募る。大きなお世話だろーけど。

 そりゃ既存の球団だって始球式にタレントを呼んだりして盛り上がるけど、試合前の始球式で投げてそれで終わりで、あとは野球そのものをいかに楽しんでもらうか、ってところに腐心する。タレントなんか試合の前に読んで大騒ぎさせたところで全国的にPRは出来てもそれで関心を持つファンはそれ限り。球場に足を運んだところで目当てのタレントの出演場面が終わったら試合なんて見ないでさっさといなくなってしまう。タレント目当てに来た人の中から少しでも、次につながるファンが出てくれば良いって発想もないでもないけれどそんなものはごく少数。だったら出だしは地味でも確実に、ファンを増やせるような施策を出して地元への定着と浸透を計っていくのが良さそーなのに、オーナーの人はどーもそーゆー実直なことはお嫌いらしい。タレントを呼ぶ金があったら仙台市の小学生を全員球場に呼んだらどうなんだってんだ。

 同じく関連のサッカー「ヴィッセル神戸」でも、イルハン選手の失敗に懲りずにトゥルシェ前日本代表監督に巨額のオファーを出した挙げ句、それよりも多分低い金額でマルセイユにかっさらわれるとゆー失態。4億円とか5億円とか、1人の監督に出す値段じゃないだろう、それだったら欧州とか南米から代表クラスを何人も呼べるよって普通は思うところを金看板がとにかくあれば、目立てるって発想へと向かってしまう。ラモスさんの監督? 沖縄ではまあ成功したけどそれは相手が相手だったから。アルディレスをもってしても、ネルシーニョをもってしても、ベルデニックをもってしても建て直し難いし油断をすれば下克上に合うのがJ1チームJ2チーム。そこにいきなり乗り込んで、どうこう出来るとも思えないんだけど目立ちたい一身の経営陣はどーもそーは思わないらしー。

 幸いとゆーか三浦泰年GMは目立つ方向ではなく実直に、確実にチームを育成できる監督を選ぼうって考えで清水秀彦さんとか上げてラモスさんは外れた模様。プロ野球の方でもGMにマーティ・キーナートさんを選び監督に田尾安志さんを選んでベースボール的にやろうってしているのに、そこから先になるとやっぱり目立つ方、短期的なアピールにつながる方へと流れてしまうのはそれだけ速く収益のあがるチームにしたいからなのか、それとももともとPRが目的だったからなのか。はがれる化けの皮の下に見える商業主義ってことになるのかそれとも熱意の空回りなのかが見えない現在で判断するのは早計なんで、これから歳を明けてシーズンインへと続く流れの中でミキティさんがどう出るのか、それを見てからどーゆースタンスだったのかを判断したい。けど。でも。ねえ。

 ほまーれさーわー。どどんどどんどん。ってコールはやっぱり未だに縁起でもないんで出ないけど、選手としてはよーやく復活してきたよーで日テレ・ベレーザも全日本女子サカー選手権の試合にレギュラーとしてフルに出てくるよーになった沢穂希選手。アジアサッカー連盟が選出する年間最優秀選手で女子の部門を獲得して、これで名実ともにアジアを代表する女子サッカー選手ってことになって後はFIFAだかが選ぼうとしている最優秀選手の方でも、上位に入ってその名を世界にアピールして欲しいところだけれどこっちはやっぱりアテネ五輪で優勝を果たしたミア・ハム選手が選ばれることになるんだろー。まあ当然。

貫禄十分、あとはタイトルだ沢穂希。  実を言うなら怪我の予後ってこともあってかキレがもどらず得点をあげられなかったアテネ五輪でのプレーとか、所属するL・リーグのベレーザを優勝へと導けなかったプレーとかから今季の沢選手を日本の女子を代表するプレーヤーと推すには躊躇があったりするけれど、そんな怪我の原因となったアテネ五輪出場をかけた最終予選での、とりわけ天王山となった北朝鮮戦での重傷をおしての出場、そして前線からのチェイシングにアタックといった鬼神とも喩えられそーなプレーぶりは、アジアに限らず世界においても注目されてしかるべきものだったことは紛れもない事実。強いリーダーシップでもって選手を引っ張り鼓舞した成果がアテネ五輪への晴れ舞台だったとするならやっぱり、沢選手を日本最高に推して間違いはなさそー。願うなら完治した脚でもって今が旬の全日本女子サッカー選手権で、リーグとかアテネでは果たせなかった栄冠をつかんで欲しいところだけどさてはて、TASAKIペルーレもさいたまレイナスも強いからなあ。ガッツだ。

  阿智太郎さんの「アークマ・デテクール」(電撃文庫)を読む。悪魔が出てくる話だった。以上。ってホントそれだけでページ数も川上稔るさんのそれこそ3分の1くらいなのに普通に読んですらすらと読めてそれなりに楽しめるから流石なもの。仲の悪い幼馴染みの少年少女が悪魔の奸計にはまって魂をとられそうになってさあ大変って展開に妙なエクソシストあり、幼馴染みの2人の関係改善ありといったおかずにドラマがテンポを作って読んでて心踊らされる。文章が完璧なまでに芸となっている火浦功さんの域にはまだまだだしそーゆー粋な域へと向かいたいかは分からないけど読んで安心の1冊をかけるライトノベル作家として、やっぱり注目しておくのが肝要そー。次は出来ればシリーズを。

 うーん。リップサービスで「ハルウララとホリエモンが走るなんて良いですねえ。出てくれるとありがたいですねえ」なんって言って記者を喜ばせようとするのは良いけれど堀江貴文ライブドア社長、そーゆー1頭の馬鹿馬鹿しい人気に頼らないで地方競馬を何とかしようって意気込みをこそ示して欲しかったって気がしないでもなかった高地競馬とライブドアとの提携発表。ネットで馬券を売るとか中継するとかってアイディアに加えて例えば1日に短い距離を数回走らせてトーナメントで勝ち上がりを決める「K−1」的なレースってものも含めて今までにない、競馬界の常識を覆すよーな企画を導入しては話題を熱め観客を集め収入を増やそうって計画は評価したのに、ハルウララに妙に媚びたコメントで期待度が3割くらい下がってしまったよ。未だ計りかねない本気度だけどさてはてこちらもどう転がるか。来年4月1日から動き出す施策を見て判断しよー。ところで「ライブドアニュース」ってちゃんと真っ当な”取材活動”を始めたのかなあ。その後を聞いてないけど誰か行った?


