少年が女装して後宮で野球をしながら皇帝暗殺を狙うという、聞いてすぐには何が何だか理解できない設定のライトノベル「後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール」(ダッシュエックス文庫)を書いた石川博品の「メロディ・リリック・アイドル・マジック」(ダッシュエックス文庫、620円)は、設定だけなら高校生たちが組んでアイドルを目指すといった具合に、聞けば思い浮かぶストーリーがあるくらいに分かりやすい。

 それは「ラブライブ!」や「アイカツ」や「Wake Up, Girls!」といった青春アイドルストーリーだけど、舞台となっている東京都沖津区は、女子高生アイドルたちが街中にあるライブハウスを主な拠点に、アイドル活動を繰り広げながらしのぎを削っていると聞くと、他とはちょっと違うかもといった気になってくる。

 そして国民的アイドルのLEDを絶対的な敵と見なして、侵入してきたら殺しそうな勢いで立ちふさがるというから、これはもう違ったものだと思えて来る。なんだその硬派でアウトローな設定は。長いスカートをはいて釘バットを手にしたモヒカンの女子高生たちが検問を強いて、現れるLEDとそのファンを襲っているような世紀末的光景が広がっているのか。読めば分かることだけれど、ごくごく普通のアイドル成長ストーリーと比べると、血の気と熱気が漂っていて読む手に緊張が走ってくる。

 そんな沖津区にある都立春日高校と、そこに通う生徒たちをメンバーにしたのが「メロディ・リリック・アイドル・マジック」。1年生になって寮に入った吉貞摩真(よしさだ・なずま)という少年が、尾張下火(おわり・あこ)という少女とが出会ってまずは物語が動き出す。

 ある理由からアイドルにも音楽にも縁遠かったナズマだったけど、入った寮にアイドルが住んでいて、寮にいたナズマにとって小学生時代の年上の友人だった津守国速が楽曲作りを手がけていたこともあって、ナズマは否応なくアイドルと音楽の世界に引きずり込まれていく。

 沖津区のアイドルたちは、大半がライブハウスで歌って踊って焼いたCDを手売りしながらアイドル活動を続けている。いわば地下アイドルといった感じだけれど、そういった言葉で自分たちを卑下した見方は当人たちも周囲もしない。沖津区ではそれこそがアイドルなんだといった主義で貫かれているところが面白い。

 そんなアイドルたちの頂点に立つ「。世界」というユニットのセンターで、ナズマの入った寮に住んでいる猫野百合香が見せるヤンキー系のアネゴ肌が、ふわふわとしたアイドルの世界に熱気と血の気を持ち込んで、殺伐としてせめぎ合うアイドル稼業の厳しさといったものを物語の中に醸し出す。

 ほかにも「DIE! DIE! ORANGE!」のように、メンバーの1人が観客席に降りて拳で観客を殴り飛ばす武闘派のアイドルもいる。タイバンしたら殺されるかもしれないと、他のアイドルたちを恐怖させる。そんなアイドルたちが上にひしめく戦線へと飛び込んでいくのが、尾張下火と飽浦グンダリアーシャ明奈の2人の少女。それをナズマがマネージャとしてサポートし、クニハヤがサポートする形となり、他の面々も巻き込んで盛り上がっていく中で、下火の過去が浮かび上がってくる。

 それは、LEDという沖津区でもっとも疎まれている存在との関わり。今は料理研究家として活躍する下火の母親も出てきて、ひと悶着起こりそうになる中で、下火はどんな道を選ぶのか。ナズマは下火をどうやって支えるのか。そんな青春としか言いようがないストーリーが繰り広げられる。  ちょっぴりズレた世界の上で、アイドルという青春に燃焼する高校生たちの今をを感じさせる物語。ハレムでも女装でも野球だけは真剣だった「後宮楽園球場」と同様に、パンクでヤンキーでもアイドルとして歌に向き合う態度は真剣。そんなギャップの面白さを味わえる作品だ。

 その意味では割とストレートな青春アイドルストーリーにも読めるけれど、それでもやっぱり沖津区という場所の、どこか特別な感じは漂い残る。だからもう少し、沖津区がどうしてアイドルにとっての戦場になったのか、そこでどのような闘いが繰り広げられてきたのかが知りたいところだ。

 単なるマイナーなシーンとして認知されているだけでなく、そこでは全国区のLEDと張り合うくらいの勢いを地域のアイドルたちが持っていて、戦い続けているのかといった疑問に答えてくれるような派手なバトルが見てみたい。「DIE! DIE! ORANGE!」がどれだけのLEDファンを殴り飛ばすのかも含めて。


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