LE LIVRE NOIR DES BLEUS
レ・ブルー黒書 フランス代表はなぜ崩壊したか

 他人の失敗は蜜の味がするという。

 その意味でいうなら、無敵艦隊と呼ばれながらも、長く国際大会のカップから遠のいていたサッカーのスペイン代表が、2010年に開かれたFIFAワールドカップ南アフリカ大会で優勝して、念願のカップを手にするまでの道程を綴った、ミゲル・アンヘル・ディアスによる「ラ・ロハ スペイン代表の秘密」(木村浩嗣訳、ソル・メディア、1600円)よりも、同じ大会で選手たちによる練習のボイコットという、かつてない事態を引き起こしたレ・ブルーことフランス代表についてルポした、ヴァンサン・デュリュックによる「レ・ブルー黒書 フランス代表はなぜ崩壊したか」(結城麻里訳、講談社、2200円)の方が、読んでより強く甘味を感じる本だろう。

 6月17日のメキシコ戦、ハーフタイムのロッカールームで、フォワードのニコラ・アネルカ選手がレイモン・ドメネク監督を、酷い言葉で侮辱した事件がひとつの発端。2日後の19日、そうした出来事がフランスのスポーツ紙「レキップ」に大々的に報道され、アネルカ選手は当然のようにチームから追放処分となる。もっとも、問題はそれで終わらなかった。選手たちが監督に反発してナイズナでの練習をボイコットするという愚挙に出て、フランス国民はもとより、全世界のサッカーファンを驚かせた。

 もっとも、それも無理からぬことと、周辺からサッカーやフランス代表を見ていた、一般の人には当時思ったたかもしれない。占星術師によって選手を選考しているという噂があり、自分を目立たせようとしか考えていないという風評があり、それで強ければどこからも文句が出ないはずだったものが、2年前のEUROでグループリーグ敗退という惨敗を喫して、出処進退を問われた無能さを、弁舌巧みに覆い隠してドメネクは代表監督の座に居座った。

 そうして指揮をとり続けた南アフリカでも、レ・ブルーを1998年のような強いチームには変えられなかったドメネクに、選手たちの不満が爆発しても当然だと当時は見えた。ドメネクに逆らったアネルカ選手は正義で、アネルカ選手に味方した選手たちもまた正義だと感じられた。けれども。「レキップ」で長くレ・ブルーの取材を続け、フランスのサッカー事情を日本に紹介する上で最も適任だと、フランスサッカー連盟の広報長に指名され、ドメネク政権後に復帰した同じ広報長から、ナイズナでの暴挙について書かれた本で、最も公正な内容を持った著者だといわれたヴァンサン・デュリックの筆は、ドメネクひとりのキャラクターに、すべての責任を帰結させることを拒む。

 監督に統率力と決断力が足りなかったことは事実らしい。すでにピークを過ぎていたティエリ・アンリ選手を切ろうとして嘆願に負け、切らずに南アフリカへと連れて行き、優れたフォワードとしてクラブチームで活躍しながら、代表には縁遠かったアネルカ選手を、最後のチャンスとばかりに南アフリカでの代表に加えてしまった。それが結果として反発を呼び、侮辱の言葉をアネルカ選手に吐かせてチームを崩壊へと向かわせたのだから、ドメネクにも事態の責任は少なからずある。

 けれども、そうした監督を起用して続投をさせたのはフランスサッカー連盟だった。2008年のEURO惨敗後も少なくない数の選手たちやサッカー関係者たちが、ドメネクの続投を支持した。それでいながら選手たちが、クラブチームの思惑を反映して立ち回り、代理人や弁護士の翼下で利益の最大化を目的に行動したり、話したりすることをフランスサッカー連盟は抑えられなかった。フランス代表のために集い、戦うようにし向けることができなかった。

 選手たちも選手たちで、いい歳をした大人であり、レ・ブルーという偉大なチームのユニフォームに袖を通して、フランスのみならず世界のサッカーファンたちから憧れをもって見られていることへの、責任ある言動をとろうとはしなかった。栄光ある勝利という、共通の目的を描けないまま突っ走った、監督であり連盟であり選手たちのギクシャクとした関係が、どこかで瓦解するのは必然だった。それがあの日、あの場で出ただけのこと。陰謀もなく策略もなく、ただ目的を失った組織がいずれどうなるのかを、身をもって示したのがあの事態だったのだと見えてくる。

 誰がロッカールームでの出来事を外に漏らし、それが「レキップ」に掲載されたのかも些末なこと。ヴァンサン・デュリック自身はそこに関わっていないし、誰が漏らしたかも知らないと言うが、語ったところで事態への評価は変わらない。皆が拙かったのだ。

 そんな甘美で好奇心を誘われる崩壊のドラマを、日本のサッカー界が他人事と無視することは許されない。代表なのかクラブチームなのか、明確にウエートを示さないまま体育会的な上下関係と、スポンサーの思惑で右に左に動き、監督選びからマッチメークから最善で最適といった形を示せない状況が以前はあって、それは今も完全に払拭されたとはいえない。幸いにして日本の場合、これは気質なのかチームにも代表にも、ともに貢献したいという真面目な選手たちが多く、誰かのエゴによってチームが振りまわされるような事態は起こっていない。それもいつまで続くのか。海外に出ていく選手たちの増加が、やがて似たような事態を引き起こさないといえるのか。

 その意味からも、「レ・ブルー黒書」に日本が学ぶところは多そうだ。と同時に、「ラ・ロハ スペイン代表の秘密」にも学ぶべき所は確実にある。スペイン代表が急激にまとまり、強くなったのは監督のおかげなのか。優れた選手がひとり引っ張ったからなのか。クラブでの日々の積み重ねが、集合体としての代表にも好影響を与えたのか。クラブと代表の関係にやや、ギクシャクとしたところも出始めている日本にとって、とるべき方策が示されていそうだ。

 それ以上にこうやって、真っ当に真正面からサッカーのナショナルチームを取り上げ、批判するべきは批判する筆を走らせられる、真に独立して健全なジャーナリズムの登場が必要だろう。そうしたジャーナリズムが活躍し、有用な提言を行えるようにするために、批判的な事を書けば出入り禁止などということはない、正当さには自由が与えられる環境の構築も。レ・ブルーにもラ・ロハにもあるそれらを今こそ、サムライブルーに求めたい


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