【12月8日】 惰性で延々と続けられているじり貧の漫画に決着を付ける男が「ジ・エンド」なら、寿命の尽きかけた映像シリーズに最良の結末を迎えさせる男が「ザ・ファイナル」こと北村龍平監督なのかもしれない。その名前が監督として取りざたされた瞬間に、もしかするとゴジラと他の怪獣たちが、手に剣とかを持って荒野で激しい殴り合い蹴り合い火の吹き合いを見せてくれるんじゃないかって冗談にも思ったけれど、いよいよ公開になった「ゴジラ FINAL WARS」はそんな妄想が現実の、それもとてつもなくハイパーな形で現実のものとなっていやがった。

 ゴジラをドリルがギュンギュンな轟天号が南極の氷下へと沈めて幾星霜。宇宙より訪れたX星人は最初こそ友好的に振る舞ったもののやがて本性を現して日本を、世界を侵略しようと怪獣たちを暴れさせる。対抗したくとも人類には敵に適う武器がない。だったらと立ち上がったドン・フライが新しくなった轟天号を操り、南極に眠るゴジラを甦らせて怪獣たちと戦わせ、その隙に異星人をやっつけちまえととてつもなく乱暴で、無定見ながらもあの髭面でそう言われるとそれなりに聞こえる策を出し、残された人類はその策に乗って新・轟天号で南極へと向かい、2人のK−1戦士が見守っていたゴジラを引っ張り出す。

 ビカビカと稲光をまき散らしながら氷を話って南極の大地へと立つ感動的な場面なんかを描きもせずに吹っ飛ばし、蘇ったゴジラによっていきなりスタートする怪獣バトル。日本へと連れて行く途中で立ち寄るオーストラリアとか南の島とかでマグロを喰ってる偽ゴジラを吹き飛ばしクモンガを放り投げキング・シーサーもアンギラスもカマキラスもエビラもヘドラもまとめて畳んで投げ捨てる。1匹とか2匹が延々と戦う展開を重々しくもにぎにぎしく見せる常道をひっくり返し、繰り広げるは寸断の絶え間すらない怪獣バトル。その潔さ、そのテンポの華々しさにスクリーンを見ている時間の流れは流れと意識されず、ただただひたすらに繰り広げられる戦いの様に、ふっと気が付けば2時間とゆー上映時間が過ぎ去って、後に小難しい教訓とも空虚な徒労感とも違う爽快感がこみ上げる。

 怪獣であってもゴジラであっても遠慮会釈なく己がワールドを貫き通しただけでなく、それをとことんまで突き詰めた北村龍平監督がただただ凄い。「スカイハイ」でも「あずみ」でも、こゆるぎもしなかったスタンスだけどまさが「ゴジラ」で、それもゴジラそのものでやるとは思わなかった。これを許した東宝も素晴らしい。そして期待に違わないどころかそれを越える演技でもって館内を爆笑に誘った北村一輝。なおいっそうのメジャー俳優への路を歩んで欲しいところだけどこのテンション、このアクションを受け入れられるだけのパワーとダイナミズムを持った映画が果たして日本にどれだけあるんだろー。こぢんまりとした中でちまちまと、ぼそぼそとした演技をしていればクールと言われるのが今時のニッポンシネマ。そんな中に北村一輝なかをぶち込んだところで浮きまくるに決まっている。北村映画を除いては。

 なので龍平&一輝の両北村さんにはこれからもコンビを組んでハイテンションな作品を世に送り出していって欲しいもの。差詰めど派手な演出をとてつもない金で実現できるハリウッド行きが期待されるところだけど、それが先になるなら「ジ・エンド」ならぬ「FINAL WARSコンビ」として、例えば「水戸黄門FINAL WARS」ってタイトルでもってあのいつまでもダラダラと続くシリーズに、最良で最高な結末を迎えさせてやって欲しいもの。

 助さん格さんは榊原英雄さんに坂口拓さんの「VERSUS」コンビが引き受けた。風車の弥七は「荒神」「スカイハイ」で「ゴジラ」の北村一輝さんにも劣らぬ怪演を見せた大沢たかおさんでお銀さんは北村組のヒロイン魚谷佳苗さんなんかどう? でもってうっかり八兵衛はもちろんん松本実。そしてそして黄門さまにはもちろん北村一輝さん。ずざっと大地に立つや否や「こうもーーーーーん、参っ上っ!」って頭上でクロスさせた両腕を再度に開き天を仰いでワンポーズ、でもって「この紋所を見やがれーーーーっ」って叫び、杖を振り回しては向かう敵を1人ですべてなぎ倒し、陰謀をめぐらせる尾張を壊滅させて「いっけんらくちゃーく」と名古屋城の上で決めポーズ。カッコイイよー見たいよー。正月の特番でも良いからやってくれないかなあTBS。

 白地で赤帯で四六なサイズだとどーしても早川書房あたりの刊行物かと思えてしまった「ライトノベル☆めった斬り!」(太田出版、1480円)は何か大流行しているらしーライトノベル関連本でも読み応えって点では1番くらいか。それほど年の違わないSFな人たちが読書体験も含めて延々と語り倒しているんだから同時代的な体験に重なる部分も数多く、読んであああったぞうん読んだぞって感じに頷けるって点でどーしても思い入れが強くなってしまう。それが”正史”かそれとも”個人史”かはともかくいちど、1970年あたりからの出版の流れを振り返るには貴重な1冊って言えそー。

 「ライトノベル」なるものへの個人的な立場を言うならどちらかと言えばレーベルから入っていった派で原点は朝日ソノラマ文庫の緑背の奴とか集英社のコバルト文庫のSFっぽい人の作品&アニメのノベライズあたり。これらと角川スニーカーとか富士見ファンタジアとの“断層”を見て年代的に見られないこともないけれど、さくっと読めて楽しい話がいっぱい、ってテイストの似通った部分を覚えて個人的にはシームレスにつながってしまっているのです。あと大きく括って多々あるレーベルを基準に作者とかで新書へと枠を広げて総称するのが説明するのに便利だし。そーゆー意見があって説明も理解はできるけど、ジャンルと断じてしまうのには躊躇が。これこそがSFであると言うよりは、面白い小説は全部SFなんだと呼びたい心理に近いものがあるのかな。

 「ライトノベル」とゆー語感が苦手と思う人がいてもそれはそれで、別の呼び方があるならヤングアダルトでもティーンズノベルでも構わないけどそれぞれに定義が揺れそーだからなー。まあ論争があって注目が上がればそれだけ面白い作品も増えて来るんでどうぞご自由に皆さんやって下さいって感じでしょー。こちらは出てくる本を読んで読んで読み倒して楽しければそれで良いのです。こーゆー研究者に向かないスタンスだからジャンルを意識させるのを旨とする場合の多い評論とか、解説といった仕事の話が来ないのかなあ。能力がないってこともあるけど。ともあれそーした立ち位置も含めてあれやこれやと考えさせてくれる本。「SFセミナー」のイベントなんかで3時間話を聞いてもここまでの濃度は出ないんで買っておいて損はない。D.Kさんのイラストをカバーにも本体にも裏表で使い倒す造本ぶりに拍手。著者プロフィルの写真もある意味貴重だ。


