マリオネット症候群

 まあ、お約束って奴でして、男の子がいて、朝目が覚めて、自分が女の子の体に入っていると気が付いた時、することといったらやっぱり触ること、なんだけど、その時に上から触って揉んでみるのか、下から触って撫でてみるのかで、性格とか、エッチ度の違いなんかが出たりする、訳ないか、やっぱ。

 まあ、絵的にはほら、ふさっと垂れ落ちた髪の毛なんかが目に入って、あれれと首を下に曲げて、そこにある膨らみに気付いて触ってみて、ハッと気付いて手を下へと伸ばして、隙間から触ってみるってのが、順を踏んでるし戸惑った表情も描きやすい。気付いていきなり下にバッ、じゃあ情緒も何もあったもじゃない。上から行けば情緒があるかって? そんなことは知らん。

 まあ、文字で書くときも、やっぱ、似たような描写が読んで目に光景が浮かんで、理解させやすいってこともあるのかな、乾くるみの「マリオネット症候群」(徳間書店、476円)で、同じ学校に通っている女の子、御子柴里美の体に入ってしまった森川先輩も、まずは胸へと手を置いて、それからパンツの中に突っ込んだ。どんな感触だったって? そんなことは森川先輩に聞いてくれ。あと御子柴里見にも。

 えっ、それ変、だって御子柴里美って、体を森川先輩にとられちゃったんでしょ、感触が分かるはずないんでしょ、って言われれば、変じゃない、とだけは言っておこう。実は御子柴里美、しっかりと自分の体に意識を残して、森川先輩の上から下へを一部始終、体の中でしっかり見てたりして、しっかり感じてたらしいから。

 ただし、動かそうしても、手足は指の先までピクリとも動かせず、声だって出せず、瞬きだって出来ない状態。ちょど操り人形のように、タイトルにもあるマリオネットのように、誰かに操られている体を、見たり感じたりできるだけ。「そう、ちょうど乗り物に乗っているような感じだった。私の体が、乗り物になってしまった」(5ページ)。こんなとこ。

 どうしてそんなことになっちゃったの。それはね……おっとっと、それを明かすと面白さも半減、いや9割減なんで続きは読んでのお楽しみ。ただ、森川先輩が、御子柴里美の体に入り込んだ理由には、一定のルールがあるんだってことだけは書いておこう。あと、御子柴家の家系には、突然誰それの生まれ変わりだと、言い出す人が前にもいたってことを。

 お話し自体は、実は死んでいた森川先輩が、自分を殺したのは誰なんだって、探して歩く展開で進んでいく。とんでもない事態になったのに、御子柴里美の母親の前で、娘としてボロを出さないようにする森川先輩の柔軟性っていったら、まるで漫画とか映画とか小説で、こうなる事態を見たり、読んだりして知っていたかのよう。そうか、だから上から触ったのか。映画でも漫画でもそうだったからなあ。

 学校でも臆さず、ボケたフリして御子柴里美になりすまし、森川家とも接触を図って、真相を救命しようと頑張る森川先輩。犯人探しのミステリー仕立てで進んでいた話が、やがて明らかになった真相を受けて、一気に解決に向かうと思いきや、ただでさえ複雑な事態が、輪をかけてエスカレートしていく状況になって、読んだ人の9分9厘、吃驚仰天することと間違いなし。何に吃驚するかって? これもやっぱり読んでのお楽しみ、ってことで。

 蛇足を幾つか。麻痺している体って、目には映るんだけど、自分では動かせないって状態なんだけど、麻痺している以上、触られても分からないから、「マリオネット症候群」とは感じ、やっぱり違うんだろうな。かといって、神経はつながっているんだと考えると、それを感じる森川先輩と御子柴里見、2つの意識が意識としてどうして繋がっていないんだろう? という不思議さが巻き起こる。設定として面白いのは承知だし、書けば簡単なんだけど、条件として成立させようとすると、これって結構面倒臭い。まあ、パズルと思えば良いんだろうけど。

 あと、一定のルールの上で、1つ体に積み重なっていくのは良しとして、重なったものが重なったものの上にさらに重なる、っていうのもちょっと、豪快過ぎる気がしないでもない。けど、ラストのオチをああするんだったら、そうならざるをえないのは自明だし、そもそもが「マリオネット症候群」すら、豪快過ぎるものなんだから、関係ないって言えば関係ない、のかもしれない

 さらに蛇足。女性が男性の体に入ったら、やっぱり下から触るのかな。下でもどちらから触るのかな。丸? それとも棒? その違いによってエロ度が測定できる、訳ないな、やっぱ。


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