マンガマスター
12人の日本の漫画職人たち

 漫画にはいろいろな作品があって、それを描く漫画家にもいろいろな人がいる。

 ティム・リーマンという、ジャーナリストで、アーティストとしても活動しているアメリカ人が日本に来て、12人の漫画家にインタビューして歩いた「マンガマスター 12人の日本のマンガ職人たち」(美術出版社、2500円)は、過去の数ある漫画家インタビューの中でも一風変わった1冊だ。

 漫画がひとつの物語であることから、なぜその物語を描くのか? といったクリエーターの思想的な部分に踏み込み、それが日本の漫画状況にどう関連しているのか? といった歴史的な部分からアプローチするインタビューは結構多い。

 だがこの「マンガマスター」は、どうやって物語を作り出し、どんな道具を使って描き、アシスタントはどう動かして出版社とはどう関わっていくのか? といった大きい意味での技術的な話が多くを占めている。

 冒頭に登場するのは「サイレントメビウス」や「蒸気探偵団」のシリーズで知られる麻宮騎亜。最近ではポルシェに乗る女性編集者を描いた「彼女のカレラ」も人気の氏が、出版社との付き合いの部分で、編集者のクオリティについてて厳しいことを言っているのが興味深い。

 「僕の嫌だった出版社は、ファンや作家のことを一番に考えていないところでした。何が一番かというと社員の事」。「担当編集者に非があるわけだから、やっぱり僕は責めるじゃないですか。でもその役員が言った言葉が『いやでもうちの大切な子供ですから』と」。

 そんな出版社環境を渡り歩き編集者を吟味しつつ、一方ではコンピュータを導入し、内外のものから吸収しつつオリジナリティを磨いて、1本の作品に1週間を費やして描く精進を重ねた結果が、世界からも注目を集めるあのスタイリッシュな作品群へと昇華しているのだと分かる。

 続いて登場するのが「魔法騎士レイアース」「カードキャプターさくら」のCLAMP。キャラクターからストーリーからタイトルロゴからいろいろと練り上げ、企画書を作りメディアミックス展開の可能性も含めて出版社にプレゼンテーションする、”大人”の創作集団としてのCLAMPが紹介されている。

 「うちのやり方はアニメの制作や映画の制作に似ています。その時その時の担当や責任部分は決めますが」(大川緋芭)。「最終的な決定は大川がやっているので、大川が監督ですね」(いがらし寒月)。

 「やっぱり基本的にお友達ではない、ということかもしれませんね。仕事なんです。お友達だと許せないことも、仕事なら許せるときもある。逆に仕事だと許せないこともある」(大川緋芭)。けじめと計算がCLAMPをプロたらしめている。

 ほかに江川達也や井上雄彦、高尾未央に丸尾末広、古屋兎丸といった具合に、何千万部何億部も売ったスーパーメジャーもいれば知る人ぞ知るマイナーでアンダーグラウンドな漫画家もいたりと、なかなかに絶妙な人選を見せているところが「マンガマスター」の特徴であり、価値でもある。

 それぞれに繊細だったり荒々しかったり、緻密だったりおどろおどろしかったりする作品が、どうやって生み出され描かれているのか。どんな道具が使われているのか。そうした疑問に対する答えが、漫画を描いているテーブルの模様や、仕事に利用している書斎の状況を写した写真とともに紹介されてる。人によって大きく違うその様に、漫画家にもいろな人がいるのだということを思い知らされる。

 驚くべきは「ファンシィダンス」「陰陽師」の岡野玲子か。はっきり言って漫画家の机には見えない。天井まで届く書棚を背後に、広いデスクがあってその上には硯と墨と筆と皿が並べられていてまるで書道家の様。あの幽玄の世界は筆と墨で水墨がの如くに描かれているのだということが分かる。最新鋭のパソコンを駆使する冒頭の麻宮騎亜との対比が面白い。読んだ外国人もきっと面白く思うことだろう。

 もっとも、パソコンをフル活用してタブレットもガンガンと使い描くタイプの漫画家は、12人の中にはそれほどいない。逆に紙に手で描き切り張りをして色を塗る、古典的なタイプの漫画家の方が多くいて、昔ながらの漫画読みには懐かしくも心休まる印象を与えそう。筆者の心に響いた漫画が、もっぱらそうした手仕事的な作風の漫画家だったのかもしれないが。

 最後に登場しているのは、漫画家というよりはイラストレーターとしての活躍の方が広く知られているひろき真冬。そもそもこの「マンガマスター」が生まれたきかっけが、「マンガスーパーテクニック講座」(美術出版社、1500円)にひろき真冬が紹介されていたからで、着想の原点で著者のアイドルでもあった氏を外す訳にはいかなかった。

 巻末にはそんな筆者の熱望に応え、ひろき真冬によるひろき真冬ならではの漫画作品が収録されていて白眉。ファンならずともチェックしておいて損はない。このひろき真冬を含め、メジャーかマイナーのどちらかに走りがちな日本の漫画読みにはないセレクトが、日本の漫画の豊饒さ、奥深さを幅広さを紹介する結果を生んでいる。

 谷口ジローがCLAMPと並び、津野裕子が桜沢エリカと並ぶ漫画評論などかつてあったか? はやり独特と言うより他にない。出来うればokama、西島大介といった新鋭から西原恵理子、しりあがり寿といった今を代表する漫画家の職人技に、迫る第2弾を期待したいところだが果たして。期して待ちたい。


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