【12月7日】 所は学園。日本のために働く忍者を育てるために作られたものでそこには忍者の血を引く生徒達が集められ、学問に鍛錬に勤しんでいた。中でも最強の7人は選ばれて忍者の地を残すために不可欠なお姫様を護る仕事についていた。本当だったら最強のくノ一となる素質を持っているはずなのにこのお姫様、ドジで情けが深くてどうにも最強ってイメージからはほど遠い。かくして物語はそんなお姫様に眠っているかもしれない秘密をめぐりつつ、7人の格好良い男たちが繰り広げる戦いのドラマへと向かっていく。

 なんて聞けば過去にあるあるいくらだってあるぞといいたくもなる設定だけどこれがどうして、さくまゆうこさんの「天音流繚乱」(集英社コバルト文庫495円)はむっちゃくっちゃに面白い。週に7日。お姫様に付き従う七傑たちがたとえば俊敏で野獣のような奴だったり、猿のように身軽だったり真面目一辺倒の堅物だったりニヒルでクールな野郎だったり見た目軽薄でその実凄腕だったりと、キャラが立ってて性格も役割もはっきりしていて、周りであれこれ動いていて楽しい上にちゃんとお姫様を中心にして動くから話もとっちらからない。

 お姫様はと言えば日曜日の人、婚約者であり七傑では最強とゆー”白帝”こと江河にぞっこんで、そんな江河はどこか政略めいたところを見せつつも心の内奥では……っていったところも伺わせてこれまた一筋縄ではいかないキャラ造型。その影として付き従う男がいたり、すでに卒業した元学園トップでこれまた”白帝”を上回る男がいたりと繰り出されるキャラたちも存在感がたっぷりあってそんな奴らが織りなすバトルやら忍法やら恋心の物語やらにぐぐぐいっと引っ張り込まれてしまう。いや格好良いんだよ七傑もその他も男たちが全て。1人女性も。

 そんな魅力に溢れるキャラたちをわんさと出しながらも、引っ張られることなく流されもせず、ちゃんとお姫様をドラマの中心に据えて外そうとしない所も好感。クライマックスに種明かしをしてさてこれからどうなるの、って興味も喚起させられ次だ次はまだかと足を打ち成らしたくなる。「札屋一蓮」でも筆の速かったさくまさんだからきっと次も手早く出して来てくれると信じたい。個人的にはうーん、ニヒルな加藤が気になるか。案外に弱いっちいし。あるいは金曜日の軽薄男・楯岡。その風体に秘められた怖ろしさが爆発するのは何時? けど最強はまな板を刻むママさんか。

 あとこーゆー設定では、学園の影の支配者めいた爺さんがだったらこの国でどれくらいのポジションなのかが気になる所で、日本の影の権力者でもあるならそれはそれ、世界を相手に日本を生き延びさせるためとか言って学園の存在を正当化できるけど、一有力者として時の権力に付き従っているだけの小物だったら学園もそこの強靱な男たちも、国のために使い捨てられる手駒でしかないってことになって悩ましい。事が学園の地続きの社会をどこまで見せるかそれとも見せないか、何を目的にしていてって辺りまで踏み込むとほのぼのとした学園が途端にきな臭くなるのが悩ましい。もっともそこは何でもあるの世界ってことで気にせず楽しく、格好良い奴らの活躍を描いていってくださいな。

 萌えはふくやまにあり。って原点探しルーツ探しをやりだすと世代論ジャンル論へといきついて平行線をたどる懸念もこれありなんで断定はしないけど、何故か早川書房で再刊の始まったふくやまけいこさんの「東京物語」を読んでいると、描かれるころころとした女の子たちの可愛らしさに今の「もえたん」「わたおに」辺りへで持てはやされるテイストが、80年代の後半にすでにふくやまさんいよって描かれていたんだなって個人的には感じられたりする。そのさらに前、吾妻ひでおさんの頃からもあったと言えば言えるけど、吾妻さんの場合は可愛さの底にエロスがあって煩悩を刺激する所があるからなあ。比べてふくやまさんは純粋無垢に可愛らしい。竹久夢二のときいちの塗り絵の違い? ちょっとニュアンス違うけどそんなとこ。

 話はそんな美少女たちが活躍するってんじゃなく、遠く流れてきた謎めいた青年の草太郎とそれから編集者だった平介が、浅草界隈に起こる事件を組んで解決しているうちにやがて草太郎の過去が明らかになりそこに迫る魔手があり、って感じにだんだんと深くなっていくって展開。描き込まれた昭和のはじめの東京や横浜のレトロなのに生き生きとした感じも良いし何よりそこに暮らす面倒見が良くって人情に厚い人たちの姿が良い。隣近所は誰住む人? って世の中にあって隣近所ががやがやと、鬱陶しくも気にしあって生きてた時代が愛しくなる。続く第3巻で完結だけどさらに「サイゴーさんの幸せ」とか、幻になりかかってる「星の島のるるちゃん」とか90年代の「ドラえもん」で「ジャングル黒べえ」でもあった「まぼろし谷のねんねこ姫」とか出て来るよーなんで期待。持ってる人も描き下ろしがあるんで買い。響さんとか今描いても変わらずキュート。新作読みたいなあ。


【12月6日】 「キューピーコワゴールド」のまとめ飲みでどーにか目の奥がほぐれた感じになったもののそれでも、どこかごろごろとしたものが挟まっている感覚に小難しい本を読むのを諦めひたすらに漫画を読書。表紙が一体誰が描いているんだ的に美麗になってて誰が描かれているんだとしばし考えさせられる(とくに九巴)復刻新カバーの大山玲さん「真夏の夜のユキオンナ 第2巻」(講談社、780円)は1巻にも増して睦んだり交合したなシーンが満載。地下鉄で読んでて重なるシーンに本を立ててページを隠したら今度は表紙の閖(ゆり)に郁代にたぶん九巴の、温泉に浸かって半裸な表紙絵が向かいの人の目に入って居たたまれなくなるかってゆーと、まるで全然なくって平気で堂々とスピリチュアルな者共の営みを読み耽る。袋とじを堂々と満員電車で破れるとか、大人になるってそういうことです。

