魔王が家賃を払ってくれない

 とりあえず下北沢にあるヴィレッジヴァンガードが、伊藤ヒロの「魔王が家賃を払ってくれない」(ガガガ文庫、571円)を店頭にて平積みで販売したら、そのサブカルチャー的反骨魂というものを、認め褒め称えるにやぶさかではない。

 それは表紙のイラストの、上だけジャージの上着を羽織り、下はニーソックスだけ脚に通した姿から当然のぞく、白地に青のストライプのアレに、子供は見てはイケマンセン的条例とか、親御さんのご意見とかがたんまりと寄せられる可能性とかをむこうに、表現はフリーダムだと戦って欲しいという面もある。

 けれどもやはりそれ以上に、中身でもって下北沢をいろいろ指摘していたりするそのレジスタンス的スタンスを、それすらも反骨と呵々大笑して認める度量というものを、あのヴィレッジヴァンガードには見せて欲しいということだ。

 平積みされた本に飾るポップには、赤いフレームの眼鏡を描くなり、張り付けるなりして、下北沢に集うサブカル女子にオススメと書いて頂ければ重畳。手に取った赤フレームのサブカル女子から発せられ、向かう感情の矛先は小学館と作者がすべて受け止めるから気にするな。うん。

 それにしてもこの「魔王が家賃を払ってくれない」。58ページまでで「パンツ」という言葉が99回も出てくるとあって、言語的な方面でも挑戦的。30分弱の本編に「おっぱい」という言葉が、数え切れないくらい出てきたテレビアニメーションもあったりするから、インパクトとしてそれほど飛び抜けているとは言えないけれども、やはり凄い。

 そしてその使われ方も、「魔王が家賃を払ってくれない」の場合、無駄に連呼されている訳ではない。ストーリーを紡ぐ上で必然として用いられているということにも、一目置いて襟を正して読まなくてはいけない気分にさせられる。なんちゃって。

 嘘なのか? いやホント。それにしてもどうしてそんなに「パンツ」が山と出てくるのか。それは魔王がやって来たものの、どこかやる気が薄いまま技を出し惜しみして勇者にこてんぱんにされてしまい、魔界に帰るに帰れずそのまま居座って、勇者の親戚が経営する古いアパートの一室に転がり込んでは仕事もせず、学校にもいかず日がなゴロゴロとしていたから。

 いわゆるニートという奴で、外に出ず誰にも見られなければ当然ながら服など無用。とはいえ寒さもあって上着は着るけれど、下はコタツに突っ込んでいけばいいということで、履かずパンツのみが体に張り付く。それすらも不要か? 「ここではきものをぬぐ」という日本人ならすぐ分かる案内を、別に解釈した魔王の手下によってそうした期待は叶えられはするものの、すぐさま目をふさがれるから見られないからご安心、いやご残念か。

 魔王はといえば、当座の生活資金は魔王時代の部下の参謀長やら将軍やら博士やらが働いて仕送りしてはくれているけど、そんなお金を家賃に回さずネットを遊び漫画を読みふけり、ゲームに溺れアニメのDVDをひたすら取り寄せるけれども見ないという、心に突き刺さるような生活スタイルへと注ぎ込んでしまっている。当然家賃が払えなくなっていて、そこで勇者の弟の主人公が回収に向かって丁々発止を繰り広げる。

 けれどもやはいr払ってくれない。払ったら負けだと思っているかはともかく、払おうとせず学校にも行こうとしない魔王をどうにかしようと、部下たちがファミレスに集まり作戦会議。魔王に妙なボディビルダーを送りつけられ、困惑した挙げ句にそれを下北沢の雑貨屋に卸したら、なぜかサブカル系の赤フレーム眼鏡の女子が買っていったという博士をはじめ、豊満さで鳴る将軍や、見た目は10才くらいの幼女ながらも実はIQ1300の参謀長が考え出した魔王に悔い改める作戦とは?

 そこからは聞くも涙の展開と、テレビ業界の悪辣さが描かれこの作品のアニメーション化への道を閉ざす。あるいは他の作品も。実にチャレンジブル。かくして悔い改めた魔王のその先は。やっぱり人間、そうは易々とは変われないってことで、今日も今日とてクーゲルシュライバーの攻撃をくらい続けるのであった。何だクーゲルシュライバーって? 

 それも読んでのお楽しみ。まずは手に取り数えたまえ。「パンツ」が結局どれだけ出てきたかを。それによっては来年のギネスワールドレコーズに申請されても不思議じゃない。もちろん添えられる写真は、ルソン島で生産されたから島パンということらしい、ブルーとホワイトのストライプのパンツを被った作者自身だ。履くのは勘弁。


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