わたしの魔術コンサルタント

 とあるライトノベルに準じた小説レーベルが、成人男性を主人公にした、異世界転生以外の題材を持った作品を公募して話題になっていた。面白ければ異世界転生だろうとティーンが主人公だろうと構わないし、赤ん坊でも老女でも読んで共感できる主人公は存在する。とはいえ、ライトノベルやそれに準じたカテゴリーで刊行される小説に、ティーンが異世界に転生して大暴れといった内容のものが多くなってしまっている実情は否めない。

 だからとりあえず、溢れかえってバリエーション探しが始まってしまっている異世界転生以外の題材で、なおかつティーンが憧れを抱き、ティーンより少し上の世代が共感できる成人男性を主人公に据えて、どういった作品が生まれるのかを探ってみようとしたのだろう。

 もっとも、これが目新しいかというと過去にも現在にも異世界には行かず、成人男性が大活躍するライトノベルに準じた作品はいくらでもあって、読んで大人びた雰囲気を感じさせ、ハードな展開で楽しませてくれている。羽場楽人の「わたしの魔術コンサルタント」(電撃文庫、610円)のように。

 魔術を使えない魔術士の黒瀬秀春が“俺”として遭遇した事件を描いたストーリーは、最初に街中で起こったちょっとしたトラブルに、ひとりの少女が巻き込まれるというか、むしろ首を突っ込む形で幕を開ける。少女の名前は朝倉ヒナコ。田舎から出て来たばかりで、しつこいナンパ男に絡まれていた少女を助けるため、魔術を使おうとしたところを黒瀬秀春に止められた。

 別に黒瀬秀春がナンパ男を助けようとした訳ではない。人前で魔術を使うことがあまり良い結果を招かないことを知っていた。だからヒナコが繰り出した詠唱を“魔術崩し”と呼ばれる自身の得意技で即座に打ち消し、少女を抑えて説明を促したら「お父さん」と呼ばれて驚いた。

 まだ27歳の黒瀬秀あるに14歳の娘がいた記憶はない。どういうことかと見せられた写真には、自分と赤ん坊が写っていた。理解した。師匠の朝倉響示の娘だった。もっとも、朝倉響示は4年前に発生した魔術が一時的に首都圏で、一斉に使えなくなってしまった事件、消失した正午の最中に姿を消してしまっていた。

 事件では少なくない命が失われた消失した正午では、原因とされた第零種と呼ばれる高度な魔術を使える存在<永久言帝>が抹消処分を受けて一応の落着を見た。便利だった魔術の裏面が見えたことで世間では大っぴらに魔術がつかえなくなり、魔術執行官による取締も厳しくなった。

 黒瀬秀春が営んでいる魔術コンサルタントの仕事も競争が激しくなっていたけれど、朝倉響示の頃からの伝手もあって黒瀬秀春のところにはそこそこ仕事が舞い込んでいた。魔術は使えなくても、“魔術崩し”の能力は超一流。それだけ魔術に詳しいということで、魔術の使い方を鍛錬したい者からコンサルタントの依頼が寄せられていた。

 そんな1人が朱門蓮歌という暴力団組長の孫娘で、日本一の魔術学校とされる永聖魔術学院に通っていた彼女は、親から能力を聞き及んで、ダーリンと慕っていた黒瀬秀春の傍らにヒナコがいたのを発見して、魔術による決闘を申し込む。エリートだけあって火炎の力でヒナコを圧倒し、勝負あったかに見えた瞬間、ヒナコの力が爆発をしかかって黒瀬秀春を慌てさせる。

 何しろヒナコは最年少で魔術ライセンスを取得してしまったという俊英。あらゆる特性の魔術を使える才能の持ち主だったけれど、制御があまりうまくなかった。黒瀬秀春は蓮歌とヒナコに魔術の使い方を教えることにする。一方で、朝倉響示の頃からの知人を通じて舞い込んできた、セントクロス魔術保険を経営する男の娘、十条寺飾という少女にも魔術の手ほどきをするようになる。香りによって周囲を操る力を持った飾はしばらく引きこもり気味だったけれど、黒瀬秀春の訪問によって外にも出るようになっていく。

 かつては有能だったけれど、今は頼りないひとりの男に、それぞれが優れていながら暴走気味なところもある3人の少女が弟子となって教えを請うという、ライトノベルに類例も見られる設定でのハーレム展開も浮かぶけれど、ストーリーは黒瀬秀春がかこにどういった人物で、朝倉響示との間に何があり、そして朝倉響示は今どこで何をしているのかといった方へと向かい、その驚くべき魔術の能力が人を操り、消失の正午に匹敵するような危機を招こうとしていることに立ち向かう。

 魔術崩しと呼ばれる今の黒瀬秀春の能力だけでは十分ではないところに、万能のヒナコの能力と、強力な火炎を操る蓮花の能力、そして黒瀬秀春とっては弟弟子にあたり、今は魔術執行官となった七上冬矢の瞬時に発動し、敵を射貫くような能力も使いながら暴走する魔術と対峙する。

 強大な力を誇って世界を混乱に陥れようとする男の妄執があり、それを妄執を止めようとするかつての弟子たちの意志があってと、大人たちの社会を舞台にしてのハードな戦いに、豊かな才能を持ちながらも未だ操ることができない未熟な少女と、優れた能力を持ちつつ高慢なところが抜けないお嬢様といった若い才能も合わさって繰り広げられる魔術バトルの面白さ。大人は読んで大人ならではの分別と、大人だからこその屈折を感じ、子供は読んでしがらみに縛られた大人の厄介さを感じつつ子、供ならではの前向きさで突破していく感動を得られる。そんな物語だ。

 ひとつの優れた才能が使い潰されるようにして終わった騒動は、未だ残り香を漂わせて黒瀬秀春を惑わせる。先に現れるかもしれない騒動に、立ち向かうのは彼ひとり? どうやらそうではなさそう。ハーレムのような関係をより強くしながら始まる新しい日々と、起こるだろう事件への興味を抱きつつ、続く展開を待ちたい。


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