 それから見かけた八瀬惣子さんって人の「エデンの滄海」(秋田書店ボニータコミックス、390円)なんてのもぺらりぺらり。「原因不明の病で眠り続ける母を目覚めさせるために、13歳の少女・エマは南太平洋へと旅立った。だが、突然現れた巨大な鳥がエマを大空へと連れ去る。エマの運命は…!? ファンタジック海洋ロマン、開幕!」って実に端的にまとめられた帯の言葉が7割5分ぐらいを表していてそれで惹かれ身として読んで、正解だったってのが初印象。あとエマってのがちょっとした天才少女でお嬢様にしては活動力が旺盛で、閉じこめられても逃げ出し崖から落ちても諦めず、そこで苦しんでいた小鳥(といっても巨大な鳥の小鳥なんでデカい)を背負って崖をよじのぼったりするアクティブさに、強気少女惚れな人とか惹かれるかもって印象も。

 巨大な鳥の住む島が鳥たちの発する電磁波めいたもので守られているって設定があったりして、そうした保護フィールドがなぜかだんだんと崩れていったりして、その理由に冒頭の巨大な卵があってクライマックスで絡んで来たりしてああなるほどって思わせる。悪い奴らも登場してはそいつらからお嬢様を守るクンフーレディーなんてのも登場したりと盛りだくさん。沢山すぎて短い話なのにガチャついてしまう所もないでもないけどその分、テンポが上がって海洋ロマンってよりは冒険活劇ってこれも帯にある惹句もそのままに楽しめる。後日談めいた所で明らかになる、13年間眠り続けた美貌の母・エマの真実には爆笑。幸薄そうな母の寝顔に強くならねばと思い続けたエマちゃんの、唖然とする顔が最高です。完結してるけど続きもあるのかな。前作「六道辻の冥府返り」も読んでみよう。

 目も立ち直って来たんで日下弘文さんの「ぱんもろっ! だーれ・が≪謎の宇宙巫女≫よっ!」(富士見ファンタジア文庫、580円)もぺらぺら。全然ぱんもろじゃないって表紙を見て地団駄を踏んだのはそれとして、祖父の鍛錬もあって怪力を持つよーになった美少女の静姫の所にある日、妙な男が現れては貧乳だけれど絶滅危惧種なんで仕方がないので守ってやると言ってパートナーに。以後、静姫を狙う一味の度重なる攻撃を退ける中で静姫が自分の出生の秘密に気付くって話が多分メインなんだろーけれど、それを脇にうっちゃらかって席替えだの早弁だのカンニングだのといった学園につきもののエピソードを、宇宙やら異次元といったアイテムを混ぜて超常的に爆裂させる展開に、単なる学園ラブコメから1歩進んで宇宙的ラブコメへの期待すら、越えて迫るパワーと笑いを人によっては感じるかも。人に寄ってはね。

 一方では、静姫の何が保護するに値する絶滅危惧種なのかって部分が今ひとつ見えず、彼女を中心に据える意味ってのが響いて来ず、乱暴者のお嬢様と強い下僕の二人三脚スラップスティックラブコメディの域内で滑り気味になるギャグに首をひねる人とか出そう。用務員がかつてカラシニコフを自在に操っていた謎の人物だったことは良い。それが実はイタリア人のピエール(ピエールってフランス人っぽいけど)言われて衝撃を受ける人多数ってのがうーん、分からない。あるいはそのくだらなさに皆さん衝撃を受けたのかもって考えたけれどどうもそうでもなさそうだし。

 そんな脚本(シナリオ)の部分での違和感はあるものの静姫を筆頭に宇宙から来た巨乳好き警護員のヤクモとか、普段は可愛いのに巨大化すると何でも喰い出すブラックホール生命体、なのに美少女は巨大な肉球で転がしてかわいがるペシャミンとか、そんなペシャミンに転がされて「あやややや〜」と叫ぶ理恵ちゃんとか可愛いかったり面白かったりするキャラも多々、場面も数々。なのでそーした部分を抜き上げ並べ押し固めていけばきっと、ページを開けば爆笑で行を読めば卒倒な爆裂学園スペースラブコメディへと発展、していってくれるものと信じたい。けどでもやっぱり書くなら「トワ・ミカミ・テイルズ」の方を先に。続かず消えるファンタジーのシリーズはもう沢山なので。


【12月5日】 熱っぽさにくらむ目を閉じ、強風と豪雨が外で吹き荒れる中を電気毛布の下敷きとなって1夜を越え、汗のまとわりついた体をシャワーで流すとどうにか人心地。最近凝り気味の「ヘルシア緑茶」で水分を補給してさあ行こう「全日本女子サッカー選手権」へと家を出て、まずは柏に向かおうと東武野田線に船橋駅から乗ろうとして改札前まで行って、強風のために不通担っていると知らされたじろぐ。

 ならばと総武線で西船橋へと出て武蔵野線で新松戸へと向かおうとしたらこちらも強風でダイヤに著しい遅れが。それでも京葉線のように完全に不通にはなっておらず「東京ディズニーリゾート」へと向かいたいのに電車が動かず歯がみしている子供に大人たちを後目に、動き始めたオレンジ色の電車に乗り込み新松戸へと到着。常磐線に乗り換え試合のある水戸は赤塚駅へと向かおうとしたらこちらでも電車が不通になっていると知らされ立ち往生。それでも蒼くなり始めた空に魔もなく動くだろうと高をくくっていたら30分くらい経っても一向に動き出す気配がない。

 右へも左へも行けない状況に今日は無理かと半ば諦めかけた所を、取手へと向かう快速が運行を始めている姿を発見。ならばと一端武蔵野線で八柱へと戻り新京成で松戸へと向かってそこで常磐快速線へと乗り換え、どうにか水戸方面まで向かう足を確保する。そのまま新松戸で待っていても動き始めた感じがあったけど、そこだと柏か我孫子で乗り換えなくっちゃいけなかったからまあ良いや。それに動き出すか分からない電車を待っていることほど神経によろしくない事はない。少しでも進むこと。それが老いて短気になった頭にはとっても宜しいのです。

澤選手に荒川選手のなでしこ最強フォワードにも負けず果敢に挑むレオネッサに拍手。強くなるぞ。  そんなこんなで到着した赤塚駅は前後がとっても古そうな駅舎だったのとは対称的にモダンな作りで例えるなら北総抗断線とかにあるニュータウンにつながる駅舎のよう。見渡すと整地がされて分譲住宅なんかが建ち始めていて、ベッドタウン的な場所として開発が進み始めているんだってことが伺える。それとも「水戸ホーリーホック」を盛り上げようと試合場のある「水戸ツインフィールド」に最寄りのこの駅舎を作り替えたとか。まさかねえ。

