MAGiMAGi
マジマジ

 魔法の国へ行ってみたい。そう思ったことはありませんか。

 杖をひとふりすれば、どんなことだってできてしまう魔法の国。黒いマントと尖った帽子を被って空を、ホウキにまたがって自由自在に飛んで回れる魔法の国。

 冒険ができます。夢がかかないます。かっこいい人にだって出会えるかもしれません。絶対に出会えるはずです。だって魔法の国なんだから。だから思います。魔法の国へ行ってみたいと心の底から願っています。女の子は。そして男の子だって。

 鈴木次郎という人の、初めての単行本「MAGiMAGi」(スタジオDNA、552円)に出てくる主人公の女の子、宮脇アキラも生まれてこのかた16年、ずっと魔法の国へ行きたいと思っていました。いつか素敵な魔法使いが現れて、自分を魔法の国へ連れて行ってくれると信じていました。

 そしてそんなある日のこと。わき目もふらずに道を走っていてアキラは、マンホールの底へと落っこちてしまいます。気絶して、目が覚めて、アキラは自分を起こそうとしている男に出会います。

 黒いマントをはおっていました。尖った帽子を被っていました。アキラは聞きます。「あなた! そのかっこ…もしかして魔法使い?」。男は答えます。「…まあ」。吃驚です。仰天です。そして大歓喜です。夢にまで見た魔法の国にアキラはやって来れたのです。

 けれどもうまい話には裏があります。落とし穴が待ってます。ハルと名乗った男はアキラに言いました。「魔力は80歳過ぎないとめばえねえの」。彼は魔法を使えませんでした。それどころではありません。魔法の国には電気がありませんでした。乗り物も走ってまえんでした。火はロウソク。移動は歩き。まるで昔の日本のような場所でした。

 アキラは頭を抱えます。絵にするととってもおかしいポーズで「でんわないんだ…」「ああ満員電車すらいとおしい…」「ないんだ電気やっっぱりないんだ」と繰り返し3度もうずくまります。可愛い仕草です。でも本人はショックです。そしてさらに、帰り着いたハルの家が、昔あった茅葺きの日本家屋だったことにトドメを刺されて立ちすくみます。

 土間から上がった部屋には囲炉裏がありました。ご飯はマキで炊きあげます。お風呂もマキで沸かします。選択は川でするのでしょうか。トイレはどうなっているのか分かりません。便器がない訳じゃありません。立派に洋式のがありました。けれどもそれは椅子になっていました。ハルのお兄さんのカイが座って読書に使っていました。

 どうして便器なんかがあったのでしょう。どうやらそれはアキラと同じように、木の穴の向こう側から落ちてきたものだったらしいです。ほかにもハルの家には洗濯機に電子レンジに冷蔵庫、あとカイが慈しんでいる音でクネクネと動く花、「フラワーロック」と呼ばれて昔はやった玩具があって、アキラのもといた世界とつながりがあることを示していました。

 魔法の国なのに誰も魔法が使えない世界。80歳を過ぎている長老ですら、魔法がいまだに使えない世界からアキラはさっさと逃げ出したい気持ちにかられます。けれども方法が分かりません。とりあえずはハルとカイ、そしてハルには兄でカイには弟のセンの3人をいっしょに暮らして、様子を見ることにします。

 アキラは不幸せなのでしょうか。そうかもしれません。洗濯に炊事に掃除なんて、元いた世界ではほとんどやったことのない家事におわれる毎日です。カイはいつも茫洋としていてつかみどころがないし、センはちょっぴりずるがしこそう。そしてハルは無愛想で、アキラをコキ使います。

 3人はたしかにかっこいいです。でも夢をかなえてはくれません。冒険に行くといってもそれは山に冬を越す食糧を集めに行く程度です。空も飛べなければ願いはひとつだってかないません。そこはアキラの思っていた魔法の国ではありません。

 けれども本当にアキラは不幸せなのでしょうか。そうでないような気もします。忙しい日々。生きることに必死な日々。けれども3人の兄弟たちが、当たり前のようにそんな暮らしをしている姿を間近で見て、自分もその中に入って一所懸命毎日を送ろうとしているアキラの姿は、うらやましいくらいに充実しています。生命力にあふれています。

 電気があって、電話がかかって、電車で移動できる世界は便利です。でもそれが幸福とイコールではありません。電気がなくって、電話はかからなくって、電車なんかどこにも走っていないのに魔法の国で生きている人たちは誰もが幸せそうです。

 アキラはもしかしたら気づきはじめているのかもしれません。魔法が見られるわけではないけれど、魔法で楽をさせてくれるわけではないけれど、元いた世界では決して感じることのなかった充足感を、その世界が与えてくれていることに。人の心をいっぱいにしてくれる”魔法”が、ハルとカイとセンが住むその国にあふれていることに。

 お話しはまだまだ続きます。アキラは元いた世界に戻れるのでしょうか。その時に3人の兄弟はどうなってしまうのでしょうか。本当に何でもかなえる魔法を使ったりするのでしょうか。魔法でアキラの最初の念願をかなえたりするのでしょうか。

 それは分かりません。分かりませんけどどっちだっていいのかもしれません。「MAGiMAGi」が見せてくれた、魔法の国での苦しいけれど楽しい、厳しいけれど充実しているアキラの日々でじゅうぶんです。それが気持ちをほぐしてくれます。便利なんだけどどこか虚ろな日々に膿んだ心を癒してくれます。

 それともやっぱりアキラは気づいていないのかもしれません。本当の魔法の国に行きたいと思い続けているのかもしれません。けれども読んでいる人は感じているはずです。魔法の国はマンホールの底になんかないことに。すぐ手の届く場所にひろがっていることに。

 そこに行くのは簡単です。良く生きること。しっかり生きること。がんばって生きること。それだけです。難しい? 簡単です。「MAGiMAGi」を読めば分かります。上手くて可愛くっておかしい、これが初めての単行本だなんって思えない達者な絵とお話しが、読む人を”魔法の国”へと導いてくれるのです。

 行きませんか。魔法の国に。「MAGiMAGi」を開いて。今いる場所から心のマンホールを通り抜けて。


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