【急募】賢者一名(勤務時間は応相談)
勇者を送り迎えするだけのカンタンなお仕事です

 タイトルが長過ぎるけれども第5回「このライトノベルがすごい! 大賞」で栗山千明賞を受賞した加藤雅利の「【急募】賢者一名(勤務時間は応相談) 勇者を送り迎えするだけのカンタンなお仕事です」(このライトノベルがすごい! 文庫、650円)は、本当にすごいのでエブリバディは迷わず手に取って読むように。

 内容はといえば、タイトルそのままに、勇者と認定された女子高生の鈴木ミカゼを賢者の血筋に生まれた同級生の鳥居千早という少年が、市役所の斡旋もあって守るというか従う形になってサポートに付き、ミカゼのスマートフォンに市役所の魔界対策課から送られてくる情報に従って、モンスターが現れる現場へと向かうミカゲを自転車に乗せて送り迎えするというもの。なるほど実にカンタンだ。

 もともとミカゼは自分で自転車に乗って現場に通っていたみたいだけれど、強い割にうかつ者らしく、交通事故に遭いかねない状況を見かねて、千早が後ろに乗せて漕いでいくことになったらしい。賢者もなかなか大変だ。

 うかつ者といえば千早は、いつも持っている聖剣エクスカリバーと神盾イージスに油性ペンで名前を書き込んでいる。それは真面目さの現れではあるんだけれど、どこか抜けた印象を彼女に与える。実際に自転車もまともに乗れないくらいだし。でも強い。戦えばエクスカリバーの先っぽで、モンスターをチョンと突っつくだけで消滅させてしまえる。

 以前はそれでも、手に剣を持って現れて暴れるモンスターを相手に振るっていたのが、千早を賢者として従えるようになってからは、エクスカリバーを竹の棒の先にくくりつけて槍として使うことで、ゲートから出現したばかりのモンスターが暴れる間もなく、突っついて消滅させるようにした。張り合いがない? そうはミカゲは思わないし、千早も目的だけが果たされれば良いといった感じだったりする。

 非日常的な日常が、そうやって淡々と進んでいく筆致はなるほど平板で、体温も高くなさそうだけれど、そんな文章のそこかしこに仕込まれた、くすっと笑えるような描写がとても良く、読んでいてついつい先へと進んでいってしまう。たとえば「月刊むむう」とか。怪奇と幻想と異常をさも実話のごとくに取りあげていそうな某雑誌を想起させる内容の雑誌で、そこには勇者の紹介なんかもあって、しっかりミカゲも取りあげられている。

 もっとも「月刊むむう」なだけあって、それを信じる人もいないから、学校で勇者がいるといった騒ぎにはならない。そんな雑誌には魔界からの求人もあって、それに応募して魔族の手先となった黒土鵺という名の女子高生の同級生もいたりするけれど、慌て者で純情なのか、千早の放つ言葉に反応してついつい可愛いところを見せたりする。あと味方に寝返ってしまったりとか。

 あるいはエクスカリバーの扱い。市役所の方からモンスターの出現が頻繁になると予告されたから、いつ何時必要になるかとミカゲはエクスカリバーを担いで学校に来ているけれど、それだと勇者だとバレるはずなところが、油性ペンで野球部と書いておくことで、ただのバットに見えてしまうというから何と便利。でも本当にソフトボールの授業でバットとして使ったものだから、振れって投げれば千早を襲って壁に突き刺さり、ボールはまっぷたつになって守備の人たちを惑わせる。

 そんな小ネタがわんさか仕込まれ実に楽しいストーリー。メンバーの方も、ミカゲに千早と黒土に加えて、剣道部時代から千早のことが気になっているらしい上級生の鳳凰ヒメナという少女も剣士として加わり、そして始まるパーティ生活。なぜか女子トイレに陣取って、結界を張って誰も入ってこられないようにして、そして綺麗にする呪文でその場を清潔にした上で、皆でお弁当を広げて食べたりする。

 汚れを落とす呪文は「キレイダナー」。それを戦闘で汚れてしまったヒメナや黒土に使うと、妙に赤面してしまうという小ネタもあったりする。他にも多種多様なネタ尽くしのその先で、いよいよ本格的に現れ始めたモンスターとの戦いが待っている。いったいどうやって戦うのか? 黒土の魔法にヒメナの剣に不思議な戻り方をしたエクスカリバーを手にしたミカゲと、そして賢者の千早の4人が挑む最後の闘いの結末は?

 これもまた読んで力が抜けそうになるけど、一方でやはりこの作品ならではの低体温な中におかしみを誘う展開でとてつもなく面白く、そして納得できる。設定だけならよくあるストーリーながらも読めばわかるこの魅力。何度でもいうけれどこの物語はとてつもなく面白いので、誰もが逃さず読むように。


積ん読パラダイスへ戻る