 ともあれ地図で見て置いた方角へと辺りを漬けて歩くこと20分。到着した「水戸ツインフィールド」ではすでに「スペランツァFC高槻vsアルビレックス新潟レディース」の2回戦が始まっていてすでに満杯の小さなスタンドには上がらず横の、コーナーフラッグにほど近い芝生に座って試合を見物。当然ながら1部いいるスペランツァが勝つかと思っていたらあれよあれよとアルビレックスが得点を重ね、最終的にスペランツァを下して3回戦進出を決めてしまった。大番狂わせ? という程には実力差はないとは言え、下のリーグに取りこぼすチームが出る辺りは男子の「天皇杯」と同様の”下克上”が起こっているって言えそう。

 続く第2試合にして目的としていた「INACレオネッサvs日テレ・ベレーザ」は地元の人にも楽しみだったらしくテレビで見かけたボンバーヘッドの荒川恵理子選手を始め「なでしこジャパン」の面々が到着するとわっと駆け寄る子供たちでちょっとした騒動に。去年も一昨年も同じ選手たちが歩いていたのに固有名詞を叫んで近寄るなんて場面は終ぞ見られず、テレビって媒体が果たした女子サッカーPRの効果の凄まじさを改めて強く痛感する。もちろんそれには選手達の頑張りがあったからってことでそこのところ、勘違いすると例えばバブルで涌いた直後に沈みかかったJリーグの二の舞とかに、なってしまうから用心用心。しかしホント、子供たちに夢を与えてます「なでしこジャパン」は。

 せっかくだからとカレンダーを購入してから試合観戦。これが初見になるINACレオネッサは関西代表って音だけど出来てまだ3年のチームで、そんな所がベレーザと戦ったら国立競技場での宝塚バニーズよろしく8点10点取られて粉砕されてしまうんじゃないかと心配になったらこれがどうして。練習の時から左右にポジションを入れ替え間髪入れずにクロスをあげてそれをシュートに持ち込むスピード感に正確性が目について、もしかしたら善戦するかもと思ったら本当に善戦してしまった。

 とにかく寄せが速くてベレーザの選手達に仕事をさせない。パスのコースを絞り出したところでカットに入って奪う戦術を持っていて、ワンサイドに張り付き一方的なゲームになりがちなところを見た目ではベレーザ5・5に対してレオネッサ4・5くらいの比率でしっかりボールをキープして、攻める形をちゃんと作る。12番の保手濱理恵選手が163センチの高さで迫れば25番のまだ16歳という高木未来選手が善戦でスピードでもって攪乱。9番の米津美和選手も含めて前戦に勢いがあって澤穂希選手や大野忍選手といった代表級の人たちに互した戦いぶりを見せてくれた。

 失点はキーパーがこぼした所を押し込まれたり、ゴール前の混戦を前へと送りだしたところをミドルで決められたり、PKをくらったりといった半ばミスと不注意から生まれた得点ばかり。逆に1点は中盤で攻め上がったところからクロス気味のシュートをはなってこれが風に押し戻されたこともあって落ちてゴールイン。流れの中からしっかりと決めた得点で、そこだけ見ればベレーザよりも充分に強かったって見て見られないこともない。

 もちろんベレーザもいつになくサイドから近賀ゆかり選手が切れ込み中地舞選手が放り込み、後半から出たボンバー(と会場に来ていた子供からあだ名で呼ばれてた。有名人だなあ)荒川選手がクロスを澤選手にどんぴしゃりで合わせたけれどバーに嫌われたりと得点にならず。結局はレオネッサが1点にベレーザが3点をとって3回戦進出を決めたけど、続く試合から先に果たして強固さを増すディフェンスを崩し得点するだけの力を、持っているのかと不安も増す。次のアルビレックスを突破してもその次がTASAKIペルーレ。さらに最後に組織的なディフェンスをしてくる埼玉らレイナスFCあたりが上がってくればうーん、ベレーザの返り咲きの夢は遠いか。

まみりんって塩崎真美選手のことらしいけど出られなかったってことなのかな?  あるいはレオネッサの守備がそれだけ取ればLリーグの1部クラスにあったのかもしれず、そこから中盤に前戦と攻め手を増やし戦術を伸ばしていけば、怖ろしいチームへと育って行ったりするのかも。試合前の練習では誰なんだろう、17番の選手の名前を手書きで入れた練習着を全選手が着てたりして、いろいろな人たちの想い負っての水戸入りだった感じ。その声に戦いぶりだけなら存分に答えたって断言できる。あのベレーザのあの小野寺志保選手から得点を奪ったんだから一生自慢したってしたりないだろー。注目だレオネッサ。次はどこで試合をするのか。L2に上がる気はあるのかな。そーなったらジェフユナイテッド市原レディースの試合なんかもあるから見に行こう。

 行き帰りの電車で課題図書を消化。小路幸也さんて人の新潮社が出た書き下ろしらしー「そこへ届くのは僕の声」は何やら声が聞こえる少年少女がめぐらす世界に役立つ運動を、大人たちが調べ知るよーになっていくって展開でちょっぴりSFチックな設定を絡めて奇蹟っぽいものを出して、読む人を感動させようって空気が伺えて逆に感動を妨げる。石田衣良さんの「ブルータワー」だって無理目なSF的設定でもって感動を作り出そうって意識があってそれが感動どころか爆笑を生むって人も中にはいたけれど、感動的な話を織り上げたいって意欲の上にSF的な設定を組み上げてあった分、読んでいて納得はできた。話も割にシンプルだったし。

 対して「そこへ届くのは僕の声」は感動の装置としてSF的な設定を組み上げたもののそれがすべて感動のために寄与しておらず、逆にマイナスの方向へと働くところもあって読む側を混乱させる。力には2面性があるんだってメッセージと取って取れないこともない。けどそれを打ち出すには話が突飛な上に展開が複雑過ぎて、一直線な感情の盛り上がりを妨げてしまう。

 もっとシンプルに、子供たちだけのネットワークがあってそれが世界に広がって、救いもしたけど迫害もされて、けれども気がついた大人たちの支えもあって最終的には世界を次のフェーズへと導くって話にまとめれば、感動も出来たし感銘も受けた気がする。ライトノベルの賞に応募したら2次ではねられても不思議のない出来。それが一般書籍として老舗の出版社から刊行され、それなりに話題を取ってしまうかもしれない状況をどう見るべきか。大人は大人が分かる世界に引きこもってそのまま上へと繰り上がり、すそ野を豊富な読書経験を持ったライトノベルの読者たちが席巻する、そんな二重構造の時代が来るのかも。ってか既に来ているか。芝目を、風を読めるか出版社は。ファンタジーはゲームみたいでつまらんと斬って恥じない新聞の文化部は確実に乗り遅れるな。新聞なんて若い世代は読まないって? ごもっとも。


