滅葬のエルフリーデ

 滅葬もない。という言葉に今は意味はないけれど、茜屋まつりの「滅葬のエルフリーデ」(電撃文庫、590円)がベストセラーとなって漫画化され、アニメーション化もされて大ヒットした暁には、何かを表す言葉として使われることになるかもしれない。特別な戦いに勝利できなかった悔しさを語る言葉として。あるいは戦いにおいて決定打に欠ける状態を表す言葉として。

 一次元二次元三次元四次元。そんな風に隣り合ってか重なり合ってか分からないけれども、存在しているさまざまな次元の隙間にある次元を発見し、そこから無尽蔵のエネルギーを取り出せるようになった世界。ところが、そんな間次元を管理する<存在>が人類を敵とみなして攻撃してきたからたまらない。

 まずは関東が突然、直径222・2キロメートルに渡って銚子沖に転移してしまい、一時の大混乱が起こる。やがて<存在>は次元壊なるものを起こし、4年の間に人類を、というより三次元の世界その物を崩壊させようとしていることが分かってきた。とはいえ、座して滅亡を待つ人類ではない。少女たちを巨大な戦艦に移し替えるような技術を開発し、柩艦と呼ばれるそれらを敵にぶつけることで生き延びようとした。

 滅葬とは、少女たちが操る柩艦が、謎の<存在>を相手に戦う行為のこと。滅に葬と、ともすれば恐怖を誘う言葉に読めるし実際、物語ではこのまま人類が何もしなかったら、世界が、地球か、宇宙が壊れてしまいかねない。それだけ深刻な状態に挑むからには柩艦を操る少女たちは、誰もが最高の戦士でなくてはいけない。

 そこで人類は、柩艦を繰り出して戦える能力を持った少女たちを、来るべき戦いに備えて探し出し、育成していた。冒頭に登場するネット上で少女が戦艦となり、少年がそれを操るゲームがその前哨戦。そこで優れた能力を発揮し、高い成績を上げたものに適性を見いだし、スカウトしては江戸海、すなわち222・2キロメートルの直径で関東が銚子沖に転移してしまった後に出来た海の上に作られた、人工島にある学校に集めて育成していた。

 もっとも、主人公の吉岡峰介は、そうしたエリートたちとは違って、ただ江戸海の側に暮らしていた関係で、行く学校が地表ごと消えてしまったからと、特例措置で近隣の子供たちともども、その学校に通うようになっていた。そこで出会ったのがオリジナルの柩艦として、とてつもない力を発揮していたエルフリーデという少女。もっとも、今はそうした力を見せず、強さも出さないで峰介と同じ普通のコースに通っている。

 どうして? といったあたりに秘密があって、それが峰介と出合い、押さえつけられていた能力を引き出し、記憶というか過去を引っ張り出されていくのが「滅葬のエルフリーデ」という小説のストーリー。そこに、峰介がネット時代にパートナーにしていて、今はエリートとして同じ学校に通っている少女が絡んでくる。

 さあ恋のバトルの始まりか? そう思ったら、本来の敵が攻めてきて、柩艦となった少女たちの中に死者も出るというシリアスな展開が繰り広げられる。人類はもうダメなのか、といったところで指揮については天才的な峰介の、シビアでそしてシリアスな能力が発揮されて戦線をどうにか押し戻す。

 といった辺りでまずは1巻の終わり。ここから始まる本格的な戦いの中で、少しだけ正体を見せた敵の狙いが明らかになり、エルフリーデという少女の持つ力も開放され、そして峰介という少年の凄さも発揮されていくことになるのだろう。その先は? それはまだ分からない。

 少女を戦艦に見立てて戦わせたり、沈んだら永久にお別れになってしまうといった、とあるオンラインゲームが醸し出す空気感に似た雰囲気も持ち合わせているのは、今の流行を取り込みたいという書き手の思い。それを知らず読んでも、状況の設定自体が持つ複雑で奥深そうな凄みとか、少女たちが戦艦などになって戦うバトルのスリリングな描写とか、オリジナルの読みどころはたっぷりあって楽しめる。

 キャラクターの性格付けもメリハリが利いていて、読んでいて飽きないし誰かにきっと恋できる。主人公の妹であっても……それは少し怖いかも。なおかつそこに加わるラスボス級少女。そして仄めかされる悲劇の予兆。もはや続きが待ち遠しいのだけれど、果たして出るのか? とあるゲームがますます人気の間は、きっと出続けるだろうと信じて待とう。船とは波に乗るのものだから。


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