北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし

 伝統工芸と狩猟くらいしか収入源のない、北欧の雪深い地域を治めるレヴォントレット伯爵領の若き当主、リツハルドが外から妻を迎えようと出向いた異国のパーティーで見初めたのが、なぜか男装の軍服姿をした凜々しい女性だった。名をジークリンデ・フォン・ヴァッテインというその女性に近寄ったリッツハルドは、「俺と結婚してください」といきなり申し込んで驚かれ、拒絶されたかというと実はジークリンデにもいろいろ状況があった模様。

 どうやら親から常々結婚しろと言われ続けていた経緯があり、また軍の上司でもある叔父の娘2人が凜々しいジークリンデに夢中で1人は適齢期を逃し、もう1人もそうならないとは限らない心配があって早く結婚してくれないかと叔父から頭を下げられたこともあって、どうにかしなくてはいけないという気になっていた。

 かといって親に相手を探してくれと頼んだら、過去に見合いの話を蹴りまくった怨みもあって自分で見つけてこいとすげない返事。もしかしたらこのまま相手が見つからない可能性もあると考え、叔父が見つけてくれた遠くにある士官学校の教職に就くことも考えていた矢先に、向こうから結婚してと言ってきた。

 これは渡りに船かと思ったかというと、どこまで相手が本気か掴みかねていたといったところか。何しろ年齢は31歳で、リッツハルドよりも実は年上だったりする。軍人としては凜々しくあってもドレスを着て夜会に出るとか、家庭のことを受け持つとかいったことには慣れておらず、伯爵の妻が務まるかといった心配もあった。

 それでも自分を必要としてくれる人が現れたことを面白いと思ったか、軍人として長く務めてきた自分だけに雪深い北欧で狩猟と伝統工芸の製造といったことしかできない場所でも務まると考えたか、ジークリンデはリッツハルドの申し出を半ば受け入れることにする。

 ただし1年はお試し期間。2人が共に暮らしてみて、リッツハルドがガサツな元軍人の妻に納得できるのか、ジークリンデが雪深い領地で外国人への偏見も根強い中で暮らして、狩猟や栽培といった貴族とは思えない日常に耐えられるのか、といったことを探るような暮らしが始まった。

 そんなストーリーの物語が、欧米で刊行されているハーレクイン的な小説として描かれているのならまだ理解も出来るけれど、この「北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし」(宝島社文庫、670円)を書いたのは江本マシメサという名の日本の作家。どういう着想から「アナと雪の女王」よりも雪深い世界での狩り暮らしを描こうと考えたのかが少し気になる。

 もっとも、ハーレクイン的なレーベルでは毛皮をまとった純朴な田舎貴族と、婚期を逃しそうになっている軍人気質のアラサー女性とがラブロマンスを演じる、それも自ら獣をさばき魚を釣って料理をし、木彫りの土産物を作って村に治めてお金を稼ぐような地味でローカルな日々を描く物語など生み出せない。テーマの斬新さを探りキャラクターの強さを模索し、意外性のある舞台を整えてはその上ならではの物語を描いてみせるのは、何でも書いて世に問える小説投稿サイトのようなものが存在する日本だからなのかもしれない。

 美しくて凜として情にも厚そうなジークリンデという女性の立ち姿、優しくて美形ながらも暮らしはハードで来ているものもどこか野暮ったいリッツハルドという男性の立ち居振る舞いを映像で観て観たい。そんな気にさせられるくらいにキャラクターとして2人とも立っている。ただ、日本で映画化しようにも、雪深い村といった舞台を再現することも、北欧ならではの美形男子を用意することも難しい

 ただ、舞台化だったらリッツハルドとジークリンデが出会うパーティの場での、華やかな中にどこか浮いた2人がふっと見初め合う場面などは印象に残りそう。ジークリンデは少年からババア扱いされ、微笑みながら矯正するようなシーンも笑いが起こりそうだ。宝塚……ではともに男役が務めることになってしまうから難しい? 娘役がリッツハルドを演じる逆転のキャスティングなどあれば面白くなりそうだが。

 単行本としてシリーズ化されていて、リッツハルドとジークリンデとが1年間のお試し期間を乗り切っていくストーリーが描かれていく。領地にも春が来て厳しい冬とはまた違った自然の描写も登場し、そんな場所で狩りをして贖罪を得て料理をし、食べて働いて生きていく日々が綴られていくことになっている。自給自足の厳しい暮らしでも、自分自身が何かを為している実感を得られそうな暮らしに触れて、何かに追われ潰されそうになっている都会暮らしで溜まった鬱屈を払ってみてはいかが。


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