【12月4日】 時々寄ってはカップラーメンとかビールとかを買ってた「ミニストップ」が潰れてあの、いつ行っても居た眼鏡の年輩の店長っぽい人の去就に涙。いつ行ってもいるってことはつまりバイトも雇えないくらいに厳しい情勢だったのか。近所に「ファミリーマート」が出現し向かいのスーパー「サミット」が午前1時まで店を開くよーになったのがやっぱり痛かったんだろーなと類推。「ファミマ」と違って総菜類にそれなりに見るべきものがあったし種類も扱っていただけに残念だけれど、栄枯盛衰がコンビニ界の常。続くどこか別のコンビニが狙って出店をしかけて来る時を待とう。ってか徒歩で5分いかないとコンビニのない我が家ってのはもしかして田舎? いちおう駅から3分なんだぜ。

 風邪気味で遠出する気力も起きず近場で買い物。しばらく前に駅前にできてた古本の見せを見物したらいわゆる「ブックオフ」とは違って古めのマンガをより分けそれなりな値段でそれなりな場所に置いてあってちょっと目を見張る。といってもすぐさま食指の伸びる本はなかったけれど、いつか必要になる時が来るかもしれないんで覚えておこう。手塚治虫さんの全集類が100冊とか並んでいたのは壮観。選べば結構楽しめそう。「ライオンブックス」あたりを広うか。「リボンの騎士」も欲しいなあ。

 「スクラップ・ぶっく」が11冊2300円で並んでいたので買うかどうか逡巡。クラブに所属せずサークルにも入らずひとり通学と授業と帰宅とラジオを読書で1年のほとんどを費やしていた、ひきこもりではないけれど心理的にはひきこもり気味だった中学高校あたりでこれを読んでその作品の面白さにぐぐぐいっと引き込まれつつ一方で、こんな中学校生活送っていやしねえと鬱になった記憶もあって愛憎半ば入り混じり、愛読書でありながらもその後今に至るまで読み返せずにいるのです。高校の修学旅行で小諸は「懐古園」に行った時には城趾から川を見下ろし泣いたっけ。

 思えば会社に行くけど飲みには行かず土日はひとりでイベントを周りサッカーに行く程度とゆーやっぱり心理的引きこもり状態で、宴会はなくカラオケなんて5年は軽く行っていないとゆー状況下において楽しげに騒ぐイチノやらマッキーやら晴ボンやらの顔をまともに拝めるかとゆーとなかなかに辛そう。なのでとりあえずは棚にあるのを日々ながめつつも買うた止めた音頭を内心で踊りつつ様子を見ることにしよー。クマって誰と付き合ってたんだったっけ。それ程までに記憶も後退しつつある、か。歳喰った。

 調べてみて「すくらっぷ・ブック」の面々が昭和41年生まれでほとんどタメだったことに気付く。今頃きっとイチノなんか中年ぶとりだ。クマなんかもともとおっさんだけどさらにおっさんだ。晴ボンなんかつるつるだ。まるで松沼純生だ。でもマッキーは変わらない。そーゆーもんだ。日生香苗は……生きてるか? そんなことを考えつつ漁った写真集の棚でこれも懐かしい「イエローズ2」を発見して歓喜する。

 風雅書房から出た日本人のヌードを真正面に真横に真後ろからひたすらとり続けた、ある意味学術的である意味芸術的でそしてとっても実験的だった写真集で確か最初は本で出たけど毛が見えるってことで発禁になって、プロデュースした江並直美さんがだったらとマルチメディアな会社のデジタローグでもってCD−ROMで出して、シナジー幾何学の「GADGET」辺りと並んで95、6年あたりのCD−ROMシーンを形作るきっかけになったっけか。なにもかもみななつかしい。粟田政憲さんは今どこで何を?

 それからヘアヌード論争の結果日本でもヘアヌードが”解禁”されてよーやく本でも出せるよーになったんだけど、書店ではあんまり見かけず発行元も消えてしまって手に入らなくなっていただけに、チャンスだからと救出する。開くともう立派に立派な体型の女性ばかりがずらりずらりで、見るとそれぞれにそれなりに体型も胸の付き方も違っているのが興味深く、人間は決して1つじゃないってことが改めて伺えて勉強になる。初版箱付き4000円はまあ良い値段。内田有紀さんのファースト写真集と同じ値段ってのはつまり裸の女性が何百人いても内田有紀さんにはかなわないってことなのか。ことなんだろーね。最近どこで何してるんだろ内田さん。


【12月3日】 茄子が棒に刺さって落ちていたので拾ったけれど大きさがちょっと。この季節だったらもっと大きくなっていてしかるべきなのに、隣の畑は言うに及ばず同じ敷地に生えてる同じ種類の茄子よりもさらに小振りで麻婆茄子の1皿すら作るに困難なサイズで、これを一体どうすれば良いのかこれで一体何が料理できるのかと思案する。ってかすでに行き先は決まっていて1口だって口の中には入らないんだけど。困ったなあ。

 築地辺りに住んでいる人ならきっとこれの3倍は大きな茄子を食べているんだろー。世に羨望される茄子作りの仕事であっても中身は様々。なおかつやってる畑仕事が機械化されてシステム化されて指令系統もばっちりで市場もあって流通経路もしっかりしている築地方面あるいはお隣近所に比べると、ってか同じ敷地で働く農家の人に比べてすら、種まきの時期を誤るわ、畑にあっていない種をまかされるわでもう大変。実らず実っても小さくてまずくて商売になってなりやしない。

 地主の人がお好みだからと日本の畑でトリュフなんて作ろうったって出来やしないし、50代のおっさんが好きそうだから、若い奴が食べそうだからとメロンにオレンジを作ろうったって昨日まで大根キュウリを作ってた農家にそんな器用な真似はできないってば。かくして今年来年再来年と棒に刺さった茄子はさらに小さくなって果ては茄子なんて食べられない時が来て、畑ごとまるごと六本木当たりの地上げ屋さんにたたき売られてしまうんだろー。そこに立つのは電子の塔。見かけは立派で中身はワンマンかあるいは体育会か。

 ハンマーである。ハンマーなのである。ドリルでもえーとか言ってる奴らはもう古いのである。ハンマーで粉砕。これ絶対。などと思った「舞−HiME」は晶くんが実はやっぱりあれで「海が好き」でサラシ系だっただけじゃなく、レッドシャドウで月光でもあったよーで地中より取りだした巨大な蝦蟇に一声かけると現れ出でたる巨大なハンマーが見事、最愛(?)の巧海に迫ろうとしていた怪しき影を粉砕するのであった。

