桃山ビート・トライブ

 爆発したい。でもできない。怖いから。壊れてしまうかもしれないから。何もかも失ってしまうかもしれないから。

 かもしれない? そんなことは爆発してみなければ分からない。爆発しなければ壊れないし、失うこともない。けれども爆発したい気持ちは消えてなくならない。その原因も。

 虐げられている。抑えつけられている。自由を。未来を。このままではすべてを奪わる。はじき出され、無限の荒野を彷徨いながら、朽ちていく。腐っていく。

 それで良いのか? そんなのは嫌だ! だから爆発したい。爆発しなければいけない。でも……。やっぱり出てくる迷い。恐れ。

 だったら聴くんだ。この歌を。

 「何せうぞ/くすんで/一期は夢よ/ただ狂へ」

 人生なんてただの夢。だったら自由に生きるんだ。それでのたれ死んだって、誰の人生でもない自分の人生。燃えられなかった後悔よりも、燃え尽きた満足の方がはるかに勝る。

 と、そんなことを、この歌を唄った少女と、彼女の仲間たちの生き様が語っている。教えている。天野純希の「桃山ビート・トライブ」(集英社、1400円)という物語の中で。

 若い掏摸の藤次郎は、琵琶に似て非なる楽器、三味線を盗んだその日に、お国という少女の舞を見て、可憐さに衝撃を受ける。同じ舞台を幼いちほは、母の背から見て踊りに魅了される。

 笛職人の息子の小平太も、荒々しさを持ったお国の踊りと音楽に惹かれ、職人よりも笛吹になりたいと家を飛び出し、腕を磨いてやがてお国の一座に迎え入れられる。諸国を渡り歩いた藤次郎も、酒場で会った小平田に誘われ、型破りな技法と腕前を持つ三味線弾きとして、お国の一座に参画する。

 けれども。金持ちを相手に型どおりの演奏をして稼ぐ一座の方針に、くすぶっていた気持ちが爆発して藤次郎と小太郎は離反し一座を飛び出す。

 そこに加わる太鼓打ちの弥介。アフリカから連れ出され、織田信長の従僕となり「本能寺の変」後は堺で働き、そこも出て野宿していたところを河童と間違え、見物に来た藤次郎と小平太に誘われる。

 さらに。猿楽の舞手として評判を取りながら、一座の崩壊で遊女にさせられていたちほが、逃げ出して来て藤次郎と小平太と弥介と出会い、ここに強いビートと激しいダンスを持ったバンド「ちほ一座」が誕生した。

 ライブ会場に飛び入りしては、腕前を披露し場を乗っ取って退散する活躍が評判となり、ステージを任されるまでになった「ちほ一座」。だが、時代は何でもありの戦国の世が終わり、盤石の治世を作るために、豊臣秀吉によって統制の強化が進んだ桃山の世。反抗的な言論は取り締まられ、反逆的な芸能も疎まれ、虐げられ始めていた。

そして起こった大爆発。大人たちや、国や政府に抑圧された若者たちが、既存の大勢に反逆して、行き場のない鬱屈した気持ちを音楽によって爆発させる、反逆の物語が繰り広げられ、安寧に止まるよりも、喧噪に突っ走る痛快さを感じさせてくれる。

 青春の鬱屈した気持ちを、音楽によって爆発させるというストーリーは、20世紀が舞台の青春小説によくあって、それを安土桃山時代に移入してみせただけだと言えば言えるだろう。ただ、その移入の仕方が巧みな上に、ロック小説が持つ反骨のスピリッツというものは、時代に無関係に万人の気持ちを熱くさせるもの。読み始めると、一気に最後まで持って行かれてしまう。

 ただ愉快で痛快なだけではなく、痛みと苦みも込められていて、激情と感涙を誘われる。秀吉の養子となり、関白職を受け継ぎながらも、秀吉に後の秀頼が生まれたことで虐げられ、関白の座を追われ自害させられた豊臣秀次に一時かくまわれていた関係で、「ちほ一座」が知り合った秀次の愛妾や幼い娘たちが、秀次の自害後に河原に集められ、斬首されていく。

 どうしてこんな理不尽がまかり通るのと涙が流れ、こんな理不尽を押し通そうとする石田三成への嫌悪が浮かんで、いたたまれなくなる。そこに、同じ気持ちを抱いたちよが踊り、藤次郎が鳴らし、小平太が吹いて弥介が叩き、観衆が叫び拳を振り上げ前を向く。抑圧への怒りと、解放への賛意が体の中を突き抜ける。

 史実を言うなら三成は秀次に好意的で、秀次に謀反の疑いがかけられた時には、無罪を訴え助命に奔走したという。かなわず秀次が自害した後も、浪人となった秀次の家臣を召し抱え、家臣たちも秀次への三成の好意に報いて、三成に最後まで仕え関ヶ原の戦いで奮戦し、討ち死にしたともいう。

 「桃山ビート・トライブ」に描かれる冷酷非道な三成は、だからあくまでも物語の上でのことで、それ故に浮かぶ斬首されていった幼い少女たちへの同情と、権力への怒りが倍になって湧いて出るのだと、理解するのが良さそうだ。

 エンディング。追われ、海外へと雄飛していく一座に果たしてどんな未来が待っているのか。願うなら、秀吉の死後に帰朝し、そこで「ちほ一座」が異彩を放っていた傾(かぶ)き者のスタイルを取り入れ、絶大な人気を博していた出雲のお国一座を相手に挑み、ワールドツアーで培った音楽でバトルする、そんな続編を読んでみたいのだが、如何に。


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