森の魔女たち1
witches in the wood


 その魔女たちは森の中に住んでいる。昔からたいてい魔女は森のなかに住んでいるものらしいけど、今時の自然開発と環境破壊が進む文明国では、魔女も住む森をさがすのが大変みたい。その魔女たちが住んでいるのもだから町中の小さな鎮守の森。目立つし場所もないからお菓子の家なんて建てられず、しかたなしにキノコが生えるまで放っておかれた荒れ放題の小さな祠に暮らしている。

 どうして魔女は森の中にしか住めないんだろう? それは「森の魔女は、森から生まれ、森と共に生き、森へと還ってゆく生き物」だから。姿かたちは似ているけれど人間なんかじゃない魔女。いったい魔女ってなんなんだろう? どうして魔女たちは生まれたんだろう? 森に魔女が住まなくてはならないわけといっしょに、そんな魔女のヒミツを、松本花が「森の魔女たち」(新書館、520円)というコミックでちょっとだけ教えてくれる。

 お下げ髪で眼鏡が似合う温和なお姉さんタイプの魔女が桜。あんまり喋らずかといって引っ込み思案でもなく、食べることだけが大好きでいつもマイペースな魔女が梅。そして勝ち気で活発で後先省みない性格で、森に近寄って来る人間を追い払おうと魔力を使ったはいいものの、「ぐう」とお腹を鳴らして人間から同情され自己嫌悪に陥る感情豊かな魔女が桃。3人の魔女は森から森をわたって最近、その町にあるその森の祠におちついた。

 人間たちに虐げられ、追いつめられて来た森の反感をそのまま受けて、森と一心同体の魔女たちは人間たちとの共存なんて出来ないんだと思っている。けれどもふしぎとその森からは人間への反感が伝わって来なかった。どうしてなんだろう? 写生に来た子供たちはゴミをちゃんと拾って帰る。鳥居の前で「ありがとうございました」と森に向かって御礼を言う。森はその町の人間が好き。人間たちも森が好き。そんな良い関係が魔女たちをその町のその森に居着かせた。

 読み進むにつれて、魔女たちがどうして魔女になったのかがだんだんと明らかになって来る。木の下に捨てられ木から力をもらって育ち、やがて魔女になったという桃。木の下で冷たくなっていく母親を見ながら、ひろちぼっちになる恐怖に怯え、自分の弱さを悲しんでいた記憶を受け継いでいる梅。

 人間の、女の子たちの姿をしているようで、たぶん魔女たちは森そのもの、自然そのものなんだと思う。人間が魔女たちを好きになれば、つまりは人間が森を好きになれば森は、魔女は人間を好きになってくれる。楽しいことを、素晴らしい夢を与えてくれる。エピソードのひとつにあるように、30年前に森で木から落ちて死んでしまった可哀想な子供と、子供を死なせてしまったことへの罪悪感を抱きつつ、おととし死んでしまった父親を出逢わせてくれる。

 どうやらたいていの人間には魔女たちが見えないみたいだけど、祠にいつもお供えをする少年と、その兄にはなぜか魔女の姿が見えてしまう。迷信とか幽霊とかを信じない合理的な性格の兄がどうして魔女を見えてしまうのかは謎だけど、そんな人間が魔女たちの姿に触れ、森から力をもらってしか生きられない魔女の姿を人間たちの代表として見ることで、だんだんと自然の大切さが分かって来るようすには心がホッとさせられる。

 星なんか飛ばないシンプルな、けれども大きな目をして口が横にびよんと長くて唇も割と厚めに描いてある、雰囲気のある顔立ちのキャラクターに最初は違和感もあったけれど、絵に慣れ物語の優しさに触れるとちゃんと可愛く見えてくるから人間の目は不思議だし、またちゃんと本質を分かっているんだとも言える。巻末に起こる大逆転でキャラクターへの懸想なんて気持ちが醒めそうになるけれど、それがどいったいどんな大逆転なのかは読んでのお楽しみ、というよりどういう状況になっているか今はまだ分からない。

 ともかくも幕を開けた物語。桜の過去も含めてきっと、森の魔女たちが森の魔女たちである理由がだんだんと分かって来るだろう。そして森の魔女たちを森の魔女たちであり続けさせるためにやらなくっちゃいけないことが見えて来るだろう。魔女たちと仲良くしたいなら、まずは森と仲良くならなくっちゃ。仲良くしていればきっと、魔女たちがやって来て仲良くなってくれるはずだから。


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