 嗚呼その一瞬にして敵へと迫る突破力、突き抜け押しつぶしはじき飛ばす破壊力はぎゅいんぎゅいんと回転してはじわりじわりと突き抜けるだけの、どこか嗜虐的で根暗な印象の感が漂うドリルに比べて爽快にして痛快。このどこかねじくれてひねくれた世の中にあって、一服の清涼感をもたらしてくれる。という訳でハンマーである。これからはヒーローはハンマーを使うべきである。

 否。ヒロインこそがハンマーである。男が自らのしょぼくれた象徴を誇大に見せようとドリルにこだわるならば、女は胸部に、腰部に、大腿部に上腕部に頬に脹ら脛に満ちあふれた弾力(しぼう)をハンマーと変えて、いじけて地べたに蠢く雑魚を弾き飛ばし、押しつぶして進もうではないか。って訳でプリキュアにもハンマーを。リリカルなのはにもハンマーを。ムスメットは見てないからどっちでも良い。

 彼女は巨大なグローブだったか。まあそれもちょっぴり可愛いかも。猫手みたいで。六塚光さんの角川スニーカー大賞優秀賞受賞作「タマラセ」(角川スニーカー文庫、533円)は何だか突然に生まれたスタンド持ち、じゃなかったタマラセ持ちたちが戦う物語。転向してきた大人し目の少女の作る石鹸だか消しゴムだかの味がする弁当を食べ続けた少年が、ある日気がつくと自分に妙な能力が備わっていることに気付く。あわせて世間にやっぱり妙な能力を持った人が増えていて、でもってそんな人たちを狙って怪人による撲殺(殺してないけど)事件が起こってる。

 怪人の正体は転校生の美少女。発生する異能力者を止めることを生業とする一族から送り込まれた刺客みたいなもので、少年はそんな彼女といっしょに街に暗躍する異能力者やらそのボスやらと戦いを繰り広げる。会話とか、シチュエーションの転ばせかたとかに洒脱な笑いを盛り込もうとしていてそれはそれで読んでてとっても面白い。けど全体のストーリーが人は死に、美少女は顔に深い傷を負うといった具合に結構シリアスで、そんなシリアスでシビアな物語の世界が、軽薄で剽軽で哲学者然としたところもある主人公の言動に果たしてマッチしているのかが気になって、うーむと醒めた頭で最後まで来させられてしまった。

 眼鏡っ娘の乱暴娘の久里浜純とグローブ女でやっぱり超絶乱暴な八阪井夏月のかぶりも気になるところ。まあその編は話が進むにつれて三助くんとの関係にいろいろ生まれ、情動の出し入れともあわせてキャラにメリハリも出てくるんだろー。あとは異能の持ち主たちの異能合戦がスタンドだとか世界の敵とかそんな感じの先行する山ほどに、重ならないか重なってもはじき飛ばす位のパワーと見せてくれれば楽しめるシリーズになるのかも。ハンマー使いは出てくるのかな。夕張って名で。イラストの日向悠二さんは描く女の子たちがやっぱり可愛い。乱暴そーなところも含めて。


【12月2日】 千葉テレビで「機動戦士ガンダム」の第5話「ガンダム、GOGOボールを使う」を見る。じゃない「ガンダムハンマー登場」だった。違う「大気圏突入」だ。同じシークエンスをちょっと前の「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」もやっていたけど、まさかロボットが大気圏突入なんて大技を、それもちゃんと大技なんだと認識させる展開の中で繰り出すなんて信じられなかった時代とは違って先人たちがいろいろ試行錯誤を行った挙げ句の「DESTINY」では緊張感があんまりなくって、誰が誰だかまるで分からないバトルの挙げ句の経過的な描写に成り下がってた感がたっぷり。

 「DESTINY」が最初の「ガンダム」って人にはまたまたファースト原理主義者がホザいてるよって思われるかもしれないけれど、比べればやっぱり緊張感でファーストが上だって分かるだろー。あるいはファーストなんて一生見ないから関係ないって言うことも可能だけれどそーゆー声にはただただ勿体ないねえとだけ言っておこー。いつか遠からずDVD化されるだろーファーストを見ないで終える一生は、たぶん1割くらいつまらないものになるぞー。ちなみに千葉テレビでは正月に劇場版の3部作を放映の予定。ちょっぴり違った描写になっているけどそれでも味わえる緊張感には変わりないから千葉な人は頑張って見よう。でも「ガンダムハンマー」は出てこないか。

 午前の5時に起きて5時半過ぎには家を出て向かうは東京・秋葉原。総武線は仕事に向かうか学校に行くかって人がまあそれなりに乗っていたけど秋葉原の改札口をいっしょに降りた人は少なく、今日の「ニンテンドーDS」の発売が世の中全部を巻き込んだお祭りでは決してないってことを伺わせる。思えば最高潮だったのは2000年3月の「プレイステーション2」発売時で、秋葉原には早朝から大勢の人が集まりソニー・コンピュータエンタテインメントからも御大・久多良木健大明神から丸山茂雄さんからお歴々が群をなし、闊歩していたっけか。

 これが2001年9月の「ニンテンドーゲームキューブ」になると行列は僅かで「Xbox」も似た状況。その日のうちに売り切れるって事態に焦り集まる人の少なさは、そのままゲーム市場の停滞を何とはなしに現しているよーな気がして仕方がない。一方ではインターネットが発達してオンラインショッピングで家に居ながらにして買えるようになったのも大きいか。目下の所は生産台数が今ひとつ多くなさそうな「プレイステーション・ポータブル」あたりで祭りが起こるかに注目。これで即日完売ってならなかったらゲーム業界もちょっとは足下を考えなくっちゃ。それとも成熟したと見るべきか。

 到着した「アソビットシティ」の前は午前6時過ぎで20人くらいの列。開店の午前7時になっても50人とかそんなもので「ゲームキューブ」の時よりも少なくおまけに秋葉原の他の店では売り出しすらしておらず、もはや動向を調べる上で秋葉原はメルクマールになり得ないポイントなのかもって想像すら浮かぶ。量販店のビックカメラかさくらやか、ヨドバシカメラか渋谷の「TSUTAYA」に行って様子を見るべきか。その方が浸透して拡散気味なゲーム市場を伺う上でベストなのか。でもやっぱり「PSP」の時には秋葉原に行くんだろーな。家から近いし。

 ぞろぞろと入って購入。とりあえず予約して置いた「スーパーマリオ64DS」と「さわるメイドインワリオ」の王道2タイトルを購入したけど聞くところによると「大合奏! バンドブラザーズ」が目茶面白いってことで午後にビックカメラと秋葉原の様子を探りに行ったついでに買っておく。イヤホン入り。店によっては品切れになりつつある所もあってこれが、あるいは「DS」にとってキラーなタイトルになるのかも。あるいは埋もれ忘れ去られていくタイトルに。「ペンペントライアイスロン」? 縁起でもねえ。

