ガリレオの魔法陣

 物理部に所属する理科好き女子たちのほわほわとした日常を描いた、わだぺんによる漫画「℃りけい」の原作者と同じ名前というか、積極的に同一人物であるところの青木潤太朗によるライトノベル作品「ガリレオの魔法陣」(スーパーダッシュ文庫、650円)は、「℃りけい」から受けるほのぼのとした印象とは正反対の、エキサイティングでスタイリッシュな上にシビアでシリアスな内容の小説になっている。

 ラブラブだったりコミカルだったりファンタスティックだったりするものも少なくないライトノベルでは珍しい、社会的で政治的で国際的な要素も多々。それがライトノベルによくある魔法的な設定や賑やかな美少女たちと相まって、これまでにあまりなかった雰囲気を醸し出している。

 ひときわ特徴的なのが社会の設定。かつて魔術師たちが手で必死で描いていた魔法陣を、印刷技術や科学技術によって描き出して投影し、立体的に積み重ねることによってって簡単に魔法の力を発動させられるようになった。印刷革命ならぬ魔法革命。これはエネルギー問題の解決にもつながっていて、今では世界のあらゆる場所、あらゆる装置に魔法陣が使われるようになっている。

 「発達した科学は、魔法と区別がつかない」と言ったのはスリランカに暮らしたSF作家だったか。「ガリレオの魔法陣」はそんな言葉を表現すると同時に、発達した科学が魔法を取り込み世界を発達させる可能性も示してくれる。その可能性を生み出す最先端にいるのが、魔法陣を解析して描き出すホログラマーと、作り出された魔法陣を操り力に変えるサーキュリスト。物語は、そんなホログラマーやサーキュリストたちが、競い合ったり戦ったりするストーリーとして紡がれる。

 魔法が簡単に引き出せるようになるなら、その力を使って悪さをする奴らも現れる。そうした犯罪者を取り締まるべく、国境を越えてブロック化した世界のそれぞれに、高い魔法の力を持った人間たちがエージェントとして雇われいる。主人公の玲縷・レッド・ヘミングウェイとい少年もそんな1人で、OCAというブロックにあって祖父譲りの高い魔法に関する知識を駆使し、燐晶・三叶草・天鵞絨ことシャオという名の美少女とペアを組んで、起こる事件に立ち向かう。

 もっともシャオは人間ではない。魔法陣をうまく使えば人間に似た映像人間を作り出せるという技術があって、シャオもそんな映像人間だったりする。ただ、玲縷によるプログラミングだけで生まれたというには、どこか人間っぽいところがあったりするシャオ。その誕生には秘密もあって、彼女の強さとそして生き方の両面に関わってくる。

 そんな玲縷とシャオのペアが今回挑むのは、先に貴重な技術を盗んだテロリストと傭兵をさらに襲って傭兵を殺し、テロリストの少女をさらって逃げたスリーエスという名の犯罪者。遺産魔法陣と呼ばれる古い技術を持ち逃げし、結構な強敵になっているはずの彼を相手に玲縷とシャオはどう戦うの? といった展開がまず繰り広げられ、そこにOCAとは別のCPRという経済圏に所属しているホログラマーであり、なおかつサーキュリストでもあるエルヴァ・ギ・ベーブルという名の少女が関わって来る。

 そんなストーリーの合間に開陳される、魔法陣に関するさまざまな知識が面白い。例えばネイティブアメリカンとか、あるいは中国の古代文明などが残した遺産魔法陣は、その後のネイティブアメリカンの虐殺だとか、文化大革命による以前の文化の大破壊といったものを受けて、多くが失われてしまっていたりする。そういう国々をグループにしているブロックがある一方で、欧州の非英語圏の国々が所属しているグループには、破壊されないまま古くからの魔法が受け継がれていて、結構な遺産魔法陣を駆使できるようになっている。

 そんな具合に大きく3つののグループに分かれた世界が、馴れ合いしのぎを削り合いしているという状況設定があり、遺産魔法陣の恩恵を受けられず虐げられている民族がいて、反攻のためにテロを起こしていたことが玲縷とシャオ、りしてエルヴァの関わる事件を招いたりと、格差の激しい世界の仕組みが描かれる。学園内とかご町内といったレベルではとても収まらな設定からは、シビアでリアルな世界というものが浮かび上がって、力や意志だけではままらならいこの世の無常を指し示す。

 キャラクターでは、名門出身でなおかつ天才に見えて、実はとてつもない努力家で、それを広言はしない強さも持ったエルヴァの存在が、人間ドラマとして結構な深さを感じさせてくれる。ラスボス的に出てくる、とてつもない強さを持ったトップエージェントのヘルタ・シュテーケルという女性など、いったいどれだけのドラマを抱えているのだろうか。今回はひとまず互いに引いたけれど、いずれぶつかり合うだろう戦いの中で明らかになっていくのか、興味が尽きない。

 魔法の現代化という意味では桜坂洋の「よくわかる現代魔法」シリーズもあるし、科学の法則を魔法に応用してみせる設定は、長谷敏司の完結した「円環少女」シリーズにもあった。それらを受け継ぎ魔法を科学で描いてみせた作品として面白く、また魔法に縛られた女性の懊悩を見せ、少年の成長も描かれているところも大きな読み所となっている。この先続いていってくれるか否かがまずは重要。期して待とう。


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