ナムコから回ってきた「ミスタードリラー ドリルスピリッツ」は別にボタン  でも遊べるけれどそれだと「ゲームボーイ」と変わらない。「DS」ではペンでもってブロックを潰していけるのが便利で左右にキーを操作するより簡単に、ホリススムを移動させブロックを潰していけるからとっても気持ちいい。こーゆー”進化”もあるのか。「大合奏! バンドブラザーズ」はリズムに合わせてボタンを押すメニューについては「ビートマニア」から連なる音ゲーといっしょ。パートで楽しめるってのはちょっと新しいか。鼻歌を吹き込んで楽譜にするってメニューがウリらしーけどこれを人前でやるのはなかなかに辛い。カラオケボックスで男4人で籠もって録音して、それを交換しあって1曲作るって”連歌”をするってのがとりあえずの正しい遊び方か。

 あるいはプロのミュージシャンがこれを使ってレコーディングなんかしてしまったら一気に知名度も上がるかも。アメリカのどっかのスタジオでジャズのプレーヤーが順にフレーズを吹き込んでいって1曲を仕上げそれを「DS」で成らし、さらにはコンサート会場で1万人くらいの聴衆を相手に演奏するシーンへと発展していくCMとかがあれば、ゲームの中身も面白さも伝わるって気がするけれどそれが出来るくらいに凄いソフトなのかが分からない。これからいろいろいじってみよう。でもやっぱり人前で鼻歌は吹き込みにくいなあ。

 田中ぷにえが帰ってきた。魔女の国の王女様。将来の女王候補として地上に修行に来た可愛い娘。だと思ったら大間違い。その正体は美貌の裏側に潜む強靱な意志と、そして世界でも他に比べるもののない圧倒的な肉体言語(サブミッション)の力でもって立ちふさがるものをすべて排除して来た、恐るべき少女なのである。大和田秀樹のあの傑作「大魔法峠」から一体何年。「超・大魔法峠」(角川書店、540円)でも田中ぷにえは命を狙いに来た妹を退け、カンニングの取り締まりに来た女教師を倒しマンガ研究会の美しき部長をパロスペシャルにて粉砕し、アイドルの座を狙うぷにえの前に立ったアイドル歌手をメキシカンバックブリーカーにて破壊する。その切れ味その迫力は往年のまま。見よ。そして震えよその強さに、そして漫画の面白さに。次はいつ発売になるのかな。


【12月1日】 おめでとう。って言ってよいのかそれとも頑張ってと言うべきなのか。角川出版事業振興基金ってところが優れた映画の企画に対して開発のためのお金を助成する「日本映画エンジェル大賞」ってのの第4回目が気がつかないうちに発表になっててそこに、我らが滝本竜彦さんの名作にして傑作にして話題作にして出世作、「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」の企画が堂々の佳作として入選していて映画化に向けた第一歩なのかそれとも半歩なのか2歩なのか、分からないけどともかく動く雪崎絵里ちゃんを見られる可能性がここに広く喧伝された。ひゃっほー。

 おまけに担当している今川千佳夫さんはその昔の前世紀にまだ存在した渋谷のパンテオンで開かれていた「東京ファンタスティック映画祭」で、デジタルシネマの上映会を行って今は普通になりつつあるDLPによる劇場での上映を、ほとんど最初くらいに手がけたってことで名前を存じ上げている御方。共同でやってる松村潔さんは大好きなますむらひろしさんの「アタゴオルは猫の森」のフル3Dによる映像化に取り組んでいる人で映像を前に見たことがあって気に入っていたこともあって、そんな2人が作る以上はきっととってもすごいビジュアルに、なるんじゃないかって気が確信としてあったりする。

 大賞ではなく佳作だったって所が気になっていてつまりは企画として立ち上げる上でどこかにネックがあったってことなんだけど、わざわざ佳作としてでもここに表彰している以上は何らかの脈があるって日本映画エンジェル大賞のお歴々、たしかアスミック・エースの原正人さんもいたと思う日本の映画界の重鎮たちが感じたってことなんだろーからあと少し、もー少しで我らが雪崎絵里ちゃんの回し蹴りが函館の夜空に炸裂する、名場面の数々をスクリーンの上で見られるって信じて良いのかな、良いんだな。

 気になるキャストがいったい誰なのかにも興味津々。1番の問題はやっぱりチェーンソー男ってことになりそーだけど流行ってるからってボブ・サップとかは勘弁、ってか既に流行ってない。個人的には巨大な布袋寅泰さんなんだけどチェーンソーよりギターを振り回した方が似合いそーだからイメージちょっと違うかな。レミー・ボヤンスキーなんてスリムででかくて速いけど出てくれそーもないし。室伏広治さんってのもありか。チェーンソーなんて軽々と振り回しては100メートルくらいとばしちゃいそーだし。金メダリストの初出演映画って宣伝もできるし。だったら絵里ちゃんは同じオリンピック選手からってことにしよー。愛ちゃん? 雄叫びだけなら使いたい。さー。

 「ヤングキングアワーズ」の2005年1月号を買ったら「ジオブリーダーズ」が載ってなくって残念、だったけど何故かどっかから志村貴子さんの「ラヴ・バズ」が移籍してきてとっても嬉しい。とはいえお話の方はキャサリン久末転じてキャロル久末の眼鏡っ娘と姉のゴリラっ娘なクリス智子との復帰タッグに町屋ゆりと挑もうとしていた藤かおるに、とんでもないことが起こってしまってそのへたれっぷりに唖然とすると同時に、よくもまあこんなに1人のキャラクターをへたれに描けるものだと作者の人のどう描けばへたれになるかを知り尽くした観察力に描写力の凄さを讃える。いやあへたれだかおるちん。

 「ジオブリーダーズ」がない分、「ヘルシング」の方に増量倍増な迫力があっていよいよ帰ってきたアーカードが、その秘められた能力のすべてを大解放しては「最後の代替」の572人とそしてローマ・カトリックヴァチカンン教皇庁のクルセイド2875人を相手にたったの1人で立ち向かい、なおかつ圧倒的な強さでもって蹂躙していく様が隅々まで埋め尽くされた絵でもって表現されていて、これだよこれこそが平野耕太郎さんだって所を見せてくれている。こんなところにいたのか伊達男に鉄砲女。ってことはベルドナッドもきっといるんだろうってことで次回以降、参戦するだろーセラス・ヴィクトリア嬢の吸血鬼っぷりに期待。ところで執事はどこ行った?


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